第14話「特に問題なし(再)」
朝は、いつもと同じ時間に来た。
アラームは一度で止まり、支度に遅れはない。
玄関で靴を履くとき、左右を間違えなかったことを確認する。
確認する必要はなかったが、そうしていた。
通学路は変わらない。
信号の待ち時間も、歩行者の数も、ほぼ同じだ。
前を歩く人の背中に、特別な印はない。
それでも、距離の測り方だけが少し変わった気がした。
学校に着く。
掲示板の更新はなく、連絡事項は昨日と同じ。
特別な注意喚起も、共有事項もない。
問題が起きていない、という合図が重なっている。
委員会室の扉は開いていた。
閉める必要がない、と決められている。
決めたのが誰だったかは、誰も覚えていない。
机に着く。
用紙は補充され、トレーは空いている。
分類表の端に、新しい付箋は貼られていなかった。
赤も、黄も、増えていない。
昨日の件は、どこにも載っていない。
議題にも、記録にも、経過欄にも。
空白のまま、空白として処理された。
顧問は来なかった。
来ないことが、最も安定している。
それが、ここでの前例だった。
授業が始まる。
ノートはいつもどおり埋まり、余白は余白のままだ。
板書の順序に違和感はない。
質問は出ず、指名もない。
昼休み、席を立つときに、
一瞬だけ、行き先を決めるのが遅れた。
遅れは遅れとして扱われなかった。
誰も見ていない。
掲示板を開く。
流れていく書き込みは、具体性がない。
誰かが「気のせい」と書き、
別の誰かが「前からそう」と返す。
統計にはならない。
午後、委員会の作業が再開される。
新規案件はない。
確認と整理だけが続く。
確認する対象がない、という確認。
棚の一番上に、
「未処理/判断保留」の箱がある。
中身は見えない。
見える必要がない、とされている。
彼は、その箱を一度だけ見た。
触れなかった。
触れない判断は、判断として記録されない。
放課後。
校舎は活動中だが、廊下は静かだ。
静かさは、作られていない。
自然に、そうなっている。
帰り道、スマートフォンを開く。
通知はある。
内容は把握できる。
返信は不要だと判断する。
メモアプリを開く。
何かを書こうとして、
最初の一行で止まる。
行は完成しない。
保存はしない。
削除もしない。
画面を閉じる。
家に着く。
鞄を置き、制服を脱ぐ。
同じ動作が、同じ順序で進む。
順序が守られていることを、確認する必要はない。
机の上は片付いている。
空白が、空白として残っている。
問題は起きていない。
明日も委員会はある。
同じ時間、同じ席。
判断は、必要になれば行う。
必要にならなければ、
行われない。
それでいい、と
彼は判断しなかった。
その日の記録に、
特記事項はない。
――以上。
特に問題は起きていません。
それ以上のことは、
読後に残った感覚に委ねます。




