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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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11/34

外の世界へと連れ出してくれた彼と宝物の船。 和side



 買い物を思い出したという燎と入れかわるようにして、僕は綴のそばで日課である資格の勉強をするためにノートを開いた。


 一時間ほど経っても綴が目覚めることはなく、ひと通り頭に入れておきたい所も終わってしまったので、別のテキストを取りに行くために、一度自室に向かう。

 最近少し忙しくて若干散らかり始めた部屋を軽く整理しつつ、目的のものを手にリビングへと戻ってくると、ソファの上で葵が掛けたというカーディガンを抱きしめたまま座る綴の姿。


「綴、よかった。気分はどう?」

 声をかけたのに、反応がない。


「綴?」

 顔を覗き込めば、ぱちりと目は開いているのに、その瞳の焦点は合っていない。


 まるで目の前の綴はここにいないみたいで、それが僕は怖くなった。

 

「綴!」 

「……なごみ?」

 特徴的な雌雄眼はしばらく彷徨った後に、僕のことを捉える。

 

「よかった、さっきから何回呼んでも返事しないから……」

「……あ、ごめんね……ちょっと考え事してて……」

 綴はそう言っていつも思った事を、隠そうとする。


 ――そんな不安そうな顔してるし、声掛けてもすぐ気付かないのに、ただの考え事なわけないじゃん。 

 立場が反対だったら、めちゃくちゃ心配するくせに。


 そう思っても僕はそれ以上、踏み込まないように、綴の望むよう、物わかりの良いふりをする。

 聞かない選択肢が必要なこともあるし、今は無理に言葉を引き出すときではないと、僕は判断したから。


「熱、計ってね」

 空気を変えるように、僕は体温計を渡す。


 しばらくして、電子音が鳴り響く。受け取った体温計のディスプレイには、三十七、五度の表示。

 調から聞いていたよりも熱が下がっていることに、一先ず安心する。


「とりあえず微熱程度までは、下がったね……よかった」

「……心配かけて、ごめんね」

 申し訳なさそうに謝る綴に対して、僕は首を振る。

 

「確かに心配はしたけど、体調不良は綴が悪いわけじゃないよ」

 きっぱりと、だけど強くなりすぎないように、柔らかく。

 頑張っていても、気をつけていても、どうにもならないことが、この世にはある。

 だからこそ、綴自身が自分のことを責めてほしくなかった。


 普段は守られてばかりだけど、こうして綴の不安を軽くできるのなら、今までの経験も悪くはないと思える。

 

「とにかく、無理はしないで」

「……わかってるよぉ、だいじょうぶ」

 そう言って柔らかく言う綴。僕は目の前の彼より、優しい人を知らない。

 僕たちを平均より少し小さい強い手で、いつも守ってくれる。

 

 あの時も、そうだった――。 





 僕は生まれつき体が弱くて、十五歳まで生きられるか分からないと言われていたらしい。 

 だから小さい頃は入院ばかりで、殆どを病院のベッドの上で過ごしてきた。


 病院特有の真っ白な壁に消毒液の匂い、絶えず聞こえてくる心電図の音。 

 あまり外の世界を知らない僕にとって、ずっとそれが当たり前だった。


 毎日のように続く高熱や咳。やっと病院から出れても、次の日には倒れてまた病院へと逆戻り。

 友達と遊ぶどころか、学校にすらまともに通うことが出来なくて。

 何度も外に出たいと願ったけれど、僕の体はいつも思い通りにはなってくれないから、窓から見える青空だけが、僕の世界のすべてだった。

 

 十二歳のあの日までは――。


 いつもよりさらに酷い高熱に魘され、死をも覚悟した夜は苦しくて、辛くてたまらなくて。

 泣きながら空中へ手をのばせば、僕の意識はそのまま溶けるように闇へとのみ込まれた。


 翌朝、目が覚めたことに僕はひどく安堵し、それと同時に体感したことがないくらい、軽くなった体に驚く。

 そして心配して朝一番にお見舞いへと来てくれた母の手に、僕が触れたとき。そこに存在していた小さな傷が、跡形もなく消えた。


「和……」

「……僕が治したの?」


 突然、僕の能力である治癒は覚醒した――。

 

 その日を境に今までが嘘みたいに体調は安定し、僕は普通の人と変わらないくらい元気になった。


 色々な検査をされ体中を調べてもらった結果、不思議なことに今まで至る所にあった異常はすべて消え去っていたという。


 念願叶って、退院できた僕は数年ぶりに自宅へと帰ることが出来た。

 久々に食べる母さんのご飯。父さんと一緒に見るテレビ。

 

 みんなが当たり前に過ごす日常を、僕も同じように送れることがとても嬉しくて。今なら走れるし、外にだって出られる。ようやく自由になれる。

 

 そう、思っていたのに――。

 

 外に行きたいという僕の希望に対してだけ両親は頑なで、絶対に首を縦には振ってくれなかった。


 父さんは一緒に遊んでくれるし、母さんは僕の好物を作ってくれる。

 

 愛情はたくさん感じるのに、外には出してもらえない。


「和、外へ出てはいけないよ」

 いつも言われる違和感しかない、その言葉――。


 それを僕はずっと、変だと思ってた。


 なぜ僕は、外に出てはいけないのか。


 ある時、そんな毎日に疑問を抱いた僕は家を抜け出した。

 息苦しさを感じる家から出て、初めて地面を踏みしめて走った。太陽の光は眩しくて、柔らかい風が頬を撫でてくる。


 僕にとってその感覚は、新鮮なものばかりで――。


 だけどそんな嬉しさを感じていられたのは、ほんの僅かな間だけだった。


 知らない道に、知らない人。外の世界は僕が思っていたよりもざわざわと煩く、色々な匂いがして……僕の体はすぐに悲鳴を上げた。


 気分が悪くなり少し休もうと、人気の少ない公園へと足を踏み入れてベンチを探すが、不意に視界がぐらりと揺れ、足が縺れる。


 ――こんな体……きらいだ……むかつく。


 立っていることすら難しくなってきて、僕はその場にしゃがみ込んだ。


 ――どうしよう、目がまわる……きもちわるい……。


 自分の意志で外の世界へと飛び出して、自由を手にしたはずなのに思い通りにいかない体。

 

 それだけでなく僕の心は強い孤独感と不安によって、押し潰されてしまいそうで。

 

「ねぇ、君。だいじょーぶ?」

 そんな時、公園の隅で蹲る僕に声をかけてくれたのが、綴だった。


 柔らかく、穏やかな声が聞こえて、初めて聞いたのになぜかとても安心した事を覚えている。


「……すみ、ま、せん」

 綴はそっと手を差し伸べてくれて、僕はその手に縋るように触れた。


「大丈夫だよ。ごめんね、ゆっくり立てる? そこのベンチへ横になろう」

 そう言って綴は僕の腕を自分の肩に回させて、半ば抱えるようにして、近くへのベンチへと座らされる。

 綴は自分の着ていた上着を脱ぎ、ベンチへと敷いて、そこへ横になるように促される。

 

 世界がぐるぐるしているのが気持ち悪くて、固く目を閉じた見知らぬ僕のそばに、綴はずっといてくれた。


 呼吸を整えながら、僕は空を仰ぐ。暫くして落ち着いてきた時にふと見た綴の手に、一筋の大きな切り傷がついているのを見つけた。


「……怪我、して、る」


 ――せっかくの綺麗な手が、勿体ない。


 そんなふうに思った僕は、思わず手をのばし何も考えず能力を使った。


 手のひらに意識を集中させると、淡い光がふわりと広がっていき傷口を包み込む。そこは、瞬く間に綺麗な肌へと戻っていった。


「え……傷が治った?!」

 困惑したような声。顔を上げれば、目を白黒させている綴。

 

「ちょっと待って、これは君の能力?」

「え……? そうです」

 まって、今の誰にも見られてないよね?! ぶんっと音がなりそうなほど首を動かして、辺りを確認する綴。


「俺は、綴。君の名前は?」

「和、です」


「教えてくれてありがとう、和」

 綴は安心させるように、にこりと笑ってくれる。

 

「えっとね……和の能力は、とても貴重なものなんだ……だから、無闇に使っちゃ駄目。でも、ありがとう! おかげで、もう痛くないよ」

 初めは真剣な顔をしていたのに、次の瞬間には優しい笑顔でひらひらと手を降ってみせる、綴。


「おうちの人は和の能力の事、知ってるんだよね?」

「はい……知ってます……あの、綴さん……聞いても、いいですか?」

「うん、いいよ」


「その……この力は……人には言わない方がいいものなんですか?」

 

「そうね、言わない方がいいって訳ではないんだけど……そうだね、治癒の能力ってね存在そのものがずっと確認されていなくて……」

 少し困ったように、眉を下げながらも言葉を選んでくれる綴。

 

「あまり、こういう言い方は好きじゃないんだけど……凄く価値があるの。だからね、その力を利用しようとする怖い人に狙われてしまうかもしれない」

 

「だから自分で自分の身を守るためにも、出来るだけ知られないようにしないといけないんだよ」

 そう言いながら綴は、僕の両手を体温を分けてくれるようにしてぎゅうっと包んでくれる。

 とても安心感があって……だけどその手は少し震えていた。

 

「そう、なんですね……」

「だからね、この力は絶対に人前で使わないで。和が危ない目に、あっちゃうかもしれないから……」

 

 ――この人は本気で、僕の事を心配してくれているのが分かる。

 

「ごめんなさい……わかりました」

「和が謝る事じゃないよ。だけど、約束ね」

 小指を差し出されて、僕も自分の小指を差し出した。


「はい、約束します」

 ふわりと笑ってくれる綴。その優しさに、胸の奥がきゅうってなった。

 

「……だから僕は、家から出してもらえなかったのか……今ようやく、理由が分かりました」


「……酷いこと、されたりしてるの?」

「いえ……両親は愛情をたくさん注いでくれてると……思います」


「そっか、和の親御さんは、和のことがとても大切なんだね」

「……そう、なんですかね……じゃあ、なんで僕に本当の事を教えてくれなかったのかな」


「そうだね……でもね、きっとご両親は和が大切だから本当のこと言えなかったんだよ。和が愛情を感じたんなら、間違ってないと思うよ」

 優しく微笑む、綴。その柔らかい声もあって、ざわざわしていた心が落ち着いていくのを感じる。


「さぁ、和。お家まで送るよ、行こう」

 僕は頷くほかなかったが、今ベンチから立ち上がれば帰らないといけなくなる。

 

 ――そしたら、僕はまた……家から出られなくなるかもしれない。

 

「……綴さん。僕は家に帰ったら、また外の世界には出られなくなりますか?」

「そんなことはないよ、和。君は、自由になるべきだ。だけどね、それには和のご両親の理解と協力が必要になる」


「……理解と協力?」


「そう、……俺もね、能力者なの」

 そう言った綴の手に光が集まってきて、瞬きひとつの間に金属製の小さな船の模型が現れた。

 魔法のようなそれに、僕は驚く。


「船だ……凄い」

「俺のはね、物質形成。ある程度の大きさの物なら、何でも創れるよ。和は、能力者……ギフトについての事は知ってるかな?」

 

「本で少し、読んだことがあるくらいです……」

「そっか、和は物知りさんだね」


「俺はね、今リヒトっていう所に所属してるの。そこはギフトを守る為の施設でね、和みたいに珍しい能力を持つ子を保護したり、相談にのったりして能力を悪用しようとする悪いやつから守る仕事をしてる」

 僕は静かに、頷く。

 

「そこなら和もきっと、安全に過ごせる。だから、もし和が良ければ俺たちの仲間になってほしい」

 その言葉はとても優しくて、心強いものだった。胸の奥で、何かが強く揺れる。

 

「仲間……?」

 

「そう、仲間。勿論、和の意志が一番大事だから、無理はしないでね。だから、少し考えてくれると嬉しいな」

 差し出された手を取れば、優しく包みこんでくれる。綴は僕に選択肢をくれた。僕の秘密を知ってしまったのに、逃げ場を与えようとしてくれる。

 

 その体温にとても安心して、視界が滲む。繋がれた手から伝わってくる温度に、外へ出てよかったと思えた。


 日が沈み、少し暗くなり始めた道を曲がったとき。

 

 両親が血相を変えて僕のことを探していた。声を枯らしながら僕の名前を呼んでいる。何度も……、何度も。


 その姿は、僕が思っていたよりもずっと必死で、苦しそうで。

 

 胸の奥が締め付けられた。僕はずっと、閉じ込められているとしか思えなかったのに。

 

 その時、両親の言葉を思い出す。


「家にいてね、和」

「外へ出てはいけないよ」

 

 ずっとそう言われる理由が、分からなかった――。

 

 僕のことを信じてくれていないのだろうかなんて、思っていた。


 でも違った……僕を守ろうとしてくれていたんだ……誰よりも、必死に。


 僕はここで事の重大さを、明確に痛感させられた。それを見た綴は繋いでいた手を離し、僕の背中を押す。


「ほら行っておいで、和。絶対、だいじょーぶだから」

「でも、僕……なんて言えばいいのか……」

 足がすくんでしまう。


 逃げ出したことを責められてしまうかもしれない。


 もしかしたら、もう二度と家から出してもらえなくなるかもしれない。


「そうだね、怒られちゃうかもしれないけど、それでも……和が話せば、きっとご両親に気持ちは伝わるよ」

 綴の言葉に、不安の感情が完全になくなったわけではないけれど、前に進みたいという思いが僕の中で勝った。


「……ありがとう、綴さん」

 深呼吸をして僕は、一歩を踏み出した。


 僕の声が両親に届きそうなくらいの距離まで近付いたのに、足が止まってしまう。声をかけようとしたのに、喉が震えてしまって言葉にならない。


 だけど僕のその迷いよりも先に、母さんが僕を見つけてくれた。


「……っ! 和っ!」

 叫ぶような声と共に母さんが駆け寄ってきて、気づいた時には、僕は母さんに強く抱きしめられていた。

 

「どこに行ってたの……! よかった……凄く心配した……」

 母さんの細い腕は、震えていて。


 僕は何も言えなくて、ただその肩に顔を埋めることしかできなかった。父さんもこちらへと向かってきて、僕を母さんごと包み込み苦しげな声で言う。


「和がいなくなった時、頭が真っ白になった……ごめんな。和を守ることに必死で、閉じ込める選択肢をとることしかできなかった」

 ようやく、両親の本当の気持ちが聞けた。


 僕を縛ろうとしていたんじゃなくて、守ろうとしてくれていたんだ。その想いが、こんなにも伝わってくる。


「……僕、何もわかってなかった。ごめんなさい……」

 震えてしまう声でそう言えば、さらに抱きしめる力を強められた。


「和は謝らなくていいの……生きていてくれるだけで……ただ、それだけでいいの」

 綴の言った通りだった。ちゃんと話せば、気持ちは伝わる。


「和、後はご両親との問題だから、大切な事をちゃんと聞いてね」

「うん……ありがとう、綴さん」


「またね、和! 今度会う時は、綴って呼んでね!」 

 綴は僕の両親に名刺を渡してから、颯爽と帰っていった。




 その後、僕は両親と何度も話をした。家に閉じ込められていた理由も、守ろうとしてくれた気持ちも、すべて聞いて、受けとめた。

 二人は守るためだったとはいえ、ずっと心苦しかったそうだ。

 

 その上で、僕はリヒトに加入したい意思を伝えた。


 もっと、外の世界を見てみたい――。


 綴のように、人の役に立てる人になりたい――。


 二人は真剣に聞いてくれて、心配なのは変わらないけど、和の選択を応援したいという父さんと、母さんもそれに大きく頷いてくれた。


 そして数日後に綴ともう一人、縁と名乗る男性が家を訪ねてきた。


 縁さんは背が高く少し怖そうな人で、年齢は父さんとあまり変わらなそうに見える。


 父さんが、綴へと連絡を取った時。もう一人来ることを事前には聞いていたのだが、凄く緊張してしまう。


「紹介します。俺の所属しているリヒトの……上司? の縁です」

「綴……まぁ、いいか。はじめまして、和くん。俺のことは縁でいいよ。君が治癒の力を持つ子だね」

 縁……は、僕の目の前に屈み視線を合わせてから、声をかけてくれた。それに僕はこくり、と頷く。


 その低く落ち着いた声音は、じわりと耳に入り込んでくるような不思議な感覚がして、ゆっくりと言葉を紡ぐその声に緊張で強張っていた体の力が抜けるのがわかる。


「あの……本当にあなた方を信用して、大丈夫なんですよね?」

 父さんのその言葉に、流れている空気が一気に重くなる。僕の肩に置いている父さんの手に、力がこもるのを感じた。


「ご両親が心配されることはごもっともだと思います。率直に言わせてもらえば任務には相当の危険が伴いますし、すべての脅威から確実に守れるという保証は、本来ありません」

 その言葉に父さんと母さんの表情が強張り、僕も思わず息を呑む。


「それでも、ここにいる綴を始めリヒトに所属している子たちは、絶対に仲間を見捨てたりはしません。それに私はこの子たちが、もし身の危険に晒されそうになれば、自分の命を懸けてでも守ります」

 嘘や誤魔化しなんかではなく、強さも、弱さも全て含めて誠実に向き合おうとしている……そんな風に僕には聞こえた。


 父さんは視線を逸らし、母さんは涙を溢す。二人は懸命にその言葉を受け止めようとしているように見えた。

 真正面から向き合ってくれようとするこの人のことは、信用できると思った。


「……でも、この子は……小さい頃から病気がちで……私たちが守らなきゃって……ずっと、そう思ってきたんです」

 涙を拭いながら首を横に振りながら小さく呟いた母さんの声は震えていて、胸が締め付けられる。


 僕のせいで、ずっとこんな思いをさせてきた。


「お二人の思いは当然のものです。私には子供はいませんが、もし自分の子であれば離す選択肢をとれるかと言われれば、正直わかりません」

 そこで、縁の視線が僕の方へと向いた。


「ですが、力を持った今、和くんには選ぶ権利があります。彼はもう、守られるだけの存在ではありません。だからこそ差し出がましいことかもしれませんが、親であるお二人がその権利を奪ってはいけないと私は思います」

 その言葉に母さんの目が大きく見開かれ、父さんも何か言おうと口を開いたが言葉を失っていた。


「和くんのことは、私たちが全面的にサポートします。危険な任務へ無理に出すことも絶対にありません。初めは、新しい環境に慣れるところから。仲間と一緒に過ごし、色々な経験を通して自分で考えて行動する力を身に付けてもらいます」

 縁は真っ直ぐに父さんと母さんを見て、言葉を伝えようとする。


 父さんが、視線をそらし小さく息をついた。そのままこちらを向き、僕の目をしっかり見据えて言った。

 

「和……お前の、望む道を進みなさい」

 母さんも目を潤ませたまま、優しく微笑んでくれる。


 父さんの言葉が、胸の奥に強く響いた――。

  

 その日は意思確認だけで、綴と縁は帰っていった。


 数日後、僕は両親にリヒトのアジト兼自宅まで送り届けてもらう。


「なごみー!」

「綴!」

 僕の事を見つけた綴が、笑顔でひらひらとこちらへ手を振ってくれる。僕もそれに倣って、手を振り返す。


 その綴の姿を見て隣にいた母さんの体から、僅かに力が抜けたように見えた。


 アジトの玄関口に辿り着き、母さんが俺の手を優しく包み込む。


「何かあったら、いつでも帰ってきていいからね」

「……うん。その時は、ちゃんと帰ってくる」

 別れの涙はなかった。これは永遠の別れではないと、わかっているから。


 父さんから荷物を受け取った綴と一緒に、一歩を踏み出す。


 振り返れば、父さんと母さんはまだそこに立っていて、こちらを見守ってくれていた。


 僕は笑顔で、手を振る。二人も小さく振り返してくれた。


 この日、僕にとっての居場所がひとつ増えたんだ――。




 父さんと母さんとは今でもそれなりの頻度で会えていて、今だにあの時のことを謝られることもある。

 

 僕は今、限りなく自由に過ごさせてもらっていて、大切な仲間に囲まれ、僕が病院にいた頃から懸命に蓄えた知識を必要としてくれる。

 

 それも、これも綴のおかげ――。


 だから綴が何かを隠しているとしても、僕だけは絶対に最後まで大好きな綴の味方になるつもりでいる。


 優しすぎる綴が無理をしていないか、僕はいつも気が気でない。

 

 自分ができる、最大限のサポートをできるようにと、新しい知識を学び研究を続けている。


 その上で身に付けた解析技術を使い、僕は動画を調べ上げた。


 僕は動画についての続報を今、伝えるかどうか迷った。熱は今朝より下がっているし、顔色も悪くはない。だけど、万全とは言えない。


 ――言うべきかな。


 ――それとも、もう少し……待つべきか。


「例の、動画の件なんだけど……」

 迷いに迷ったが結局、僕は伝えることに決めた。言葉にした瞬間、綴の目は小さく見開かれる。

 

「……正式にギフト関連の事件だと認定された」

 そこで一度、綴の様子を窺えば、何も言わず静かに聞いている。


「動画の拡散が今も止まらなくて……消しても、消しても別の所から上がってる。切り抜き、加工、フェイク……もう何が元なのかもわからない」

 そう言いながら手元のタブレット端末を操作し、動画の画面を表示して、綴へと差し出す。


「このままだとさ……ただの怖い動画じゃ済まなくなる」

 言葉を慎重に選ぶ。


 ――今の綴の体調を考えれば、どこまで伝えるのが正解なのか計りかねる。

 すでに調や縁には、僕の憶測を含めた全てのことを共有済みだ。


「とりあえず今は、調と縁が動いてるみたい」

 僕は少し視線を下げてから、誤魔化さずに伝えた。最高等級である翠に分類されたとなれば、危険度は普段の任務よりも格段に跳ね上がることを、綴は誰よりも理解している。


「はっきりと言えることはまだ少ないし、能力の発動条件についてはまだ憶測段階だけど……」

 そう言った時、綴は顔を上げた。


「何でもかんでも溶かせる能力というわけでは、ないと思う……この動画を見る限り、ふれたものすべてが溶けているわけじゃない」

 画面をタップして、流れている動画を止める。

 

「そうだね、周囲の地面や塀も無事だし……近くの金属も変化していない」

 綴は僕の言いたいことを、すぐに理解してくれた。


「僕ね、ひとつだけ……気になることがあるんだよね」 

 そうしてもうひとつ、僕が調べていく上で気になった憶測も合わせて、伝えておく。


 動画の能力者は一度も辺りを確認しておらず、被害者の方を見ているわけでもなく、正面のただ一点を見続けている。

 それはまるで決められた動きのようで。


 そして最大の違和感が、能力を使用した直後。普通なら、何かしらの感情が生まれるはず。

 恐怖、罪悪感、興奮――。


 だけど動画の人物は、何もなかった。感情の余白を切り取られたかのようで、そこに意志は見えない。


 だから操られているのかもしれない。と僕は考えた。

 全ての憶測を伝えた後、綴の手は強く握られ、指先が白くなってしまっていて、僕は少し後悔した。


 ――やはり、負担をかけてしまった。


 僕はそっと、その手に自分の手を重ねる。体温を移すみたいに。

 

「もしかしたら、オメガの被験体なのかもしれない」

 その一言が、どれだけの傷と記憶を呼び起こしてしまうか。

 綴の過去のことを話として知っていても、僕自身がそれを経験したわけではないから、本当の意味でわかってあげられるわけではない。


 それでも隠しておくことは、もっと違うと思った。


「……ごめん、綴にそんな顔をさせるつもりはなかった」

 それが、正直な本音だった。綴は一瞬だけ、きょとんとしたような表情を浮かべてから、すぐに首を振った。


「……ちがうよ」

「教えてくれて、ありがと……知らないままの方が怖いから……ちゃんと伝えてくれて、助かる」

 真剣な色を湛えた雌雄眼が、僕を射抜く。その言葉に、少しだけ救われたような気がした――。

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