第4話『聞いたという話』
それを見た、と言う人がいた。
直接ではない。
「見たらしい」という話が、
昼休みの終わり頃に、
教室の端から端へ、
音を立てずに移動した。
具体的な内容は、
誰も揃えていなかった。
場所も、
時間も、
状況も、
少しずつ違う。
共通していたのは、
「分類できなかった」という点だけだ。
彼は席に座ったまま、
その断片を聞いていた。
聞いた、
というほど注意を向けていたわけではない。
ただ、
完全に無視するには、
少しだけ情報量が多かった。
誰かが言った。
「委員会に出したらしいよ」
その一言で、
話はそこで止まった。
それ以上、
詳細は語られなかった。
委員会に出た、
という情報は、
それ自体が処理の完了を意味する。
結果が共有されていない以上、
問題は起きていない。
それが、
この学校での共通認識だった。
放課後、
彼は委員会室に入った。
提出トレーを確認する。
用紙は数枚。
どれも、
既に仕分け済みだった。
赤も、
黄も、
ない。
青のファイルに、
新しい一枚が追加されているだけだった。
彼は中身を見なかった。
見る必要がない。
青に入っているという事実だけで、
判断は終わる。
顧問は不在だった。
それも、
特別なことではない。
彼は自分の席に座り、
今日の作業を確認した。
記入予定は、
ない。
それでも、
用紙を一枚引き寄せる。
項目に目を通し、
最後の欄で視線が止まった。
特記事項。
何も書くことがない、
はずだった。
彼は、
一度だけ、
噂を思い出した。
見たという話。
分類できなかったという話。
だが、
それは彼自身の経験ではない。
伝聞は、
記録の対象外だ。
彼はペンを置き、
用紙を戻した。
書かれなかったことが、
処理結果になる。
帰り道、
掲示板を開く。
「昨日の件、どうなった?」
短い書き込みが一件だけあった。
返信は、
ついていない。
彼はそれを見て、
アプリを閉じた。
「どうなったか」が
共有されないということは、
どうにもならなかった、
という意味ではない。
問題が起きていない、
という意味だ。
家に着き、
鞄を置く。
今日一日を振り返る。
自分は、
何も見ていない。
何も判断していない。
何も書いていない。
それで、
十分だった。
分類できないものは、
誰かが見たという話のまま、
形にならずに終わる。
それは、
この場所では珍しくない。
今日も、
特に問題はなかった。
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