8. 食いしん暴のティファ
それは、一方的な展開だった。
「全員、距離を取れ! 一対一にならないようにしろ!」
怒号とも取れる鋭い声が戦場に響く。
彼らとて、決して弱い訳では無い。今回の任務を遂行できると判断された、精鋭たち。
だが、そんな彼らを相手にたった一人で大立ち回りする者がいた。
「あっはは! 遅い! 脆い! 弱ぁい!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
緑色の肌を切り裂き、吹き出る鮮血に身を濡らしながら、彼女――ティファは次の獲物に狙いを定める。
「つぎぃ!」
飢えたケモノのような目が角を生やした大柄の魔族を捕え、一瞬で距離を詰める。
「こ、このばけも――」
言葉が最後まで言い切る前に、首が空をクルクルと舞った。
「グルーガ隊長! ヤツの猛攻が止まりません!」
「狼狽えるんじゃねぇ! 守りを固めるんだ! 消耗したところを叩くぞ!」
魔王軍四番隊隊長、グルーガ。
ゴブリン族でありながら隊長の役職を手に入れた彼は、魔王軍きっての戦略家。
その手腕により壊滅させられた街は一個や二個では無い。
そんな彼でさえ、個の圧倒的な暴力に為す術もなかった。
「まさか、食いしん暴のティファがいるとは!」
「あの食いしん暴がいるならもっと増員してきたものの!」
「あの食いしん暴をどうにかしねぇと!」
「ちょっと!? 聞こえてますけど! その呼び方やめてくれないかなー!」
食いしん暴。
それがティファに付けられた異名だった。
その由来は、食いしん坊な彼女の性格だからというだけでは――ない。
「――あ、限界かも。それじゃあみんな、よろしくね!」
「うおおおおぉ! 野郎ども! 姐さんを守れぇ!」
「今だ! 野郎共、あの食いしん暴を討ち取れ!」
おもむろに地面に座り込み、カバンに収納していた弁当箱を取り出すティファ。
我慢できないとその蓋を勢いよく開き、中身を一気に流し込む。
――スキル【飢餓状態】。
著しい身体能力の向上と引き換えに、身体から莫大のエネルギーを消費するスキル。
超人的な力を手にするスキルではあるが、効果が切れると抗えきれない空腹感に襲われるのだ。
「ふぃふふぁ、ふぁんふぁっふぇー!」
「喋ってる暇あったら食いやがれ! ですよ、姐さん!」
「あまり突っ込みすぎるな! もうすぐ補給が終わっちまう!」
「ティファちゃん、復活です! 【飢餓状態】」
「「「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」」」
再び始まる一方的な蹂躙。
戦闘中に食事タイムが必要となるスキルだが、その効果は絶大だ。
この状態のティファとまともにやり合える人間は、国に五人といない。
――刹那。ティファは反射的に後ろに跳んだ。
本能的に危機を感じたのか、先ほどまで立っていた位置に短剣が飛来していた。
「ちっ。完全に死角だと思ったんだけどよぉ」
このままだとジリ貧だと悟ったグルーガが前に出た。
戦略家と知られる彼だが、隊長を務めるモノとして戦えないわけが無い。
「儂にちぃと付き合えや、食いしん暴。踊り子と呼ばれた儂の実力、見せてやるよ」
二振りを短剣を持って、軽やかな身のこなしで敵を仕留めるその姿から、グルーガは踊り子と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼の姿に、ティファは目を見張る。
そして、震える声で叫んだ。
「ずるい! わたしもそんな感じの異名がよかったんだけど!」
「は?」
「あんた倒したら、踊り子はわたしの異名ってことにならないかな?」
「ならねぇだろ、どう考えても」
「……わたしの異名付けたやつ、今度とっちめてやる!」
こうして、食いしん暴と踊り子の戦いが幕を開けた。
「あぁ! お腹が空いてきた!」
「はっ、燃費の悪ぃ体だな! 脂肪がついてて美味そうだ!」
「それ、乙女には禁句なんですけどぉ!?」
戦闘は、終始ティファ有利で進んでいた。
グルーガは防戦一方で僅かな隙を縫って反撃を試みても、尽く防がれる。
互角のように立ち回るグルーガだが、誰の目にも結果は明らかだった。
だが――。
「これでっ!」
「うおっと危ねぇ!」
「閃光弾――!」
視界が途切れたその一瞬で、グルーガはティファから距離を取り一命を取り留める。
敗戦濃厚な戦いだったが、グルーガは道具を惜しみなく使用することで致命の一撃だけは避けていた。
殺すことよりも生き残ることを重視した、その立ち回り。スキルの時間切れを狙っている割には、食事タイムでさえも時間稼ぎをするかのように戦っていた。
「……さっきから、どういうつもりなのかな? 勝つ気が感じられないんだけど」
その違和感に、さしものティファも勘づいていた。
グルーガはその質問に一瞬考えるように頭上を仰ぐと、にぃっと邪悪な笑みを浮かべた。
「……そろそろか」
瞬間、リーンと鈴の鳴る音が辺りに響いた。
「鈴? ――っと」
喉を目掛けて飛んできたナイフを、ティファは二本の指で掴む。
「完全に死角だっただろうが。……まぁだが、勝負は決まっちまったな。食いしん暴」
「だからその呼び方……! え、まだ勝負はついてないけど?」
「いぃや。決まっちまったんだよ」
グルーガはすぅっと息を吸うと、この場にいる全員に届くように声を張った。
「今の音はよ、街の侵略が終わったっつう合図だ! 残念だったな! 儂らは既に潜り込んでいたのさ!」
「え?」
「助かったぜぇ。てめぇらが街に集まったおかげで、怪しまれずに潜り込めたんだからよぉ!」
「……さっき、わたしがいるのは想定外だって」
「敵の言葉を信じるものじゃねぇよ、食いしん暴!」
冒険者たちの間に小さくない衝撃が走る。
守るべき対象が喪われた。その事実は、士気に大きく変化をもたらす。
「ちょいちょい! みんな、あんまり真に受けないでよ! 敵の言葉を信じるもんじゃないって!」
冒険者たちを落ち着かせようと、ティファは声を張る。
「あ、ああ、そうだよな! 姐さん!」
「そうだそうだ。敵の言うことを信じるなんざ、バカのすることだ!」
「でも、もしこれが本当なら――」
「バカ! 信じねぇって流れだろうが!」
「これが真実なら、俺らが今やばい状況に立ってることになるんだぜ? 無視する訳にはいかねーだろ」
最初は漣のようだった不安も、次第に大きくなってくる。
それを見て気分を良くしたグルーガが、不安をさらに煽るべく大声を出した。
「おいおいおい! 聞こえねぇか? てめぇらを挟み撃ちしてぶっ殺す儂らの仲間の足音がよ!」
挟み撃ち。
その言葉を聞いて、ティファはしまったと歯噛みする。
グルーガが言ったことが本当なら、自分たちも無事では済まない。本気で逃げ出したとして、何人生き残れるか――!
「…………」
ティファが現状の打開策を求めて思考を巡らせ、グルーガは勝ったと余裕の笑みを浮かべる。
冒険者たちは固唾を飲んで背後を警戒し、魔族たちはそんな彼らとジリジリと距離を詰めていた。
「……………………」
……最初に声を発したのは、ティファだった。
「ねぇ、何も聞こえなくない?」
草を踏む音まで鮮明に聞こえてくるほどの静寂。
そこに一切のノイズは無い。
「…………聞こえて、来ないか?」
「……来ないね」
顔を見合わせるティファとグルーガ。
両者は互いに顔を見合せ、ほぼ同時に口を開いた。
「野郎共、一時撤退だ!」
「今が勝負どころだよ! 追撃開始ぃ!」
現状を正確に把握できていた者はこの場にいなかった
だが、何が起きたかは分からないが魔族側の増援は無い。その事実だけを救いあげ、両者は最善の手を取った。
「ほらほら! 魔法使いと弓兵は積極的に攻撃して! 戦士職は反撃に対応してねー!」
「ちぃっ! 覚えろよ、ニンゲンどもが!」
グルーガの捨て台詞だけが、幕が降り始めた戦場に響き渡った。




