第2章:舞踏会の夜、二度目の誓い -2
だって、わけがわからない。
騎士団の詳しい内部事情は、ネリネにはあまりよくわからない。
けれど、騎士団長という地位が、騎士ならば誰もが羨む誉れ高い職位であることくらい、簡単に想像がつく。弱虫姫の騎士になるためにその地位を蹴るなど、およそ正気の沙汰ではないことも。
しかも、今、マリーナは何と言っただろう。
ダリルは騎士になったばかりの頃から、ネリネに仕えることを望んでいた、と。
それはつまり、彼はネリネのそばに仕えるために、騎士になる道を選んだのかもしれないということで……
「どうして……?」
たまらず口から問いがこぼれ出る。
けれど、マリーナはただ、首を横に振るだけだった。
「申し訳ありません。あいにくと、そこまで詳しく尋ねる時間がなくて。……でも、これでおわかりになりましたでしょう? ダリル様は姫様がどのような方か、よくご存じの上で姫様の騎士になることをお選びになったのです。ですから、彼が姫様に失望なさっているなど、そんなことはまったくもってありえないのですわ」
「…………」
マリーナの言葉が、すとんと胸の底へと落ちていく。
マリーナから聞かされた話は、正直、ネリネにとってはやはり信じがたいものだった。ネリネのことをそこまで強く思ってくれているなんて、とても信じられるはずがない。
……それでも。
儀式の場。
向かい合い、初めて互いに目を合わせたその時。
ネリネをまっすぐに見つめていた、あの赤い瞳を思い出す。
澄んだ瞳だと思った。嘘偽りなど微塵もない、揺るぎない決意に満ち満ちた眼差し。
今思い返してみても、その印象は少しも変わらない。
それなら、ネリネは――
(……あの方を。信じても、いいの……?)
ふいに胸に兆した感情に、ネリネは戸惑う。
それは、春の初めに花のつぼみがほころぶのを目にした時のような、温かくふわりとした気持ちに、どこか似ていて。
「大丈夫ですよ、姫様」
無意識のうちに胸の前できゅっと握りしめていた両手が、マリーナの手によってそっと優しく包み込まれる。
ネリネが不安な時、マリーナはいつだって、こうして手を握って温かく勇気づけてくれるのだ。
「あの方は必ず、姫様のことを誰よりも大切にして、どんな時だって守ってくださいます。そんな気がしているんですよ。どうしてわかるのかって聞かれたら、はっきりとは答えられないんですけれどね」
「……マリーナの、勘ね」
「そうですね。ふふ、私の勘はよく当たるって、昔から評判なんですよ?」
悪戯っぽく微笑むマリーナにつられて、ネリネもつい、はにかむように笑みをこぼしてしまった。
ずっと張りつめた表情をしていたネリネが笑ったからだろうか。周りにいた侍女達の間にも笑みが伝わっていき、部屋には春風が吹いたような明るい空気が広がる。
「――いけない、みんな時計を見て! 舞踏会までもうほとんど時間がないわ!」
侍女の一人が上げた声で、皆がはっと我に返って、止めていた手をいっせいに動かし始める。
白紗のカーテンの揺れる窓の外には、夕宵の穏やかな風にそよぐ、明るい黄色のミモザの花枝。
皆からもらった励ましに、ネリネは久しぶりに笑みを見せ、心弾ませながら、舞踏会の支度を進めることができたのだった。