甘い声
「ねぇ、都く~ん」
その声を聴いた瞬間に僕の中で警報がなった。
彼女がやけに間延びした猫なで声で何かを言ってくるときは、確実に危険なときだ。
「チュウしてぇ」
案の定、予感的中。
避難勧告レベルの危険度だ。
「ほら、そんなに、ちゅうして欲しいなら、そこに、一人寂しい独身貴族が居るから、してあげなさい」
とりあえず、牽制のパンチを入れとく。
ちなみに一人寂しい独身貴族とは、我らが盟友菅原教諭だ。
最近、新しく出来た彼女にまた振られたらしい。
可哀想な人だ。
「やだ。こんな粗大ごみみたいに、処理が困るような人は」
だから、心優しい僕としては、ちょうどいい相手を見繕ってあげたと言うのに、彼女は一刀両断にしてくれた。
と言うよりも、もう少し思いやりと言う物を持つべきだと思う。
現に、可哀想な盟友はしずしずと泣いている。
まぁ、その姿が、彼女の言う通り粗大ごみに見えたけど、それはこの際気にしない。
「それに、あたしは、都君がいいの。て言うか、都君じゃないと嫌なのぉ~」
それよりも、この悪魔をどうにかするしかない。
「ほら、ちゅう。ちゅう。ちゅ~~う♪」
……処刑してしまおうか?
一瞬あまりにも腹に据えかねて、殺意が沸いたが、どうにか押しとどめる。
とりあえず、この年で犯罪者になるのは勘弁して欲しい。
まぁ、いつになっても、犯罪者にはなりたくないが。
というか、なってはいけないが。
さて、それよりも、この目の前の悪魔の処理が大変だ。
ある意味、粗大ごみの処理の方が楽だろう。
て、粗大ごみ以下の彼女ってどうよ。
ま、まぁ、気にしないで置こう。
気にしたって、何も解決しないし。
「分かった。けど、恥ずかしいから、目を閉じてくれるかな?」
とりあえず、この場は誤魔化しておこう。
できるだけ優しく語り掛けるようにそうつぶやく。
「う、うん」
彼女は、期待に胸を膨らませつつ、目を瞑る。
なんだか、その姿が非常に初々しい。
まぁ、僕もこれがいわゆる初チュウなのだが。
とはいえ、本当にするつもりはないが。
「んじゃ、行くよ」
そっと、彼女の頬に左手を添えて、唇を近づける。
彼女もそれが分かるのだろう。
少しだけ息遣いが乱れる。
それは、願ってもない好機だ。
乱れれば、その分だけ、意識は明瞭とならない。
そっと、唇を近づけ、彼女の唇に触れる。
僕の人差し指と中指を間に入れて。
そして、すっとすぐに離れる。
長い間やっていると、ばれる可能性があるからだ。
とはいえ、これで十分に通じるかどうかは妖しい。
これは、所詮本の中のネタなわけだし。
彼女が、そっと目を開ける。
その瞳は光り輝き、そして潤む。
頬は上気しており、その姿から、連想されるのは
「あ、ありがとう。あ、あたし、もう物凄く幸せ。もう、死んでもいい」
とりあえず、成功と言う事だろう。
まぁ、騙すという事に少々抵抗を感じるが、悪魔と戦うにはこれぐらいしないとだめだろう。
とりあえず、無事貞操は守りきりました。
まぁ、初チュウを貞操と言っていいのかは妖しいものだけど。