表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/33

21. どろどろ……


 幸い、落ちたのが田んぼの隅っこだったので、植えられたばかりの稲をつぶしてしまうことはなかった。でも、私たちは2人とも、みごとに泥だらけになってしまった。

「どろどろ……」 先輩が小さい声でつぶやく。

「ごめんなさい!」

「いや、こっちこそ。それより、早く立たなくちゃ」

「あ。ほんま」

 ふたりで、お互いを支え合いながら立ち上がる。


「あ。しまった。手がどろどろだから、つかんだせいで、無事なところまで、どろどろに」

 先輩が、少し情けない顔になる。

「ぶふっ」

 先輩の顔を見ていると、思わず笑ってしまった。

「あ。笑ったな~」

 先輩も笑い出した。どろどろの手を服で拭きながら、

「ところで、結局、何さがしてたの?」 不思議そうにいった。

「あ。すっかり忘れてました。カエルです。カエル」

「えっ!」

「好きなんです。アマガエル」

「たぶん、さっき、ぴょ~んと跳んでた子です」

「……」


 先輩の顔がかたまっている。

「……もしかして、カエル、苦手ですか?」

 黙って、こきざみにうなずいている。

「……む、虫とか平気なタイプ?」

 先輩が恐る恐る言う。

「いえいえ。全然平気じゃないですよ。どっちかって言うと苦手です。あ、でも、カエルは虫じゃなくて、両生類、」

 言いかけて、ふと見ると、私たちのすぐ近くに、緑色のその子がいるのが目に入った。先輩の気づかないうちに、急いでここを離れよう。ほんとはゆっくりこの子の相手をしたいところだけど。

「先輩、とにかく、この格好のままでは何ですから、うちに来てください。泥を落として、着替えしましょう」

「そ、そうだね」

 

 先輩が、私の自転車を押して、2人で並んで田んぼの間の舗装道路を歩く。

「なんか、カッコ悪いな……」

 先輩がつぶやく。きれいな形の鼻の頭に、どろがこびりついている。さらさらの髪もあちこちにどろのかたまりがくっついている。

「そんなことないですよ。申し訳ないですけど、私は逆に、ちょっと嬉しいです。先輩の違う一面発見!って」

「……情けないだろ」

「いいえ~。いつもパーフェクトに仕事ができて、頼もしくてカッコよくて、怖いものなんて何にもなくて、笑顔でどんなことでもスマートに乗り越える人、って思ってたけど」

「……がっかり?」

「いや、なんか、可愛いところもあるんだな、って。あ。ごめんなさい。可愛い、なんて失礼なこと言って」

「いや。いいよ。俺ね……子どもの頃から、虫とか苦手でさ、ゴキブリとかみると、飛び上がって逃げるか、その部屋封鎖して入らないようにするとか、してしまう方で」

「苦手なのは虫だけ?」

「いや、他の動物もやばいのある。例えば、サル。子どもの頃に、肩に乗られたことがあって、め~っちゃこわくて、『取って~取って~』って泣いてるのに、みんな笑って取ってくれなくってさ。トラウマになった。この子はひとに慣れてる子だから大丈夫、って言われても。……俺は慣れてない、ってば」

 ぼやいている先輩が、可愛くて私はついつい笑ってしまう。

「じゃあ、動物園への遠足は……」

「オリの向こうから出てこないやつは大丈夫」

「なるほど」

 そんな話をしているうちに、私の家に着いた。家の前に、白い車が止まっている。先輩の車だ。


 とりあえず、裏庭の水道のホースを使って、おおまかな泥を落とす。

 そのあと、裏口を開けて、そこから最短コースで、先輩をお風呂に案内する。

「とにかく、しっかりシャワーして、どろを全部落としてくださいね。タオル、ここ置いときます」

「着替えは……適当に見つくろってきますから」

「うん。わかった、ありがとう」

 先輩は、申し訳なさそうな顔で、脱衣所に入っていった。


 私は、自分も泥を落としたびしょ濡れの服を脱いで、いそいでTシャツとハーフパンツに着替える。

 さて。先輩の着替えになりそうなもの……あったっけ。

 ドラマなんかでよくあるのは、こんなとき、女子が彼のシャツやジャージを借りてオーバーサイズで着る、というシーン。でも、その逆パターンはあまり見たことない気がする。


 先輩はスリムだけど、さすがに、肩幅とか、私と体格が違う。父は遠い昔に亡くなっているので、さすがに、タンスの奥にも残っている男性用の服はない。

 となると。比較的大柄だった母親の服か。母の部屋のクローゼットを開けてみる。

 使っていない袋に入ったままのTシャツとハーフパンツがある。どちらもLサイズだし、Mサイズの私のものよりは、大丈夫かも?

 よしよし。これでなんとか。

 そう思ってからハッとする。

 下着。下着はさすがに、むり。う~ん。

 ドラマでも、彼女が借りるのは、シャツとジャージくらいで、下着のことには言及されていない。

(う~ん。みんな、一体、どうしてるんだ? でも、下着なしで、服着るのいやだよね、きっと)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ