1) 守護を拒む女神
未知の人類世界に属さない存在──人型の昆虫のような姿をしたそれは、暗い廊下をその脚でゆっくりと進んでいた。未知の生命体の進む道を照らしていたのは、空中に浮かぶ小さな灯火だけだった。身にまとっていたのは女性のドレスのような服だったが、そのデザインは世界のどこにも存在しなかった。
さらに十歩ほど進むと、金色の花で飾られた巨大なアーチが現れた。その表面には人間の頭蓋骨が描かれていた。アーチをくぐったその存在は、広大で完全に空っぽの大広間に入った。中央には黄金の高い玉座という唯一の家具があり、その上には見た目は若い人間の少女が座っていた。
彼女もまた、不思議な訪問者とまったく同じドレスを着ていた。ただ彼女がただの人間ではないことを示す唯一のものは、その深い瞳であり、そこには宇宙そのものが映っていた。時折、その宇宙の空洞の中、眼球の場所で大小さまざまな彗星が飛び交い、星々が明るく輝いていた。
— 「貴重なルルゴトを置いて、私のもとに来てくれたのか、妹よ?彼らは滅びる運命だと思っていた。君の子どもたちが大切にする伝統さえも、君がその役目を離れれば救いにならない。何があったのか?」
金の玉座に座る一方の存在が、彼女の前にいるもう一方の存在に意地悪く尋ねた。
— 《お前はもう30万年以上も地球人を見守っている。その玉座に座っているのは、彼らがついに発展のための女神にふさわしい存在になったからだろう。最初は輝く金の玉座はなかったと思うが。お前は彼らと共に洞窟時代からコンクリートの高層ビルの現代まで歩んできた。しかし銀河の父に栄光あれ……お前の導きによって彼らが互いに滅び合わなかったのは幸いだ。そろそろ本当の仕事を始めるつもりか、妹よ?》
昆虫のようなその存在は、後ろにたたんだ下の二本の脚を背中に回し、前に出した上の二本の脚の先を組み合わせながら尋ねた。
—「ああっ!もう忘れてたわ、あなたが守っているあの種族はテレパシーで会話するのね。ルルゴト(るるごと)はまだ話せないのに、彼らの科学の発展がどう進むのか想像するだけで怖いわ。私たちに与えられる姿が、育てるべき者たちの姿だなんて面白いわね。」
人類の女神は、同じ目的で作られたけれど、違う知的生命体の世界を管理する姉妹のような存在に皮肉を込めて話しかけた。
—《そうね、姉さん。私たちは管理する種のメスの姿を取るわ。でも、それだけじゃない。私のルルゴト(るるごと)はあなたの地球人のように話さないけど、彼らの文明は平和と調和の中で生きている。もうすぐ彼らは自分たちの種のすべての病気を克服し、私の指導のもとで楽園への最後の一歩を踏み出す。あなたの地球人は絶滅を迎えるでしょう。あなたは彼らを楽園に導いた後、永遠に消えることへの恐怖に感染してしまった。あなたは彼らが死を恐れるように恐れている。》
女神たちは、ただ姿を取るだけでなく、守護する存在の習性も引き継ぐ。
ルルゴト(るるごと)は、自分たちの巣でコロニーを作って暮らす生物の文明だ。
ルルゴト(るるごと)の一つのコロニーは国にあたる。
巣は各コロニーの都市だ。
彼らのコミュニケーションは完全にテレパシーだが、彼らは自分たちの女王の記憶を継承し、過去の女王たちの思い出を覚えている。これが各コロニーの共通の歴史を守り、全員が協力して先祖を忘れないようにしている。
彼らの発展は地球人とは違い、多様な機械などはなく、むしろ彼らの世界の自然や治癒と強くつながっている。
女神がいなければ、彼らはコロニー同士で戦争していただろう。しかし、ルルゴト(るるごと)は全ての世界で最も賢くて親切な文明の一つであり、彼らの女神も同様に賢く攻撃的ではない。
—「テレパシーの振動を噛み殺しなさい!」
人類の女神は怒りに満ちた声で叫び、右手で自らの玉座の間の空間を裂いた。
地球人が自らの楽園を築いたことによって、自分が消えてしまうのではないかという姉の言葉が、宇宙ほどもある女神の自尊心を深く傷つけたのだ。
—「私の世界では、あんたのような存在は足で踏み潰されるべき。早く“銀河の父”の虚無に帰りたいなら、そうすればいいわ。」
若き女神の顔には憎悪が浮かび、その表情は歪んでいた。
だが、彼女は理解していた。自分には姉に対して何もできない。追い出すことさえ不可能なのだ。この広間から出ていくのは、あくまで姉自身の意志によるものでなければならない。
だが、姉は遅かれ早かれこの場を去らねばならない。すでに自らの座を離れてしまった以上、それは避けられぬ運命。
そうでなければ、女神の加護を日常的に受けていたルルゴトたちが、あまりにも近くにあった存在を喪失することで、正気を失う危険すらあるのだ。
—《久しぶりに賢明な言葉を聞いたよ。確かに、君の世界では私のような者は踏み潰される。
けれど、私の世界では君のような者こそ、親しき客人として迎えられるんだ。
今この瞬間も、君は何もしていないようでいて、地球人を殺している。
君の制御できぬ感情が、彼らの世界にどれだけの影響を与えたか――自分の目で見てみるといい。》
ルルゴトたちの女神は、自らの責任も、他の姉妹たちの責任も深く理解していた。
彼女は賢く、そしてその務めに誰よりも真剣だったのだ。
— 「何を、私の潜在意識に振動させているの...?」
人類の女神はそう問い、ゆっくりと前方に手をかざした。その瞬間、この広大な広間の壁や床に地球の様子が映し出された。
ひとつの場所では巨大な海の波がクルーズ船を引き裂き、
別の場所では古いダムが水圧に耐えられず、大量の水流が下流の人々の集落を襲い、小さな村々が完全に水没していた。
さらに別の場所では、強烈な風に飛行機の両翼がまず引き裂かれ、その後、客室部分が真っ二つに割れてしまう光景が広がっていた。
最後に見たシーンでは、巨大な竜巻が人々の家々を蹂躙し、その道にあるものすべてを吹き飛ばしていた。
—「これ…私がしたのか…?」
女神の顔に浮かんだ表情は、250,000年以上もの間、彼女が見せたことのないものだった。
驚き、恐れ、哀れみ。
人類の女神はただ永遠に自分の玉座に座っているだけで、急激な動作や攻撃的な行動を取ることはないため、こうした感情が地球人の世界にこんなにも大きく反映されることを知らなかったのだ。
彼女は、支配する者として、間違いを学び、成長することが必要だと理解しているからこそ、このような結果に驚いていたのだ。
—《地球人たちは私のものではなく、あなたのものだ。私は彼らを感じたり、聞いたり、理解したりできない。自分の内面を見てみなさい。そこには何が見える?》
賢い女神は姉にアドバイスを与え、それに従った姉の前に地球各地のビジョンが現れ始めた。
—「私の息子を、私の息子を助けて!」
地球のあちこちで被害に遭った数万人の人々の叫びが、女神の意識に響いた。
母親は、他の人々に息子を助けてくれるよう懇願しているが、彼女自身もまた、自分の命を救ってくれる者を必要としている。
—「いやぁぁっ!お願い、神様!夫を助けて、彼を私から奪わないで!」
彼女が今まで一度も気に留めなかった叫び声や嘆きが、まるで止まることなく、女神に向かって降り注いだ。
ある女性は、夫が目を覚まし、生きていることを願い、涙を流し、神に助けを求める。
さらに数分後、女神はこの地球との繋がりを断とうと決め、次第にほほえみながら、やがて笑い出した。
—「そうそう。彼らはとても痛みを感じている、親しい人が亡くなったりして、など。最初は本当に驚いたけれど、今はこう思うのよ—ああ、どうしよう、寺に行ってろうそくでも立ててあげた方がいいのかしら? 彼らのために悩むべきかしら? 人間は弱くて哀れな存在よ。彼らは毎日私に祈ったり、自分たちの不幸を私のせいにしたりするんでしょう? でも、関係ないわ。彼らはあちら、私はこちら。
それにね、知ってる?」
人類の女神は誇らしげに、堂々と頭を高く掲げて金色の玉座から立ち上がり、素足で階段を降りて、姉のもとへ向かって歩き始めた。二人は手が届く距離まで近づき、人類の女神は話を続けた。
—「ここから出ていけ! 地球人たちは、弱くて哀れなのは理解しているけれど、それでも彼らは私の責任、私のものよ。それはあなたの問題じゃない! 自分のルルゴトたちに戻って、彼らが互いに食べ合う前にね。」
人類の女神が、姉のもとから自分の玉座に戻ろうと背を向けた瞬間、突然、廊下から他の10人の女神が現れ、それぞれが円形に並んでルルゴトの女神を囲んだ。これにより、人類の女神は足を止め、意図せずともその中心に立っていた。
—《あなたは自分の使命を忘れた。あなたは自分の道を見失った。あなたは、そんなに嫌悪している者たちの中で生きることになる。過去が重すぎたのであれば、新しい運命を受け入れなさい。》
ルルゴトの女神は、意識の中で姉にこう告げた。
その言葉に対して、人類の女神はすぐに返事をすることはできなかった。なぜなら、彼女が恐れていたのは姉たちの不思議な行動ではなく、目の前に現れた暗い存在—永遠の宇宙の影のようなもの—だったからだ。
それは生きているのかもしれない、奇妙な存在が、どんどん近づいてきて、彼女の顔へ…そして目へと迫ってきた。