ロイヤルカップリングの馴れ初め
しばらくの談笑の後、母がリアナとカロナをソファから丁寧に降ろす。
「子どもたちは庭で遊んでいらっしゃい」
優しい母の声に頷いたリアナはカロナの手を取る。
「いきましょう」
これ以上ここに長居しては大人も話すことも話せないということである。
カロナはリアナと手を繋いだことが嬉しいようでにこにことリアナに笑いかけた。カロナのやわらかいねこっ毛がリアナの手をくすぐった。
「殿下も、良ければ我が家の庭を見てきてください。庭にお茶菓子も用意させましたので」
父がそういうと、ヒュー王子は頷きリアナとカロナの後ろを着いて歩いた。リアナはカロナがヒュー皇子の目の前をずんずんと歩いていたので優しく手を引き、自分の後ろを歩かせた。
「ねぇね、なぁにぃ。となりあるきたいよ」
カロナはいやいやと体をよじったがリアナは「お客さまの目の前は歩かないものなのですよ」とカロナをあやし、まるで大人のようにきれいに一礼して部屋を出た。カロナもリアナの真似をして拙いお辞儀をした。
* * *
アシュベリー家の庭園には様々な花が植えられている。
どの季節でも花を楽しめるよう改良がくわえられているのだ。
季節違いの花を愛でられると一部貴族たちの間で人気の庭園はリアナの父の自慢だ。
「カロナのおきにいりはね、このばら」
カロナはすっかりヒューに懐き、カロナがヒューの手を引いて庭園の案内をしている。
はじめ、王子の手を引くのは流石にとリアナは止めたのだがカロナが泣き出したのと、ヒュー直々に「かまいません。妹はいないので嬉しい」と言ったため普通では考えられないような形で庭園を案内している。
「この薔薇は、初めて見る色合いですね」
ヒューは優しい微笑みを浮かべてミルク色の薔薇に顔を近付け、上品に香りを嗅いだ。
「それは母と私の髪の色合いに似せて、私の誕生日に父が庭師に作らせたものです。こちらの百合もは、カロナをイメージしたもので…」
リアナがそういって父とカロナの髪色である深紅の色をした百合を優しくなでた。ヒュー皇子はアシュベリー家の庭園に咲き誇る花々を見て目を丸くさせた。
「とても有能な庭師を雇われているのですね」と、丁寧にヒューは言った。
アシュベリー家の使用人は皆もともと研究職だった者たちが集まっている。
元植物学者の庭師に料理研究家だった料理長、…。料理ですら研究結果を発表してくるため、最近は青い色をした紅茶や口に入れた途端ふわふわと大きくなるクッキーなどをリアナたち姉妹は食べさせられることがあった。
姉妹は二人とも使用人たちの研究結果を見ることはとても楽しみにしており、物珍しいものをどんどんと開発する使用人たちを誇りに思っていた。
このような人材が集まるのには訳があり、アシュベリー家の長である父が知的探求心の強い人である、ということに起因する。
父自身が使用人の採用を行っていることも相まって、常に何かを追求する者を好む傾向が大いに関わって、使用人の採用が偏るのだ。
「うちの使用人は王家に仕える使用人方には劣りますが、皆有能な者ばかりです」
リアナがそういうと、カロナはすかさず頬を膨らませた。
「うちの子たちはみんなだれよりもすごいのよぉ!」
と、反論する。カロナの言葉に頷き「社交辞令ですよ」とも言えず「うちの妹、不敬なのでは…?」と思い少しリアナは困ったようにカロナの頭をなでた。
しかし、当のヒューはそんなカロナを見てほほえましいと言わんばかりに笑い「カロナ嬢の言う通り、うちの使用人たちも負けてしまうほど有能だ」と言った。リアナはこの人は相当温厚だとホッと胸をなでおろした。
そんな話をしているうちに庭園の開けた場所にお茶会の準備ができたようで、数人のメイドがガーデンテーブルの前で待機をしているのが見えた。
リアナは「お茶の用意ができたようです」とヒューに伝え、改めてカロナの手を握った。すると、カロナは「やなの」とリアナの手を払い、ヒューの手を握った。
ヒューは姉妹の仲を引き裂いてしまったのでは、と困惑した様子でリアナとカロナの表情を交互にながめたが、リアナはにやける頬の筋肉を引き締めるのに必死だった。
リアナの脳内では、ロマンス小説を抱いたリアナが空を飛び目の前の光景に天使がファンファーレを鳴らす様子が浮かび上がる。
年の差!公爵令嬢×皇子!万歳!幼少期のエピソードを目の前で見ているような尊い光景!
この庭園の花全てを毟ってきて二人の周りにデコレーションしたいわ!…なんて頭の中で絶叫する。
「紅茶もすごくおいしいね。さっきの応接間では飲み損ねてしまったのが悔やまれるよ」
ヒューは先ほどまでのおどおどした様子は一切なく、さわやかに微笑んだ。
きっと父親である皇帝陛下の前では緊張し、うまく話せないのだろうとリアナは思った。もともとの気の弱い王子…などというウワサの出所も謁見にきた者たちのこそこそ話から発展したものばかりだ。
そうなると、ヒューはいつも陛下と居たところばかり目撃され、その時のおどおどとした様子がウワサの元になったのだろうと予測できた。
…きっと今、この爽やかで優しい姿が本来の王子の姿なのだろう。ウワサとだいぶ違う。
「お菓子もありますよ」
リアナがヒューにそう言うと同時に、リアナの対面に座るカロナが一生懸命お菓子のお皿に手を伸ばし始めた。それに気が付いたリアナは自分では手が届かないと、メイドにお菓子をカロナに分けるよう指示をしようとした。
駆け寄ってくる使用人よりも先に、ヒューがカロナのさらにいくつかの菓子を目の前の皿に盛る。
「…ありがとう」
カロナは頬を紅潮させ嬉しそうにヒューにわらいかけ、ヒューも「どういたしまして」と、微笑み返した。
リアナは脳内でガッツポーズをし、涙あられの大嵐…要するに目の前の光景に大喜びだ。
王国公式ロイヤルカップリングの馴れ初めを目の前にして喜ばない淑女がいるの?いやいない。
リアナの脳内では教会のベルが鳴り響き、脳内で開催されたヒューとカロナの結婚式に脳内で参列したリアナが脳内で大きな拍手を送る。
現時点でヒューと婚約するのは妹のカロナの可能性が高い。二人は今後リアナに幸せを運ぶカップリングになりうる存在だ。
というのも、ヒューくらいの年齢の王族貴族の少年はそろそろ婚約者を探す時期であり、そういった時期は友人宅を子連れで回るのが慣例だ。
そしてアシュベリー家はこの国の貴族の中で最も高貴な家柄であり、他の高位貴族の家で婚約者のいないほど良い令嬢が今はいないはずだ。
そしてそして、この家の長女であるリアナには婚約者がいる。
この3つがヒューとカロナが将来ロイヤルカップリングとなりうる理由だ。しかもカロナはヒューに懐いているようだし、ヒューも悪印象ではなさそうだ。完全にウィンウィンだ。
リアナの婚約は、リアナが産まれる前から父が他国の貴族としていた約束であり、完全なる戦略的婚約であった。
父は私と他国との取引として優位に立ちたいがため、婚約を破棄にしたくない思いがあるはずだ。
…断定的な婚約者がいることがわかれば、さすがの陛下も長女を婚約者にとは声を上げられないだろう。
「カロナ、口に詰め込み過ぎだわ」
リアナは口周りを汚し、なおも口の中にお菓子を詰め込むカロナの頬を撫でた。やわらかくてすべすべでとてもかわいい。
一つしか年が違わないのにリアナは自分が変に老けているように思えた。自分もカロナのように無邪気にふるまえたなら…と思考を巡らせたが、想像の中の自分が気持ち悪くて寒気がした。
「仲がいいんですね」ヒューは優しい笑みを浮かべてこちらを見つめる。
リアナは微笑み返し「カロナは本当にかわいい妹です」とすかさずカロナかわいいアピを挟む。ヒューは「姉妹仲が良くほほえましいです」と穏やかに返事をした。
カロナは二人の会話を聞いて照れたように笑うと「わたしもねぇねだいすき」とリアナの腕にしがみつくように抱き着いた。
「お客さんの前でねぇねは…」と、リアナがカロナの話し方を注意しようとすると、ヒュー皇子が割り込むようにして「素の呼び方が一番です。かわいらしいですよ」と笑った。
リアナは「未来のお嫁さんを護るなんて、尊すぎる」と胸が熱くなった。