友達っていいね
一番の財産はお金じゃない!友達だよね。
しかし、自分は友達に何が出来ているのだろう。何も出来ていない。
あぁ、情けない。でも、そう思っているのが友達って証拠かもね。
その日以来、僕は抜け殻と化してしまいました。そして、それから、彼女とは顔を合わせることはなくなりました。と言うよりか、学校に来ても僕が机から離れられなくなったと言うか、ずっと机の上で、きの抜けた炭酸飲料みたいにぼけっとしていて、一歩も教室から出なくなったので、由香先輩と会う機会がめったになかったのです。
あまりの僕の変わりように、クラスの友達が何人か話てきましたが、僕は相手にする気も起きないほど、へこたれていました。学校に行けていたのが不思議なほどでした。
クリスマスもあっという間にきましたが、当然過ごす相手もいないので家族と過ごし、終業式もなんとなく終わってしまいました。
そう、僕はまったく何にも無い男になってしまったのです。
サッカー部を辞めなければ、年明けの新人大会に出場しただろうし、その為に冬休み始めから朝錬をしていたはずなのですが、腑抜けた僕は何もする事もなく、家でゴロゴロしていました。今更サッカー部に戻る事も出来ませんし、そうかと言って他の部活に入りなおすなんて事も考えられませんから、僕は高校一年にして、高校生活の楽しみの大部分をすっかり失ってしまったのです。
由香先輩の事も考えるとつらくなるのですが、どうしたって考えてしまい、僕は布団の中で後悔の思いを巡らすしかありませんでした。今更どうする事もできないので、苦しみは増すばかりです。
僕はこの時、本当の意味の失恋を経験したのかもしれません。でも、その時の僕は、布団の中で、もう、ただ苦しむしかなくて、溜息とともに魂を放出していました。
しかし、持つべきものは幼馴染!
誰から聞いたのか知りませんが、こんな落ち込んだ僕に、中学の同級生の陽ちゃんや真ちゃんなんかが、声を掛けてきてくれたのです。
今でも覚えています。
十二月の三十日の夜の九時半、僕がやっぱり自分の部屋で、現実逃避の本なんかを読んでいた時でした。一階から母親の声が聞こえてきて、僕の友達から電話がきていると、しきりに繰り返し叫んできました。
気が立ちっぱなしの僕は、うるさいなぁと思いながら、二階にある電話に転送してくれ、と叫びかえし、電話機の方に向かいました。子機が両親の部屋にあるのです。
その時の僕は、自分に連絡してくる友達の顔が誰か浮かばないまま、僕は受話器をとりました。
「もしもし?武か?」
誰が受話器の向こうにいるか、すぐわかりました。
「陽ちゃん?どうしたの?」
「おぉ、久しぶり。お前、大晦日の夜、暇だよなぁ。まあ、暇なのは知ってるんだけど。それでさ、真達と話してたんだけど、初詣行こうぜ!」
陽ちゃんは受話器の向こうで、息巻いています。
「え?夜中行くの?」
「当たり前じゃん。お前、去年はなんか、独りになりたいだか何とか言って行かなかったけどさ、俺らは皆で行くのは二回目なの。今年はお前も行きたいだろうと思ったからさ。声かけてみたんだけど、当然行くだろ?」
僕は、このありがたい提案を、受け入れる事にしました。
正直、こいつと友達でよかったと思いました。
「お、おぉ、まあ、陽ちゃんがそこまで言うなら、俺行くよ。何時?何時に集まるの?」
「ようし、そう来なくちゃな。中学校の前に九時に集合だぞ!チャリで行くからな。宜しくな」
そう言うと楊ちゃんは電話を切り、僕は一階に降りていきました。
久しぶりに中学の友達に会う事になって、僕は一人嬉しくなっていました。卒業して以来なかなか会う機会がなかったのですが、あいつらの顔を見ると思うと、自然に心が弾む反面、落ち着いても来ました。明日を待ちどおしくなっている自分自身に、何故かおかしくなって笑っていると、偶然通りかかった母親が心配そうにこっちを見てきました。
僕は母親に愛想笑いを浮かべながら、すかさず、僕はお風呂場に逃げ込みました。
次の日の夜、僕は愛車のロードレーサーに跨って、学校に向かいました。
今夜向かう神社は、僕達の中学校のすぐ裏手にあって、そこら辺では一番有名な所でした。初詣の時期には毎年何万人も訪れる所なのですが、その日もかなりの人が訪れていて、大通りに出ると歩道は人で一杯でした。学校に向かう途中の通りにも、初詣に向かう人達が歩いていて、僕は彼らの歩く方に向かって夜風を切って、ペダルを漕いでいました。冷え切った風が、僕の頬の熱に当たり、どんどん砕け散っていきます。そのたびに僕の熱は奪われていくのですが、ぜんぜん苦にはなりませんでした。
時間ぴったりに学校に行ってみると、もうすでに何人か集まっていました。
禄ちゃんに真ちゃん、そして、陽ちゃん。三人の隣には、同じクラスだった米山順子と北島冴子もいました。久々に会う面子に、自然に顔が綻びます。
僕は校門の脇に自転車を置いて、四人が詰まっている場所に行きました。
すると、米山順子が僕に気づいて手を振ってきました。
「あー!武士だぁ!久しぶりぃ!」
一斉に、皆が僕の方を振り向きます。それに答えて、僕は皆に手を振りながら、駆けていきました。
「久しぶり!皆、早いなぁ。これで全員?」
真ちゃんが首を振ります。
「まだ、もう一人来るよ」
北島冴子が、僕に向かってそう言いました。
「え?誰が来るの?」
僕がそう言うと、僕の前に立っていた楊ちゃんと真ちゃん、そして米山順子が僕の後ろに向かって手を振りました。
「お、来たぞ。遅いぞ!」
「ごめん。ちょっと、手間どっちゃって。さあ、早く行こう」
知っている声がしたので、僕が後ろを振り向くと、そこには北村愛子がいました。
グリーンのマフラーを首に巻き、茶色のコートを着て僕の後ろに立っていて、すぐに女の子二人のほうに言ってしまいました。
北村とはクラスが離れていて、彼女が部活で忙しいのもあったので久しぶりに顔を合わせました。そのせいもあってか、僕は彼女によそよそしい態度をとってしまい、顔を見ても気まずい思いがありましたので、彼女にはただ「よう!」と言っただけで、まったく話しかけないままに、皆と一緒に神社に向かって歩きだしました。
神社に向かっていく途中、他の皆がどんどん歩いていってしまうので、何故か僕は北村と二人で皆の後を追っていく形になりました。
僕は、しばらく何も言わないでいたのですが、久々に面と向かっているのに話さないのもおかしいと思ったので、しばらくしてから彼女に話かけました。
「何だ。お前もいたのかよ?」
僕が歩きながら前を向いてそう言うと、彼女は待ち構えたように答えてきました。
「皆が集まるなら、私もいなきゃでしょ?それに、去年もこのメンバーだったよ。あんたはいなかったけど」
「ああ、そう。いいじゃん、今年は来てるんだから」
「まあ、何があったんだかねぇ、去年も今年も」
そう言って、彼女は溜息をつきます。
「うるさいなぁ。色々あるんだよ」
「ふーん」
また沈黙が始まりましたが、神社に近づくにつれ、急に周りにも人が増えてきて、屋台の列なんかが見えてくると、なんとなくまた前みたいな雰囲気で、北村と話すようになりました。
高校生になってからちゃんと話していなかったのもあり、学校の話題を交わしながら、自然に会話が弾んでいき、僕らは時々笑い声を立てながら歩いていったのです。
だいぶ人が増えてきたので、前を歩いていた陽ちゃん達を見つけると、はぐれないようにと皆一つに固まりながら、小さな通りにひしめく人ごみの中を掻き分けていきました。すると、人の歩みが止まり、大きな塊の中に入ると、やがてその人の塊が大きな通りに合流して、大きな門をくぐると、僕達は神社の中に入れた事が分かりました。
遠くの方に神社の本堂に行く階段が見えますが、大通り一杯に人がいて、僕達は1歩ずつしか進めなくなりました。
七人で固まりながら、それぞれいろいろな話をしつつ、僕らはその人の流れに乗って、境内に向かって歩いていきました。僕はと言うと、隣のようちゃんとサッカーの話しをしていて、北村は他の二人の女の子と話していました。
「ところでさ、お前高校で北村と話したりしてないのか?」
陽ちゃんが、僕に聞こえるくらいの大きさの声で喋ってきました。
「え?うーん。まあ、最近はあんまりなぁ」
「そうかぁ、何か、あいつ心配してたぞ。あいつが高校入ったぐらいに電話が来てよ。学校に入ったら、武士性格が変わっちゃったみたいだって。喋んなくなって、暗くなっちゃった、って言っててな。まあ、その時は俺、何でも無いよって言ったんだけどな。あいつはそんな玉じゃない!って言ってやったけど」
僕が頷き、手の平を差し出すと、楊ちゃんが僕の手の平を軽くはたきます。
「案の定、後で北村からさ、なんかあいつ元気になった!って連絡来たのよ。そしたら、十二月も半ばだよ。また連絡あってさ、武士がまたおかしくなったって言う訳よ。それで、俺が初詣に誘おうって言ったの。しっかし、お前はいい友達持ったもんだよなぁ。心配してる奴がいるんだから、ありがたく思えよな」
僕は何も言わずに、楊ちゃんの話を聞いていました。楊ちゃんは話し終えると、じっと僕の方を見てきましたが、それ以上何かを言うことはありませんでした。
僕は、少し前にいる、北村の顔を見ました。なんか楽しそうに、真ちゃんと喋っています。
「あいつそんな事話してたんだ」
僕は彼女の後姿を目で追いながら、心の中でそう呟きました。
お参りの列が徐々に動いていき、僕らもやっとお賽銭を投げれる所まで来る事が出来ました。僕は何か、複雑な気分のままお参りをする事になってしまい、特に何もお願いも出来ませんでしたが、大切な人が現れますようにと五円を投げ入れながら、一応祈っておきました。皆、それぞれにお祈りをしていて、北村も何か願っていたようです。
そして、神社の階段を下りる頃には、僕らは新年を迎えていました。
十六回目の年始まりを、皆と祝う事が出来たのです。
僕らはなんかテンションが高くなりながら、神社を後にしていきました。
神社から帰ってくる途中で、真ちゃんが自分の家で皆でお酒を飲む事を提案してきました。真ちゃんの家には親父さんもおふくろさんもいるのですが、毎年遅くまで起きてないから、絶対もう寝てるからって、皆で新年最初の集まりを楽しもうと言ってきたのです。すぐに皆それに乗り気になって、急いで真ちゃんの家に向かいました。
行く途中に真ちゃんの家の近くのコンビニに寄り、皆それぞれにおつまみを買い物籠に入れましたが、さすがにお酒は買えなくて、僕は紙コップなんかを買いました。
心配そうな顔をした様ちゃんが、お酒どうしようかと言うと、真ちゃんが、お酒は任せろと言いはったので、皆、真ちゃんの言葉を信じ、それをにわかに期待して、うきうきしながらコンビニを後にしました。
真ちゃんの家は、造園業を営んでいて、なかなかはぶりも良かったので、部屋も庭もかなり広い家に住んでいました。大きな、檜造りの日本建築の母屋と、暗闇に姿を現す植木が静かに僕達を向かいいれていました。
真ちゃんの親に気づかれないように静かに玄関に入ると、皆、忍び足で二階にある真ちゃんの部屋に上りました。両親は一階で寝ているらしく、電気はまったくついてなくて、ひっそりとしていましたが、僕らのテンションは上がりっぱなしです。
抜き足、差し足、真ちゃんの部屋のドアの前まで来ると、真ちゃんは小声で、
「先に入ってて。ちょっと、下から酒取ってくるから」
と言って、一階に下りて行ってしまいました。なので、僕らはドアをあけて、真ちゃんの部屋に入りました。電気を付けると、12畳はありそうな広々とした部屋が現れました。
「ひっろいなぁ。真ちゃん、いいとこに住んでるねぇ」
北島冴子がそう言って、勉強机の椅子に座ります。陽ちゃんは当たり前のように炬燵のスイッチを入れ、エアコンのスイッチも入れました。禄ちゃんもハンガーに自分のコートをかけて、女の子のコートを受け取っていきます。
「さあ、炬燵に入りなよ。寒いべ」
その声に、外の寒さにうんざりしていた女の子達も、炬燵に足を入れてきました。皆それぞれにくつろいでいると、ドアの向こうから階段を上ってくる音がしたかと思うと、勢いよくドアが開きました。ドアの外には真ちゃんがいて、両手一杯お酒を持ちながら、仁王立ちしていました。
「酒、持ってきたどー」
彼はそう言うと、みんなが足を突っ込んでいる炬燵の上に、満足そうな顔をしながら音を立ててお酒のビンを置きました。持ってきたのは焼酎の瓶と、白ワインと、赤ワイン。それに、ウーロン茶でした。皆、置かれたお酒と勝ち誇ったような真ちゃんの顔を見ました。
「真ちゃん、これは・・・」
「すごいだろ?家にある酒っぽいの、とりあえず持って来た。親父のバーカウンターにあったやつなんだけど、適当に持ってきたから飲んでよ」
皆、同時に溜息をつきました。
「私、焼酎なんて飲んだことないけど」
「俺も!」
「なんだよ。でも、ワインあるじゃん」
「ビールないの?」
「えー、あるにはあるけどさぁ。これじゃだめかな?」
「ビール!ビール!」
女の子の大合唱が始まります。
「分かったよ。ちょっと待ってろよ!」
真ちゃんは困った顔をして、すぐに下りていきました。その背中を目で追いながら、僕は開け放たれた扉をしめました。
「これなんて読むの?ラ、タシェ?1982。有名なのかな?」
さっそく、北島冴子がコタツテーブルの上にあった赤ワインを持ち上げながら、ラベルをじっと見ています。
「うーん、知らないなぁ。俺、ワインなんて飲んだことねぇもん。どれどれ」
楊ちゃんが、北島から勢いよくワインを取り上げます。隣にいる禄ちゃんも、首を突っ込みます。
「知ってる?赤ワインはボトルによって産地がわかるんだよ。これは、撫で肩ボトルだから、ブルゴーニュだねぇ。ボルドーは肩が張ってるのさ」
「へー、禄ちゃんよく知ってるねぇ?」
北島がろくちゃんの話に、食いついてきます。気を良くしたのか、禄ちゃんがワインを取って、ボトルをまじまじと見て、さも詳しそうな素振りをしました。うやうやしく瓶を見ながら、独り言のように呟きます。
「なんかこのボトル、冷えすぎてるなぁ。少し温めないといけないんだなぁ。赤ワインは常温で飲むんだよねー。まあ、知ってる人はね」
そう言うと、禄ちゃんは、赤ワインを乱暴に炬燵の布団の中に入れました。
「どうしたの?そんなとこに入れて」
「通は常温だって、俺の親父が言ってたんだ。少し温めてるの」
「ふーん。そうやって飲むんだ、ワインって」
「まあ、あまり美味しいもんじゃないけど。親父がよくコンビニで買ってくるもん」
「俺の親父は焼酎よく飲んでるよ。こんな一升瓶じゃなくて、なんかパックに入ってるやつだけど」
楊ちゃんは。焼酎の瓶を持ち上げ、ラベルを見ます。
「もり・い・ぞ・う?見たことないなぁ?あけてみっか」
そう言うと、陽ちゃんは勝手にその焼酎の封を開けて、紙コップに注ぎました。
「なんか、変な臭いだなぁ。親父と飲む焼酎と違うや。たいした酒じゃないな」
陽ちゃんはそう言うと、紙コップに入った酒を飲み出しました。
「何か、変な味だけど、何か、旨いぞ。飲む?」
そう言うと、陽ちゃんは紙コップを炬燵の上に並べ、それにどんどん注ぎだしました。そして、皆の分注ぐと、それを配ってきました。否応無しにどんどん、皆にそれを進めてきます。
「まだ真ちゃん来て無いんだから。陽介、止めなって」
北村が釘を刺しますが、楊ちゃんは構わず飲み続けます。あきれる北村の横で、北島と米山は禄ちゃんの勧めで、さっそく焼酎を飲み始めました。初めての焼酎に、北島はむせてしまいましたが、米山の方は大丈夫なようで、水を得た魚のようにぐんぐん飲んでいきます。その様子を禄ちゃんも面白がって、どんどん米山のコップに注いでいきました。北島も、我慢しながらも飲んでいて、僕もそれに釣られて、自分の紙コップに口をつけました。小さいころにおばあちゃんに食べさせられた、ほしいもの様な味が口に広がり、アルコールが鼻から抜けました。
「おお、もう始めてんのかよ!俺を待てよ、ビールも持ってきたのに」
明らかにコンビニの袋に入った缶ビールを、さっきと同じように炬燵の上に置くと、袋の中からビールを取り出して座りました。
「あたし、これ好きなの」
北村はそう言うと、袋の中からビールを取り出しました。
「じゃあ、かんぱーい!」
禄ちゃんが音頭を取ります。
「おい、声でかすぎ!親父が起きるだろ。起きたら何言われるかわからないんだから。」
「硬い事言わないの。真も飲もうよ」
北村が、真の缶ビールに、自分の缶ビールを当ててにっこり笑います。
「禄ちゃんも知ってるだろ。俺の親父怖いんだから、起きてきたら電気消して、眠るふりするからな、皆いいな!」
真ちゃんがそう言うので、みんなはとりあえず返事だけしましたが、またすぐ飲んで騒ぎ始めました。家に来るまで威勢の良かった真ちゃんが、皆の盛り上がる様子に、今度は嘘のようにびくびくしているのが僕にも分かりましたが、飲み始めてしまったのですぐに気にならなくなりました。