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17. 視線


 なんとなく、感じる。

 視線だ。

 殺意を感じるような鋭いものではないから、はじめのうちは、気のせいかとも思った。

 でも、違う。

 ずっと、私の動きに合わせてついてくる、視線。

(何だろう?)

 不穏な感じでもないし、ねっとりと絡みつくような、怪しい雰囲気のものではない。

 どちらかというと、恐る恐る、戸惑いながら迷っているような、そんな視線。


 今日は少し手の込んだものや、品数多めで野菜もたくさん摂れるメニューにしようと思って、自転車でスーパーまで、買い出しに来たのだ。

 スーパーの駐輪場に自転車を止めて店内に入り、野菜売り場から回り始めてしばらくしてから、私は、その気配というか視線に気づいた。

 精算をすませて店を出て、自転車の前カゴと後ろカゴに大量の荷物を積む。周りを見回す。

(大丈夫。もう視線なさそう)

 とくに、視線は感じないし、怪しそうな人もいない。……やはり気のせいだったのかも。


 荷物はけっこうずっしりと重いけど、天気もよく気持ちのいい陽差しに、ペダルをこぐ足は軽い。でも、やはり、自転車だと買える量にも限りがある。

(そのうち、車の免許取った方がいいかな。そしたら、毎日の駅と下宿屋の往復に下宿人の彼らが自分で運転していかなくて済む。私が、送り迎えしてあげられたら、もっと便利になるかも)

 今は、運転のできる年長組の3人が交代で、車を運転して、全員の送り迎えをしている。


 ずっと昔は、このあたりにも、バス路線が通っていた。けれど、もう何年も前に廃止になった。廃止の理由は、マイカーを利用する人が増え、バスの利用者が減ったから、だ。


 ずっと以前、母がよくぼやいていた。

「マイカーを利用する人が増えて、バスを使わんようになったんとちゃう。使いたくても、2時間に1本くらいしか来えへんバスを、どうやってあてにできるねんってはなし」

「たしかにね。 でも、ほら、自治体が運営する、コミュニティバスとかもあるんちゃうの?」

「あるよ。でもね、あれは、単なるアリバイ作りにすぎへんのよ」

 母は苦笑いした。

「アリバイ作り?」


 私は、母の差し出すコミュニティバスの時刻表を見てみた。市内をいくつかのブロックに分けて、各ブロックと、市役所や駅、公民館などの公共施設を結んでいる。実家の近所では、少し離れた地域の公民館がバス停として、路線に組み込まれている。


「時間を見てみ。例えば、市役所に用事で行きたいとするとね。 朝8時半、その公民館を出るバスに乗って、ぐるっと何カ所か停留所を巡って、市役所には9時10分に着く。そして、また帰りもコミュニティバスに乗って、ここの公民館にもどってこようと思ったら」

……驚いた。

 次に戻ってくるバスの時間は、14時35分。

「ええ? これじゃ、午前中に戻ってこられへんやん」

「そうよ。どうしても午前中に戻りたかったら、市役所発9時20分のバスに乗らないと、午前中には戻られへん」

「そんなん、市役所での用事を、着いてから10分以内で済ませて、バスのところまで戻ってくるとか、不可能やん。かというて、2時半すぎまで、役所におってから帰るなんてありえへんし」

「そう。そやから、これは、単なるアリバイ作り。うちの市も、ちゃんとコミュニティバス、走らせてますよっていうための」

「本気で役に立つものにしようとは思ってへんよね」

「無料やねんから、ちょっとくらい不便でも我慢しろってことなんやろね。料金取ってくれてもいいから、ちゃんと普通に便利なようにしてくれたらええのにね」

「ほんまやね」

「お隣のおばあちゃんも、ようぼやいてはる。『年寄りに車乗るな、免許返上しろて、言うけど、それなら、代わりに乗れるもん、ちゃんと作ってから言うて』って」

「……ほんまやな」


 ずいぶん前に、母とそんな会話をしたことを思い出しながら、こんもりとした緑の御陵の横を自転車で走りすぎる。横をゆっくりと白い車が追い越していく。御陵の方から、のどかに鳥の鳴き声が聞こえる。木々のざわめきが聞こえる。田んぼには、水が入って、そろそろ田植えの季節のようだ。

 緑が心地よい。風が心地よい。陽差しは、少し眩しさを増しているけれど、人を疲れさせるような激しさではない。

 心地いい。

 私は、思わず深呼吸する。

 こういう瞬間を、幸せっていうのかもしれない。誰かといて感じる幸せとはまた違って、ただ、そのままで、幸せだって思える瞬間。

 もちろん、先行きの不安がないわけじゃない。でも、私は、今やっと、のびのびと息ができる。

 ペダルを踏み込む足に力を入れる。

(電動自転車、買うのもいいけど、車の免許取りに行こうかな)

 そんなことを思いながら、私は、下宿屋の前に着いた。

 


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