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黒人差別とファット・ポジティブ

 田尻加奈さんは漫画家で、近年の世界的な漫画ブームの波に乗っかって、最近になって国外にもファンが出来た。もちろんファンが増える事は嬉しい。日本向けに創作された自分の漫画が、一体海外でどんな風に受け止められているのかにも興味があった。それでSNS内で国外のファン向けへもメッセージを発信し始めた。

 ……が、そこで予想外の事態が起こってしまったのだった。

 

 「炎上しちゃっているのよ。なんだか知らないけど……」

 

 喫茶店。

 田尻さんは吐き出すように友人の梶原さんに愚痴を言った。梶原さんはやる気なさそうにそれを聞いている。

 「“なんだか知らない”なら、どうしようもないわね」

 「いや、原因は分かっている」

 「どっちだよ」

 「その原因が“なんだか知らないけど”って言っちゃいたくなるような内容なのよ!」

 

 田尻さんは自分の作品に黒人を出した。それ自体はあまり問題ではない。が、それを肥ったキャラクターにしてしまった事が、どうやら一部の思想団体にとっては気に食わなかったらしいのだった。差別的だと批判の的になってしまった。

 

 「黒人にだって、肥っている人はたくさんいるだろうが! しかも何人も! じゃ、そーいう人達は差別的な体型をしているって言うのか?! こいつらは平等主義者じゃなくて、単なる黒人優位主義者じゃねぇか!」

 

 彼女としては、子供の頃に観たアメリカの警察映画に出て来た肥った黒人キャラが忘れられずに自身の作品に出したのだ。もちろん、差別的な扱いにしたつもりはない。肥らせたのだってちゃんと意味がある。肥らせる事で温厚そうなイメージにし、その見た目に反してスピーディで強く、頼りがいがあるといういわゆるギャップ効果を狙ったのだ。

 「マッチョで強そうなキャラが、そのまま強かったら何にも面白くないのよ! 肥っているキャラが強いからこそ意味がある! あいつらはそれをまったく分かっていない!」

 その彼女の愚痴を聞いて、梶原さんは乾いた感じで淡々と感想を言った。

 「インターネットで世界中に繋がった弊害よねー。しかも、皆、自分の価値観が正しいって信じ込んでいる」

 多様性を尊重するのであれば、本来は“異なった価値観”を受け入れる努力をしなければいけないはずなのだが。

 まるで他人事のような梶原さんの口調に(本当に他人事なのだが)、田尻さんは恨めし気な視線を向ける。

 ただ、

 「そーなのよ。“何の問題もない”って言ってくれる人もたくさんいるのだけどね。もっとポジティブに肯定してくれる人がいないとダメみたいで……」

 そう彼女が愚痴を言うと、それで梶原さんは何かを思い付いたようで、

 「あー、そうね。もしかしたら、それが使えるかもしれないわよ」

 なんて呟いたのだった。

 田尻さんは首を傾げた。

 一体、こいつは何を言っているのだろう?

 

 それから数日後、田尻さんのSNSのコメント欄はたくさんの英語で溢れていた。ただし、批判のコメントではない。応援のコメントだ。否、正確には批判のコメントも多かったのだが、少なくとも今までの炎上とは趣が違っていて、英語圏の人間達同士での言い争いになっていた。そして、それは既に彼女のコメント欄を超えて他のSNSにも飛び火していたのだった。

 再び喫茶店。

 「あんた、何やったの?」と目を白黒させている田尻さんを見て、梶原さんは笑っていた。

 「大した事はしてないわよ。ただ、ファット・ポジティブの人達に英語で告げ口をしただけ」

 「ファット・ポジティブって?」

 「自分の体型をそのまま肯定しようって考え方のうち、特にふくよかな体型を受け入れようってやつね。一部では過激化していて、積極的に肥ろうって人までいる。正直、そこまでいくと健康問題が出るからどうかとも思うのだけど……」

 その言葉に田尻さんは納得した。だから、突然現れたあの人々は、肥ったキャラを「差別だ!」と批判する人達を許せなかったのだ。

 梶原さんは笑いながら言った。

 「お礼はいいわよ~。実際、大した労力でもなかったし」

 がしかし、それに田尻さんはこう返すのだった。

 「誰がお礼を言うか! このすっとこどっこいめ!」

 「へ?」とそれに梶原さん。目を白黒させている。

 「あんたの所為で、火に油を注いじゃってとんでもない事になっちゃっているのよ! 炎上が炎上を呼んで、もう災害レベルよ! なんて事をしてくれたのよ!」

 そう。

 炎上は更に酷くなり、肥った黒人キャラを出せば黒人団体が怒り、出さなければファット・ポジティブ達が怒るというどうにもならない事態にまでなってしまっているのだった。

 「あのまま放っておけば鎮火していたかもしれないのに~!」

 頭を抱える田尻さん。梶原さんは乾いた笑いで誤魔化した。

 「ハハハ。ごめんて」

 ……そして、なんだか、難しい時代になってしまったものだと彼女は思ったりしたのだった。

 

 ――が、それから数日後。

 電話で田尻さんは梶原さんに連絡を入れていた。

 「単行本が出たんだけどさ。馬鹿売れしているのよ」

 複雑な心境。

 つまり、件の炎上騒ぎはかなりの宣伝効果を生み、図らずも炎上商法になっていたのだった。

 「おー 良かったじゃん」

 と、それに梶原さん。

 一応、今は炎上も鎮静化している。

 「売れるのだったら、またやってみれば?」

 そんな梶原さんの言葉に、

 「いや、もう二度とご免だよ」

 そう言って田尻さんは溜息を漏らした。

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