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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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優しい約束とあたたかい思い出。悠side



 綴と一緒にテレビを見た後。少しお昼寝したくらいでは、やっぱり眠くて……。

 今日帰ってくると言っていた燎の帰りを待っていたいのに、俺の瞼は重くて……言うことを全然聞いてくれない。


「悠。明日、燎に稽古つけてもらうなら、今日は早く寝な」

 調にもそう言われ、俺はいつもより早めにベッドへと入った。


 静かな部屋で毛布に潜り込めば、一気に眠気が押し寄せてくる。

 今も変わらずそばにおいているしろくまさんを、抱っこすれば、徐々に意識は溶けていく。

 

 ――ほんとに、喜んでもらえてよかったなぁ。


 俺はそんな満たされた感覚のまま、静かに眠りへと落ちていった。


 そして、過去の記憶を夢に見る――。あれは確か、小学五年生の時だったと思う。





(はるか)、悪いんだけど(かがり)とお使いに行ってきてくれる?」

 あの日は学校がお休みで、リビングにいた俺は調に声をかけられた。

 

「いいよ。なに、買ってくるの?」


「牛乳と無塩のバターを買ってきてほしい」

「わかった。かがり、呼んでくるね」

 

 ――おつかいを任せられるなんて、ちょっとだけ大人になったみたい。


 俺はおつかいとはいえ、燎とお出かけできることが嬉しくて、内心るんるんしながら呼びに行くため部屋へと向かった。


「……かがり、しらべがおつかい行ってきてって」

 そっと部屋をのぞくと、勉強中の燎の姿。


「ん? おつかい? わかった。準備するから、悠も着替えておいで」

「わかった」

 着替えるために俺も自分の部屋へと戻って、少し前に調と一緒に選んだ服へ袖を通すと、胸が高鳴った。

 

 一人で行くってなると少し不安だけど、燎と一緒なら怖くない。


「悠、準備できた?」

「うん、できたよ」

 それからすぐ燎は、俺の部屋まで迎えに来てくれた。


「悠、ほら……」

 そのまま一緒に玄関まで向かい外に出ると、手を差し出される。

 俺はそれが嬉しくて素直に手を繋ぐと、きゅって大きな手で包まれた。


 学校の友達は恥ずかしいし、もう子供じゃないからママやパパとは手を繋がないって言ってたけど、俺は子供でもいいから手を繋いでほしいって思う。


 それに桜はどこかへ行くときに必ず綴と手を繋いでるから、それを聞いて少しだけびっくりしたのは記憶に新しい。


 でも、その話をリヒトの誰にも話したことはない。もし言って、そうだね。って言われちゃって、手を繋いでもらえなくなるのは嫌だから……今は俺だけの秘密にしてる。


 俺は燎のあったかい手を離さないように、きゅっと力を込めれば、燎は優しく笑ってくれた。

 

 そうして、スーパーへと向かうために二人並んで通り慣れた道を歩く――。


 穏やかな陽射しと柔らかな風が吹き、髪を揺らす。


「今日は、良い天気だね」

「うん、ハンモックでおひるねしたら、きもちよさそう……」

 そんな何気ない話をするのも楽しくて。


 学校に行くときに通るいつもの道が、燎と一緒というだけで特別なものに見えて、スーパーまでの道のりはあっという間だった。


 自動の扉が開くと、ひんやりとした空気が流れてくる。


 かごを持ってくれた燎の横で、念の為にと渡されたメモを確認してから、売り場へと向かう。


「えっと……牛乳とむえん? のバターだって」

「ということは、あっちかな……」

 スーパーの店内でも、燎は手を繋いでくれる。


 迷子にならないようにね。なんて燎は言うが、俺はふらっとどこかに行ったりは絶対にしない。

 だから本当は大丈夫なんだけど、当たり前のように手を繋いでくれるのが嬉しいから言わない。


 いつも調が買っている黄色のパッケージのバターと、牛さんの絵が描いてある牛乳を燎が持ってくれているかごに入れて、レジの方へと向かう。

 途中、ひとつだけお菓子を買ってもいいよ。と調に言われてたから、お菓子コーナーでみんなで食べられそうな袋のやつを燎と一緒に選んだ。


「おもちゃ付いてるやつじゃなくていいの?」

「うん、みんなで食べたいから……」

「そっか」

 燎はにこりと笑ってから、頭を撫でてくれた。


 お金を払って、持ってきていたトートバックへ買ったものを入れると、燎が袋を片手に持って反対の手で、また俺の手を繋いでくれる。


「よし、帰ろうか」

「うん!」


 お店を出るとさっきまで明るかった空が、少し暗くなっているような気がした。


「……雨のにおいする?」

 歩き出して、しばらくした時。ふとそう思って、空を見上げた瞬間。


 ぽつり――。


 冷たい雫が、おでこに落ちてきた。

 

「わっ……! かがり、雨……!」

「まじか……傘ないな……」 

 そう言ったあとに燎は俺の頭の上から、自分の上着をふわっと掛けてくれる。


「悠! 走るよ、おいで」

 そう言って、俺の手をぎゅっと繋ぎ直して走った。雨は瞬く間に強くなって、地面の色が黒く染まっていく。

 手を引かれるまま走って、近くの軒先に俺たちは飛び込んだ。


「大丈夫? 濡れてない?」

「うん、おれは大丈夫だけど……かがりが……」

 燎が着ているトレーナーは雨に濡れて、肩の辺りの色が変わってしまっていた。


「これくらい平気、悠が濡れてないならよかったよ」

 俺の目線に合わせるようにしゃがみこんで、頭から被せられていた上着の水を軽く払ってから、そのままそれを肩に掛けてくれる。


「ありがと……かがり」

 燎はにこりと笑ってから優しく頭を撫でてくれて、それがすごく大切にされているようで嬉しくて、ほんの少しだけ擽ったくて。


「雨、やまないと帰れないね……」

 バケツをひっくり返したように空から降ってくる雨粒は、地面を強く叩きつけている。


「そうだな……一応、調に連絡しておこうか。悠、寒くない?」

「うん、大丈夫」

「そうか。電話するから、ちょっと待っててね」

 そう言って燎は、スマホを耳に当てる。その間、俺は手持ち無沙汰になってしまい、辺りには燎の声と雨の音しか聞こえず、まるでここだけが切り離された世界のようで落ち着かない。

 遠くでは雷の音もして、指先が少し冷たくなってくる。


 燎の手は両方とも塞がっていて、繋ぐことはできないのがどうしても心許なくて、ぎゅっと燎の服の裾を掴んで電話が終わるのを待っていた。


 雨は全然弱まる気配がなくて、空から落ちてくる雫をぼぉーっと見ていたとき。


「……ぅ、……れか……」


 うめき声のようなものが聞こえたような気がして、ふと昨日綴と和が見ていたホラー映画を思い出した。


 夜の雨の中で、主人公がおばけに追いかけられるやつ。

 それを見ちゃって怖かったから、昨日は調と一緒に寝てもらった。

 

 ――こわい……ほんとうにおばけ……?


 心臓の音が大きくなって、喉がからからになる。今は燎もいるからだいじょうぶ……。


 ほんとはすごく怖いけど……おばけなら逃げないといけないからと、恐る恐る声のした方を覗き込めば、少し離れたところに人影のような何かが、濡れている地面に倒れていた。

 恐怖に思わず後ずさってしまい、心臓が大きく跳ねて、息が詰まる。


「だ……か、たすけ、て……」


 ――あの人、いま……たすけてって言った。


「……! かがり!」

「悠? どうしたの?」

「あっちに誰か……たすけてって……」


 俺が震えてしまう指でさした方を見た燎は、顔色を変える。


「人……だよな? 見てくるから、悠は濡れないようにここで待ってて」

「うん……」


「大丈夫、すぐ戻るからね」

 そう言って俺の頭を軽く撫でてから、燎は持っていたスマホを俺に渡して静かに近付いていく。

 その足取りに迷いはなく、段々と大きくなる雨の音によって緊張感は高まる。

 渡されたスマホを両手で落とさないように持って、燎の指示を待つ。


 時間にしたら、数十秒だったのかもしれない。だけど、その僅かな時間がすごく長く感じる。

 

 状況を確認した燎が、こちらを振り向いて言った。

  

「悠、調に電話して」

 言われた通りに少し震えてしまう手で、電話帳の中の「調」の文字を探す。


「少し、体起こしますよ……。悠、調に人を連れて帰るって伝えて」

「わかった……」

 なんとか見つけた調の名前をおしてからスマホを耳に当てると、呼び出し音が聞こえる。


 ――しらべ、はやくでてっ……。


「……もしもし? 燎?」

「しらべ! 人がたおれてる……かがりが連れて帰るってしらべに言ってって……」

「悠? えっ? 人?」

 電話口の調は、珍しく困った声をしていた。だけど俺も燎から言われたことを伝えるのに、必死になっちゃって……。


 泣きそうになりながら必死に伝えようとしていたとき、倒れてた人を軒先まで連れてきた燎が、濡れた髪を手でかき上げながら言う。

 

「悠、ありがとう。電話、スピーカーにしてくれる?」

「う、うん……」

 燎に頭を撫でられて少し落ち着いた俺は、スピーカーに切り替えて燎の方へとスマホを向けた。


「調? 今、近くで怪我人が倒れてて、救助したいけど多分大事にしない方がよさそうだから1回、家に連れて帰るよ」

 おおごと? ってなんだろう。目を瞑っている男の人の、顔や体は泥だらけで怪我もたくさんある。


「……わかった、和に伝えておくよ。今どこにいるの? 一人じゃ大変だろうから俺も行くよ」


「ありがとう、角のパン屋さんの近くにいる」


「了解、すぐ行くから少し待ってて」

 調はそう言って電話を切った。声が聞こえなくなって、辺りにはまた雨の音だけが響く。

 

「悠、大丈夫だよ。調も来てくれるからね」

「……うん」

 燎に優しく微笑まれて、もう一度頭を撫でてもらえば少しだけ不安が消えていった。


 数分後――。

  

「燎、悠!」 

 傘と毛布を持って来てくれた調の顔をみた瞬間、強張っていた体の力が抜ける。

 

「しらべ……」

 俺の方を見た調は優しく笑って、そっと抱きしめてくれた。

 あたたかい腕の中は安心する匂いがして、とんとんと背中をたたかれると、少し泣いてしまいそうになる。


「調、助かった。この人、熱があるみたいで意識も混濁してるっぽい。頭打ったりとかはしてないみたいだから、動かしても大丈夫だとは思うんだけど」


「分かった……悠、ごめんね。まだ不安だと思うんだけど荷物持ってくれるかな? あと、この傘使ってね」

 そっと体を離して、顔をのぞき込まれる。本当はもう少し抱きしめていてほしいし、抱っこもしてほしかった。

 

「……うん」 

 だけど倒れている男の人はとても苦しそうで、俺がそんなことをしている場合でないのはわかる。


「調、俺がこの人背負うから、傘の方お願いしてもいい?」

「分かった……いくぞ、燎。せーの……」

 俺が荷物を受け取ると調は持っていた毛布で男の人を包み、燎の背中へと乗せるのを手伝う。


 調はこれ以上、燎たちが濡れてしまわないようにと傘を傾け、歩き始める。


「悠、おいで。雨の中は危ないから、そばを離れないでね」

 そんな調の言葉の通り、俺は一生懸命に足を動かして後をついて行く。

 

 そうして無事たどり着いたアジトの玄関には、和と綴の姿があった。


「おかえり、とりあえず空き部屋に手当ての準備してるからそこに連れて行こう。まず、濡れた服を着替えさせないと……」

 和が燎を空き部屋へと連れて行き、調もそれに続く。


 俺はその後ろ姿を、何となく見ていた。


「悠、お使いお疲れさま。ありがとうねぇ」

 そっと、俺の手から荷物を受け取る綴。

 

「おれ、なにもしてない……」

 俺は子供で体が小さいから倒れてる人を見つけても、燎みたいにおんぶしたりできない。

 

 不安で調や和みたいに、冷静には対処できない。


 自分の事で精一杯で、綴みたいに人に優しくできない。


「そんなことないよ。悠があの人を見つけてくれたおかげで、みんなこうして助ける為に動くことができたんだよ?」

 綴は俺に目線を合わせて、真剣な表情でそう言ってくれる。だけど俺は……他の子よりもいっぱい頑張って、良い子でいないといけない。

 

 じゃないと、また嫌われちゃう。大好きなみんなに嫌われたら、俺は……。


 ぶわって涙が目から溢れてきて、綴の顔がぼやけてきてしまう。

 

「おれもはやく大人になりたい……かがりみたいに大きくなって、なごみやしらべみたいに冷、静に……っ」

 そう、言葉にした瞬間。俺は綴にぎゅうっと、抱きしめられた。

 

「悠、急いで大人になんてならなくてもいいんだよ。子供のうちにしか出来ないたくさんの色々な経験を積んで、ゆっくりと大きくなればいいの。そうしたらね、悠なら絶対にとっても格好良い大人になれるから」 

 だから今は悠が甘えたいと思ったなら、そうしていいんだよ。


 それに怖い時は、こわいって言ってもいいの。

  

 無理していい子にならなくったって、みんな悠のことが大好きなんだよ。

 絶対に誰も悠のことを嫌いになったりしないし、ひとりにはしない。


 だから大丈夫――。


 綴の優しい声が耳元で聞こえて、もっと涙が溢れそうになる。

 俺はこれ以上困らせたくなくて綴の服をぎゅっと握るけど、そうすると背中をとんとんされる。

 その優しい仕草に必死にとめようとしていた涙は、我慢できなくなってしまう。


 本格的に抱き上げられて、綴の膝の上に乗せられる。

 

「甘えたい時は、周りにいっぱい甘えること。俺との約束」 

 そう言って、小指を差し出される。

 

「……や、くそく」

 あの日助けてもらったとき、調が教えてくれたように自分の小指を、綴の小指に絡める。

 

「うん、約束ね」

 ふわりと柔らかく微笑む綴に、とても安心した。

 

「よし、良い子の悠くんをお兄さんが抱っこしてあげよう! おいで、悠」

 綴は立ち上がり、よいしょ。なんて言いながらも、俺の事を軽々と持ち上げてくれる。


「それに悠はもっと、わがままを言ってもいいんだよ?」

 一緒にいてくれるだけで、十分わがままを聞いてもらっているよ?


 俺のことを好きだと言ってくれるだけで、こうやって大切にしてもらえるだけで、すごく幸せなことなのに俺はまだ望んでもいいの?

 

「ほんと……? おれ、今でも十分わがまま言ってるよ?」

 綴はふふって優しく笑って、そうなのぉ? なんて柔らかく言う。

 その声に、本音をこぼしてしまいそうになる。

 

 本当は桜がいつも綴に素直に甘えているのが、ずっと羨ましかった。

 

 だけど、俺はそれを上手く言葉にできなくて。


 それに良い子でいないといけないから、自分から何かを言ったりするのも怖かった。


「……おれがわがまま言ったら、みんな困ったりしない……?」


「全然、困らないよ。それにきっと調とか燎あたりは、めっちゃ喜ぶと思うよ」

 俺はうまく言葉を見つけられなくて、かわりにぎゅうっと抱きついた。

 綴は穏やかに笑ってから、俺を抱っこしたまま歩き始める。


「よし、俺らも燎たちのところに行こうか」

「……うん」

 俺たちが向かった頃には、和による治癒はすでに終わってた。 

 そっと降ろされて、綴と和が話しているのを静かに聞く。

 

「和、様子はどう?」

「とりあえずは、落ち着いたよ。後は本人の体力と自己免疫に、頼るしかないかなぁ……」

 

「……そっか……よかったぁ」

 安心したように、綴はふにゃりと笑った。

 

「あ、そうだ! 調、これ悠と燎がお使いしてくれたやつ」

 そう言って、綴は袋を調に渡す。

 

「そうだった。ありがとう二人共、助かったよ」

 調はにこりと笑ってから袋の中を確認すると、少し驚いた表情を一瞬だけ浮かべた。

 

「いつも、俺が使ってるやつだ。悠、ちゃんと覚えててくれたんだね」

 

 ――よかった、間違ってなかった。

 

「悠ね、いつも調が買ってるやつちゃんと覚えてて、教えてくれたんだよ」

「おぉーさすが、悠!」

 燎にも、綴にも褒められて凄く嬉しいけど、少し恥ずかしさもあって。


「悠、ありがとう。これでドーナツ焼くから、後で取りにおいでね」

「……うん」


 ――調が作るドーナツ、楽しみ。

 

「燎、ここは俺と和に任せて、悠と一緒にお風呂入っておいで。風邪引いちゃいけないからね」

 男の人が寝かされているこの部屋には、暖房が入れられていて暖かいのだが、雨に濡れた燎の髪はしっとりと水気を含んでいて、確かにこのままでは風邪を引いてしまうかもしれない。 


「分かった、ありがとう。行こう、悠」

 綴に促されるまま、燎と一緒にお風呂へ向かう。あまり自覚はなかったが、体は思ったより雨で冷えてしまっていたようで、湯船につかると全身がほぐれていくようだった。


 しっかりと温まり、上がって髪の毛をタオルで拭いていると、燎に呼ばれる。


「こっちおいで、悠」 

 燎の手にはドライヤーがあって、鏡の前の椅子に座ると温かい風が首の後ろにあたった。

 

 燎は俺の髪を俺よりも大切に扱ってくれて、いつも凄く丁寧に扱ってくれる。

 楽しそうに俺の髪にふれる燎を見てると嬉しくなって、あまり好きじゃなかったこの髪色が少しだけ好きになった。

 

 大きな手で髪をほぐすように、優しくふれてもらうのはとても気持ちがいい。

 だけど心地よくていつも眠くなってしまうのだけは、ちょっと困る。


 これが最近感じている、俺の悩みのひとつ――。

 

「できたよ、悠。ん? どうしたの……眠い?」

「ありがとう、かがり。ちょっとだけ……でも、おれ……しらべのどーなつ、たべたいからまだねない……」

「ふはっ、そうだね、美味しいもんね、調が作るドーナツ」

「うん……」

 

 そしてお風呂上がりのほわりとした気持ちのまま、燎と手を繋いで下の階へと下りれば、すでに辺りには甘い匂いが漂っていた――。





 柔らかな光を感じてゆっくりと意識が、浮かび上がる。

 

「……んぅ……」

 まだ重たい瞼を片目だけそっと開けると、カーテンの隙間から漏れる光が空中の埃を、きらきらと輝かせている。

 そんなどこか澄んだ空気に包まれる部屋は、夢の続きのようで。俺は殆ど無意識に、目元へと手を伸ばす。


 いつもの感覚を指先で探すが、見つからない。


 ――んー、あれ……ない。


 そこでようやく、ぼんやりとしていた意識がはっきりしてきて、目を開ける。

  

「……え……」

 視界に映ったのは、見慣れた自分の部屋。自然と視線が彷徨うけれど、当然の如く部屋には俺以外いない。

 カーテン越しに鳥の囀りが聞こえ、その声が朝を知らせてくれる。

 手繰り寄せたスマホで時間を確認すれば、目覚ましよりはまだ少し早い時間。

 俺は、ぎゅーっと抱き寄せた毛布に顔をうずめる。


 ――こうしてるとよく調や燎は、頭撫でてくれたなぁ。

  

「……ふふ」

 小さく笑ってしまう。小さい頃は、誰かが一緒に寝てくれるのが当たり前で。

 成長するにつれて、少しずつその頻度が減ってしまうのが、当時は寂しくて。

 いつしか、そんな気持ちは忘れて一人で眠るのが当たり前になった。


「……懐かしいなぁ……」

 サイドテーブルに腕を伸ばし、今度ははっきりと眼鏡を掴む。

 いつも通りのかけ慣れた重みと、光が少し抑えられて落ち着く世界。


 ――この時間なら、もう誰か起きてるかな。


 懐かしい記憶を夢にみたから、はやく会いたくて。俺は跳ねるようにベッドから起き上がって、部屋を出た――。

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