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第3話:体育の授業

 朝六時半ぐらいに起きて寮から出て学園に向かっていく。

 俺が通っている常世学園は馬鹿ほど広く、事前に渡された資料で把握したが面積は約51ヘクタール。


 とてつもない広さを誇っており、敷地内には二つの運動施設に闘技場、訓練用の山や大図書館そして目玉であるアホほど大きな学校が建っている。もはやテーマパーク一つぶんかなと思うその場所では登校するのも一苦労。


 比較的に近い位置に寮が建てられているとはいえ、普通に早起きしなければ朝の授業には間に合わないだろう。それどころか転入当初は学園に辿り着くことすら困難で裕也に何度助けられたか。


「おはよう、良い天気ね」


 そして、教室に辿り着き席に座れば挨拶してくる隣の席の雪女。

 だけど良い天気という割には彼女は不機嫌そう……というより体調が悪いのか、どこか顔に影があったのだ。


「おはよう……なんかあったのか?」

「別に何もないわよ。ただ暑すぎるから太陽に滅んで欲しいって思ってるだけね」


 今日は小テストがあるからその事だろうなと思ってみれば、予想以上に過激な答えが返ってきた。


「何なのかしらね……なんで常世の東京ってこんなに暑いのかしら、雪女に対する嫌がらせ? やっぱり暑いのは苦手ね。それどころか、消えて欲しいと思ってるわ。暑さは敵よ、多分一生相容れないわ。逆に聞くけど玲君は暑いの平気なの? こんな地獄みたいな温度の中、よく我慢できるわね」


 珍しく饒舌になる彼女を見て、やっぱり雪の妖怪だから暑いのは苦手なんだなと思いながらも彼女の質問に答える。


「俺は平気だ。このぐらいなら慣れてるし、暑いとは思うがそこまで嫌って感じはしないな」

「人間って凄いわね、この暑さを平気って言えるなんて」


 頭のおかしい奴を見るような表情でそう言われて、この程度の暑さで音を上げている彼女を見ると、今から夏が心配になってきた。


「玲、暑いよ……本当に暑い。帰っちゃ駄目?」


 訂正、ウチの相棒も今日の暑さは駄目らしい。今年の夏とか三十度は確実に越えるだろうし、これから先はこの二人にとっては地獄だろうな。

 空中でぐでーっとしながら宙に浮く相棒と、溶けそうな隣の席の多娥を見て自分まで暑くなった俺は、とりあえず帰ったらアイスでも食べようと思った。


「あー終わったまじで死んだ。滅べテスト」


 昼に太陽に向かって似たような事を言っていたクラスメイトがいたが、今の俺はテストに向かって同じ事を言っていた。四時限目にあった歴史のテスト、それはただの小テストにも関わらずかなり難しく、思えばテスト勉強をしてなかった俺には有り得ないほどの強敵だった。


 こんな事ならカグヤに付き合い、新作のゲームを徹夜してやるんじゃなかったと思いながら周りを見渡せば、 たまにゲームする知り合いの何人かが同じように項垂れている。


「ふっ、無様だな」

「玲、ブーメランが刺さってるよ」

「あーあー聞こえない」


 ジト目でこっちを睨む幽霊の姿とか見えないし、何より声なんか聞こえない。


「何してるのかしら玲君、やっぱり暑さで頭でもおかしくなったの?」

「……何でもないぞ、それより多娥はテストどうだったんだ?」

「私はいつも通りね、特に問題はないわ」

「まあお前は成績いいしな、問題ないか」


 テストの話題で多娥と話していると、教室から人が減っていることに気付いた。何だと思って次の時間割を見てみれば、そこには体育の二文字があり、場所は体育館と記されている。


「不味いぞ多娥、次は体育だ」

「ええそうね、それに今日は逢魔ノ契に関係する授業だったはずよ」

「まじか、なら急がないとやばいだろ」


 ここから体育館まではかなり遠く、走っても五分以上かかるので、急いで行かないと授業に遅れてしまう。しかも体育の担当は我らが担任である朧先生なので尚更遅れられない。だって俺こないだ説教受けたばかりだし、遅れてまた説教なんて事になったら最悪だ。


「とりあえず急ごうぜ」


 そう言って俺は自分のロッカーにしまっていたカグヤが宿っている刀を取り出してそのまま体育館に走り出す。

              ◇  ◇  ◇


「……この体育館広すぎるだろ」


 やってきたのは初めて入った高校生用の第一体育館。そこはバスケコートとサッカー場が入っており、この学校の凄さを再確認できた。


「やっほー! あれ、なんで声が響かないんだろ?」


 大きい体育館にはしゃぐカグヤはそう叫んだが、自分の声が返ってこない事に首を傾げた。そりゃあ、実体化していないから今の声が響かないのは当たり前だろうとツッコみたかったが、流石にクラスメイトが沢山いる時に幽霊である彼女に話しかけるのは無理なので自重。


「にしても、やっぱり全員何かしらの武器を持ってるよな」


 体育館を見渡せば周りにいるのは、体操着に身を包んで武器を構えるクラスメイトの姿。


 刀に剣や槍、弓に拳鍔他には銃。

 そんな多種多様な武器達がこの場所には揃っていて、皆授業を楽しみにしているようだ。人間の生徒も異種族達に触発されてなのか、各々の武器を構えてまだかまだかと先生を待っているし、このクラスの生徒は好戦的なものが多いんだな。


「よし、主ら揃ったな? 今日の授業は儂が担当するぞい」


 普段和装ばかりなせいであまり似合わないジャージに身を包んで現れたのは、我らが担任の朧さん。


「じゃあ、早速だが二人組を作って貰うのじゃ。組む相手は男女どちらでも良いので、好きな相手と組むがよい」


 二人組か。中学時代とか奇数クラスのせいでよく一人残っていたな。

 思い出すのは中学での苦い記憶。そのせいで毎回一人余り先生と組む羽目になっていたが、俺には多娥って言う友達がいるし、余ることはない。


「組もうぜ多娥」

「ごめんなさい、今日は見学なの」

「まじか?」

「嘘つく必要ないでしょう?」


 だけど、彼女は今日の暑さのせいで見学のようで、普通に誘える体調ではなかった。裕也にも話しかけたがあいつもあいつで既にペアを見つけていたらしく、彼等によって用意した道を全部潰された。


「あぁ、終わった」

「ドンマイ玲、私が授業に出れれば良いんだけど無理だからね」


 この時ほどカグヤが幽霊であることを恨んだ事はないかもしれない。


「なんじゃ玲坊、余ったのか? 滑稽じゃな」

「朧さん? なんで笑うんですか」

「面白いからに決まっとるじゃろ?」


 当たり前じゃないか。

 そんな言葉の裏を感じられるように言わないで欲しかった。


「しかしそんな玲坊に朗報じゃ。お主と同じく余ってる生徒がいたのでな、連れてきたぞ」


 一瞬ムカついたが、そんな彼女が差し伸べてくれた救いに秒で感謝することにした。そうだ。このクラスは奇数クラスなのだから俺が余ったって事は多娥の他に欠席した奴がいない限り一人余っているはずなのだ。


 きっとそいつも俺と同じように話しかけて玉砕したに違いない。まだ会っていないそいつに親近感を覚えながら先生に案内されてその生徒に会うことに。


「あ、朧先生。ペアの方を見つけてくれたのですね、助かります」

「予想通り余ってたから連れてきたぞい。ほれ玲坊、自己紹介」

「アンタはどのポジションなんだよ」


 連れてこられた先にいたのは、昨日気まずくなった相手でもある鎮凪紅羽。


「……昨日ぶりだな鎮凪」

「そうですね、今日はよろしくお願いします」

「さて、これで全員ペアを組めたようじゃな。主らには今から学校が作った人形とペアで戦って貰うぞい」


 朧先生がそう言えば、俺と鎮凪の目の前に人形が現れていた。その人形の手には刀が握られているが、何の力も感じる事がなく、ただのマネキンのような感じだ。


「これには主らが持っている手形を二人でかざせば始まるぞ、準備できたものから始めると良い」


 朧さん曰く、この人形と戦う授業は今後も何回か行うようで、今日はそのお試しらしい。次回からはこれを倒せたタイムなどが成績に反映されるとの事。だけど人形はかなり強いので気を抜くと倒されるから、そこは気を付けた方がいいそうだ。


「誰かと共闘するって初めてなので楽しみです」

「俺も共闘は初めてだな。まあ先生が気楽にやれって言ってたし、初めて同士頑張ろうぜ」


 共闘自体は過去の任務でしてはいたが、こういう授業などで共闘するのは初めてなので嘘ではない。


「ですね、頑張りましょう」


 彼女と一緒に転入時貰った手形をかざせば急に力が溢れてくる人形。

 それの周りには結構大きめの結界が貼られて、俺達二人は結界内に閉じ込められた。触ってみた限りかなり強固な作りの結界のようで、余程の事がない限り壊れることはないだろう。


 この技術力は凄いなと思いつつ、いつ始まるか分からないのでカグヤを構えて人形が動くのを待っていれば、


「玲、来るよ」

「来ますよ」


 二人がそう言った瞬間に、その人形が動き出し俺目掛けて間合いを詰めてきた。

 その速度は、作られた人形とは思えないほどに早く、気付けば俺の目の前にそいつの姿があった。そして、そのまま足が迫って蹴りが放たれる。


「ッ重ッ――」


 なんとか受け止め防御出来たのはいいものの、その一撃はあまりにも重く、防御がいとも簡単に崩される。


 しかもそれだけには留まらず、崩れた防御の隙を責めるように蹴りを放ってきて、圧倒的な脚力で俺を結界の端まで蹴り飛ばした。

 逢魔ノ契の結界は痛みの有無を設定できるので、今の攻撃に痛みはないがその代わり疲労が蓄積する。


「……絶対設定間違えてるって」


 俺を蹴り飛ばした後、続けざまに鎮凪に攻撃を仕掛ける人形を見ながら愚痴を吐いた。誰に聞いて欲しかったわけでもないけれど、気楽に出来ると聞いていたのに、この戦闘力には文句を言わせて欲しい。


「あ、そうじゃ。この人形は相方の技量次第で強さが変わるのじゃ。存分に楽しむとよいぞ」


 ふざけるな、絶対悪意持って鎮凪と組ませただろう。

 心の底からそんな言葉が出てきたが、一人でこいつと打ち合っている鎮凪に加勢するためにも文句を言っている暇はなかった。


「悪いな、今戻った」

「こちらこそすみません、私と組んだばっかりに」


 申し訳なさそうに言う彼女だったが、多分この強さは俺のせいもあるだろうから、こっちも悪い気がしてくる。


「気にすんな、とりあえず勝とうぜ? 負けるのは嫌だしさ」

「そうですね。えぇはい、勝ちましょう」


 初対面の相手との共闘は難しいだろうが、それも経験だろう。しかも今の自分からしたら格上であろう彼女との共闘だ。最初は文句があったが、相手の強さが俺達を基準になっているのならそれに沿って動けばいいだけの事。


「攻めは任せます!」


 打ち合っていた彼女が急に引いたことで生まれる隙、それを逃さないように俺は間合いを詰めて人形の腹に向かって刀を振るう。


 胴を捉えた一閃、それは人形を削り中身を露出させる。

 怯み、生まれる硬直――それをプロである彼女が逃さないわけはなく、相手が動くより先に人形の右腕を刎ね飛ばした。


「ナイスだ!」

「気を抜かないでください、また来ます」


 勝利条件は分からないがまだまだ動く様子の人形。

 意識がないアイツには痛覚や疲労がないだろうから、どう倒せばいいか分からないが、今の所は順調である。

 だけどまだ何かあると、昔から鍛えられてきた勘がそう伝えてくるのを感じて、身構えていれば相手の人形が腕を生やしたのだ。


「再生機能付きとかふざけてるな……」


 なんだこのスペック、絶対最初の授業で出て良いものではない。こっちとしては早く終わらせたいのに、本当に面倒くさい機能がついているな。


「長く戦えるならいいではありませんか!」


 彼女を横目で見れば、物凄い笑顔になっていて戦うのを楽しんでいるように見えた。 ただの授業で何をそんなに喜んでいるかは分からないが――それを見ていると嫌々やってるのが少し申し訳ない気分になる。それになんだか、最初彼女に抱いていたイメージとは違う気がするし……。


「よそ見しない。さっきより妖力が増してるから注意だよ」

「――ここからが本番っぽいぞ鎮凪」


 赤く目が光る人形は、俺達を真っ直ぐ見据えながら刀を構えてまた接近してきた。

 ただの授業だけれど、やっぱり負けたくない。鎮凪がどう思っているかは知らないが、そう思った俺は、少し頑張ろうという思いを胸に迎え撃つことにした。

 ――――授業時間は残り三十分。

 勝利条件が分からない上、初めての相手との共闘。

 普段以上に気を遣うものだが、戦いが長く続くほど脳内麻薬を溢れさせる。

 攻めて防ぎ、受けて与える。

 何度それを繰り返したか分からないが、いくら壊しても再生する人形。

 だけど、いつか戦闘には終わりが来るもので……。


「いくらお前でも首を刎ねたら戻らないよな」


 正面を鎮凪に任せ、後ろから攻めること数十回。加速し続ける俺達に次第に動きが追いつかなくなった人形が反応できなくなり、致命的な隙を晒した。

 そして、その隙を見逃す今の俺らではない。

 狙うは首、刎ねれば勝ち。

 必殺の一撃は、相手に悟られず――。


「――終わりだ」



 吸い込まれるように刃が首に通り、相手の頭が宙を舞った。


「トドメです」


 そして首を失い、倒れ込もうとする人形の腹に鎮凪の刀が突き刺さり動きは完全に停止して結界がなくなった。


 訪れるのは数秒間の沈黙、時計を見てみれば授業時間ギリギリまでこれは続いていたようで、あと五分で学校の鐘が鳴るところだったみたいだ。

 とりあえず俺は、一緒に戦ってくれた相方を労うために声をかけようとした。


「お疲れ様、鎮――」

「お前凄いな百鬼!」


 鎮凪と続けようとしたところで、急に後ろから声をかけられた。

 そこにいたのは、まだあまり話したことのないクラスメイト。少し周りを見渡せばそのほかにも多くの生徒達が集まっていた。


 それから何度も凄いなとか、よく紅羽様に合わせられたよなとか、連絡先交換しようぜとか、色々言われ揉みくちゃにされるという事態が発生。

 普段関わらない奴もこっちに集まるせいで、共闘相手に話しかけられなくなってしまう。


 圧倒的な人口密度、助け船を出してくれる奴はおらずこの場の人口密度のせいで倒れそう。というか本音を言えば今すぐ倒れたいし、体が痛いので横になりたい。

 さっき共闘した鎮凪に救難信号でも送ろうと視線をずらしてみるも、彼女はどうしていいか分からないと言った様子で困った顔をしていた。


「主ら、気持ちは分かるがそこまでじゃ。玲坊が倒れそうじゃぞ?」

 意外なことに助け船を出してくれたのは我らが朧大先生。彼女の一言で解散していく生徒達に、常世の上下関係を垣間見た気がした。


「とりあえず、お疲れ様じゃ二人とも。皆も疲れているだろうから今日の授業は終わりじゃ、あとは適当に解散してくれると助かるぞい」


 それで授業は終わり、残された俺達はそのまま着替えて教室へと戻ることになった。

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