第8話『少し遅れて答える』
その日の授業は、
いつもより静かだった。
教師が質問を投げる。
簡単な確認だ。
答えは、
彼の中ですぐに出ていた。
だが、
手を挙げるまでに、
一瞬だけ間があった。
理由は分からない。
迷ったわけでも、
考え直したわけでもない。
ただ、
少し遅れた。
他の生徒が先に答え、
授業は進んだ。
教師は、
特に気にしていない。
正解は共有された。
理解も確認された。
問題は起きていない。
彼はノートを取りながら、
自分の反応を思い返した。
以前なら、
迷いなく挙げていた。
今は、
「今でいいか」を
一度だけ確認してから動く。
確認する理由は、
特にない。
それでも、
確認してしまう。
昼休み、
廊下で軽い衝突があった。
誰かの肩が、
誰かに当たっただけだ。
謝罪があり、
それで終わった。
彼はその場にいた。
間に入れば、
状況を整理できた。
だが、
声を出すまでに、
一拍だけ遅れた。
結果として、
介入は不要だった。
問題は解決している。
放課後、
委員会室。
作業は滞りなく進む。
ただ、
誰もが一度ずつ、
判断の前で止まる。
止まって、
それから通常の処理をする。
誰もそれを、
異常だとは言わない。
顧問は、
時間を確認して言った。
「今日は少し押してるね」
それだけだった。
遅れている、
という評価は、
されなかった。
家に帰り、
机に向かう。
彼はノートを開き、
今日の出来事を思い出す。
手を挙げなかったこと。
声をかけなかったこと。
どちらも、
結果には影響していない。
書く理由は、
見つからなかった。
彼はページを閉じる。
遅れは、
失敗ではない。
そう判断できる限り、
問題にはならない。
今日も、
特に問題はなかった。
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