神器のお披露目
場所は移って演習室の扉前。
そこには既に待機していた一人の女性の姿が有り、ライフルのような物を演習室の扉目掛けて引き金を引いては離しを繰り返していた。
しかし、この屋敷の扉はやたら大きい物が多い。
しかも、男性用の物がある扉のみそれだということは、恐らくそういう事なのだろう。
そして、皆を転移で送ってきたルーシェンは、既にいた待ち人に気軽に声を掛けた。
「……っと、到着。あ、高鈴も来てたんだね。感心感心」
「当たり前です。わたしは誰の護衛を任される立場に成ろうと、任務を遂行するだけ。そこに一切の感情は必要ありません。そもそも、対象にわざわざ気に入られようとする意味が分からない。戦場に立てば対象に護られるなどあっては為らないこと。対象と仲良くすることは、それだけ意思が通い合い対象に自身が危険な場合に庇われる要因になる。それではどちらがどちらの護衛かわからなくなる」
唐突に転移魔法で己の目の前に姿を見せた面々に驚くことも見せず、淡々と己の武器?らしきライフルの照準調整をし、遅れてきた者達の事を非難する赤髪の女性、李・高鈴。
彼女は中国は山奥で仙人に気配隠しや狙撃魔法を習っていた過去を持つ、所謂仙術魔法師。
そして、美琴の護衛には戦闘技術がまだまだ未熟と言うことで指名は受けていないが、こと狙撃技術なら屋敷のロイヤルナイツ候補生の中ではダントツの腕を持っている。
しかし、他の面々と比べると圧倒的に何もかもが固い。
頭も融通が効かないばかりか、冗談もあまり通じないので、ニーナたちは彼女が苦手なのである。
容姿それ自体は他のメイド達でさえ息を呑む程の美貌な上、色香を多少は含んだ物が有るものの、表情が固い為、氷の乙女とメイドの中では陰口を言われているらしい(ニーナ談)。
「そうは言ってもね?あたしらは美琴様や泰三様の護衛以前に、その孫である鉄平様の護衛を任される立場の候補生が大半だよ?あたしにしたって美琴様の護衛に選ばれる時は何を置いても主の安全を優先するけど、鉄平様の場合は美琴様に頼まれて自分(美琴)よりこっちを優先しろって言われそうなお方なんだから。けど、そうなれば護衛対象の心の安全を護れないだろ?物には臨機応変って言葉が付きまとうってこの前も説明したけど、高鈴はそれが利かなすぎる。それでは一番重要な場面でボロを出しかねないよ?……言ってること、わかるよね?」
「……」
ルーシェンの指導?に黙り込む高鈴。
そのしばしの沈黙の後、鉄平は皆に訓練の内容と、何やら男の絵の入ってる施設の説明を頼んだ。
「分かった。って言ってもここがその演習室なんだよ。ほれ……って、鉄平様には読めないかな?一応読んで上げると、『兵藤鉄平のメイドハーレム計画作戦司令室』だって」
「ぶっ!」
ものすごいネーミングに、堪らず吹き出す鉄平。
勿論、メイドの皆はルーシェンお決まりの冗談だと分かってるので眉間のシワを解したり、鉄平の背中を摩ってやたりと様々だ。
「大丈夫?……もう、教官?純粋な男子に何を吹き込んでるんですか?」
「あっはっは。どうせ、遅かれ早かれこの屋敷のどこかはそうなると思うから、その対応への予行演習だよ。さっきの鉄平様と泰三様の会話を聞いても分かるだろ?泰三様は美琴様の大事な夫だ。そして、泰三様は鉄平様を溺愛してる。そうなると、あたしらメイドは普段各地へ任務で飛んでいようが、ここに帰ってきたら、訓練の合間に泰三様と鉄平様の相手をしないとダメってことだよ。……勿論、美琴様は無理強いはしないだろうし、泰三様も個人の意思を尊重してくれるだそうけどな?」
鉄平の目の前で何やら不穏な会話が成されているが、本人にはその実感が無いのでオロオロするのみだ。
そして、更に会話は続き……。
「当たり前でしょ。この屋敷にいるメイドは謂わば主様の家族も同然の者たちばかり。幾ら夫と自分の実の孫だからと無理やりいう事を聞かすとは思えないわ」
「そう言うこと」
気になる単語もあったが、どうやら会話が終了したようで一安心の鉄平。
しかし、ここからがメインベントだ。
「……まあ、それは兎も角、美琴様も夢道さんもコルダさんも機材の前には居るだろうから、早く皆着替えて演習に移りな?……ああ、一応言っとくけど鉄平様?更衣室はあってないような物だけど、一応男性用を使ってね?無事に後継者となれば、色んなことを許してくれる様になるから、頑張って?」
「わ、分かった」
鉄平がルーシェンの言葉に頷くと、ルナが……
「じゃあ、鉄平様?そこの男性のマークが書かれてる方で、ルミーロっていう男性執事の方がいると思うので、その方に機材の色々の説明を聞いて演習場に来てくださいね?」
と言ってきたので、鉄平は頷きながら中へ入っていった。
「ようこそ、次期当主候補、兵藤鉄平様。お待ちしておりました」
鉄平が中に入った直後、そう言って話しかけてきたのは、初老に差し掛かっている男性執事。
名前はルミーロ・ヘルナンデスと、何故か胸に名札を付けていた。
「……あの~、なぜ名札?しかも日本語?」
「茶目っ気です。確か、一般の人が通う殆どのデパートやアトラクション関係の施設だと、こうやって係員の者は胸に名札を付けるのがマナーだと主が言っていましたので」
なんと、それだけでこの執事は名札を付けているのか?と鉄平は親近感が湧いてきた。
主に楽しいことが好きだという方向で。
「へ~?それって皆やってるんですか?」
「いえ、メイドは先ずしませんね。やるのは我ら執事の中の年配の者くらいです。確か轟……でしたか?若い女性執事は見ましたか?」
「ええ……」
今さっき廃人にされかけた所ですとは言えない鉄平。
「彼女はあまりしませんが、偶に主の開催するイベントで面白そうだと言ってしてるのを見ますね。それも半々ですが」
「そうなんですか」
「ええ。……まあ、この会話はコノくらいにして、本題と行きましょう」
「はい」
鉄平も気を取り直して話を聞く。
すると、ルミーロは後ろにある棚から無骨な腕輪を取り出し、鉄平に渡す。
「それは、今では魔法を使える者達に一般的に広まっている魔装機のプロトタイプを主がとある企業にコネを使って譲り受け、コピーしたものです。謂わば試作機の演習用ですね。それだけにホンの少しの量の霊子を感じてもすぐ様中に収められているコスチュームに着替えることができます。……が、これには欠点が一つ」
「欠点?」
「ええ。このプロトタイプはその特性上霊子を感じられなくなると、その効果を維持できなくなり、気絶したりすると元の状態に戻るということです。今広まっている物は、魔者の事を考え、事前に自分の霊子を大量に内包させて置くことで、気を失っても魔装機が仲間が救援に来るまでの間若干の間を持たせてくれますが、これにはありません」
「へ~?流石は改良版ってとこですね」
「ええ。しかし、どちらも一長一短です。プロトタイプも改良版もその性質上己の霊子を込めるのですが、改良されている方はそれ故に上級者用である程度の霊子を流さねば起動しないのです。プロトタイプはその点、初心者用である為、微かにでも霊子を感じれば、常に起動してくれます」
「……成る程、自分では霊子?ってのをコントロール出来ない初心者には、そのプロトタイプの方が確実ってわけですね?」
「ご理解頂けて何よりです。その通り、これは先程も言いましが、極僅かな霊子で反応してくれますので、自身でお気づきに成られない方でも大丈夫なのです。……早速腕に付けて下さい」
「はい。……おお!?」
鉄平が渡された腕輪を付けた直後、自身の身につけていた下着が光を帯びながら粒子に変わり、ほぼ同じタイミングで昨夜ニーナたちが付けていたインナーに似た、肌に密着したスーツが体を覆った。
「わかりますか?それを付けたことで若干ではありますが、体が怠くなった感じがするでしょう?」
「……自分ではあまりわかりませんね?……分からないと不味いですか?」
不安になった鉄平は尋ねる。
「いえ、そのダルさが戦いに影響してしまう以上、あまり感じられないのは一つの強みでもありますから、気にしなくても良いでしょう。普通はそのダルさと引き換えに普通の服では得られない防御力を得るのですから」
「へ~、そりゃ運がいいって事ですね?やった!」
思わずガッツポーズをする鉄平と
「ふふふ……面白い方だ」
不敵に微笑む初老の執事。
「ははは……すんません」
「いえいえ、堅苦しい主より、面白い方の方が仕える身にすれば断然いいんです。特に研究者の方々にとっては、そういう方面の研究がすこぶる好きな者も居ますからね。その恩恵に預かる皆も楽しみになります」
そう言って鉄平の意見に微笑みながら解説を加えるルミーロ執事。
そして、いよいよ本題に入る。
「さて、これからが本題です」
「はい」
その言葉に気を引き締める鉄平。
すると、ルミーロは更衣室の奥に行き、壁にあるパネルを操作すると……
「……これを」
そう言って、壁に空いた四角い穴の中から宝石を取り出し、鉄平に渡す。
それは、所謂虹色の水晶玉のような宝石だった。
そして、何故か鉄平にはその宝石が自分に語りかけている様な錯覚がした。
しかし、明確な事は分からないため、目の前の執事に尋ねる。
「これは?」
「それは【創魔の心眼】と言う神器です。神器という割に誰でも持てるんだな?と思われるかもしれませんが、今この演習場は巨大な結界に覆われていて、今鉄平様が入ってきた入口とは別の世界と考えて貰った方がイイのです。そして、その扉から出た時点で、誰もこの神器に認められて居ない場合は扉を潜った瞬間に神器はこの穴の中に戻ります。そして、新たな主の登場を今しばらく待つことになります。因みに、言い伝えでこの神器はここ数十世紀所有者が不在の神器でして、その用途及び性能は未確認です。従ってその性能を確認することも所有者の仕事になります」
「へ~」
言ったことの半分くらいしか理解できていない鉄平は、適当に相槌を打つ。
その様子を苦笑しながら見ているルミーロもまた、分かっていないことが分かっている様で、難しい話はしない。
唯その渡した神器を鉄平が手にしていることを確認した上で、出口の方へと誘う。
「さあ、その神器を持って演習場に入ってください。そして簡単な模擬戦を、データの降魔として貰います。そして、1対一の予行演習が終われば、共に来たメイド達との共闘を体験して貰い、戦闘経験を積んで貰うそうです」
「……へ~」
「……ま、まあ、行ってみれば分かります。ささ、どうぞ」
ルミーロに促され(無理矢理?)仕方なく出口の扉を開けて演習場に足を踏み入れる鉄平だった。