31. 行きたいところ
「さあ。どっか、行きたいところある?」
ヒロヤが穏やかにわたしに笑いかける。きらきらした丸い瞳が、人懐っこい子犬みたいだ。きれいな鼻筋、形のいいくちびるがカーブを描く。彼の笑顔につられて、私まで口角が上がる。
「ん~いっぱい行きたいところはあるけど。……今すぐどこか、ってなると、すぐには……ちょっと待ってね」
首を傾けて思案する私に、ヒロヤが少し申し訳なさそうな顔をする。
「そやな。……ごめん。急に引っ張り出したから」
「ううん。そんなん……全然だいじょうぶ。それよりヒロヤさんは? どこか、行きたいと思うところない?」
ハンドルを握る横顔に問いかけてみる。
そういえば、彼が、どこかに遊びに行った、という話はあまり聞いたことがない。高校生の2人と大学生の2人は、時々、友達と遊びに行く、とか映画に行くとかいう話を聞く。お勤め人のうちトモヤは、土日も部活で出かけたりするし、テツヤは、プロ野球の試合をよく見に出かけているらしい。
普段、7人でいることが多いから、ヒロヤ個人の話をじっくり聞いたことは、そういえば、ない気がする。
いつもよく本を手にしている姿は見るけれど……。
ヒロヤはどんなことが好きで、どんな場所に行きたいって思うんだろう?
そんなことをぼ~っと考えていると、一瞬の沈黙の後、ぽそっとヒロヤが言った。
「僕は……僕が行きたいところは――――風子さんの……行きたいところ」
え? 私が一瞬驚いた顔をしたので、ヒロヤは笑って、
「いや、僕は、この辺りのおすすめの場所、あんまり知らへんから。風子さんのおすすめのとこなら、どこでも行きたいな、って」
(あ。そういうことか)
なんか一瞬ドキッとしてしまったじゃないか。
「なるほど。じゃあ、そうやねぇ。後で買い物する時間もほしいから、あんまり遠くはやめとこう。……えっと、当麻寺辺りはどうかな? 途中の道沿いに、柿の葉寿司のお店もあって、イートインもできるから。ちょうどお昼どきやし、いいかも」
「いいね。それ行こう。ナビ、入れてくれる?」
「了解」
一つ目的地が決まると、次々他に行きたい場所も浮かんでくる。
「あのね、飛鳥寺とか法隆寺とか岡寺も、いつか行きたいと思ってるねん。特に、岡寺はまだ行ったことなくて」
「遠いの?」
「ん~、そんなに遠くはないけど。でも、じっくり見たいから、時間のあるときがいいな」
「なるほど。どんなところなん?」
「行ったことないから、ガイドブック情報やけど。正式名は龍蓋寺で、その名の通り、暴れる龍を封じて蓋をしたと言い伝えのある池が境内にあって。でね、龍って、手に玉を持ってるでしょ、あの玉をイメージした願い玉っていう木の玉に赤い紐がついてて、願いごとを書いた紙を詰めて蓋をして、おみくじみたいに境内に結んで帰ったり、お守りとして身につけたりすると、願いが叶うんやって。それやってみたいなぁって」
「へえ。面白そう。いいね。……今度、一緒に行こうか」
ヒロヤが弾んだ声で言う。『一緒に』。その言葉が嬉しくて、
「ほんま? 行こう行こう」私の声も弾む。
「他に……行きたいところは? 例えば、ど~んと広く、地球上全範囲では?」
ヒロヤが笑いながら言う。
「おお。地球規模で、行きたいところ?……そうやねえ」
思い浮かぶ場所を片っ端から口にしてみる。
「エジプト。ピラミッド、そばで見てみたい。イギリス。湖水地方、コッツウォルズ、スコットランド。カナダ、バンクーバー、友達がいてる。イースター島。モアイの足元で、星空見たいな。マヤとかインカ文明の遺跡とかも見てみたいな……まあ、ドラえもんのどこでもドアでもないと、そうそう行かれへんけど」
行けないけど、言うだけならタダやしね。私が笑いながら言うと、
「そやな。どこでもドアな……」
ヒロヤがつぶやく。
「そう。どこでもドア。それがあれば、日本でも世界でも、行きたいときに行きたい場所にすぐ行けるもん」
「そうか……。じゃあ、宇宙では? どこか他の惑星とか」




