32. 『叶う』と『叶える』
「宇宙規模で考えたら、どう?」
ヒロヤがさらに範囲を広げてくる。
「宇宙かぁ……それは、遠すぎるかな……星は見てるだけの方がいいかも。宇宙ステーションとか惑星探査機とかの話を聞くと、すごいなぁって思うけど、自分が行きたいとはあんまり思わへん……なんか、遠すぎてコワイ気ぃする。宇宙でちゃんと息できるのかなとか、よその星でちゃんと暮らせるのかなとか。それに、行く途中に、宇宙船が事故ったらどうする? とか。なんか、不安の方が大きいもん。やっぱり自分の住んでる星の方がいい。……そう思わへん?」
「うん。たしかにそうやな……」
ヒロヤが穏やかに同意する。どことなくため息交じりに聞こえたのは気のせいか。
そして、私は自分で口にした宇宙船、事故という言葉が、やけに耳に残った。が、
「着いたよ」
ヒロヤの声でいつのまにかそれは掻き消されていった。
お寺のかなり手前で車をパーキングに預け、門前町を歩いて行く。道の両脇に古くから続いているらしいお土産物屋さんが並ぶ。時々立ち止まりそうになるけど、帰りにゆっくり見ようということで、ひとまず、お寺を目指す。
当麻寺では、ヒロヤは、立て看板の説明をくまなく読んで、スマホで写真も撮っていた。建物の造りをじっくり眺め、もしかしたら、ここに来ることを提案した私より熱心に見ている。
「こういう昔の建造物って、好きやな。いくら見ても飽きへん」
そう言って、目を輝かせた彼が本当に楽しんでいるのがわかる。
「この日本最古の三重塔、1300年以上前の、奈良時代からのものが2つも現存しているのって、日本中でここだけらしいよ。薬師寺にも2つ塔があるけど、あちらのほうは、1つは後に再建されたものなんやて」
私は、前に聞いたことのある情報をちょこっと紹介する。
「へえ。そうなんや。……すごいよね。見てみて、この屋根のカーブとか、見事やな……。講堂や金堂の屋根もすごかったけど。そんな昔に、ほんとにどうやってこれほどのものが、造れたんやろう」
ヒロヤがうっとりしている。頬が少し紅潮して、目を丸く見開くようにしながら、塔を見上げている。
彼は、目にするもの一つひとつを吸収しようとするかのように、じっと丁寧に見つめ、楽しんでいる。
(よかった……。こんなに喜んでもらえて。車で連れてきてくれたのは彼やけど)
そのあと、中将姫の伝説について書かれた案内板を2人で読んでいるとき、
「私ね、伝説とか言い伝えとかって好きで。子どもの頃、世界中巡っていろんな土地の人々に伝わる話を聞き集めて本にするのが夢やってん。やから、そのために、いろんな国の言葉を勉強しようと思って」
そう話しながら、私は遠く幼い頃の夢を思い出した。まだ小学校の低学年だったけど、中学のことも高校のこともすっ飛ばして、行きたい大学だけは決めていた。私が初めて親に買ってもらった、「やさしい英語」という参考書の著者が、その大学の先生だったのだ。
「それで目指した大学に入ったん?」ヒロヤが訊く。
「うん。……そっか! 私、少なくとも1コは夢叶ってるなぁ」
自分は何もかも中途半端で、何ひとつ達成してないと思ってたけど。
ヒロヤが温かい笑顔で私を見て言った。
「叶ってる、じゃなくて、叶えてる、やろ? だって、自分で努力しなかったらできへんことでしょ。運だけではどうにもならへんことやから」
「そやね。私、ちゃんと、『叶えた』ってことか……」
「そう。叶うと叶えるはちがう」
ヒロヤの言葉で、私の心に小さな火がともる。
誰かに、何かに頼って、叶うことを願うのではなく。
自分の手で、叶える、ことを夢見て目指そう。
……まあ、もしかしたら、うまくいかない可能性の方が高いのかもしれないけど。
それでも。
叶える、を目指してみよう。
寺を後にして、途中、門前町のお土産屋さんのいくつかに立ち寄りながら、車まで戻ってくると、思いのほか、時間が経っていた。あとは、買い物をして帰ろう。
車に乗り込むと、
「今日は、ありがとう。すごく楽しかった」
ヒロヤが、運転席から、まっすぐに私を見て言った。
目が優しい。彼が心からそう思っているのが伝わってくる。
「こちらこそ。連れてきてくれてありがとう。前に一人で来たときより、二人で見て、もっといろんなものにも気づけて、私の方こそ、めっちゃ楽しかった。ほんとにありがとう」
「また、おすすめのところ、教えてよ。一緒に来よう」
「うん」
一緒に。
一人でも好きなものは楽しめる。でも、その楽しさを誰かと共有できるともっと楽しくて、幸せだ。
ヒロヤも同じように思ってくれていたらいいな。
また、一緒にどこかに行けたらいいな。
嬉しさで、ワクワクする。
次はどこへ行こう。
昨夜からぐるぐる悩んでいた気持ちは、心の中で、いつのまにか端っこの方に追いやられ、かわりにホカホカした思いが胸の中にある。
そして、私の中の答えは、ほぼかたまっていた。




