第5話『形式だけが違う』
それは、
噂として戻ってきたわけではなかった。
週明けの朝、
掲示板ではなく、
校内の連絡用フォームに、
一件の投稿があった。
匿名。
分類:その他。
本文は短かった。
「対応できない事案がありました」
それだけだった。
誰が、
いつ、
どこで。
そういった情報は、
書かれていない。
それでも、
投稿は受理されていた。
形式が整っているからだ。
彼はその画面を、
少し長めに見た。
処理手順は、
頭の中にあった。
情報不足 → 経過観察 → 判断保留。
保留は、
問題ではない。
だが、
この投稿は少しだけ違った。
分類欄が、
最初から空白だった。
赤でも、
黄でも、
青でもない。
空白は、
処理前ではない。
判断が保留されたまま、
分類されなかった状態。
制度上、
存在は認められているが、
扱い方が決まっていない。
珍しいが、
前例がないわけではない。
彼は、
自分がその投稿を見ていることを、
誰にも伝えなかった。
共有するほどの内容ではない。
そう判断した。
放課後、
委員会室では、
いつも通りの作業が進んでいた。
新しい案件は、
ほとんどない。
数値は安定している。
報告件数も平常。
その中で、
あの投稿について、
誰も触れなかった。
触れなかった、
というより、
話題に上げる理由がなかった。
形式は整っている。
だが、
中身がない。
中身のないものは、
処理できない。
彼は用紙を手に取り、
該当欄を確認する。
該当する項目は、
存在しなかった。
だから、
何も書かなかった。
帰り道、
校門の近くで、
二人組の会話が聞こえた。
「この前のやつ、また?」
「でも、形が違うよね」
それ以上は聞こえなかった。
形が違う、
という言い方が、
少しだけ引っかかった。
内容は同じなのに、
形式だけが変わる。
それは、
処理をすり抜けるための方法ではない。
ただ、
偶然の結果だ。
家に着き、
ノートを開く。
彼は一度、
ペンを取った。
「対応できない」
その言葉を書こうとして、
止めた。
対応できない、
という評価は、
評価者の立場を必要とする。
彼は、
その立場を持っていない。
少なくとも、
今日は。
ペンを置き、
ノートを閉じる。
形式が変わっても、
内容が増えない限り、
問題にはならない。
そう判断できることを、
彼は確認してから、
今日を終わらせた。
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