あの日の記憶と優しさのカーディガン。
目を覚ましたとき、俺の体はじんわりとした優しい温もりに包まれていた。
懐かしい夢をみることも、星の夢をみることもなく、とても穏やかな眠りだった気がする。
辺りを見回しても今は誰もそばにはいなくて、少しだけ心細さを感じてしまう。
――寂しいなんて考えちゃうということは、本格的に体調崩しちゃってるんだなぁ……。
自分のことのはずなのにどこか、他人事な感想を抱く。
そっと起き上がれば、ぱさりと音をたててブランケットが捲れ、ふとその上にもう一枚、別で毛糸の何かが掛けられていたことに気付いた。
起きたばかりの思考では、それが何かを理解するのに時間が掛かってしまう。
――カーディガン?
柔らかい編み目で、落ち着いた色のもの。
――これ、誰のだろう。
だけどこれのおかげですごく温かくて、なぜだかわからないけれど、呼吸も楽だった気がする。
ふと視線を向けたテーブルの上に、スポーツ飲料のペットボトルと一枚のメモがあるのに気付く。
そこには燎の字で必要なものを買うために少し外出する旨と、夕方頃には和が帰ってくること、そしてこのカーディガンの持ち主が葵であることが書かれてあった。
――そっか、これは葵が掛けてくれたんだ。
「……はは」
心がじんわりと熱くなって、思わずそんな力の抜けた笑いが、こぼれる。
起きている間は、みんなに心配をかけたくなくて気を張って、大丈夫なんて言ってたのに。
眠っている間に気を配ってくれていたことが、こんなにも嬉しいなんて。
俺はきっと気付かないうちに、たくさんの手に支えられている。
――ずっと、守る側でいなきゃと何処かで思ってた。
みんなの前では、強くいないといけないって。
だけど調の対応も、燎のメモも、葵のカーディガンも全部がたまらなく嬉しくて。
掛けられたカーディガンをきゅっと胸元へ引き寄せると、ふわりと柔軟剤の匂いがした。
葵は元々、こんなふうに誰かのそばへと来る子ではなかった。必要以上に相手と距離を取って、誰も自分のテリトリーに入れようとはしなくて。
葵に初めて会った日のことが、ふとよみがえる。あの日も、いつもと変わらない任務だと思っていた――。
◆
数日前に、匿名で通報があったらしい児童養護施設への潜入任務。
その内容は、不審な人物が出入りをしている所を目撃したというもの。
そして、その案件に駆り出されたのが俺と調だった。
表向きは、学校のボランティア活動の一環としての訪問。
白なら、特に問題なし。
黒なら、上に調査結果を報告しその後、施設を壊滅させなければならない。
仮に白だとしても、俺たちが訪問したことを疎むような閉鎖的な所であれば、そこにいる子供たちのためにも環境を変える必要がある。
「……ここか」
外観は、ごく普通の児童養護施設。塀に囲まれた敷地は少し不気味で、施設の門をくぐった先はまるで異世界みたいだった。
花壇の花は手入れされていないのか萎れていて、子どもたちが作ったであろう色の褪せた風車が、カラカラと空虚な音を響かせている。
「……ねぇ調、ここ静かすぎない?」
俺の問いに、静かに頷いた調の袖を掴む。
庭には遊具もありブランコや滑り台、砂場なんかもあるが寂れていて、そこに子供の姿は一人もなく、小さな靴が片方だけ転がっていた。
――ピンポーン。
「……おかしいな、誰もいないはずはないんだが」
「……人の気配がしないね」
玄関口まで来てインターホンを鳴らすが、誰も出てこない。調が試しに引き戸を引いてみれば、そこは驚くほど簡単に開いた。
「……え」
「……っ、調……」
閉じ込められていた空気が一気に吐き出されたその瞬間、鉄錆のような匂いが鼻をついて、胸の奥の嫌な予感が確信へと変わる。
恐る恐る息を詰めながら中へ足を踏み入れると、昼間なのにも関わらず、薄暗い廊下の奥には、赤黒い液体。
俺は咄嗟に、口元を手で覆う。
「……これは……酷いな」
隣を見れば、調も顔を顰めていた。
乾ききらない血痕はよく見ると床だけでなく、壁や天井にも散らばっていて、辺りには鼻にこびりついてしまいそうなほど血の匂いが充満していた。
「……行こう、綴」
「……うん」
そうして、俺たちは施設内へと足を踏み入れた。込み上げてくる吐き気を必死に抑えながら、歩を進める。
途中、折り重なるようにして倒れている小さな体を見つけた。
――この子たちは、逃げようとしたのだろうか。
だが追いつかれてしまったのか、出口へと続く廊下で事切れていた。その姿を見て、過去の自分たちの事が頭を過る。
喉がひくりと鳴った。
――もしもあの日。何かが違えば、俺と調もこうなっていたかもしれない。
そう思った瞬間、心臓の音がやけに大きくなってきて、体が勝手に震えだしてしまう。
どくん、どくん、と呼吸が浅くなって、うまく息が吸えない。
視界の端がじわりと滲んできた、その時だった。
「……綴、大丈夫か?」
調の落ち着いた声と温かい手が背中へと触れて、張り詰めたものが緩み、大きく脈打っていた心臓の音はゆっくりと収まっていく。
「……大丈夫……ありがとう、調……おかげで少し落ち着いた」
「そうか……安心しろ。お前の事は必ず俺が守ってやるから」
――調の存在はなんでこんなにも、俺を安心させてくれるのだろうか。
その言葉たちにいつも俺は救われて、少しだけ強くなれる。
調がいてくれるなら、絶対に大丈夫だと思える。
それに、ここで引き返すわけにはいかない――。
俺たちは奥を目指し、暗い廊下を進む。足音だけがやけに大きく響いて、自分の少し荒くなった息づかいが耳について仕方ない。
そして辿り着いた施設の最深部。そこに広がっていた酷い光景に、言葉を失ってしまう。
目にしたものは正しく地獄で、あまりの凄惨さに戦慄した。
夥しいほどの死体の山。その殆どが頭部を奪われたものばかりで、どれも形を留めていない。
それらは子供ではないようで、恐らく実験を担っていた大人たち。
血液が床を覆いつくし、靴底がぬるぬると滑ってしまうほど。
散らばった書類やデータ端末が血濡れていて、至るところにケーブルは垂れ下がり、モニターには未送信の報告文が残ったままだった。
慌てて逃げようとしたであろう、痕跡の数々。
俺たちが今日ここへ来るという情報が、どこからか漏れてしまっていて、到着した時点でこの施設は既に放棄されていたというのか。
だが施設の外に血痕は一切なかった……ということは、誰一人として玄関扉の向こうには辿り着けなかったのだろうか。
そんな、悪夢のような光景――。
そしてその真ん中に、葵は呆然と座り込んでいた。
小さな子がただ虚ろな瞳で宙を見上げているその姿が、今の状況の異様さを物語っている。
俺と調が息を呑んだ時、彼は徐に口を開いた。
「ねぇ、僕のこと殺してくれるの」
淡々とした、感情の欠片もない声。まるでそうすることが、当然なのだとでもいうように。
そんな言葉を、こんな小さな男の子から聞くことになるとは思わなくて、心臓が嫌な音を立てる。
葵は全てを諦めたような、感情の抜け落ちてしまった表情をしていた。
胸は締め付けられて、こちらの方が苦しくなってししまい、自ら死を望む言葉にどう返せばいいのか。
どんな言葉を投げかければ、彼をこの地獄から救い出せるのか。
頭の中で迷いが、渦巻く。
「これは、君がやったのか?」
沈黙を破ったのは、調だった。静かで冷静に、それでいて逃げ場を与えるようなそんな声。
葵は目を伏せたまま答える。
「……そうだ。って言ったら殺してくれる?」
「殺さない」
調は一切迷わず、断言した。
「俺たちは、君を保護するために来た。だから殺さない」
「……保護?」
葵の声は、乾いていた。
「僕なんかを保護したって無駄だよ。だって、僕は出来損ないだから」
「なんで、君はそう思うの……?」
俺は思わず、一歩前に出て聞いてしまった。調の答えに対して僕は出来損ないだなんて、自分の事を卑下するのを見ていられなくて。
「なんで? 母さんが言ってたから。僕が生まれたから、そのせいで人生が壊れたんだって」
言葉が、見つからなかった。その告白はあまりにも淡々としていて……なのに、凄く残酷で。
どんな慰めの言葉も、否定の言葉も全てが薄っぺらく思えてしまう。
「俺は、綴。ねぇ、君の名前聞いてもいいかな?」
葵は特に表情を変えず、攻撃してくるような素振りも見せない。
「……葵」
「葵か……綺麗な名前だね」
俺は少しずつ、距離を縮めるように他愛もない質問を投げかけてみる。
「寒くない?」
「……うん」
「どこか、痛いところはある?」
「……ない」
本人の言うように目立った外傷はなさそうだが、血の匂いに晒され続けていたせいか、肌は青ざめてしまっている。
「葵は何が好き?」
警戒心を解くための会話、意味なんてなくてもいい。俺の声が届いてくれさえすれば、それでいい。
葵は、少し考えるような素振りを見せてから小さく答えた。
「……本」
たったひと言。だけどその一言で、少しだけ葵のことが知れたみたいで嬉しくて。
「じゃあさ、これからはいっぱい好きな本が読めるね」
そっと手を差し伸べながら、俺は真っすぐに目を見た。
「だからね、俺たちと一緒に来てくれないかな? 俺、葵と友達になりたい」
少しでも安心してもらいたくて、へらりと笑ってみせると、葵は僅かに目を見開いた。
「友達……? そう言って、僕の能力を利用したいの?」
「うーん……俺は葵が協力してくれるなら嬉しいけど、それを無理強いする気はないかなぁ」
苦笑して、肩をすくめる。
「じゃあ……なんで、僕なんかに構うの?」
「葵のことをもっと知りたくなったから?」
思わず疑問形になってしまい、自分でも可笑しくなる。
「なんで疑問形なの……変な人だね」
呆れたような雰囲気ではあったが、葵は俺の手を取ってくれた。やっぱり指先は冷えてしまっていて、その冷たい手を俺は優しく包み込んだ。
「信じてくれて、ありがとう。葵が信じてくれたなら、変な人でもいいかなぁ」
――葵がそれで少しでも安心できるのなら、俺はそれでいい。
「俺はねリヒトって所にいるの。葵にはね、俺たちのアジトで一緒に暮らして欲しいんだ。だからね、まず体に問題がないかの検査を受けて欲しいんだけどいいかな?」
俺の言葉に葵は暫し黙り込み、長い睫毛の影を落とす。
「……痛いこと、されないなら」
それは、小さな声だった。怯えというよりは、ただ疲れ切って拒絶する余力も残っていないような……そんな雰囲気のものだった。
「それは、大丈夫。あっ! でも……血液検査は痛いかな?」
軽い調子でわざと笑って見せた瞬間、額に鋭い衝撃――。
「っぁで!」
「いらんこと言わなくていいんだよ、綴。ごめんね、葵。こいつが不安にさせるようなこと言って」
「しらべ……痛いよぉ……」
調からデコピンをくらい、そこそこの痛みに攻撃を受けた所を押さえ顔を顰める。
その拍子に繋いでいた手は、離れてしまう。
「……別に、大丈夫」
「そっか、よかったよ」
調は、柔らかく微笑む。
「だから安心してね。絶対に嫌なことはしないし、俺たちは葵を危ないことから守りたいだけなんだ」
俺もにへらと笑ってから、改めて葵に向き直った。
そして俺と調は同時に、葵へと手を差し伸べる。
「葵、行こぉー」
「ほら、葵」
葵は、俺たちの手をしばらく見つめていた。
「……僕なんか、本当はいらないのに」
小さく呟いた声は諦めにも似ていてたけれど、そこに拒絶の色は混じっていなかった。
葵の指先は僅かに揺れて、伸ばすでも引っ込めるわけでもなく、宙で迷ったまま。
その逡巡を、俺たちは待つことしか出来ない。
やがてゆっくりと、葵は俺たちの手を取ってくれた。その手を繋いでいないと、今にも消えてなくなってしまいそうで。
守ってあげたいと、そう、思ってしまった。
俺たちは同時に葵の手を、優しく包み込んだ。
「行こう、葵。まずはここから出ようね」
そう告げた声は自然と強く、決意を帯びたものになったんだ――。
◆
「……つ……り」
次の瞬間――。
「綴!」
不意に聞こえた、自分の名前。さっきまでの血の匂いなんてどこにもなくて、目の前には心配そうに眉を寄せて俺の顔を覗き込む和の姿。
「……なごみ?」
「よかった、さっきから何回呼んでも返事しないから……」
そんな言葉で、一気に意識が引き戻される。
「……あ、ごめんね……ちょっと考え事してて……」
そう言って誤魔化すと一瞬だけ、怪訝そうな表情を浮かべたが、ゆっくりと和は息を吐いた。
「……そう。何かは聞かないけど、考えすぎは駄目だからね」
「……うん、ごめんね」
確かに俺は少し前まで、あの血濡れた場所のあの日にいた……と思う。
そして和の声で現実に戻ってきた。
「熱、計ってね」
そう言って、体温計を差し出される。受け取って脇に挟み、しばらくすると検温完了の音がなった。
体温計には、七度三分の表示――。
「とりあえず微熱程度までは下がったね……よかった」
「……心配かけて、ごめんね」
「確かに心配はしたけど、体調不良は綴が悪いわけじゃないよ」
きっとそれは、体の弱い彼だからこそ出てくる言葉なのかもしれない。
「とにかく、無理はしないで」
「……わかってるよぉ、だいじょうぶ」
苦しかった出来事たちはすでに「過去」になっていて、それはもう俺の背後にある。
――だから大丈夫。
それは過去の自分への返答のようにも思えた。
「……そうだ」
和が言い淀むように、言葉を落とす。
「……綴が起きたら、伝えようと思ってたんだけど……」
このタイミングで和が俺に伝える必要があると判断したことだから、何でもない報告じゃないはず。
俺は視線だけで、続きを促した。
「例の、動画の件なんだけど……」
その単語が出た瞬間、一気に頭の奥が冷える。
「……正式にギフト関連の事件だと認定された」
心の何処かではそうだと思っていたはずなのに、胃のあたりが重くなるような感覚。
「被害者は都内在住の一般人男性で、場所も特定されてる」
「……そう」
「動画の拡散が今も止まらなくて……消しても、消しても別の所から上がってる。切り抜き、加工、フェイク……もう何が元なのかもわからない」
和が見せてくれたタブレットの画面には、あの映像の断片が並んでいる。
「このままだとさ……ただの怖い動画じゃ済まなくなる」
一度、言葉を探すように口を閉じてから、和は続けた。
「一般の人からすれば、僕たちみたいな能力者は都市伝説同然……人を溶かしてしまうギフトがいるなんて話が広がってしまったら……」
和の視線が、俺から外れる。
「そんなことになれば、きっと……犯人探しが始まってしまう。明確な証拠なんてなくても、怪しいってだけで吊るし上げられるかもしれない」
和はその言葉を使わなかったが、このまま放っておけば、所謂……魔女狩りのようなものが、この現代においても起こってしまうかもしれない。
「……集団恐怖心ってやつか」
「そう……ギフトである僕たち能力者が、悪いんじゃない。あれを見て恐怖を感じた人たちが、正義のつもりで境界線を踏み越えてくるのが、一番厄介なんだ」
部屋の中が、静かになる。
「一度それが始まってしまったら、誰にも止められない。多分、最初に傷付くのは……何もしていないギフトだ」
誰かが前に出れば、きっとその誰かが標的になってしまう。
慎重且つ迅速に、対応を進めなければならない。
「……とりあえず今は、調と縁が動いてるみたい」
少し言いづらそうに視線を伏せて、和は言った。
「今回の任務は危険度の高さから、翠等級の判定が下ったんだ」
翠等級ということは……事件の対象がギフトであった場合、その生死は問わない。最悪の結末までが、織り込まれた任務。
リヒトでは基本的に戦闘を伴う可能性がある任務には、二人以上の人員を割り当てられる。潜入任務であれば一人で遂行することもあるが、基本は複数行動だ。
そしてリヒトに所属しているギフトには、等級が与えられている。
上から順番に翠、紅、蒼の三等級になり所持能力やサクリファイスの有無、身体能力値など総合的に精査され等級が決まる。
最上位等級である翠は全国に支部を置くリヒト全体で見ても、一割ほどしかいない。
もっとも多いのが、2番目である紅。
3番目にあたる蒼は、何らかの理由で戦闘に参加できなかったり、能力が非戦闘向きだったりといったやむを得ない事情はあるが、任務への参加意思のあるものが多い。
そしてこの等級は二年に一度更新される仕組みで、高い順に危険度の高い任務が割り振られることになっている。
この制度が適応されているのには理由があり、ギフトが持つ能力やサクリファイスには未だに解明されていないところが多い。
それにより等級決定時には確認されていなかったサクリファイスの出現や、当初は問題のなかった能力使用による身体的負担の変化といったものが、突然現れることも決して稀ではない。
そのため加入時の等級が、数年後に別等級へと変更になることも特段珍しくはない。
俺の等級は、2番目である紅。理由としては、自らのサクリファイスを申告していないから。
縁によると所持能力だけで見れば最高等級にあたるそうだが、代償の未申告によりこの階級に留まっている状態だ。
同じく燎、湊、弥、桜もこの等級にあたる。
燎は近いうちに翠の等級に上がる見込みで、湊は能力こそ非戦闘向きではあるが、身体能力が異常に高く戦闘能力が秀でているため。
弥は等級決定時は翠だったのだが、本人の以降からひとつ等級を下げることになった。
桜は申告したサクリファイスの判定によるものだという。
和、葵、悠は1つ下の蒼。
和は身体能力やサクリファイスに問題はないのだが、能力の秘匿性からこれ以上の等級に上がることはない。
葵の場合は、サクリファイスが判明していない事と身体面による判定。
悠は身体能力には問題ないが、所持能力がサポートや偵察向きのための判定で、現在は等級を上げるために燎と湊に稽古をつけてもらっている。
そして調は所持能力、サクリファイス、身体能力など全ての項目において基準を満たしている為に最高等級である翠。
原則として十二歳以上、十五歳以下のリヒト所属ギフトは、翠もしくは紅等級のギフトの任務へ本人が希望すれば同行できることになっていて、等級の判定は十五歳になったとき「ギフト資格適格性審査」を希望者のみが受けられるようになる。
そこで出た結果を元にして等級が決められ、それ以降は正式に自らの名前で任務を受けられるようになる仕組みだ。
「はっきりと言えることはまだ少ないし、能力の発動条件についてはまだ憶測段階だけど……」
「何でもかんでも溶かせる能力というわけでは、ないと思う……この動画を見る限り、ふれたものすべてが溶けているわけじゃない」
和は、画面を指で軽く叩く。
「そうだね、周囲の地面や塀も無事だし……近くの金属も変化していない」
「そう。つまり、無差別ではない。溶かす対象を何かしらで選んでいる」
和のその言葉に、じわりと背筋が冷えていく。
「動画上の位置関係を見るに、対象にかなり近付いている。少なくとも、手を伸ばせば触れる距離」
「遠隔、ではないということか……」
「うん。恐らく能力発動には近付く必要があって、連続使用はできない。これだけの能力だ。そんなことをすれば、ギフト本人の体にはとてつもない負荷が掛かるはずだからね」
「……怖いな」
俺が呟いた言葉に、和は小さく頷いた。
「ひとつだけ……気になることがあるんだけど……」
和の言葉は淡々としているけれど、声音は真剣なものだった。
「気になること?」
「うん。動画の能力者は、被害者の方を一切見てないんだよね……」
そう言って和はタブレットを操作し、動画を戻す。
「ここ。まるで自分の意思で動いてるんじゃなくて、操られてるみたいに見える」
「……確かに」
「これも可能性の段階だけど……」
少し言いづらそうに視線を彷徨わせ、和は言い淀む。
「もしかしたら、オメガの被験体なのかもしれない」
その言葉に、俺の心臓は嫌な音を立て始めたのだった――。




