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vol.18

「政府の犯罪?」


 驚いて目を上げた臣吾に、アレックスはひたと視線を据える。至近距離から見つめ返しても、もう照れることはない。


 静かに頷いたアレックスが、神妙な面持ちで口をひらいた。


「どこから話そうかネェ……まず、ずっと屋台骨のぐらついていた旧政府首相を国から追い出して、軍部が政権を握ったことは周知の事実だが、この政権交代のためにどれだけの経費がかかったか想像がつくかい? 軍部にはカネが必要だったはずだ。それも莫大なね。軍事費や賄賂だけじゃ到底おっつかない額で、あいにくと貨幣価値も下落をつづけている。そんな状態でどうして軍部が政権を奪取できたのか、実を言えばあたしたちにも謎だった。だが、すぐ現政府による反移民政策が始まったから、何かあるなとは睨んでたんだ。


 でも、間髪入れずに同志が情報を掴んできた。政府がなぜか大量の金を保持していること、そして甲藍金山が近々最新の設備を導入して大々的に採掘が執り行われること。甲藍金山の所有権はその山麓に代々住み暮らしていた民族だったはずなのに、これはおかしいってね。断っとくが、その民族はたいそう誇り高くてネェ。金山を守っているのも先祖のためとか言って、金にさほどの執着もない。排他的でよそとほとんど交流のない村だったが、ケチな買収なんかにゃ絶対乗りやしない奴らさ」


「待ってください」


 臣吾はあわてて遮った。


「それって、現政府が金欲しさに、民間の金山を取り上げたってことですか」


「平たく言えばね」


「それじゃ……国が強盗をしたってことですか」


「強盗だけなら良かったが、罪状がもうひとつ付いちまうことになった」


 すうっと背中が冷え、臣吾は口を閉ざす。アレックスは淡々と、


「同志が甲藍村まで遥々足を運んだのサ。周囲の警備が異常なほど厳重だったらしい。いくら金山だからって、ここまでやるかってほどね。


 村には人っ子一人いなかった。ただ、軒の低い掘っ立て小屋みたいな家はみんな無事なのに、ひとつだけ燃え残ったような廃墟があるのサ。むきだしになった骨組みが黒く煤けていて、そりゃあ不気味だったってよ。もっと面白いことに、燃えちまってもう何もないはずの焼け跡に警備隊が配置されていて、中を覗くことはおろか、近寄ることすらできなかったというんだ。とりあえず分かったことは、住民が一切合財消えちまってるってことと、民家には、家具や食器がそのまま残っていたということ。おかしいと思わないかい。一応、多国籍街に住民の一部が流れ込んだって噂もあったが、ことごとくがガセだった。草の根分けて捜しても甲藍村出身者なんてどこにもいなかったんだから」


 臣吾の身体が小刻みに震え出す。気が付いてみれば、頭から水をかぶったように全身に冷たい汗をかいていた。


 不意にアレックスが身を乗り出し、声をひそめる。


「これは憶測にすぎないが、甲藍村住民はみな殺されたのだと思う。たぶん……住民全員を引っ立ててどこかの建物に押し込め、四方八方から火をつけたんだ」


「……」


「中で住民は泣き叫んだだろうサ。泣き狂って、開けてくれ開けてくれとドアや壁を蹴り上げ、体当たりを食らわせただろう。煙はどんどん回ってくる。酸素が奪われて胸が詰まる。建物内部の温度が上昇して、蒸し暑さに居ても立ってもいられない。泣いていた女子どもの悲鳴が、ひとつ、またひとつと絶えていく。ばちばちと響く、物の爆ぜる音……」


「……やめてください」


「紅蓮の炎は木造の建物をあっという間に覆い尽くす。黒煙がたちまち屋内に立ち込める。炎が赤い舌をちろちろとひらめかして、またたく間に内部へ侵入してくる。ものも言えず、呼吸もできず、一人ひとりの身体から力が抜けていく。逃げることはおろか、もう立つことも、這うこともできない。力尽き、倒れて重なり合った人びとのうえに、火の粉がぱらぱらと降りそそぐ……」


 耐えかねて耳をふさごうとした臣吾の腕を、アレックスは恐ろしいほどの力で掴み、締め上げる。


「火の粉を浴びて肌が焦げつく。麻の服に火が燃え移り、あっという間に大きな炎となる。まるで無数の針で刺され、突き通されて皮膚を破られるような痛みだ。叫びたい。だが声が出ない。渇ききった咽喉を絞れば絞るほど息が詰まっていく。真綿で首を絞められるような苦しみ……炎はいまや全身を包んでいる。髪を焼き、眉毛を焦がし、鼻腔にも口腔にも火が入り込んでくる。真赤に火ぶくれした皮膚が爆ぜて溶け出し、頭蓋骨が熱されて眼球が破裂する。死に至るまでの、長い長い時間……」


「や、やめて……」


「それが政府の罪だッ!」


 怒号を発して臣吾の腕を振りはらったアレックスは、興奮のままに壁を強く蹴り上げた。締め上げられた手首を見ると、手形の赤い痣がくっきりと残っている。


 息を弾ませたアレックスが、鋭い目つきで臣吾を振りかえった。餓狼のようにぎらぎらした瞳が臣吾をまっすぐに射る。大股に近付いてきたアレックスは、身をすくめる臣吾の顔を真上から覗き込んだ。


「嫌とは言わせない」


 アレックスの声はかすれていた。


「アジトを知られたからには、帰すわけにはいかない。どうあっても一緒に来てもらう。……それとも、愛国心が許さないかい? 現政府のために命を賭けてでも抵抗するかい?」



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