手作りのあまいドーナツと、金木犀の香り。 燎side
夜は、静かに更けていく。あの後、会話は長く続かなかった。
小さく胸を上下させ、穏やかな寝息をたてる弥。
「……さて、さすがにそのままってわけにもいかないよね」
俺は言いながら、立ち上がる。
「ごめんね、お願い」
綴は、申し訳なさそうに眉を下げた。俺は静かに屈み込み、慎重に腕を差し入れぐったりとした身体を軽々と抱え上げる。
「……相変わらず、軽いな」
持ち上げても眠っている弥が目を覚ますことはなく、無意識のまま綴の服を掴んでいた指だけが、僅かに名残を残していた。
その指を綴はそっと解いて、指先で撫でる。それはとても優しく、穏やかな手つきだった。
「ありがと、燎」
「どういたしまして」
そう言ってから俺は、弥の部屋へと足を向ける。入ってすぐそばにあるベッドへとそっと下ろしてから、首元まで柔らかい布団を掛けた。
「おやすみ、弥……いい夢を見てね」
一緒に部屋へと向かった綴は、とても愛おしそうな表情を浮かべて、弥の頭を撫でる。
「綴もゆっくり眠ってね……おやすみ」
そこで俺は綴と別れて、自分の部屋へと戻った。布団に入ってしまえば、睡魔はすぐ襲ってきて意識が薄らぐ。
――明日は……悠と稽古だから……はやく、おきないと……。
◆
そして次に意識が浮上した時。俺は差し込む光に、ゆっくりと瞼を開いた。視界には見慣れた天井が映り、状況を理解するまでに少しだけ時間が掛かる。
「……あ、俺……昨日すぐ寝ちゃったのか」
短く息を吐いてから、身体を起こす。ぐうーっと身体を伸ばし、ひやりと冷たいフローリングに足をつけた。
――やっぱりラグ……買ったほうが、いいかな。次の休みにでも、誰かを誘って見に行こう。
そんな事を考えつつ、リビングへ降りるとそこには綺麗な銀髪の持ち主である元気な子が、ソファへと座っていた。
「……燎!」
勢いよく響いた声。
「おはよう、悠」
きらきらとした瞳に、どこか弾んだ空気。
「……朝から元気だな」
「だって今日、燎が稽古してくれる日でしょ?」
悠は、ぱっと表情を輝かせた。隠しきれていない期待に、俺は小さく笑みがこぼれる。
そんな時、不意によみがえる記憶。きらきらと輝く瞳は、湊を助けた日にも見せてくれたものと同じ光だった。
◆
悠が今よりずっと、幼かった頃。不安になると袖や裾を引いていた、小さな手を思い出す。
雨に振られ、冷えてしまった体を温めるために、お風呂へと入った後。部屋の中には、ドライヤーの音だけが響いている。
目の前の椅子に座る悠はタオルを肩にかけて、少し眠たそうに目を細めて俺の手の動きをじっと見ていた。
悠の丸い頬は淡いピンク色に染まっていて、雨によって冷えてしまっていた体は、しっかりと温まったようで、ほっとする。
かちっ――。
ドライヤーを切って乾いた髪にふれると、銀色の髪は光を受けて淡くきらめく。
「新しいヘアオイル買ってみたんだけど、使ってみてもいい?」
お風呂に入る前に自分の部屋から持ってきたものを手にして聞くと、悠はこくりと小さく頷いてくれる。
少量を手に出してから両手にのばし、優しく馴染ませていく。
「あまくて、いいにおいがする……」
「金木犀っていうお花の匂いだよ、髪が絡まりにくくなるんだって」
柔らかい髪は、さらさらと指の間をすべる。俺の髪に比べて、細いため少しだけ絡まりやすい。
それが少しでも改善できればなんて思っていた矢先、任務の帰りに寄った大きめの商業施設にあるヘアケアコーナーで見つけたものだ。
丁寧に扱えば扱うほどに、絹のように滑らかな手触りになる美しい髪。
こんなにも綺麗なのに過去の悠の周りには、この髪を嫌いにさせてしまうような人間しかいなかったことが、俺は悔しくてたまらない。
前に悠から聞いた言葉を、思い出す――。
「……俺のこと、気持ち悪くない?」
あの一言が、俺はどうしても忘れられない……。
少しでも悠に自分の髪を好きになってほしくて。「人と違う」ということは、決して悪いことじゃないと知ってほしくて。
少しでも嫌な記憶を塗り替えることができたらと思って、俺はケア方法やアレンジについてたくさん調べた。
悠も髪に触れられることへの嫌悪感のようなものはないようで、好きにさせてくれる。俺自身もより美しさを増す髪にふれることが、次第に楽しくなっていった。
その時間は、安心して身を委ねてくれる悠が可愛くて。最近は髪へふれているときに少し眠そうにし始めるのも、俺への信頼の証みたいに思えて。
「悠の髪は本当に綺麗だね、俺いつも見惚れちゃう」
俺は指先で艶を纏ったことにより、星の輝きを放つ髪を一束すくい取って、優しく撫でる。
少しの沈黙のあと、悠はふわりと笑った。
「……燎がいつも大切にしてくれるから……おれも……じぶんの髪、すき」
眠さからか、少しぽやぽやした様子で言われた言葉。悠は何気なく言ったのかもしれないが、俺の目には熱いものがこみ上げてくる。
――うれしい。俺がしていたことは、無駄じゃなかった……慣れないながらも、頑張って本当に……よかった。
仕上げに髪を櫛で整えるとき、俺はいつも密かにおまじないをかける。
どうかこの子がもう二度と、自分を嫌わなくてすむように――。
この美しい銀色が、いつか誇れる色になりますように――。
「できたよ、悠……どうしたの……眠い?」
おでかけの疲れもあり、うとうとしているのか、こくりと小さな頭は船を漕ぎかけている。
「ありがとう、かがり。ちょっとだけ……でも、おれ……しらべのどーなつ、たべたいからまだねない……」
少し舌っ足らずに話すそんな答えすらも、可愛すぎて……。
「ふはっ、そうだね、美味しいもんね、調が作るドーナツ」
俺は、口角が上がってしまうのを止められなかった。
「うん……」
「抱っこする?」
そう聞いたけど、眠っちゃうから歩くという悠。少し残念だと感じつつも、手を繋いでリビングへと下りるとふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。
ダイニングテーブルの上には、山のように積まれているドーナツ。
飾り気のない昔ながらのシンプルなものから、チョコレートでコーティングされたものや、チョコスプレーでカラフルに飾り付けされたもの。
「燎、悠。好きなの取っていいよ、今グレーズドのやつも作ってるから」
どれも美味しそうで、迷ってしまう。
「……ねえ、しらべ。くまさんと、ねこちゃんのやつもある?」
悠はとてとてと小さな足で歩いて調のそばまで近付き、服の裾を掴んで、作業をしている手元を覗き込む。
「あるよ、今あっちで冷ましてる。もう少ししたら完成するよ」
意外と凝り性の調は俺たちが各々好きな選択肢を取れるようにと、今回のように一口にドーナツと言っても、色々な種類のものを作ってくれる。
「どーなつ!」
桜の大きな声が後ろから聞こえて、その後から和と綴も下りてきた。
「甘い良い匂いがする! 僕、コーヒー淹れるね」
そうしてリビングにふわりと香りはじめる、焙煎した豆の香り。
最近の和は、珈琲にはまっているらしい。
聞くと豆の産地だとか、焙煎度合いだとかを熱心に教えてくれるが、正直俺にはあまりわからない。
調や綴も嬉しそうに話す和の様子にいつも微笑んで聞いているが、二人が理解しているのかはなんとも……。
能力的に糖分が必須な和だが、本来お菓子のような甘いものがそこまで得意ではないらしい。
だが調がつくるものだけは別なようで、珈琲はより美味しく食べるために調べたのがきっかけだとか――。
でも確かに、和が淹れてくれる珈琲は美味しい。
もともと苦くてあまり得意でなかった俺も、なぜか和が淹れてくれるものは飲めるから不思議。
「ほんとだねぇ、良い匂いする」
綴は少食で一度にたくさんは食べられないが、甘いものは結構好きらしい。
三人の登場で途端に、賑やかになったリビング。
「しらべ! ぼくの好きなあまいやつもある?」
「あるよ、桜の好きなグレーズドドーナツ。丁度いま出来たよ」
「わぁー! ありがとう! しらべ!」
桜は調からドーナツを受け取って、ソファの方へと持っていき綴が来るのを待っていた。
「つづり、はやく!」
「ちょっと待ってねぇ、桜。和は? どれ食べるの?」
「僕、チョコスプレーのやつがいい」
「わかった、チョコスプレーのやつ……」
そして綴はコーヒーを淹れてくれている和の分も調達してから、桜が待つソファの方へと向かう。
「今日のは少し軽めにしてみたよ」
そう言って俺へとマグカップを差し出してくる和は、ふふん! とでもいいたげな様子だ。
和はいつも飲める人全員分の珈琲を淹れてくれるのだが、苦いのが得意でない綴の分だけは毎回カフェオレにする。
ほんの少し多めのミルクと、砂糖をひと匙入れた甘やかな色――。
「ありがとう」
受け取るとにこりと笑ってから、綴のもとへと足取り軽く向かっていく。
少し前に一度、和に言ってみたことがある。
◆
「和、俺もカフェオレのんでみたい」
綴が外出中でいない時にふと思いついた俺は、いつものように珈琲を淹れてくれている和にリクエストをしてみた。
綴がいつも幸せそうに飲んでいる、優しい色を俺も飲んでみたくて。
だけど和は一瞬だけ考える素振りをしたあと、さらっと言ってのけた。
「うーん……やだ」
「え、なんで!?」
予想していなかった回答につい、大きな声が出てしまう。
「だってカフェオレは、綴だけだもん」
俺がむぅーとなんとも言えない表情を浮かべて抗議する俺を見て、和は肩を震わせて笑い出す。
一頻り笑ったあと静かに珈琲をマグカップへ注ぎながら、なんでもないことのように言った。
「僕にとって綴は、特別なんだよ」
和がなぜ綴のことを「特別」だと言うのかの理由は、わからない。だけど……きっと、和も俺と同じようにあの優しい手に助けてもらったからなんじゃないかと、俺は思っている。
「だから、燎には普通のやつね」
そう言う和の口調と表情は、あまりにも優しくて。
「それに綴は、にがいの苦手だからねぇ……」
笑いながら言うその言葉は冗談みたいだけど、でもどこか真剣で。
「特別、ねぇ……」
苦笑いをしながら受け取ったマグカップに鼻を近づければ、ふわりと芳ばしいにおいが立ちのぼって、口に含めばいつもの苦み。
――俺もそんなに、苦いのは得意じゃないんだけどなぁ……。
だけど淹れてくれた人の優しさが反映されるのか、不思議とその苦味も嫌じゃなく美味しいと感じる。
そんなだからついに俺も珈琲が飲めるようになったのかと、市販のものを買ってみたこともあるが、それは苦くて全くだめだった。
マグカップの温かさから、和の優しさがちゃんと伝わってくるようで。
そんな、穏やかな時間を過ごしていると……。
ガチャ――。
玄関のドアが開く音が聞こえ、少ししてからリビングに柔らかな声が響く。
「ただいまぁ……あ、珈琲のいい匂いがする」
「おかえり、綴! 今、ちょうど淹れたばかりだよ」
飲む? なんて嬉しそうに声を掛ける和は、ついさっきまでソファでのんびりとしていたのに、綴の姿を見た瞬間すっと立ち上がる。
「え、俺の分も淹れてくれるの? ありがとー!」
「もちろんー!」
もし和が犬だったら、今は多分とれちゃいそうなくらい尻尾を振っていると思う。
綴のマグカップを取り出し、少し濃い目に珈琲を淹れてから、慣れた手つきで温めた牛乳を注ぐ。
「はい、特製カフェオレ」
マグカップを綴のところへと持っていった和が、ふわりと笑う。
「今日のはね、ちょっと浅めの焙煎豆を使ってみたんだぁ」
そして和はそっと、綴の前へとカフェオレを差し出した。
「ありがとう」
綴はそれを受け取って、一口飲む。そんな様子を見守る和は穏やかだが、どこか真剣な表情を浮かべている。
「おいしいねぇ……やっぱり和が淹れてくれるのが、一番好きだなぁ」
ふふっと、嬉しそうに笑い返す。
「僕も、いつも美味しく飲んでくれる綴が大好き!」
和の笑顔はふわふわと、さらに柔らかくほどけていく。
恋人かとツッコミたくなるほどに、甘々な空気。そんな二人の様子に、俺はマグカップを手に持ったまま小さく笑う。
けれどその「特別」を見ている時間が、幸せで――。
◆
そんなこともあったなぁ……なんて思い出しながら、今日も綴のためにご機嫌に珈琲を淹れている和を見ていた。
「珈琲の、いい匂いするねぇ」
和の手元をのぞき込み目を細めた綴は「あ、カフェオレだぁ」なんて嬉しそうにしている。
「綴に作るカフェオレは、特別だからね」
小さくこぼされた和の言葉に、綴は一瞬だけきょとんとしたあと、柔らかく微笑んだ。
「そっかぁ、ありがとね」
とても甘く、穏やかな声。和が少し耳の先を赤くしていたのに、気付いたのはたぶん俺だけ。
嬉しそうな二人の微笑ましい様子は、心に穏やかさをもたらす。
「つづりは、ぼくのだよ!」
そんな中、ドーナツを手にソファで待っていてもなかなか来ない綴に痺れを切らしたのか、桜が走ってきて後ろから綴の腰に抱きつく。
「とらないで! なごみ!」
一瞬、空気がぴしっと張りつめたが、桜のこれはいつものことなので、そんなのは長く続かない。
和は目をぱちぱちとさせたあとすぐに、にこりと綺麗な笑みを浮かべる。
「えー、べつに綴は桜のだけじゃないよ。それに桜ばっかりずるい」
「しらないもん! つづり、おうちではずっとぼくといっしょなの」
「えぇー、じゃあ桜がお家にいない間は、僕が綴と一緒にいるね」
「それもだめ!」
からかう調子の和に桜はぷくっと頬を膨らませていて、いかにも不満ですというのを全身で表現している。
そんな二人の様子を見て綴は、嬉しそうにふわりと笑って言った。
「ふふ。おれ、人気者だねぇ」
その一言に笑い出す和と、当たり前でしょ! なんて、なぜか少し誇らしげに言う桜。
綴の一言によって、一瞬でその場の空気がふわふわとしたものに変わった。
――やっぱり、誰も綴にはかなわない。
その後もしばらくは綴を真ん中にして桜と和が小競り合いをしているのを、俺は少し離れたところにあるダイニングテーブルの所からみていたのだが、二人の頭を綴が撫でて笑うたびにどちらも嬉しそうに頬を緩めている。
その様子があまりにも微笑ましくて、思わず俺まで笑みが溢れてしまった。
「……なに笑ってんの、燎」
その瞬間、すかさずこちらを向いた和はいつもの冷静な口調ではなく、少し拗ねたような棘を感じられる声で、俺は思わず肩をすくめる。
「いや、なんか……桜も、和も綴の前だと可愛いなぁって……」
「かわっ!? はぁっ? 何言ってんの、お前……」
和の顔は一瞬で赤くなり、普段は滅多に語気を強めたりしないのに、珍しく視線が泳いでいる。
――あれだけ綴の前で桜にずるいだなんだ言ってたのに、そこは照れるのね……。
頭の出来が違う和の感覚には、不思議なところも……まぁ、多い。
すでに綴にべったりとくっついて甘えている桜は、ご満悦な表情を浮かべているから、たぶん話なんて全く聞こえていないと思う。
桜と和の二人は、こうしてたまに綴の取り合いで火花を散らしていることもあるが、なんだかんだ言って気は合うようで仲は意外にもいい。
そして綴本人はそんな二人を特に気にも留めず、通常通りこれでもかというくらい甘やかす。
――こうして笑っていられる時間が、他の何よりも綴が望んでいたものなんだろう。
「和、照れてるの?」
綴が桜の頭を撫でながら首を傾げて聞けば「照れてないよ!」と即答した和。
でもその表情には明らかに照れが混じっていて、普段は賢くて一つ上の俺よりもしっかりしている和の、年下らしさを感じるそんな小さな抵抗には、可愛さを感じてしまう。
「……ほんと、綴の前でそんなこと言うなよ……」
そんな一言に俺はまた、笑みがこぼれる。
「ありがとね、和」
「……うん」
それでも綴に優しく微笑まれると、すぐに顔を緩めてしまうところは、やっぱり和らしいというか。
そして何だかんだいつも通りに桜と和はあっさり仲直りをしたみたいで、今は綴を挟んでソファに座っている。
「くまさん……! ねこちゃん……!」
一方で悠はこちらのやり取りを特に気にもとめず、調の邪魔にならないところで、くまさんとねこさんのドーナツが出来上がるのを目を輝かせて待っている。
小さな手でカウンターをぎゅっと掴み、少し体を乗り出すようにして調の手元を見つめる悠。
調はそんな悠をちらりと見て、とても穏やかな表情で微笑む。
「悠はくまさんとねこちゃん、どっちが好きなの?」
「うーん……どっちもすきだけど……ねこちゃんかな」
「そうか。じゃあ今日は、ねこちゃんの方多めに作ろうかな……」
そんなやりとりを耳にしていたら、俺は思わず口元が緩んでしまう。
調は悠がどんな形のドーナツを好きなのかも、どんな時に笑うのかもちゃんとわかっている。
「悠も、ねこちゃんのお顔描いてみる?」
「いいの?」
「もちろん、こっちおいで」
小さな子たちがお手伝いをする時用の踏み台を持ってきて、その上に悠は躊躇いなく登った。
「ねぇ、おれが描いたの……うまくできたら、あのおとこのひとにあげてもいい?」
「そうだね……あの人が起きて食べられそうだったら、食べてもらおうか」
俺はそんな二人の様子を、チョコレートドーナツを食べながら、静かに見ていた。
調がまずお手本のねこさんドーナツを作るのだが、何度見てもあの凛とした雰囲気の人が、あんなにも可愛らしいものを作り出すところは見慣れない。
きっと悠や桜に喜んでもらうため、調なりに考えたものなのだろう。
綴もそうだが、調も本当に優しい人だと思う。
調にチョコペンを渡された悠は、一生懸命に小さな手を使い、デコレーションを施す。
「できた!」
「上手に出来たね、いい感じ」
「ほんとだ、上手くできたね、悠」
悠の手元には少しだけ歪だけど、可愛らしいねこさんのドーナツ。
「何が出来たの?」
綴がそっと覗きに来る。
「ねこちゃんのお顔、かいたの」
「おぉ! これ悠が描いたの?! 上手だねぇ」
綴にも褒められて、嬉しそうな悠。
「あの……おとこのひとに、たべさせてあげたくて……」
「そっか、喜んでくれるといいねぇ」
綴と悠。この二人の間には、常にふわふわとした空気が流れている。
「悠、これあげる」
そう言って調が差し出したお皿に乗っていたのは、黄色いチョコレートでコーティングされたとらさんのドーナツ。
「とらさん!」
それを見て、悠は目を輝かせている。
「向こうで、桜と和と一緒に食べておいで」
ちらっと桜と和が座っているソファへと、目を向けてから走っていく。
「俺もくまちゃんドーナツ、もらっていこぉ」
そう言って綴もピンクのチョコレートでコーティングされた、うたた寝顔のくまさんのドーナツを持って、悠たちのいる方へと戻っていった。
「燎にもこれ……」
お皿に乗った白色のコーティングに右耳が茶色、左耳が黄色のねこさんのドーナツを渡される。
「わぁ、かわいいね」
「燎っぽいでしょ?」
「え、調の中で俺ってこんなかわいいイメージなの?」
「ふふ、そうだね。俺からすると、みんな可愛いからね」
そう言った時の調の笑顔はあまりに穏やかで、ドーナツの匂いだけではない甘さが広がったような気がした。
――調がそんなこと言うの、珍しいな……。
調は出来たドーナツを一口サイズに切って、少しずつお皿に盛り付けていく。
グレーズド、プレーン、チョコ、カラースプレー。
可愛らしいお弁当用のピックを刺して、そこにアイスティーを添えれば、カラフルな特別プレートが完成する。
「調、それ俺が持っていっていこうか? 葵のでしょ?」
こそっと小さな声で聞けば、ちらっと綴の方を見る調。
その視線の先には、口の周りを盛大に汚す桜。それを柔らかく笑いながら、拭ってあげる綴。
それを気にも留めず、マイペースに食べる和と、トラさんドーナツを両手で持って大事そうに食べる悠。
「いや、俺が行くよ」
調は優しく微笑んだ後に静かにそう行って、切ったドーナツのうちのひとつを口の中に放り込んだのだった――。
◆
目を閉じると、昨日のことのように思い出せる大切な思い出の数々。
「燎? 和がコーヒー飲むかって……」
「……あぁ、うん。お願い」
不思議そうにしつつも、悠は和の方へと向かっていった。
俺は、その背中をぼんやりと見守る。
「大丈夫?」
しばらくして和によってそっと目の前に差し出された珈琲は、芳ばしい香りと優しい苦みがあって、あの時と同じだった。




