向こう側の恋人
「何これ、ぬいぐるみとお菓子?」
段ボールの中に入っていたものを出して見ているとスマホが鳴った。頼んだ覚えのない荷物を前に震えながら恐る恐る電話に出る。
「もしもし?」
「あ、もしもし澪さん?」
知っている声に胸を撫で下ろした。
「あぁ、彩花ちゃん。どうしたの? 夕方に電話だなんて珍しいよね」
「あー、うん。澪さんのお家にテディベアとマカロンの詰め合わせ送ったんだけど~、置き配にしちゃったから連絡しとこって思って」
「そうだったんだ~」
「何かあったの?」
「ううん。ちょっと不安だったっていうか、勝手にクレジットカード使われてないかなとか、色々思っちゃってたから……」
「そっかー、紛らわしくてごめんね。次からはちゃんとメッセージ書いて送るね」
「そうしてもらえると助かるなぁ」
通話が終わり、友人から届いたものだったことに安堵しながらリビングにぬいぐるみを置いた。そして箱の中に入っているお菓子を取り出して、一つを口に放り込む。目が細間って口角が上がる。
自分の顔が笑顔になっていることに気づいてそっと側にあるマカロンを取って味わった。
美味しい。
そこから時間は直ぐに過ぎて行き、何気ない日々が続いていた。
午後三時頃だろうか、スマフォに通知が届く。頼んだ覚えのない荷物が玄関先に置かれていた。宛名は相川澪。何度見ても私の住所に名前が載っている。また彼女からの荷物だろうか。でも、今度送る時はメッセージをくれると言っていたし、スマフォに送ったよなんて文字は来ていない。なんとなくざわつく胸。何処かで開けてはいけない気がする。けど、中身が気になってしまう自分も居る訳で……どうせいつか答えた懸賞が当たっただけだろう、何も怖い事なんてない。そう思って、カッターの刃を突き立ててテープを破る。顔を出したのは綺麗な桐の箱だった。こんな大事そうなもの、本当に私宛なのだろうか。疑問に思っていると、相川澪様と書かれている封筒が段ボールの隅に入っているのが見えた。中には手紙が一枚、書いてあるのは『愛しいアナタへ』それだけ。文によってより、中身が気になってしまう。
高そうな桐の箱を慎重に開封する。
「……」
カラン
赤の敷布に丁重に包まれているそれは見間違えるわけもなないもので、叫ぶことも出来ずにただ涙が溢れるばかりだけだった。
な、なんで、ひっ、人の指なんかっ。あ、あぁ、あぁぁぁぁ、私、私が何をしたっていうの。自分の小指が熱を持っているようで震える手で必死に擦る。なんで、こんなもの送って来たの。誰の、誰が、混乱と恐怖でやっと声が出た。
「いやぁぁぁぁああああああああああああああああ‼」
警察に連絡しなくちゃ……スマフォを取ろうと手を伸ばすが、上手く取る事が出来なくて床に落としてしまう。そうしてさっき落とした桐の箱の裏側に書いてある文字が目に入る。
『ケイサツにレンラクしたら、分かるよね?』
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はっ」
苦しい、苦しい。過呼吸の中、止まない涙。小指同士を絡めて隠すように手を組んで口元にやる。呼吸を整えて桐の箱を閉じる。
ヴーヴー。タイミングよくスマフォが鳴った。もし、送り主からだったら……止まらない震えの中、電話を取った。
「もしもし~」
聞こえてきたのは聞き覚えのある少女の声だった。
「あ、彩花ちゃん?」
安心してか、今度はさっきとは違う涙が溢れた。
「? どうしたの? 澪さん。声、震えてるよ?」
「その、あのね……ううん。やっぱり何でもない」
「ダメだよ!」
「え?」
「澪さんは地獄みたいな状況にいた自分を助けてくれた恩人だもん。何でも言って!」
彼女のやさしさが染み込んで恐怖を解いていく。
「あのね、実は」
全てを話した。小指の事、手紙の事。彼女は私を心配して電話越しに何度も励ましてくれた。「大丈夫だよ」「何があっても守るから」「いつでも電話して」「呼んでくれたらいつでも行くから」
「ありがとう」
冷たくなっていた心が温まり、瞬きの間に恐怖を忘れて日常が戻って来た。一つの変化を携えて。
秘密を共有しているからか、不安から逃れたいからか彼女に連絡する頻度が前よりはるかに増えていた。何かある度に電話をかけて心を安定させていた。同僚がそのことに気が付いて、何か言っていたが数日経つと、こちらを見て顔を青くするようになっており、話しかけてくることもなくなっていた。同時期からだろうか、ゆっくりと荷物が積み重なって桐の箱が見えなくなって、記憶と深層に引っかかっていたものが薄れていった。家族というものから逃げおおせた時と似ている、なんて思いながら今日も彼女に電話を掛ける。
………なんで、なんで!
一か月経った頃、また玄関前に頼んだ覚えのない段ボールが置かれていた。覚悟を決めるのに跡が出来るほど強く右手を握る。前に届いたものより何倍も大きく、今回は知人からだと、見知った中身だと思いたい。
開けてみると、髪があった。人口のものでも、天然のウィッグでもない。人頭から生えている髪。ともすれば、予想はつく。
不安を押し殺しながら、髪の下のものを掴み、上げる。重さと共に見えてくるものは顔だった。顎下数センチで綺麗に処理されている首に安らかな顔。一滴の血もついていない、蛆も湧いていない、死体というには綺麗すぎるものだった。
震えの止まらない手がピシャリと静止する。どことなく知っている顔だとは思ってはいた、でもしっかりと見なかった。信じたくなかったから。世間話をするくらいの仲で、最近は体調不良で職場で会う事もほとんどなかった。こんな事になっていたなんて。
「初瀬さん?」
返事は当然返ってこない。現実じゃないと考える度に冷たい首を持っている感触が体中に伝わって夢だと思うことを許さない。
涙で揺れる視界、手にある人頭。誰が誰が、こんなこと……。いつまでも初瀬さんの頭を持っているわけにもいかず、段ボールにしまおうとする。そこでまた、隅にある手紙を見つけた。とりあえず、頭を箱に戻してから手紙を取り、見る。
『ワタシとアナタの間をジャマする人はいらないでしょ? もうすぐ愛し合えるから待ってて』
嫌っ、気持ち悪い。どうして、どうしてこんなことをして愛してもらえると思っているの? もういや、私に何でそこまで執着するの?
手の届くところにあったスマフォを取る。数少ない連絡先から彼女を選んで電話を掛ける。
「もしもし? 彩花ちゃん⁈」
「澪さん? どうしたの?」
不思議そうな声の彼女に今起きている事を事細かく話していく。動揺している私に彼女は落ち着くように声をかけてくれる。
「大丈夫だよ、落ち着いて澪さん。ワタシもそっちに行くから」
「あぁ、ありがとう。彩花ちゃん」
通話を切って、首から距離を置こうと後ずさりをするとキャビネットに思い切り体をぶつけた。
パリーン。棚の上に置いてあった花瓶が頭の上に落ち、割れた。床に思い切り頭を打ち付け、血が広がっていく。
行かなくちゃ。逸る気持ちを抑え、玄関を開ける。助けなんか呼ばない。こんな状況だもの。一人で対処しなくちゃ。
「来たよ」
側によって、顔に触れる。まずは傷の確認から。彼女の頭にできた傷が大きくないか。はぁ、安心した。血は大量に出ているけど、まだ気を失っているだけ。これなら、大丈夫そう。愛しい彼女の顔をまた撫でる。これからはずっと一緒、ワタシの部屋で暮らしましょ。
自分の部屋から注射針とカテーテルにポリタンク、それぞれ二つと液体を持って、隣の家へ入る。彼女の前に道具を置いて両腕の血管を探っていく。処理が終われば、澪さんは腐らない。永遠に綺麗なまま。
あ~、やっと手に入れた。
彼女に救われてから、夢に見てた。いつか彼女をワタシのものにして、ずっと変わらずに暮らしていくことを。邪魔者も消したし、彼女の家庭環境も調べた。誰も澪さんを探さない。彼女にはワタシだけで充分だもの。フフッ。血液から体を流れるものが防腐剤に変わるのを待つ。その間にテディベアの背中を包丁で裂いてカメラを取り出す。
はぁ、他にも仕掛けられたらよかったのにな~。唇を尖らせてから溜息をついて、自分の右手を見る。今度は恍惚とした息を漏らす。失われた小指、彼女に捧げた小指、汚いワタシが愛を伝えるためにとった古い手段。ワタシのした事で彼女の感情が動いた、今でもあの泣き顔を思い出してうっとりしちゃう。
ポリタンクを見ると、片方に入れていた液がなくなり、もう片方は真っ赤に染まっていた。
交換もできたみたい! 彼女の腕に刺した針とカテーテルをそれぞれ抜いて、壊れないようにそっと彼女を自分の部屋へ連れていく。この時間同じ階の人は帰ってこない、大丈夫。ワタシ達のこれからは壊されない。昂る気持ちを抑えながら、彼女を部屋に飾る。特注したベッドの上に寝かせ、服を変える。白く綺麗なドレスに着せ替えると眠り姫のように美しい姿になった。
はぁ、澪さん綺麗。愛してる。これからはこの部屋でずっと、ずっと、死ぬまで一緒だよ? 青ざめた彼女の唇にキスを一つ落とす。
もう永遠に離さない。ワタシの大好きな人。