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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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33/33

約束と、追憶のプリン。



 弥が過呼吸の発作を起こしてしまった翌朝。


 俺は紅茶を片手に情報番組を見ていたのだが、芸術的な寝癖の桜と、起きたばかりのはずなのにきっちりとしている和の間にいつの間にか挟まれていた。


「綴、今日は任務入ってるよね?」

「……体調は? 大丈夫なの?」

 和と桜が、両サイドから聞いてくる。何だかんだ言っても、この子たちは仲がいい。


 さっきまでちょっとした言い合いに発展していたのが嘘かのように、今はぴったりと息があっている。

 

「うん、もうだいじょうぶ。それに一件だけだし、調査案件だから戦闘にはならないよ」

「そう……ならいいけど……」

 和は少し怪訝な表情を浮かべていたけれど、それ以上は何も言わなかった。


「ねぇ、綴。僕も任務終わったあと時間あるから、合流して綴のお気に入りのカフェ連れてってよ」

「いいよ。桜と出かけるの何気に久々だから、楽しみだなぁ」

 

 ――最近は俺が体調を崩したりも多かったし、みんなそれなりに忙しくしているから、時間が合わなかった。


「じゃあまた終わったら、連絡するね」

「りょーかい」


 俺はいつも通り準備をして、アジトを出る。ここ数日の体調不良から解放されて、心なしか体はいつもより軽い気がした――。

 


 ◆

 

 そしてそんな話をしたのが、数時間前――。


 任務も滞りなく終わり、桜に連絡を入れるともう少し長引きそうだから、先にカフェに向かっていてほしいと言われた。

 カフェの位置情報だけ共有してから、ここ最近ひそかにお気に入りのカフェへと足を運ぶ。

 

 踏み入れた午後の店内は、静かだった。昼の混雑する時間はとっくに過ぎていて、店の中にはゆっくりした空気が流れている。

  

 俺は日がよく当たる窓際のいつも座る席を選んで、腰を下ろす。ここの苺のショートケーキがお気に入りで、雰囲気もよくて落ち着けるから、気分転換したい時なんかに何度か来ている。


 ――ケーキは桜が来てからとしても、何も頼まないのは迷惑になっちゃうから、先に飲み物だけ頼んでおこう。


 メニューを開いて、何にするか悩む……こういう時間が、俺は何気に好きだったりする。

 

 新メニューと書かれたハイビカスローズティーというのを見つけ、いつも頼むミルクティーとどちらにするか迷う。


 ――どうしようかなぁ……新メニューは気になる……。


 そんなふうに悩んでいた時、声がした。

 

「こんにちは、綴さん」

 メニューから顔を上げると、見覚えのある女の子の姿。


「こんにちは……覚ちゃん」

 大学生だという彼女は、長い髪を後ろで軽くまとめ、エプロンをつけているここの店員さん。


「今日は一人なんですね」

 彼女は、愛想のいい笑顔で笑う。

 

「そう、待ち合わせ中なんだ」

「そうなんですか……あ、注文お伺いしましょうか?」

 

「ありがとう、このハイビカスローズティーをお願いします」

「かしこまりました、すぐお持ちしますね」

「はーい」

 結んだ髪を揺らして、彼女は厨房の方へと戻っていく。

 彼女は明るく快活な子で、俺が初めてこのカフェに来たとき仲良くなって、俺がここへ来た時に彼女がシフトに入っていれば、少し話すくらいの間柄になっていた。


「おまたせいたしました!」

 そんな明るい声と共に、ドリンクが運ばれてくる。


「……綺麗」 

 ローズマリーの葉とバラの花びらが浮かんでいる美しいルビーのような赤色に、つい見惚れた。


「ふふふ。私的、一番のおすすめです!」

「へぇ……それは、楽しみだなぁ」

 そっとストローに口をつけて飲むと、ハイビカスの酸味とローズの香りがふわりと広がる。


 ――さっぱりしてるけど、ちゃんとあまくて……美味しい。

 

「綴さんは、最近忙しかったんですか?」

「んーまぁ、そんな感じかなぁ……」

 

 ――体調崩しがちですとは……言えない。それに「忙しくしてる」も、間違いではないしなぁ……。

 

「今日、久々にお会いしましたもんね」

「そうだね、確かに……ちょっと久々かも……?」

「私、いつも綴さんに会えるかなって考えながら仕事してるんで」

 彼女は、少し冗談ぽく言った。


「ふふ、そうなの?」

 俺もこうして仲良くしてくれるのは、純粋に嬉しい。


「覚ちゃんこそ、大学はどうなの?」

「相変わらずですかね……」

 覚ちゃんと話すのは楽しい。だけど同時に言語化することが難しい僅かな違和感のようなものが、付きまとってくるみたいなこの感覚は何なのだろうか……。


「前もそうだったけど……無理はしないでくださいね」

「……ありがとう、気を付けるね」

 覚ちゃんはくすっと笑った。その表情に不自然さはなく、年相応の女の子のもの。


 ――前もそうだったけど……。


 その言葉がなぜか……俺の中で、妙に引っ掛かる。


 そうだった気もするし、違う気もして。

 

 覚えてないわけじゃないのに、思い出そうとするとなぜか頭が重くなる。

 

 そんな少し気味の悪い感覚――。

 

 普通の会話……なのに、ほんの僅かな違和感。どこか記憶の輪郭が、ぼやけているような……。


 どうしてこうなったのか……どこで距離が縮まったのか。思い出せるはずなのに、なぜかそこだけがぼんやりとしていて抜け落ちている。


 ――疲れたりとかしているわけでもないはずなのになぁ……。


 ――もしかしてこれも……物質形成の代償だったりするのだろうか。


 ――そうだったら、やだな……。


 一瞬、そんな思考が頭の中を過っていく。


「おまたせ、綴」

 その時――。聞き慣れた声が聞こえてきて、反射的に声のした方へと視線を向けると、そこには桜の姿。

 

「おつかれさま、桜」

 にこりと笑えば、桜も同じように笑顔を見せてくれる。


 それから桜の視線は、自然と覚ちゃんの方へと向く。

 少し困惑しているような……どこか警戒しているみたいにも見える桜の表情。

 覚ちゃんはそんな桜を特に気にも留めていないのか、軽く頭を下げてから、厨房の方へと戻っていった。

 

「……店員さんと仲良くなったの?」

「うん。注文とってくれる時に、少し話すくらいだけどね」

「ふーん……」

 桜から聞いてきたはずなのに、俺の返答には随分と興味がなさそうで、桜は彼女が戻っていった方を、じっと見ていた。


「彼女の事、気になるの?」

「……いや、なんでもない」


 ――桜、どうしたんだろ……。

 

 どこかいつもと違う桜の様子が少し……気になった。

 

「ねぇ、綴が飲んでるそれ何なの?」

 だけど桜のそんな様子はすぐに影を潜め、いつも通りに戻る。


「えっと、確か……ハイビカスローズティーだね」

「それ、美味しい?」

「ちょっと、飲んでみる?」

「いいの!」

 こういうところは、小さい頃から変わらない。

 

「ふふ。もちろん、いいよぉー」

 そう言ってから美しい赤を差し出すと、嬉しそうに受け取りストローを咥える。

 桜はひとくち飲んですぐ、ふにゃりと顔を綻ばせた。


「これ、おいしい!」

 桜はこういうとき、表情が少しだけ幼くなる。そしてそれを、きっと本人は自覚していない。

 そんな瞬間が、今でもすごく愛おしくて。

 

 ――かわいいな。

  

 言ってしまったら、桜は子供扱いしないでと嫌がるだろうから、口には出さないけど……これは一種の癖みたいなものだから仕方ない。


 俺の手元にコップが戻ってきて、正面で桜はメニューを手に取る。


「……僕、何頼もうかな」

 ページをめくりながら、小さく呟いた。

 

「綴と同じのもいいしなぁ……」 

 少し迷って、またページをめくる。

 

「でも、甘いのも食べたい………どうしよ」

 ひとり言みたいな声。俺は黙って、その様子を見ていた。

 これも昔から変わらなくて、桜が何かを選ぶときはいつもこう。

 本人は真剣に悩んでいるけどその反面、どこか楽しそうで。

 

 ――小さい頃はすぐに俺が甘やかしちゃって、いつも「甘やかしすぎ」って調に怒られてたなぁ……。

 

 今はもう大人になったから、そんな機会は減ってしまったけれど、今日みたいな時は特に……昔からの癖が出現し、つい甘やかしてしまう。

 調は呆れてるみたいだけど、かわいいから仕方がない。


「両方頼めばいいよ。俺もショートケーキ食べたいし」

 桜が嬉しそうに顔を上げる。

 

「いいの?」

「うん、食べられるでしょ?」

 俺が小さく笑うと、桜も同じように笑って頷いた。それからまた桜の視線は、メニューへと戻る。 


「じゃあ……僕、パフェ頼んじゃおうかな」

 

 ――考えるような顔を一応していたけれど、たぶん半分くらい決めてたんだろうな。


「俺がとめる理由はないから、遠慮せず好きなもの頼んだらいいよ」

「やった!」

 嬉しそうに笑った桜は、クリームソーダとパフェを注文するために店員さんを呼んだ――。

 


 ◆


 

 注文したものはすぐに運ばれてきて、背の高いグラスに入ったメロンソーダの上に乗ったソフトクリームは、思っていたよりも大きくてインパクトがある。

 

 パフェは桜自身があまり食べられる方ではないからか、少し小さめのものだったが、生クリームと色とりどりのフルーツがたくさん乗っていて、小さめのサイズでも十分に華やかだった。


 そして俺の目の前には、念願のケーキが置かれる。何気なく桜の様子を見ながら、ケーキにフォークをいれた。


「……おいしい」 

 桜はパフェをひとくち食べた後、幸せそうに目を細める。 

 そしてクリームソーダを飲んでまた、ふにゃりと笑う。

 それが、本当に嬉しそうで。

 

 ひとくち食べて、少し満足そうにしてからまた次を食べる。

 それを繰り返してるだけなのに、見ていると妙に落ち着く。

 そしてそんな様子を見ながら、ケーキを口に運べば、口内に控えめな甘さがふわりと広がり、幸せな感覚で満たされていく。


 向かいでは、桜がパフェを崩しながら、真剣な顔で食べている。

 その顔を見て、ふっと思いだす。

 

 ――そういえば……小さい頃、泣いていた桜に甘いものを渡すとすぐご機嫌になってくれてたなぁ……。



 ◆


 

 桜が小学校に上る前くらいのとき。理由は忘れてしまったけれど……当時の桜にしては珍しく、機嫌を悪くして、リビングの隅で座り込んでいたことがあった。

 

 膝を抱え込んで小さくなり、床を見つめている。


「桜、どうしたの?」

「……しらない」

 返ってきた声はとても小さくて、拗ねたまま顔も上げない。

 呼んでみても来ないし、いつものように抱き上げようとすると嫌がる。

 あの頃はまだ泣くのを我慢するのも下手で、目の縁だけが赤くなっていた。

 どうしたものかと頭を悩ませていたら、冷蔵庫に調お手製のプリンがあったことを思い出す。

 それを取りに行って戻ってくると、桜はまだ同じ場所にいた。

 

「ねぇ……桜、調が作ってくれたおやつ一緒に食べない?」

 プリンをそっと目の前に差し出すと、ちらっとだけ見る。

 

「……なに」

「調お手製のプリンだよ」

 泣きそうな顔のまま、少し迷うように視線を彷徨わせた。

 

「食べる?」

 少しの沈黙の後。桜は小さく頷いてくれたから、スプーンですくって、口元まで持っていってあげる。


 小さく口を開けて、ぱくりと食べてくれた。


 もぐもぐして、少し止まる。それからもう一度、口を開けた。

 何も言わないけど、ちゃんと待ってる。


 そんないじらしい様子に、思わず口角が上がりそうになりながらも、もうひとくちすくう。


「はい、あーん」 

「……おいしい」

 小さな声で、ぽそっと言った。その声を聞いた瞬間、さっきまでの拗ねた空気が嘘みたいに消えていく。

 

「ふふ。よかった」

 そう返すとちょっとだけ近付いてきて、小さな手で俺がスプーンを持つ手を握ってくる。

 

「まだ食べるの?」 

「……もうちょっと」

 桜はこくん、と頷く。

 

 半分くらいまで食べた時。小さく首を横に振った。

 

「もういいの?」

「……うん……もう、いい」

 そう聞くと少し考えるようにしてから、桜は小さく頷く。

 

「……ごめんね」

 そのまま俺の服の裾を小さな手で掴んで、内緒の話を教えてくれるみたいに言った。

 

「怒ってないよ」

 そう言って頭を軽く撫でると、安心したみたいに、肩の力が抜ける。  

 

「……だっこして」

 桜は小さな手を伸ばしてきて、いつもみたいに甘えてくれた。

 そっと抱き上げると、首元にきゅっとくっついてきて、俺のほうが内心ほっとしてしまったのを覚えている。

 さっきまで泣いていたのなんて、嘘みたいで。


 ――甘いもの効果は、すごいな。

 

 単純だなとは思ったけれど、泣いてるよりも笑ってる方がずっといい。

 

 あの頃からずっと、そう思ってた。



 ◆


 手がかかって、甘えん坊で。だから放っておけなくて……気付けば、いつもそばにいた。

 周りから見れば、かなり過保護だったと思う。

 

「……どうしたの?」

 桜がこっちを見る。俺がじっーと見ていたのに気付いたらしい。

 

「何でもないよ」

 少し笑ってから、ケーキをもう一口食べる。

 

 その時、視界の端に覚ちゃんの姿が映る。不思議なことに、彼女となぜ話すようになったのかを……上手く思い出すことが出来ない。

 最初に来た日の事も覚えているのに、詳しいことを思い出そうとすると、妙に曖昧で……。


 ――俺の考えすぎかな……。


 ――体調を崩すと悪夢に魘されて、感覚が曖昧になることも増えたから、これ以上は深く考えないでおこう。

 

 そう決めて、持っていたフォークを置き、水を一口飲んだ。

 

 その時、ふと気付く。桜がさっきから何度か、彼女のいる方を見ていて、何かを考えている様子であることを。

 

「桜、どうしたの?」

 声をかけると、少し遅れてこっちを見る。

 

「……いや」

 少しだけ間があって、桜はゆっくりと首を振った。

 

「なんでもないよ」

 そう言って、またパフェを食べる。その仕草は、どこか落ち着かなくて。

 すごく気になるほどではないけれど、気付かないほどでもない。

 

 だけどこういう時、無理に聞いてもきっと桜は答えないから、これ以上の詮索はやめておこう。

  

 だから俺は何も言わずに、ケーキをもう一口食べた。

 少し甘さ控えめな生クリームを使った苺のショートケーキは、やっぱり美味しくて。

 苺の瑞々しさが、口の中をさっぱりさせてくれる。


「桜もケーキ食べる?」

 視線を戻してそう聞くと、桜は少し迷いつつも頷いた。

 俺はひとくち分をフォークにさして、桜の口元へ差し出す。


 桜は小さい頃みたいにぱくりと食べて、もぐもぐと咀嚼する。

  

「これも、美味しいね」

 その言い方が昔と同じで、思わず笑ってしまう。

 

「よかったね」

 そう言うと、桜は嬉しそうに笑った。その顔を見ているとさっきの違和感も、頭の重さも少しだけ……どうでもよくなる。

 

 そっとフォークを置いて、もう一度桜を見ると嬉しそうにパフェを食べている。

 

 今はそれだけで、十分だと思った――。 

  

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