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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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20/33

番外編 ホットチョコレートと思い出の缶。 悠side


「悠、悪いんだけど……俺の部屋から、任務資料取ってきてくれる?」

 ペンを片手に書類を広げ、メモを取りながら電話をしている調に、小さく声を掛けられた。

 

「わかった、ちょっと待ってて。机の上にある?」

「うん。そんなに急がなくて大丈夫だから、お願い」

「はーい」

 そんなやり取りのあと、俺は調の部屋へと向かう。何年かぶりに入る部屋は、記憶にあるものから殆ど変わらず、綺麗に整頓されていた。


「……資料……あった」

 頼まれていたものを手にし、部屋を後にしようとしたときにふと棚の方を見ると、お洒落なインテリアの中にある見覚えのある缶に目が留まる。


「これ……」

 それは、俺がリヒトへ来て初めてのバレンタインのときに、調にプレゼントしたもの。洋画に出てくるような丸い時計を模した形の缶に、チョコレートが入っていたやつ。


「……懐かし……これ、大切に置いててくれたんだ」

 これは俺が七歳の時に和と、桜と一緒におつかいへ行ったときに見つけて、選んだもの。


 その缶を手に取ると、当時のことを思い出す。





 少し大きめのスーパーで行われていたバレンタインの催事を目にしたときのこと。

 

「……ばれんたいん?」

 小さく呟いた俺の言葉を、隣にいた桜は聞き逃さなかった。


「はるか、ばれんたいんのこと知らないの?」

 桜は、首を傾げて不思議そうに聞いてくる。

 

「しらない……」

「じゃあ、ぼくがおしえてあげる!」

 なぜか嬉しそうにする桜は、俺の手を取って走り出す。

 俺は言われるがまま、桜の後をついて走った。


「二人とも待って、迷子になっちゃうから……」

 かごを持ってくれていた和の声が、後ろから追いかけてくる。

 バレンタインコーナーの辺りはピンクや赤のリボンやハートで溢れていて、心なしか甘い匂いもするような気がして。お店の中の一角だけがきらきらとしていて、別世界みたいだった。


「ばれんたいんはね……すきなひとに、ちょこれーとをあげる日なんだよ」

 密々とまるでいたずらが成功したみたいに、嬉しそうに桜は笑う。

 

「……すきな、ひと……?」

「うん」

 

「……ちょこ……?」

「うん」


「さくらは、つづりにあげるの?」

 俺がそう言った瞬間、桜の動きが止まった。数秒の沈黙が流れ、くるりとこちらを見た悠の表情は、ぱあっと明るくなり、瞳を輝かせる。


「はるか、天才じゃん!」

 桜は俺の手を取り、引っ張るようにして棚の近くへと二人で駆け寄った。


「もぉ……二人とも、お店の中は走っちゃ駄目だよ」

 追いかけてきた和は、少し息が上がっている。

 

「なごみ! ぼく、つづりにちょこれーと買う!」

「え、チョコ? あぁ、バレンタインね」

 和はそう言って、俺たちの前にしゃがんで目線を合わせてくれる。


「悠も、買ってあげたいの?」 

「うん……おれも、みんなにちょこ……あげたい」

 声は小さくなっちゃったけど、きゅっと自分のお腹の当たりの服を掴んで、ちゃんと言えた。

 

「いいよ。だけど……二人ともお金はどうするの?」


「……あ」

「……おかね」 

 そんなこと全然……考えてなかった。それに、お財布……持ってきてない。

 

「……ぼく……もってきてない」

 そんな小さな呟きが聞こえてきて、桜の方を見るとしょんぼりした顔をしていた。


「……まぁ、そうだよね」

 和は小さく息を吐いてから、少し困ったように笑う。


「じゃあ、今回は僕が出しておくからみんなの分、仲良く選んでおいで」

 そう言って和は、俺と桜の頭を同時に撫でた。


「……ほんと!」

「……いいの?」

 弾む桜の声と、俺の声が重なる。


「いいよ」

 和は、さらっと言う。


「ありがと、なごみ!」

「ありがと……」

 嬉しくて、和の袖をきゅって引っ張ったら、にこりと笑ってくれた。


「なごみもいっしょに選んで……?」

「僕も一緒でいいの?」

「うん、なごみがいいの」

 そう言って俺たちは三人で、チョコを選んだ。


 綴には、桜が選んだ紫色のリボンで結ばれたホワイトチョコレート。

 甘いものが好きな燎には、和と一緒に選んだいっぱい入ってるミルクチョコレート。

 葵には、本の形をした箱に入ったビターチョコレート。

 調には、俺が選んだ時計の形の缶に入ったルビーチョコレート。

 そして和には、俺と桜で一緒に見つけた綺麗な緑色の抹茶のチョコレートを選んだ。


「え……僕のも選んでくれたの?」

 なんて驚いていたけれど、和はすぐにふわりと笑ってくれた。

 綺麗な袋に入れてもらってから、受け取ると凄く大切なものに思えて、それを大事に抱える。

 

 それから頼まれていたものを買って、和と手を繋いで少しどきどきしながらアジトへと帰った。





「おかえり」

 靴をきちんと揃えてから入ったリビングには、葵以外のみんなが集まっていて、とろりと蕩けてしまいそうなあまい匂いが漂ってくる。

 

「おつかいありがとう。ホットチョコレート作ったから、手を洗っておいで」

  

「はーい!」

 洗面所へ桜は走っていき、その後を和も調に買い物袋を渡してから、ついていく。


 初めて聞く名前とあまい香りに心惹かれて、まるで吸い寄せられるようにそばまで行って、調の服の袖をきゅって掴み、混ぜている手元を背伸びして覗き込む。 


「……のみもの?」

「そうだよ。チョコレートを溶かして、作ってるんだ」


「ばれんたいん?」

「ふふ、正解。燎のお墨付きだから、美味しいと思うよ」

 調は優しく笑って、頭を撫でてくれた。

 

「……おすみつき、ってなぁに?」

 首を傾げて聞くと調は少し考えた後、俺と目線をあわせてくれる。

 

「うーん……褒めてくれた。みたいな感じかな……」

 そう言って、俺にもわかりやすく教えてくれた。

 

「じゃあ、ぜったいおいしいね」

 

 ――かがりがほめたなら、きっとすごくあまいんだろうなぁ……。

   

「ほら、悠も行ってきな」

 俺の肩を優しく叩いて、洗面所の方へと促す。少し急いで洗面所に向かうと、先に手を洗っていた桜が玄関で待っていた。


「はるか、はやく!」

 隠すために玄関へとこっそりと置いていたチョコレートの入った袋を、桜は大事そうに抱えている。


「うん」

 俺は前に綴から教えてもらった通りに手を洗って、桜と一緒にリビングへと戻った。


「つづり! これ、あげる」

「桜、ちょっと待って……」

 桜は一目散に綴の方へと向かい、チョコレートを差し出そうとするが、そばで見守ってくれていた和にとめられる。


「順番でしょ。それに、悠と一緒に渡そうね」

 どっちが誰に渡すかで、喧嘩にならないようにと帰り道に三人で決めた約束。

 

「……あ、そうだった……」

 ぽつり。と呟いたあと。

 

「……ごめんなさい」

 しゅん、っと桜の肩が落ちた。


「ほら、一緒に渡してね」

 和は小さく笑ってから、俺たちの肩に手を置く。


「……いこ、さくら」

 俺が小さく言った言葉に桜は頷いて、二人並んで歩き出す。


 心臓がどきどきして、緊張する。


「つづり!」

「……あのね」

 綴の前に立って俺たちは、チョコレートを差し出した。

 少しだけ手が震えちゃったのは、内緒。


「わぁ……! ありがとう、二人とも」

 ふにゃりと優しく笑って、綴は頭を撫でてくれる。


 次は燎のところ。


「かがり、これ……」

「ぼくたちが、えらんだんだよ!」

 桜が満面の笑みで、言った。

 

「嬉しい! ありがとう、悠、桜」

 その桜の笑みに負けないくらい、燎も嬉しそうにしてくれて。


 その次は調のところ。


「「しらべ」」

 調の名前を呼ぶ声が、重なる。一瞬、二人で顔を見合わせ、笑う。

 それから、一緒にチョコレートが入った缶を差し出した。調はしゃがみ込んで、俺たちの目線に合わせてくれる。

 

「ふふ。ありがとう」

 そう言って、大切そうに受け取ってくれた。


「ねぇ、しらべ……あおいは?」

 桜がそう聞くと、調は少し考える素振りをしてから言う。


「葵は部屋にいるから、後で一緒に渡しに行こうね」

「……そうなんだ、ちょこ……よろこんでくれるかな」

 俺のそんな言葉に、調は微笑んでくれる。

 

「きっと、喜んでくれるよ」

 調はそっと、髪を梳くように撫でてくれた。


「桜、悠」

「こっちにおいで」

 そんな事を考えていたら燎に呼ばれて、ちょいちょいと綴に手招きされる。嬉しそうにしている桜は吸い寄せられるように、綴のもとへと向かう。


 俺もそれについて、後を追う。二人の手には、チョコレート。


「これ、二人に」

 燎からは、車の形のもの。

 

「チョコレートのお返しだよ」

 綴からは、ねこさんのチョコレート。俺と桜にそれぞれ、一人ひとつずつ。


「僕からは、これね」

 和からは、棒にささったカラフルなドーナツみたいな形のチョコレートをもらう。


「え、いいの……」

 桜は驚いてたけど、すぐに目を輝かせていた。俺も嬉しくて、貰ったチョコレートを大切に抱える。


「……ありがと……つづり、かがり、なごみ」

 初めてもらうバレンタインのチョコレートは、きらきらと輝く宝物みたいで。食べちゃうのが、もったいなくて。


「さぁ、みんなでお茶にしよう」

 机の上に貰ったチョコレートを並べて眺めていたら、調がお盆に乗せて人数分のマグカップを運んでくる。

 

「これは、俺から」

 ことん。と音をたてて置かれたコップからは、ほわほわと湯気が上がっていた。


「……あったかい……」

 マグカップを両手で包むと、じんわりと伝わってくる熱に、俺は小さく息を吐いた。


 ふわりと立ち上る、溶けたチョコレートの甘い香り。

 そっと顔を近づけると、鼻先をくすぐる優しい匂いに、思わず口角が上がる。


 ――さっきみて、たのしみにしてたやつ。

 

 隣では桜が同じようにマグカップを両手で抱えているのだが、その表情は真剣なものでじーっと湯気を見つめていた。

 

「ふー……ふー」

 少しでも冷ましたいのか、一生懸命に息を吹きかけている。

 俺はその様子を見て、くすりと笑ってしまう。

 

「……さくら」

「なぁに?」

「……いっしょだね」

  

 ふー……ふ――。

 

 そう言ってから、俺も小さく息を吹きかけてみせると桜が笑ってくれた。


「……おそろい?」

「だね……」

 そんなふうにして、また笑いあう。桜と仲良くなれて、こんな話をできるようになったのが嬉しくて。


 向かい側には顔を綻ばせている燎と、その横でマグカップを両手で包んで飲む和。それを見て微笑む、調。マグカップを片手に、にこにこと桜の話を聞いてあげる綴。


 ――みんなが大好き。

 

 そんな誰にも聞こえない、小さな本音。

 

 俺はマグカップを、そっと持ち上げた。唇にふれる熱と、とろりとした甘さが心をふわりと包み込んでくれる。

 

「……おいしぃ……」

「喜んでもらえて、よかった」

 調がふわりと微笑む。


 あのとき飲んだホットチョコレートはあまくて、幸せの味がしたんだ――。





「あの後、調と一緒に葵にも渡しに行ったら、葵もちゃんとお返し用意してくれていて、嬉しかったんだよねぇ……」

 宝物みたいな日々を、今までたくさん積み重ねてきたんだなぁ……なんて。少し感慨深くなる。


「そうだ、資料はやく持っていかないと」

 俺は手に取った缶をそっと戻して、調の部屋を後にした。


 ――そうだ。もうすぐバレンタインだし、みんなにあげるチョコレートを買いに行こう。


 ――あのときのお礼も兼ねて、和の分はちょっとお高いやつにしようかなぁ……。


 調に資料を届けた後。そんなサプライズをこっそりと計画するため、スマホで催事を調べるのだった――。  

 

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