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第2章:舞踏会の夜、二度目の誓い -1


 誓いの儀式を終えればこれで緊張と恐怖から解放されるかと言えば、まったくそうではなかった。

 むしろ、儀式の後……日が沈んだ後が本番と言ってもよい。


 儀式を終え、自室に戻るやいなや、慌ただしく始まったのは夜の舞踏会に向けた支度だ。

 誓いの儀式の夜には、王族と騎士の新たな門出を祝うため、王宮で舞踏会が開かれるのが昔からの習わしになっているためだ。


(くし)とリボンをちょうだい、早く! もう時間がないのよ」

「頬紅はどこ? それじゃないわ、姫様の肌にはもっと淡い色味のものにしないと」

「姫様、じっとしていてくださいね! あたしがいいと言うまで、絶対目を開けちゃだめですよ!」

(うう……、めまぐるしい)


 とにかく、準備のための時間がなかった。

 儀式が始まったのは正午を過ぎてからで、自室に戻ってこられたのは昼下がりもいいところ。

 それなのに、舞踏会が始まるのは日が暮れてまもなくの時刻なのだから。

 しかも舞踏会の主役は他でもない、ネリネとダリル。もちろん、遅刻は決して許されない。


「まったくもう、王妃様の時もそうだったけど、儀式の始まる時間はもうちょっと考えてほしいわよねえ!」

「本当よ。列席するお偉い様方がいくら忙しいからって、主役は姫様なのよ。夜に舞踏会があることはわかっているのに、儀式を午後から始めるのはどうなのかしら」

「そうそう! 女性の支度がどれだけ大変か、いつの時代も、いくら言ったって殿方は全然わかってくださらないんだから!」


 大声で愚痴を飛ばしながらくるくると働き回る侍女達。けれどその表情はひっきりなしに飛び交う言葉とは違って、皆楽しげで晴れやかだ。自分達が手塩にかけて世話をし、成長を見守ってきたネリネが今夜は晴れの舞踏会、それも主役を飾る姫として出席することに、喜びを隠せないのだろう。


 弱虫姫と呼ばれ続けるネリネに、彼女達は誠心誠意、心を込めて仕えてくれる。

 事実、ネリネのそばに仕える侍女達がネリネの悪口を言っているところなど、一度たりとも見たことがなかった。


 皆、ネリネにはもったいないほどに優しく、しっかりしていて。

 こんなふうに周囲の優しさを感じれば感じるほど、ネリネはぎゅっと胸が苦しくなって、できそこないの自分がどうしようもなく嫌で仕方なくなるのだ。


「……姫様!」


 ふいに強めの口調で呼ばれて、今日何度目になるかわからない自己嫌悪に(とら)われていたネリネははっと正気づかされる。


 声の主はマリーナだった。

 侍女達の中でも、特に長くネリネのそばで働いてきた娘だ。

 マリーナは少しだけネリネを(とが)めるような顔をした。それから、(おび)えて震えるネリネをじっと見つめて言ってくる。


「またそんな、暗い顔をなさって。今度は何をお考えになっていたのですか?」

「……! い、いえ……何も」

「見え透いた嘘をおっしゃらないでくださいませ。私は姫様に怒っているわけではありませんわ。ですから、正直に胸の(うち)をおっしゃってくださいな。舞踏会が始まったら、もう私達には、あなたを助けて差し上げることができませんから……」

「…………!」


 鼻の奥がつんとする。

 今にも泣きそうな顔になって、ネリネはマリーナの瞳を見つめ返した。


 マリーナの言う通りだ。

 舞踏会に出れば、侍女達は常にネリネのそばについていることなどできない。

 今日初めて顔を見、声を聞いた、あのダリルという騎士とともに行動しなければならない。ネリネにとって恐怖の対象でしかない貴族達とともに、過ごさなければならないのだ。

 だからもうずっと、不安で、恐くて、仕方なくて。


「わ、私……」


 侍女達は先ほどまでのてんやわんやが嘘のように、今やすっかり静まり返っていた。皆静かに押し黙って、ネリネが声を発するのを待ち続けてくれている。


「本当は……とても恐い、です。舞踏会に、出なくてはいけないのが……」


 喉が震える。つっかえる。声が消えてしまいそうになる。

 それでも、ネリネは懸命にたどたどしい言葉を紡いだ。


「ダリル様に……ずっと、申し訳ない気持ちで、いっぱいで。ダリル様まで、私のように、悪く言われてしまうようになるから。私の騎士に、選ばれてしまって。あの方はきっと……」


 さぞ、気落ちしているだろう。

 今頃、ネリネの存在がわずらわしく、(うと)ましくてならない気持ちに(さいな)まれているのだろう。

 そう続けようとした言葉は、けれどマリーナのきっぱりとした声に(さえぎ)られる。


「いいえ。そんなこと、絶対にありえませんわ」

「え……?」


 どうして、そんなにはっきりと言い切ることができるのか。

 目を瞬かせるネリネに、マリーナはゆっくりと語り聞かせる。


「大聖堂に着いて儀式が始まるまでの間に、騎士団の方とお話しする機会がありましてね。確か、アドニス様とおっしゃる方だったかしら。ダリル様とは親しい友人だそうで、彼が姫様の騎士に選ばれたいきさつを教えてくださったのですわ」


 ダリルが、ネリネの騎士になった理由。

 どくんと心臓が大きく跳ねる。

 思わず顔をこわばらせるネリネに――しかしマリーナが教えてくれたのは、ネリネがまったく予想もしなかった話だった。


「ダリル様は自ら、姫様の騎士になりたいと志願なさったそうですわ。いずれは次の騎士団長にとのご推薦があったのを断ってまで。姫様にお仕えすることは、騎士になった当初からの強いご希望だったそうです」

「……! 自分、から……?」


 あまりの衝撃に呆然として、ネリネはマリーナに聞き返す。


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