vol.24
間髪を入れず轟いたのはマシンガンの銃声である。タタタタンッ! と軽やかに発射された弾丸は、しかし標的を大きく逸れてアクリル窓に風穴を開けるにとどまった。
一瞬、身をかばうように顔を伏せて頭の前で両手を交差させた釘宮だったが、アレックスが仲間とともに逃げたと見るや「追いなさい!」と部下を叱咤する。
だが、そのために臣吾の縛めが解けた。
気付けば、臣吾は両脇の二人の隙をついて裏のドアへと向かって駆け出していた。
「小僧!」
誰のものとも判じられぬ罵声が飛んできて、たちまち足元めがけて銃弾が追ってくる。幸い、一発もあたらない。「やめなさい! 殺したら責任問題です!」背中に釘宮の叱責を聞きながら、臣吾は息せき切らしてドアから身を躍らせ、長い廊下を走り抜けた。階段室の入り口から、アレックスがこちらを覗き込んでいる。
「アレックスさんっ……」
「あんただったら逃げてくるって信じてたよ」
豪快に笑ったアレックスが、臣吾を迎え入れるや否やに「あらよっと!」と階段室の防火扉を閉めた。轟音がして防火扉が追っ手を阻む。扉の向こうで粗暴な声がし、こじ開けようとする気配が感じられたが、鉄製の扉はびくともしない。
「そう簡単には開かないサ。ざまあ見やがれ」
からかうように扉を拳で叩いたアレックスは、「さ、行くよ」と臣吾を促し、階段を上がっていった。少女を背負った男も走り出し、臣吾もあわてて後を追う。
階段を駆け上がりながら、
「あの……」
「何だい。手短に頼むよ」
「俺……ついてきちゃって良かったんですか?」
こんなときなのに、ハハ、と乾いた声でアレックスが笑う。
「男のくせに細かいことを気にすんな。それより、走れぇっ!」
階下の防火扉からは、体当たりでもしているかのような鈍い音が繰り返し響いてくる。アレックスは地下二階から最上階まで一気に駆け上がり、閉ざされていた扉を蹴破った。バタン! と音を立てて開いた扉の向こうには闇が広がっている。
臣吾はつい立ちすくんだ。空には星も月もなく、周囲は工場だらけであるのに、一片の光も見当たらない。遠望される自国民の街はネオンサインで輝いているのに、この界隈は鼻をつままれても分からない暗闇に包まれていた。
扉の閉まる音がし、ついで肩に手を載せられた。飛び上がった臣吾の真上から笑い声が降ってくる。
「怯えなさんな。じきに目が馴れる。暗視ゴーグルなんかなくたって、こんな風景を見慣れてりゃあね」
アレックスの声は優しい。臣吾はほっと安堵の吐息をついた。
「いつもこんなに暗いんですか?」
「以前は送電されてたんだけどネェ」
生暖かい夜風が吹く。「ああ、すっかり汗を掻いちまった」というアレックスの髪の匂いが臣吾の鼻腔を刺激した。
「これからどうするんですか」
「あんたをここへ連れてきちまった以上、あんただけ突きかえしてハイさようなら、ってわけにゃいかない。真実がどうあろうと、あたしたちには立派な誘拐犯のレッテルが貼られちまったんだから」
「あ……」
「おっと、もう『ごめんなさい』なんて辛気臭い言葉はナシだよ。ぐずぐず謝られるのは大嫌いなんだ。それより、今のうちに少し眠っとくのがいいかもしれないな」
「え? だってこれから逃げるんじゃ……」
「あたしらにゃ、ここを捨てて行く場所なんかねぇんだよ」
アレックスがだるそうな声で言う。「尤も、あんたまで道連れにする気はないサ。あんたの逃げ道は考えてやるから、今はとにかく体力をつけておけ」
訊きたいことは山ほどあったが、結局言われるがままに瞳を閉じて横になった。いつの間にか傍らに座っていたアレックスが、臣吾の頭を少し強引に自分の膝に載せる。デニム越しに伝わってくる体温を頬に感じながら、臣吾は母に抱かれているような気分になって、やがて平穏なまどろみに落ちていった。