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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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23/33

新たな事実と変わらないもの。 燎side



 食事が終わって、食器を片付けた後。


「……今日、遭遇した現場の話なんだけど」

 俺はそう言って、話を切り出した。この場にいる全員の視線が、俺に集まる。

 さっきまで柔らかかった空気には緊張感が生まれ、少しずつ張り詰めていく。

 綴も、調も何も言わず言葉の続きを待っていて、俺は少しだけ視線を落とし、言葉を選ぶ。 

 

「事件が起こってからの正確な時間経過までは、わからないけど……地面も、壁も何も溶けていなかったのに、人だけが忽然と消えたみたいに……服だけが……重なって落ちてた」

 聞いていた湊の眉が、僅かに寄ったのが見えた。


「血痕も、争った形跡もない。引きずられた跡みたいな所謂……残留痕も見当たらなかった……」 

 

「しかも少し歩けば……人が大勢いる通りに面していて……笑い声も、車の音も聞こえる距離だった」

 あの光景を思い出すと、体の芯が冷えるような感覚がする。


「……動画の場所と同じだな」

 調が、呟くように言う。

 

「……まるで世界から……あの場所だけが切り取られたみたいで」 

 空気ははっきりと沈み、沈黙が流れた。俺の一言に異様な重みが宿り、動画の恐怖が完全に現実へと引きずり出される。

 綴が深く息を吐き、眉間に皺を寄せて静かに目を伏せたその背中に、調がそっと手を置く。

 

「……動画と同じか」 

 調の低い声が、静かなリビングへと響いた。

 

「……うん。同一のものだと、考えていいと思う」

 俺は、徐に頷く。

 

「警察の実況見分によれば、現場周辺の防犯カメラの映像が録画されていなかったって……」  

「……は?」

 調の視線が鋭くなる。


「……撮れて……なかった、ねぇ……」

 和も不思議そうに考え込む。

 

「……正確には、該当時間帯のみが撮れていなかったみたいなんだけど……電源とか通信状態あと保存ログなんかも全部正常。そこだけが綺麗に、抜け落ちてたらしい」

 

「……何かしら細工がされたのか、能力によるものなのか……」

 湊が、ぽつりと呟く。


「でも、何らかの能力で映らないなら、一件目のも映らないはずだよね?」 

「……確かに……あの動画の路地には、監視カメラはなかったの?」

 綴の疑問に和の疑問も重なり、二人の視線は調の方に向く。

 

「あぁ。あの一体に監視カメラは、設置されていなかった」

 

「一応、映像データは持ち帰ってきてるから、もし和が復旧できたら解析の後、調から縁さんに渡してほしい」

「……わかった」

 静かに頷いた調は、少しだけ眉間に皺を寄せた。


 ――縁さんとはあまり関わりがないから正直、俺からは少し渡しづらい……。

 

 ――かと言って縁さん関連の用事を綴にお願いしようとしたら、もっと嫌がるんだよな……。 

 

「今回表向きでは、失踪事件として扱われるらしい」

「……そうか」

 

 その時だった。

 

 かたん――。

 

 何かをうっかり倒してしまったような微かな音が聞こえ、誰かがほんの僅かに動いたような気配。

 

「……何の音?」

 和の小さな声が、静かなリビングにやけに大きく反響して聞こえた。

 

 一瞬の静寂の後――。

  

「……あ……ごめん」 

 掠れ震える声に、全員の目が小さく見開かれる。

 

 リビングと廊下を隔てる扉の所に立っていたのは、(あまね)だった。

 

 誰も言葉を発せず、空気が凍りつく。

 

「……弥」

 最初に声を出したのは、綴だった。

 

「……い、つから」

 その声音には、明らかな動揺が滲んでいる。

  

「……途中から……喉が渇いて……おりてきたら聞こえた」 

 沈黙が辺りを支配していく。 

  

「……人を溶かす能力のこと、僕……知ってるよ」 

 そんな中で弥は、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、はっきりとした恐怖が浮かんでいて、握りしめられた拳は震えている。

 

 その言葉に俺は、視線が揺れてしまう。和の表情は僅かに強張り、調の視線が細められる。

  

「昔……実験室の奥で研究員が話してた……完成するかもしれないって」

 一瞬にして、空気が張り詰める。

 

「……それは……今回の能力者のこと?」 

 綴が震える声でそう……聞いた。

  

「……っ……うん」 

 弥の唇が僅かに震え、喉が小さく鳴る。

  

「……当時は……意味なんてわからなかったし……ただの研究用語だと思ってたけど……」 

 ゆっくりと顔を上げて見えた瞳は、恐怖に揺れ彷徨っていた。

 

「今の話を聞いて……全部、繋がった……」

「……そう」

 誰もそれ以上、言葉を発せられない。

 

「……っ……」 

 その直後。弥の呼吸が乱れ始め、異変を見せた。

 

「……弥?」

 苦しそうに弥が胸をおさえたのを見て、湊の声が心配に揺れる。

 

「……ぁ……」 

 喉の奥で掠れた笛のような音が聞こえ、呼吸が浅く、速くなっていく。


「……ぅ……っ……」


「っ……は……っ……はっ……ぁ……っ……」 

 弥の呼吸は完全に崩れ、過呼吸の明確な発作を起こす。そんな中で綴は即座に立ち上がり、弥のことをそっと抱き寄せた。


「あまね、だいじょうぶだよ……」

 そう言いながら、優しくゆっくりと背中をさする。

  

「……ひゅっ……っ」 

 苦しそうに目を閉じた瞳からは、ぼろぼろと涙がこぼれ落ち、弥の指先は必死に綴の服を掴む。 

  

「俺はここにいるからねぇ……もう怖い所じゃないよ」

 綴は優しく言い聞かせるように、言う。


「弥。ゆっくりでいいから、呼吸を合わせて」

 和がそっと駆け寄り、震える弥の肩へそっと手を置く。

 

「……吸って……吐いて」

 それは治癒の能力ではなく、長年の経験で培われたもの。

 

「……ここは安全だからね……誰も、痛いことはしないよ」

「っ……は……っ……」

 綴の腕の中で、弥の呼吸が激しく揺れる。

 

「……吸って……そう、上手……吐いて」 

 繰り返されるリズム。部屋の空気が静まり返り、ただ弥の呼吸の音だけが響く。

 

「……っ……ぁ……」

 そうして少しずつ、呼吸が整い始める。

 

「……頑張ったね、弥」 

 綴の腕が僅かに緩み、その胸元に力なく弥のおでこが沈む。

 

「……ごめ……なさ……」

 小さく震える声に、綴の声が重なる。

 

「謝らなくていいんだよ、弥は何も悪いことしてないんだから」 

 あまく柔らかい綴の声は、魔法みたいに不思議と心を落ち着かせてくれる。

 

「……話してくれて、ありがと……弥」

 ふるふると懸命に首を横に振る弥の様子に、少しほっとした。


 ぴんっ、と張り詰めていた空気が緩むのを感じる。


 とん、とん、とん――。

 

 力が抜けてぐったりともたれかかる弥の背中を、綴は優しく一定のリズムで叩いていた。

 先ほどとは違い、小さい子のようにきゅっと服を掴むその仕草は、ここへ来たばかりの幼い頃を思い出させる。


「もう、無理しなくていいからね……」

 おでこがさらに胸元へ沈んだ弥の頭を撫でながら、より深く包み込むように、抱き寄せた。


 それは、あまりにも自然な光景で。


「……ここまで強い発作は、久々だったな」

 調が心配そうな視線を向けると、綴の視線が静かに落ちて、弥のおでこに滲む汗にそっと手を伸ばす。そのまま細い指先が弥の頬を辿り、しっとりと水分を含んだ睫毛に滲んだ涙を優しく拭う。


「だいじょうぶだよ、怖くないからね」 

「……っ……」 

 呼吸微かに揺れているが、弥は綴にすべてを委ねたままだった。

  

「……このままでいいからね」 

 大丈夫だということを伝えるように、指先がもう一度頬をなぞる。 

 弥の身体から徐々に力が抜け、張り詰めていた緊張や残っていた震えが、ゆっくりと溶けていく。

 

 ぽたり――。


 新たな涙が落ちるが、綴は何も言わず、ただ静かに溢れる涙をそっと指先で掬い取った。

 反対の手で、背中を優しく叩くリズムは変わらなくて。綴の服を掴んでいた弥の手が、僅かに緩んだ。

 

「……眠れそうなら、そのまま眠りな」 

 あまく柔らかな声に、小さく首を振った弥の瞼が震え、ゆっくりと重たげに落ちていく。


 最後に零れたのは、微かな吐息だった。リビングは再び、静寂に包まれる。

 

「……寝たな」 

 小さくこぼしたのは、湊だった。綴の腕の中で涙の痕だけを残して、無防備な寝顔を見せる。背中を優しく叩く綴の手は、まだ止まらない。

 

「……綴は本当に甘やかすのが上手だよね」 

 静かに響く和の声。その声音には、わずかな笑みが滲んでいた。

 

「うーん……そんなに甘やかしてるつもりはないんだけどねぇ……」 

 柔らかく言ったその声は、どこか力の抜けた穏やかな響きで。


「……はは、らしいな」

 そんな言い方に、俺は小さく笑ってしまう。 

 

「自覚ないのが、一番たち悪りぃんだよ」

 呆れにも似た、調の声音。

 

「ねぇーひどくない?」 

 そんな綴の声も、また穏やかだった。先ほどまで完全に冷えきってしまっていた空気に温度が戻る。


 ――綴は、かわらないな。


 俺は胸の奥でそう、思った。

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