三日月王子と婚約者の私
募集テーマのワードから、タイトルに『三日月』を使用しています。
私の婚約者は王子様。
王位継承順位は、そこそこ低い。
ご公務とかも、本当にそこそこ。
殿下はいつも暇そうで、ほとんど毎日ここにいる。
がらくただらけの研究室。
その前に立つ。
扉を————
「あっ……と」
開かない。施錠されている。
自分の鍵で開けて、部屋に入る。
殿下はいない。
部屋の隅に置かれた色々な物たち——着ぐるみとか——が私を見ている。
「そうだ……!」
ふと思い付いてしまった。
着ぐるみの中に隠れて、殿下の様子を盗み見るのだ。
研究室に隠された、殿下の秘密。
それを知る絶好の機会だ。
部屋の中から鍵を掛け、着ぐるみを調べる。
「あれか、これか……」
なるべく目立たないやつを選んで、中に入る。
やがて殿下がやってきた。
鍵を開け、部屋に入り、扉を閉める。
私はいない。
まずは何をするのだろう。
「こんやくしゃどのー。今日も君の殿下が研究室に来ましたよー」
正直ぞわっとした。
「……などと言ってみたいものだ。ふっ」
いつも私が『でんかーっ!』とか言ってるのを真似たようだ。
私に気付いた様子はない。
「さて……」
私から見て部屋の反対側。
ごそごそ。
それにしても……殿下から見た私はあんな感じなのだろうか。
正直……不審者だ。
いや、あれは殿下がおかしいのだ。
私は————
「——俺の名は『三日月の騎士』。満月には程遠い、そこそこ……ああ、いかんいかん」
殿下の声で我に返る。
大きな三日月が見えた。
目を凝らす。
殿下の顔に仮面、その飾りが三日月の形。
「騎士ならば正々堂々——」
一人、騎士ごっこに興じているようだ。
しばらく遊んでから、今度は、テーブルに書類を広げて、お仕事。
殿下……。
ちょっとは気にしているのだろうか。
そこそこな王子。
ほとんど見えない。
三日月。
「婚約者殿……」
不意に殿下が口を開いた。
「……遅い……いつもなら……」
まさか。
「……まさか……どこかに隠れているのでは!」
思考が読まれてる!?
「どこに……どれに……」
こちらを見詰める殿下。
どきどきする私。
しばらくそうしていたけれど。
「……俺は三日月、婚約者殿は新月か」
そうつぶやいて、仕事に戻った。
少しして、殿下が席を外したので、私は研究室を抜け出した。
*
結局、殿下の秘密も本心も、三日月ほどしか見えなかった。
頃合いを見計らって、研究室へ。
いつか殿下の月も満ち、真ん丸輝く時が来るのだろうか。
それまでは。
私は。
満月みたいな大きな声で。
「でんかーっ! 今日も婚約者の私が様子を見に来ましたよーっ!」