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未完成なイデア  作者: 綴 朔哉


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10/33

変わらない優しさと、目を開けた先に見える幸せの光景。


「……命令されてるってこと……?」

 俺は震えてしまいそうになる声で、そう聞いた。


「普通の精神状態であんなふうに()()に能力を使うのは、不自然だと思う。精神が正常な状態を保てるはずがない」

 次第に、心臓の音は大きくなっていく。

 

 目を閉じると、今でも鮮明に思い出してしまう過去の記憶。

 冷たい水の檻の中では「助けて」というその一言すら、言葉にはならない。


 被験体としてしか価値のない俺の自我など誰にも認めてもらえず、助けを求める声は誰にも聞いてもらえることはなかった。

 息ができないほどの苦しみと、誰にも理解してもらえない孤独。


 どくん。どくん。どくん――。


 水中では、自分の心臓の音だけがやけにうるさくて。ただ漂うだけの水の中で、永遠に鳴り続けるこの音がいっそ止まってしまえばと、何度も考えて……。


 不意に、手が温かいものに包まれる――。


 そちらに視線を向けると、和の手がそっと重ねられていた。


「……ごめん、綴にそんな顔をさせるつもりはなかった」

 じんわりと伝わってくる和の体温に、無意識に入ってしまっていた力が抜けていく。

 

「……ちがうよ」

 今もなお、目を開けると広がる温かい場所に俺は安堵するんだ。

 これは夢じゃなかったって。


「教えてくれて、ありがと……知らないままの方が怖いから……ちゃんと伝えてくれて、助かる」

 俺は小さく息を吐いてから、和の目を見て伝えた。


 和の手の温度がそこにあるだけで、ざわざわする心が少しずつ落ち着いていくのを感じる。


「……綴、あのさ……僕に言ってないことない?」

 その言葉に心臓が一拍、遅れて鳴った。


 和は責めるような目はしてない。ただ、何かを確かめるみたいに、静かにこちらを見ている。


「最近の体調不良……サクリファイスによるものじゃないの?」

 予想していた問いだった。賢いこの子が、そこに辿り着かないはずがない。


「……考えすぎだよ」

 いつもみたいに笑おうとしたけど、うまくいかなくて。


「ちょっと寝不足とかが重なって、無理しちゃっただけだよ。俺も、もうそんなに若くないからねぇ」

 今度はいつも通り、ちゃんと軽い調子で返せたはず……うまくできてたかな。

 

 だけど和はすぐに返事はしなかった。納得していないのは、顔を見ればわかる。

 俺の言葉の裏を探るような、沈黙の後。


「……そう」

 彼は短く答え、それ以上は踏み込んでこなかった。

 その優しさがありがたくて、だけどそれよりも遥かに胸が痛くて。

 本当のことを話さなかった後ろめたさを、冗談の笑いと一緒に胸の奥へと押し込めた。





 がちゃ――。 


 それからしばらくして、玄関の扉が開く音。その後すぐに、聞き慣れた足音が聞こえてくる。


「ただいま……って、綴!?」

 驚いたような声の後、マフラーを巻いた悠が現れた。

 

「起きてて大丈夫なの? 体調崩してるって聞いたけど……」

 心配を滲ませている悠の紫色の瞳に、俺の顔が映る。

 

「おかえり、悠。心配かけてごめんね……もう、だいじょうぶだよ」

「そうなの……」

 悠は子犬のように、眉を下げた。


「また、無理したんでしょ」

「あはは……寝不足が祟ったかなぁ」

「連絡もらった時、ほんとにびっくりしたんだからね」

 悠は声のトーンを少しだけ落として言う。


「とにかく、無理は駄目だからね」

 小さい頃の面影を残しつつも、頼もしくなった悠。


「……善処します」

「あんま信用できない返事!」

 即座に返されて、思わず笑ってしまう。


「ふふ……」

 そんな俺たちのやり取りに、離れた所にいた和の笑い声も聞こえて、俺は少し安心した。


「ねぇ、綴。ちょっと体調よくなったんだったら、映画見ない?」

 悠はテレビのリモコンを持ってきて、俺の返事を待たず隣に腰を下ろす。


「いいよぉ。何観るの?」

「この間、綴が観に行きたいって言ってたやつが、確か配信開始してたんだよね……」

 そう言いながら悠は、配信サイトを立ち上げた。


「あれ、もう配信してるの?」

「そう、早いよね」

 少し前に悠と話していた、ミステリー映画。

 

 ――覚えてくれてたんだな。


 タイトルを見つけた悠は再生ボタンを押して、静かに画面を見つめる。

 登場人物である女性が、話し始める所から物語は始まった。

 悠は時々、展開に反応して息を詰めたり、肩を揺らしたり。

 そんな素直さに俺は、つい笑みがこぼれる。小さい頃は引っ込み思案で、何にでも遠慮しがちだったこの子が、自分のしたいことをこうして言えるようになったのが嬉しくて。

 俺はそっと、悠の肩に体重を預けた。

 

 熱が引いたのか体調は朝よりも楽になっていて、頭も回るようになったはず。

 なのに映画の音が少しずつ遠くなって、画面を観ているのに、意識がついてこない。

 ついに瞼は落ちて、視界が暗くなる。

 

 意識が沈んでいく途中で俺はまた、過去の断片を見た――。

 





 

「……綴」

 静かな声。そっと目を開けたそこには、調の姿。


「……おかえり、しらべ」

 少し冷たい手が、おでこにふれる。

 

「微熱……くらいかな。今すぐ部屋で寝ろ、綴」

 口調は荒めなのに、言ってることは凄く優しいのが少し面白い。

 

「朝よりは、だいぶましになったよ?」

「そうか。よかった」

 そう言って調は安心したように、微笑む。そのまま俺の隣で同じように眠っていた悠を起こす。


 ――温かかったのは、悠がいたからか。

 

「悠も起きて、部屋行きな」

「……うーん……もうちょっとしたらいく……」

「駄目。早くしないと燎、呼ぶよ」

「……っ! わかったよ、わかったから、部屋行きます。だから、燎には秘密にして」

 勢いよく起き上がった悠は、おやすみと言って自分の部屋へと戻っていった。

 

「これ。とりあえず、水飲んで」

 そう言って、ペットボトルを差し出される。言葉はそれだけだし、相変わらず愛想はない。

 だけどひとつひとつの行動が、本当に優しくて。

 

 貰ったペットボトルの蓋を空けて一口飲むと、思っていたよりも喉が乾いていたのか、体が潤っていくような感覚がした。


「……ありがと」

「綴が元気ないと、こっちの調子が狂うからな」

 

 ――ほんと素っ気ない。


 俺じゃなかったら、怖がっちゃうかもよ。なんて。


「……例の動画は、どうだったの?」

「特に収穫はなかったよ」

 調は淡々と言葉にした。

 

「動画が撮られた部屋の住人とは連絡がつかないし、現場に痕跡も残ってない」

「……そう」

「まぁ、人ごと溶かしてしまうくらいだから、証拠なんてものが残るとも思えないんだがな……」

「……確かに、そうだね……」 

 それは最悪の状況で。痕跡が残らないということは、追いようがないということ。

 俺はソファの背に、頭を預ける。


 わかっていた。こんな事件が、簡単に解決するはずかないということは。


 それでも――。


「今は、待つしかないのかもしれないな」

 調のそんな言葉が、やけに重く響く。


 何も掴めないのに、状況の悪化は止まってくれなくて、確実に悪くなり続ける。


「……部屋、戻るね」 

 俺はゆっくりと立ち上がって、自室へと向かうことにした。

 立ち上がった時、体へ重力が一気に掛かる。

 

「……綴、一緒にいこうか?」

 何でもないような問いかけだけど、気にかけてくれている声音。

 

「だいじょーぶ、ひとりでいけるよ。ありがとね、調」

 だけどこれ以上心配を掛けないように、いつも通りへらりと笑ってみせる。


「おやすみ、調」

「……おやすみ」

 僅かに掠れてしまう声を隠し、ふらつきそうになる体を必死に抑え、リビングを抜けて廊下へと出た。

 一歩、二歩と足に力を入れるたび、視界は揺れて、体の芯がぐらつく。

 それでも立ち止まらず、懸命に足を進める。


 ――俺の体はこんなにも、弱かったのだろうか。さっきまで大丈夫だったはずなのに。

 

 階段の途中で一度だけ呼吸を整え、視界が暗転してしまいそうになるのを、目を固く閉じて堪える。


 ――大丈夫。


 そう自分に言い聞かせながら、最後の段を踏みしめた。

 背中には、うっすらと汗が滲む。


 自室のドアへ手をかけて、体を滑り込ませるようにして部屋に入る。

 扉を閉めた瞬間――。張りつめていたものが切れたのか、膝から力が抜けてしまい、身体が前へとつんのめる。

 慌てて壁に手をついたから転倒は免れたけれど、指先にうまく力が入らなくて。

 そのまま、どうにかベットまで辿り着いて、倒れ込む。

 マットレスの軋む音がやけに大きく聞こえ、耳についた。

 何とか寝返りをうって仰向けになると、天井が視界を埋める。

 呼吸が少し荒くなって、胸が大きく上下するのを、どこか他人事のように見ていた。

 身体はどこまでも、正直で。嘘なんてついてくれない。


 ――瞼が重い。引いていたはずの熱が、また戻ってきてしまった気がする。

 このまま眠ってしまえば、楽だろうか。


 指一本動かすことすら、億劫で。俺は天井を見つめたまま、浅い呼吸を繰り返す。


 ――調。


 つらい、本当は助けてほしい。きっと声を出せば、来てくれる。

 それでも、俺は呼べなくて。ベッドに横になったまま両手を強く握りしめ、震えそうになるのを必死に抑える。

 息を吸って、吐く。浅く、慎重に。

 

 ――大丈夫。これはいつものことで、どうしようもないこと。

 

 能力の代償。俺に残された時間は、もうそんなにないのかもしれない。

 守りたいと思うほど……誰かを失いたくないと願うほどに、身体が先に悲鳴を上げる。

 喉の奥がきゅっと詰まり、吐き気にも似た感覚が、胸の奥を掻き回す。

 

 ――泣くな。

 

 そう自分へ言い聞かせても、視界の端は滲む。

 

 ここで崩れるわけにはいかない、そうなれば今以上にみんなに心配をかけてしまう。

 それだけは、どうしても避けたかった。

 

 ベッドのシーツを掴み、時間が過ぎるのをただ待つ。

 何分……何十分。感覚は曖昧で、時計を見る気力すらなくて。

 

 ――まだ、動ける。まだ、俺はみんなの役に立てる……大丈夫。

 

 俺はもう、孤独じゃないと知っている。だから自分が壊れてしまうのだって、大切な人を守る為なら怖くない……。


 徐々に見ている世界の輪郭が滲んで、溶けていくような感覚。世界が少しずつ遠ざかって、そんな思考を最後に意識はふっと途切れた。


 深い、深い眠り。夢すら見ない、落下するような暗闇。


 ――こわいよ……だれかたすけて。


 俺はそのまま真っ暗で、冷たい闇の底へと落下していくように眠りについた。





 次に気づいた時には、どこか見覚えはあるが知らない路地裏。

 

 ――ここは……どこだろう。

 

 ふと手にじんわりとした熱を感じて、視線を下ろす。

 痛みとかは感じなかったのに、その熱を認識した刹那、自分の手がじわりと形を失っていく。

 皮膚が崩れ、骨の輪郭も曖昧になって、それでも感覚だけは残っているのが気持ち悪くて。

 

 溶けている――。

 

 そう理解した瞬間、恐怖の感情が一気に押し寄せた。声を上げようとしてるのに喉は動かなくて、その間に足も、胴も、次々と溶けていく。

 液体のように流れ落ちるのに質量は感じられず、煙のようにふわりと広がって、消えてしまう。

 

 ――誰かっ……調……たすけてっ。

 

 名前を思い浮かべた、その瞬間――。

 

「……っ!」

 息を吸い込んで、俺は跳ねるように目を開けた。

 

 視界がぐらりと揺れて、見慣れた自室の天井が映る。

 現実であることを理解をする前に、おでこへと感じる冷たい感触。

 

「……綴、大丈夫か」

 低く、落ち着いた声。視線を向けると、ベッドの横には調が座っていて、その手には濡らされたタオル。倒れ込んだだけのはずだった体はしっかりと横にされていて、毛布をかけられていた。

 

「……ゆ、め……」

 掠れた声でそう呟くと調は短く息を吐き、少し困ったように眉を下げる。

 

「……お前、魘されてたぞ」

 俺は咄嗟に、自分の手を確認した。


 ――よかった……溶けてない。

 

 溶けてなんてない自分の手を、そっと握りしめた。ちゃんと形があるし、感覚もある。

 

「……なんで……調が……俺の部屋に?」

「部屋へ戻るときの、お前の様子が変だったからな」

 調の表情には呆れの色も少しだけ見えたけど、汗で濡れてしまった前髪をよけてくれる手つきはとても優しくて。

 

「念のために部屋を覗いて、正解だったよ」

 ひどく、優しい言葉。

 

「嫌な夢でも見たのか?」

「……溶ける夢を……見たんだ」

 そう言うと、調の手が一瞬だけ止まった。夢の感触がまだ身体に残っていて、溶けて消える恐怖が現実と地続きになっているみたいで気味が悪い。


「痛かったりしなくて……ただ、じわりと熱いの……」

 調は何も言わず静かに聞いていて、その間も溶けていないことを伝えてくれるかのように、腕や手のひらにふれてくれる。

 

「……大丈夫だ。お前はここにいる」

 短い言葉だったけれど、それで十分で。その体温に俺は、凄く安心した。


 調査の為に、何度か見たあの動画。それが勝手に頭の奥で再生される。

 画面越しの、あの歪んだ輪郭。ふれられて、壊されるみたいなものじゃなくて……ただ、抗えずに形を失っていく。

 自分の身体が溶けていくのを見ているだけしか出来なくて、抵抗すらできない。

 もし動画の被害者が、あの瞬間まで「自分が溶ける」ことを理解していなかったとしたら……。

 恐怖を感じたのが、溶け始めてからだったとしたら。

 

 胸の奥が、ぎゅっと縮む。

 

 ――あの人はきっと、想像を絶するほどの恐怖を感じただろう。

 

 あの能力は「殺すため」にあるんじゃなくて「存在を消す」ためのものなのかもしれない。

 だから痕跡がないし、証拠も残らない。


「……綴」

 調の声で、はっとする。

 

「……指先が白くなってる」 

 いつの間にかシーツを掴んでいた手に、力が入ってしまっていたようで、そこへ調の手が重ねられていた。

 

 力を抜かせるように、きゅっと力を込められる。

 

「一人で考えすぎるなよ」 

 俺は、ゆっくりと息を吐く。実際、あの夢の通り、溶ける瞬間に意識があって、恐怖を感じるのかどうかはわからない。

 だけどそうだとしても、自分の大切な誰かが被害に遭うのだけは、絶対に見過ごせない。


「……お前は、ひとりじゃないんだからな」

 断言に近い、揺るぎのない言い方。


「……知ってるよ」

 少しだけ、声が震えてしまう。


 わかってる。ここはもう、あの暗い水槽の中ではない。

 俺の前にヒーローである調が現れたから。

 

 それにあの頃は失うものなんてなかったし、失うことに怯える理由もなくて。

 ただ、息をしているだけのような毎日。


 でも、今は違う。名前を呼んでくれる人がいて、笑って、心配して、たまに怒られて。

 

 俺にはもったいないほどに、温かくて幸せな場所。だからこそ、失うのが怖い。「幸せ」というものを知ってしまったから、もう戻れない。


 この優しくて、温かい世界を守るためなら俺は、どんなことでもできる――。

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