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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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17/33

穏やかな昼下がり、愛情いっぱいの宝石タルトと珈琲。



 悠が用意してくれた朝食を食べた後。


「……俺も……」

 片付けのために立ち上がった調に続いて立ち上がろうとした瞬間。

 

「綴は、駄目」

 即答だった。調は振り返り躊躇いなく俺の腕を掴んで、そのまま朝起きてきた時と同じようにソファへと連行される。

 

「ちょ、しらべ……」

「病み上がりなんだから、座ってろ」

 そう言ってから調は、収納棚からブランケットを引っ張り出してきて、俺の膝の上にふわりとかけた。

 

「……最近、俺に対して過保護すぎない?」

「……まぁ、自覚はある」

 特に悪びれもせず言い切られて、反論の余地は消える。

 調はブランケットの端をきちんと整えると、俺の膝を一度だけ軽く押した。

 

「片付けくらい、ひとりで出来る」

 それだけ言って、調は背を向けてしまう。俺はソファに背を預け、ブランケット越しに自分の膝を見る。


 ――ほんとにもう、大丈夫なのに。


 だけど、そんな不器用な優しさが嬉しい。キッチンからは水と食器同士のふれあう軽い音が聞こえ始め、俺はその背中を見ながら、ブランケットの温もりに身を預けた。


 ――こんなふうに、朝がゆっくりと過ぎるのは久しぶりだなぁ。


「今日は、無理するなよ」

 キッチンから、調の声が飛んでくる。念を押すみたいな、少しだけ低い声だった。

 

「はーい、わかってるよぉ」

 そう言ってから横になり、ブランケットの中で体を猫のように丸める。手触りの良いブランケットも相まって、ソファがやけに心地いい。

 

「ふはっ。その様子なら安心だな」

 調がこちらを見て、微笑む。納得したのか、それ以上は何も言わなかった。

 

 ――少しだけ……目を閉じるだけ。

 

 そう思ったはずなのに、だんだんと瞼が重くなって、意識がゆっくり溶けていく。


 柔らかい空気が流れる中、ソファの上で俺は浅い眠りの縁へと静かに沈んでいった。





 ブ――ッ。ブ――ッ。

  

 控えめなバイブの音で、微睡んでいた意識が浮上する。


 ――スマホ……どこだ。

 

 手探りで探し当てた俺のスマホは、静かなままだった。


 ――おれ……のじゃない。


 そっと体を起こして、辺りを見回す。音の発生源は、カウンターの端に置かれていた調のスマホ。


 俺が見つけたのと同時に、すっと手が伸びてきて、調はそのまま電話に出た。 


「燎? どうした」


 ――燎……? 何かあったのかな……。

 

 キッチンで電話を取った調の声を俺はソファに座ったまま、何気なく聞いていた。


「……そうか」

 用件を聞いた瞬間。調の声が一段、低くなる。


 通話は思ったよりも短くて、調の様子であまりよくない連絡だったことは、すぐに分かった。


「……わかった、気を付けて帰ってこいよ」

 そう言って電話を切った調は、難しそうな表情を浮かべる。


「調?」

 俺が名前を呼んだ時。考え込むようにしていた調は、弾かれたようにこちらを見た。

 

「……綴。起きたのか」

 スマホをポケットへと仕舞いながら、こちらに歩いてくる。ソファの前で立ち止まり、俺の顔色を確かめるように視線を落とす。


「……うん。電話、聞こえた」


「体調はどうだ?」

「ん……だいじょうぶだよ」

 そう言うと、調は「そうか」と安心したように微笑んだ。

 

 だけど俺たちの間にそれ以上、言葉は続かなくて。部屋の中が少しの間、静寂に包まれる。

 

「……さっきの電話、内容まで聞こえてたか?」

「……いや、内容までは聞こえなかったけど……燎からだったんでしょ?」


「……あぁ」

 言いづらそうに調は少し、視線を彷徨わせる。

 

「……燎が……人が溶けたような現場に遭遇したらしい」

 その言葉に心臓が、どくり――。と大きな音を立てた。


「……燎は、大丈夫なんだよね?」

「あぁ、問題ないそうだ」

「……よかったぁ」

 燎には問題ないと聞いた時、胸の奥で張り詰めたものが一気に緩んだ。


「とにかく、詳しいことは燎が帰ってきてからだな」

 ブランケットを直されて、また深くソファに沈められる。


「ほら、これも」

 言われるまま背を預けるとクッションを一つ渡されて、調はそのまま俺の視界に入る位置に腰を下ろした。


「……ありがとう」

 クッションを抱えたままそう言うと、調はほんの少しだけ目を細めた。

 

「どういたしまして」

 それだけ。だけどその一言で、大丈夫だと思えてしまうのが、少しだけ悔しい。


「コーヒー淹れるけど、綴もいるか?」

「うん、お願い」

 昼下がりの光が、カーテン越しに柔らかく差し込んできている。

 ソファに腰を沈めたまま、俺は調が淹れてくれたコーヒーを片手に、お昼の情報番組を見ていた。 

 調は近くで書類を整理していて時折、なんてことない会話を交わす。

 穏やかで、優しい時間――。

 

 そんな頃、玄関の方で鍵の回る音がした。足音が聞こえてきて、湊が先に顔を出す。そしてその後ろから、悠がひょこっと顔を出した。

 

「ただいまー!」

「ただいまです」

 悠の明るく楽しそうな声と、湊の低いけれど穏やかな声が聞こえ、一気に賑やかになる。

 

「おかえり」

「おかえり、二人とも」

 そんな二人の姿に俺も、調もつい笑みが溢れた。

 

「あの調さん、これ……おみやげ」

 湊の手には、見覚えのある店名が入った紙箱が抱えられている。

 

「……それ!」

 俺が言いかけると、悠がにこっと笑う。

 

「そう! 前、テレビでやってたやつだよ」

「買えたの?!」

「俺と湊で、頑張ってきました!」

 ふふん。と誇らしげに言う悠。

 

 二人が買ってきてくれたのは、少し前。調と一緒に見ていた番組で紹介されていた季節のフルーツをふんだんに使ったタルト。宝石みたいな美しさが人気のひとつで、開店前から並ばないと買えないとテレビで言っていたもの。


「わぁ、綺麗……だけど並ぶのかぁ……」

「なかなか、難易度が高いな」

 食べてみたいけれど、あまり並ぶのは得意でないからなぁ……と、諦めていたもの。


「……思ったより並びましたけど……二人に喜んでほしくて……」 

 湊は少し照れたように視線を逸らしながら、静かに言った。

 

「そうか……ありがとう、湊、悠。コーヒー淹れるから二人とも手を洗って、着替えておいで」

 そう言いながら調は立ち上がり、キッチンの方へと向かっていった。


「俺も手伝うよ」

 ゆっくりと立ち上がり俺も食器を出すため、棚に近付いて手をかける。


「ありがとう、綴」

 今度は調の過保護は発動せず、俺の好きにさせてくれるみたい。

 二人が戻ってくるとリビングが明るい空気に包まれ、調がタルトを箱から出すと、フルーツの瑞々しい香りがふわりと広がり、全員から感嘆の声が上がる。

 調がタルトに包丁をいれ、きっちり九等分に切り分けられ、一切れずつお皿に乗せられていく。


「燎も今日、帰ってくるらしいから食べられるな」

 俺は燎が帰ってくることは聞いていたから、調のその言葉に驚くことはなかったが、悠は違った。

 

「……え!」

 一瞬きょとんとした顔をして、それから理解が追いついたように、ぱぁっと表情が明るくなる。

 

「燎、今日帰ってくるの?!」

 調が言ったひとりごとのような言葉を拾った悠が、嬉しそうにはしゃぐ。

 確認するよりも早く、嬉しさが抑えきれない様子だった。


 悠は小さい頃、燎に随分と世話を焼かれていた。そして悠も、そんな燎にべったりで。

 生まれつきの銀髪を気にしていた悠が、少しでも自分の髪を好きになれるようにと、燎は色々なヘアアレンジを勉強したり、髪のケアをしたりと試行錯誤していた。

 その甲斐あって、悠は自分の髪を何よりも大切にするようになり、今では自ら色々なヘアアレンジを楽しむようにまでなっている。

 悠は誰よりも愛を大切にしている子だから、そんな愛情深い燎に懐かないわけがない。

 

「うん。帰ってくるよ」

 調はそう短く答えるだけだったけれど、それで十分だったらしい。


「やったぁ!」

 弾んだ声と共に悠は一歩踏み出して、そのまま足取り軽くリビングを回りかけた。

 

「こら、走らない」

 だけどすぐに、調の低い声が飛ぶ。

 

「ばたばたしない、危ないよ」

 ぴたりと足を止めた悠が、少しだけ気まずそうに肩をすくめる。

 

「……はーい」

 口では素直に返事をしながらも、嬉しさがまだ体の端々に残っているのが分かる。

 

 そんな悠の様子を俺は、そっと見守っていた。向かいでは湊も、何も言わずに小さく笑っている。

 湊も何だかんだ悠には甘いところがあるから、そんな姿も微笑ましいのだろう。

 

 ――燎や他の子たちが帰ってきたら、きっともっと騒がしくなる。

 

 そう思うと、不思議と心が温かいもので包まれていく。ここがみんなにとって、ちゃんと「帰ってくる場所」になっているんだと、俺は改めて思えた――。 

 

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