vol.34
それは同時に承諾の合図でもあった。パイプ椅子につくと、通信機器に接続されたヘッドセットを無理やりに装着させられる。捜査官が通信機器を操作し、「今、向こうと繋がっているはずです」と言うや否やに、コール音が聞こえはじめた。
全身の神経が緊張する。
「いいですか、まず向こうはアレックスが出ると思います」
コール音のあいだに捜査官が説明する。
「ですから、ソフィーに代わるよう言ってください。もちろん単刀直入にはだめですよ。それとなく他愛のない話から攻めていって、アレックスの様子なんかも窺いつつ……」
ガチャッ、と受話器を取り上げる音がした。机に設置されたスピーカーから、「ああ、あたしだ」という若い女の声がクリアに聞こえてくる。捜査官と釘宮が目を見交わした。
――アレックス。
舌が強張り、言葉がつっかえる。
――アレックス。あの子を連れて何してるんだよ。
「前嶋さん。話して、話して」
「あ、あの……アレックスさん?」
捜査官に身振り手振りで促され、やっとの思いで言葉を押し出す。吐息をついた捜査官は、鉄面皮の釘宮に向かって「この人がエキスパート?」とでも言いたげな表情をしていた。
「あんたは……」
息を呑んだアレックスは、嬉しそうに「何だい、NSIの手伝いなんかしやがって」とからかってくる。微塵も疑う様子のない明るさに、交渉役の臣吾のほうが気圧された。
「あ、あの……」
「前嶋さん、アレックスの様子を聞いてください。元気かどうか、とか、適当な話でいいです」
「まさかあんたが電話してくるとはネェ。なんか懐かしいな。そっちはどう?」
「あ……」
「前嶋さん、話を進めてください。イニシアチブを握られてはいけません」
「何だんまりしてるんだい。もしかして捜査官の馬鹿が隣でぐちゃぐちゃ言ってんの?」
「前嶋さん!」
いらだったような捜査官の声が頭の中をぐるぐる駆けめぐり、臣吾はつい、
「あ、あのっ、あの子はっ」
と唐突に切り出していた。指示を出してくれていた捜査官がうんざりした顔をぺちっと手でたたく。
電話の向こうでアレックスが押し黙った。
「前嶋さァん……」
捜査官は苦りきった顔をしているが、釘宮は事態を静観している。
長い沈黙の後で、
「……あんた、よくよくこの子が大事と見えるネェ」
嘆息するようにアレックスが言った。
「けどサ、この子はもうあんたの知ってる記憶喪失の無垢な女の子じゃないよ。あんたの言うことなんか聞きゃしないサ」
「そう……かもしれないですけど、ただ、俺……」
何と言えばいいのか分からずに口ごもった臣吾に、アレックスが豪快な笑い声を上げる。
「肝心なとこで恐ろしく大胆かと思や、どうでもいいことで妙に気弱になるんだネェ。あんたとあたしの仲じゃないか、構やしないサ。話してやんな。……これが最後の機会になるかもしれないんだからサ」
え、と聞きとがめるも遅く、アレックスが電話口から離れる。しばらく遠くでごしゃごしゃしたやりとりが聞こえ、誰かが受話器を取る気配がした。