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ギルティ・コンプレックス  作者: みつば
決断のとき
32/37

vol.32

 臣吾は自宅ソファーにだらしなく寝そべりながら、スナック菓子片手にテレビのチャンネルを回していた。どこもかしこもくだらない番組しかやっていない。かといって、ソファーを立って試験勉強をする気にもなれない。


 連絡を受けて、臣吾は病院へと急行した。病室、喫茶店、売店、少女の立ち寄りそうなところを看護師ともども隈なく捜索してみたが、アレックスと少女の姿はどこにも見当たらない。


 ――いないに決まってる。あの子はもうソフィーという移民の名を取りもどし、青い翼の一員として活動することを決めているのだ。こんなところでグズグズしているわけはない。


 そう思いながらの捜索は死ぬほど苦痛な作業だった。看護師の「どこにもいらっしゃらないようですね」の一言でこの作業から解放されたとき、臣吾は心底からほっとした。


 無責任といわれても仕方がない。だが、記憶を取りもどし、自分の意志で行動する少女に対して、以前ほど「守ってやりたい」という気持ちを抱けないのも事実だった。少女は今、二本の脚でしゃんと立っている。どんな優れた杖も、どんな性能のいい車椅子も、どんな優しい手も、もう少女には必要ないのだ。


 これ以上関わったら単なるお節介。あとはあの子自身が決めることだ。


 臣吾は自堕落にスナック菓子を口に運び、リモコンを切り替える。普段ニュース番組を今日に限ってぼんやり眺めていたのは、まだあどけなさを残す女性アナウンサーがどこか少女に似ていたためだ。淡々と今日のニュースを報じていた女性アナウンサーは、番組中にスタッフから原稿を渡されてふっと頬を硬くした。


「速報です。午後七時四十分頃、首都鉱山銀行にて立て籠もり事件が発生しました。犯人は南区ビル四階にて、銀行に居残っていた行員ら約二十名を人質にして立て籠もっている模様。複数人による犯行と見られていますが、犯行グループの人数や動機等は今のところ不明です」


 まどろみかけていた臣吾の目が開く。首都鉱山銀行は全国有数の金売買専門銀行で、金投資に手を出している国民の七割が首都鉱山銀行で金の取引を行っているはずだった。


 金を狙っての犯行か。いや、貨幣を狙っての犯行か?


 臣吾の背が何故とはなしにうそ寒くなる。


「ただいま現場と中継が繋がっています」


 アナウンサーの一言で画面が切り替わる。見慣れた南区のオフィス街が映し出され、四階だけ煌々と電気の灯るビルと、そのビルを取り囲む警察隊の姿がカメラの前に晒された。警察官が拡声器でビル四階の犯行グループへ盛んに呼びかけているが、四階からは応答がない。


 マイクを持ったレポーターが、切羽詰った険しい表情でカメラの前に立った。


「犯行グループの立て籠もりより三十分。警察は早々に他の階の行員らを避難させ、交渉のため通信機器を受け取るよう犯行グループに指示していますが、犯行グループからは依然何の反応もありません。強盗グループが逃げる機会を失って人質をとって立て籠もったという説や、金取引により大損した投資家の犯行といった説も出ていますが、詳細な動機は不明。近隣住民は事件の成り行きを固唾を呑んで見守っています」


 画面はしばらくビルを映していたが、何の変化もない光景を十分近く報道した挙句、諦めたようにスタジオへ戻った。だが、画面の隅では小さく現場の様子が報道されつづけている。何か動きがあったらすぐ画面が切り替わるようだ。


 だが、臣吾は奇妙な胸騒ぎに襲われていた。


 ――この事件、まさか……。


 突如として、隅に映っていた画面が大きくなった。レポーターは興奮気味に、


「今、警察のほうへ犯行グループから声明が発表されたようです! 犯行グループは室内の電話を使い、警察が拡声器で告げた番号へ連絡してきた模様です! 繰り返します、今、警察のほうへ犯行グループから……」


 レポーターの背景に、見覚えのある車が音もなく入り込む。臣吾は自分の予感が的中したのを悟った。


 ピンポーン、と玄関チャイムがタイミングよく鳴らされる。


 スナック菓子の袋を置いて玄関へ走り、ドアを開けると、灰色の制服を着た馴染みの男が立っていた。


「夜分に失礼いたします」


 その男、釘宮は、丁重な物腰で笑みを浮かべた。既に覚悟の決まっていた臣吾は軽く頷き、釘宮に促されるままに部屋を後にした。


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