33. 一緒に、ご飯
「じゃあ。お買い物して帰りますか?」
ヒロヤが車を発進させながら言った。
「うん。でも、できたら、いつものスーパーじゃなくて、帰る途中の道の駅に寄ってくれたら嬉しいかも」
私が言うと、ヒロヤはくしゃっと笑って、
「りょーかい。……でも、野菜はひかえめに」と続ける。彼は野菜が苦手なのだ。肉と麺類だけで生きていける、なんて、いつも豪語?している。
「それはむり~。道の駅だと、新鮮なお野菜がめっちゃお手頃価格で買えるもん、ちょっと多めに仕入れようね」
「え~、いやや~」
ヒロヤがべえ~と舌を出す。イヤそうに肩をすくめ首を振るしぐさに、私は思わず吹き出す。
なんか……可愛い。彼は時々、可愛い。
普段、7人の中でも仕切りやで、落ち着いたしっかり者に見える彼なのに、そんなとき、小さな甘えん坊の子犬か子どもみたいに可愛らしく見える。
「可愛くしても、だめですよ~」
私が笑いながら言うと、
「ちぇっ……だめか」
彼は、残念そうに言った。
(……おい。それ、ねらってたのか)
彼の横顔に目をやると、頬が少しふっくらと盛り上がって、彼が笑っているのがわかった。
道の駅の店内に入ると、午前中に売れてしまって空いている棚もけっこうあったけれど、それでも、十分な品揃えだ。果物も豊富だ。明日は、野菜と果物のフレッシュジュースを作るのもいい。
ヒロヤがカートを押してくれて、2人で野菜の棚から見て回る。今日買い物に行くつもりだったので、バッグの中には、お買い物メモが入っている。それを見ながら、買い物カゴに必要なモノをピックアップしていく。
野菜もたっぷりカゴに入れ、続いて、肉や惣菜のコーナーへ。お肉も量たっぷりで、めっちゃお手頃価格だ。焼き肉もいいな。次々メニューが浮かぶ。
最後に、豆腐のコーナーへ。
「これこれ!」
私は嬉しくなって、薄揚げを手に取る。薄揚げ、と呼ぶのが似合わないほど、分厚い。へたな厚揚げより分厚くて、大きいそれを8枚カゴに入れる。これは本当に美味しいのだ。ハンバーグやステーキに負けないくらい、食べ応えもある。
「え? これ? うすあげ? 厚揚げ?」
ヒロヤも目を丸くしている。
「ちょっと贅沢して、1人1枚食べよう。たっぷり大根おろし添えて。最高やで」
ヒロヤも気に入ったのか、嬉しそうにうなずいている。
道の駅の向かい側にある、焼きたてパンの店で、食パンや、デニッシュや惣菜系のパンもたくさん買う。
「明日の朝は、このパンを、切り分けてカゴに盛って、いろんな味を楽しめるようにするの、どう? それに、野菜と果物のフレッシュジュースを添えて。あと、ゆで卵入りのポテトサラダも作ろう」
私はメニューを提案する。
「めっちゃいいね。そうしよう」
大量の食材を抱えて、下宿屋へ戻った。
下宿屋の庭の空いたスペースに、白い車が止まっている。車種とかはわからないけど、私には、それが、先輩の車だとわかる。ナンバーを覚えるのは得意なのだ。
でもなんで?
また近いうちに、とは言っていたけど。こんなにすぐに?
おそらく、私の答えを聞きに?
急がないけど、できるだけ早く、とは言っていたけど。
こんなにすぐに?
答えは決めたつもりだったけど、ちょっと焦ってしまう。
下宿屋の中に入ると、リビングのソファに、ナオトとタクトが座っていて、
「あ、おかえり~」と手を振っている。
そして、その向かいに、満面の笑みの先輩が座って手を振っていた。
「おかえりなさ~い」
「あの。先輩、なんで? っていうか、いつこちらへ?」
「お昼過ぎ? お昼前? なんかそのへん」
にっこり笑いながら、大きな買い物袋を提げた私とヒロヤを見て、
「出かけてたんだね。なんか……入れ違いだったみたいだ。残念」
先輩はそう言った。
「僕もナオトも、ちょうど休講が出て、たまたま2人一緒に、早めに帰ってきててん」
タクトが言って、隣のナオトに目をやる。
「そう。そしたら、門の前でずっと止まってる車があって」
「で、中に、僕がいて」と先輩が、続けた。
今は、一人称が、『僕』になっている。いつもなら、『俺』だけど。
「あやしいもんじゃありません。風子さんに用があって、と言ったら」と先輩。
「どうぞ上がって待ってて下さい。大しておかまいも出来ませんがって」とタクト。
「じゃあ、ってことで、今に至る、と」
ナオトが笑いながらしめくくった。
「先輩……」
「ごめん。つい気になって、来てしまって」
主語を省いているが、会社に戻るかどうかの、私の返事が気になったのだ。
「わかりました。じゃあ、今、お返事します」
「えっ。今? いいの?」
「はい。今晩、お電話しようと思ってたところですし」
返事を聞きに来たはずの先輩の顔が、なぜか少し曇っている。不安そうに膝の上の長い指を組みかえている。
「僕ら、席はずした方がいい?」
ヒロヤが静かに言って、他の2人も私と先輩の表情を伺っている。
「いえ。ここにいてもらって大丈夫です。皆さんにも関係ある話だし」
私は、3人に笑いかけて言い、先輩に向き直った。
「先輩、私、会社に戻ってこないかっていう、お誘い、すごく嬉しかったです。私の仕事のことを評価してくれたことも、すごく嬉しかった……。でも、もう一度あの会社に戻ろうという気持ちは……ないです」
「そんなにいやなの? 俺がいても? 支えにはならない? 前みたいにいやな思いや苦しい思いはさせないって言っても?」
先輩がさみしそうに私の目にすがるように訴えかけてくる。
「ごめんなさい。……正直、迷ったんです。すごく。すごく。先輩がいたら、もう一回あの場所で頑張れるかな、とも思ったり。でも、色々考えて、気がついたんです」
「何に?」
「誰かの力をあてにしたり頼ったりするんじゃなくて、自分で何かを目指していく生き方がしたいって」
「何か目指してることが、あるの?」
「今はまだ。でも、誰かに叶えてもらうんじゃなくて、自分のやりたいことを自分で叶えられるようにがんばろうって」
しばらくうつむいていた先輩が、ゆっくり顔を上げた。
「……わかった」
「それで、今は。わたし、今のお仕事を責任もってやらせてもらおうと思って」
先輩が静かにうなずいた。
「なんだか、そう言われるような気がしてた。だから、よけいに、気がせいてしまったのかもな……」
しょんぼりと呟くように言って、先輩が立ち上がった。
「じゃあ。シリアスな話が終わったところで、ここからは、一緒に楽しく晩ご飯にしましょうよ」
テツヤの声がした。明るくてのんきな優しい声。いつの間に帰ってきたのだろう。
見ると彼の横には、まださっきまで帰宅していなかった他の3人もいて、今は全員が揃っていた。
「風子さん。肉がいっぱいあるから、週末は焼き肉しようって、この前言うてたでしょ。せやから、みんな早く帰ってきてんで」
トモヤが言う。
「あ、うん。確かに。……じゃあ、焼き肉にする? 先輩も……一緒に?」
少しためらいながら私が言うと、あっという間に、7人が勢いづいて、口々に言った。
「どうぞどうぞ!」「どうぞどうぞ!」「食べましょ食べましょ」「食べましょ食べましょ!」「やきにくやきにく」「みんなで食べた方がおいしいし」「たべなきゃそんそん」
なんだか阿波踊りみたいな節をつけて歌ってるのは、ユウトだ。
7人に誘われて、先輩も困ったように笑いながらも、
「ありがとう。いいのかな? 僕がおじゃましても……」
「ダメなら誘いません」テツヤとヒロヤの声がそろう。
「風子さんの先輩なら、僕らの先輩ですよ。一緒に、ご飯ぐらい食べましょ」
タクトが大きな目をキラキラさせて断言し、勢いよく、みんながうなずいている。どうも、タクトの発言には、みんな自然とうなずく習慣があるらしい。
いつだったか、トモヤが言っていた。
「タクトは、俺らの中では、なんていうか、お姫様ポジション? っていう感じで……。姫の言うことにはみんな逆らわへん、みたいなところあるねん」
たしかに、あの吸い込まれそうな大きな瞳には、そんな力がありそうだ。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
「よっしゃ~。じゃあ、準備するか」
トモヤが元気に声を上げて、みんなでキッチンに向けて動き出した。」
「よっしゃ~」
先輩が優しく笑って、私に目で話しかけてきた。
その目が、
「よかったね」
そう言っているようで、私も静かに笑い返す。




