6. 暇を持て余した神たちの戯れ
「――そういえば。シュタインさん、仕事が見つかったらしいぞ」
ペンを止めて、今思い出したとばかりにそう切り出した。
「へー、そうなんだ。よかったね」
「話を聞いてみると、なんでも夕飯をご馳走した次の日に偶然、それなりに良い条件の求人を見つけたらしくてな。今はそこで働いてるんだと」
「へー、そうなんだ。そんなに都合のいいことがあるもんだね」
白々しい顔で嘯くセレスに、俺は白い目を向ける。
「……お前、贔屓は良くないぞ」
「人聞きの悪いこと言わないでくれない? 私はただ、善良な信徒にささやかな幸運を巡り合わせただけなんだから」
「仕組んだクセになぁにが幸運だ」
吐き捨てるようにそう言うと、機嫌が良さそうなセレスをジロリと睨む。
「この間、ここで祈ってたぞ。『助けて下さりありがとうございます。セレシア様』だってよ。目の前に別の神様がいるのに失礼なやつだよな」
「人間の姿だからしょうがないよ。それに、今はキミも私の信徒だってことを忘れてない?」
「……え、そうだったっけ?」
「本気で忘れてたの!?」
嫌なことは忘れるようにしてるからな。
「まったく。キミは罰を受けている最中だって言うことまで忘れているんじゃないだろうね?」
「そこは忘れてないぞ。俺はセレシア教に入信するっていう残酷な罰を受けてる最中だってことはな」
「セレシア教に入信することは罰じゃないからね!?」
「いやでも、セレシア教に入信して神父として働けっていう罰だろ?」
「神父として地上の人たちと触れ合い、過去に自分が犯した罪と向き合うって罰だよ」
てっきりセレシア教に入信させて反省するようにしようとしたのかと思った。非常に効果的だったので。
ほーん、と気のない返事をしていると、呆れた様子のセレスがふとなにかに気づいた。
「そういえば、さっきから何を書いてるの?」
机に身を乗り出してそう聞いてくる。
俺は自信たっぷりにニヤリと笑みを浮かべ、彼女の眼前に一枚の紙を突き出した。
「えーっと……『ゼルス教 入信書』……!?」
「全然信者が増えないからな。今、入信書の内容を一新してるんだよ」
「……それは良いんだけど、今信者を増やして怒られないの?」
「神父の仕事をしっかりこなせば、それ以外の時間は自由にしていいって言われたからな。常識の範囲内って制限は付けられたが」
そう説明すると、セレスはすんなりと信用した。
へぇとか、ふぅんとか言いながら入信書を読んでいる。と、突然くわっと目が見開いくと、勢い任せに入信書を引き裂いた。
「おい! 何しやがる!」
「それはこっちのセリフじゃないかなぁ! かなぁ!?」
怒り心頭の様子のセレスは、ビシッと床に散らばる残骸を指さす。
「これ、どういうつもり!?」
「この世の真理が書かれた、素晴らしい入信書だが?」
「『セレシアは偽乳』、『胸の豊かさは心の豊かさ』、『セレシア教徒はぺったんこ』……っ! どこが!?」
「真理しか書いてないだろ」
「ただ単にセレシア教に喧嘩を売ってるだけだけど!?」
確かに悪意を持ってこの入信書を読めば、そう捉えられるかもしれない。
「国教であらせられるセレシア教は、こんな小さな宗教に目くじらを立てるほど暇ではありませんよ」
「その言い方は卑怯じゃないかなぁ! かなぁ!?」
ま、そろそろ揶揄うのは終わりでいいか。
今にも掴みかかって来そうなセレスに、まぁまぁと宥めて別の入信書を見せる。
「ほら。これの何が問題なんだ?」
「だから全部だってっ…………あれ?」
入信書に目を通すと、セレスは困惑したかのように眉を顰める。
「……『毎日八時間眠る』、『休日は休む』、『明日出来ることは明日やる』……さっき見たものと違う……?」
「さっき見せたのはちょっとした冗談で作った偽物だよ」
「なんでそんなの作ったの!? あと、冗談にしては質が悪すぎだよ!」
理由を聞かれてしまったか。聞かれてしまったのなら仕方がない。ああ、本当に仕方がない。
本当に仕方がなさそうに、俺は入信書の成れの果てを指さした。
「なんの関係の無い話なんだけどよ。これ全部手書きで作ったんだが、もう使えないよなぁ」
「うっ……!」
「少ない自由時間でコツコツやってきたってのに、残念だ」
「い、いや、でもそれは、キミが変なことを書いているから……!」
「そうだ。全部俺が悪い。俺だけが悪い。だから、ちゃんとこの紙も俺が掃除して捨てるし、俺一人で睡眠時間を削って破れた分を作ろうと思う。なぁに、お前は気にしないでいいよ」
ぐすん、と鼻を鳴らしてみせる。
「な、泣き真似をしたってそうはいかないよ!」
「……そうだよな。泣いたふりに見えるよな。俺、普段の行いが悪いから、な……」
「……ぐ、ぐぬぬ。わ、わかったよ! 私も手伝うから! だからそれもうやめて!」
「さすがのチョロさ。一周まわって心配になるぜ!」
「少しは本音を隠そうとしたらどうかなぁ! かなぁ?」
悔しそうな、けれどどこか安心したような表情を見せるセレス。
「まったく。キミはもう少し、私を大事にするべきだと思うな」
「そう言われましても。叩けば響く貴方が悪いのですよ」
「叩かないで欲しいんだけど!? ……って、あれ。その喋り方――」
なにかに気づいたようにセレスがそう言った直後、扉が開く音がした。
「おかえりなさい、ティファさん。今日は早かったですね」
「おかえり。もしかして、例の空き巣についてなにか進展があった?」
「ううん、そういうわけじゃないの」
空き巣が流行り出した時期から、最近この街に訪れ住んでいる冒険者たちなのでは無いかと疑ったセレス。
「相変わらず、犯人の検討もついてない。一応、冒険者のみんなにも聞いてみたけど心当たりがないって言ってたから」
結果は空振りで終わった。
ここ最近は、ティファは知り合いの冒険者と一緒に見回りをしてくれている。
そんなこんなで最近の昼間は教会に居ないセレス。
「お腹でも空きましたか? 軽く食べられるものを準備しましょうか」
「それはいいよ。今は、ちょっと大事な話があるの。……やっぱり食べ物は後でもらうね」
食べ物を拒否することから、普段とは違う真面目な話があるのだと察する。……最後は誘惑に負けてしまったが。
「……私も聞いていい話?」
「うん。どうせ、すぐに知ることになるから。それに知るなら早い方がいい話だし」
俺とセレスがちゃんと耳を傾けているのを確認して、彼女は話をし始める。
ティファがなぜ、この街に帰ってきたのか。
その理由を。
「――数日後、この街に魔族が攻めてくる」




