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ラブハンド  作者: hisasi
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ファーストキス

 覚えてますか?初めての・・・。


 そうです。あの人とですよ。


 うたっちゃいそうですね。初めてのチュウ♪

 誰がうたっていたのかな?

彼女に言わせると、轢きつけられる声だそうで、まあ、よく歌はうまいと言われていましたけど、彼女に褒められると、それはもう格別です。

それを聞いて、僕がとてもご機嫌になったのは、言うまでもありません。

「よし、すぐに行きましょう!今日は、僕が払っちゃうから!ハハハ」

「急に元気になっちゃって。へんなの」

二人は、笑いながら校門から出ました。人もまばらな校門から出ると、学校の敷地内からはみ出ている木々の色付いた葉っぱが、周りの道路を色々な色で敷き詰めていて、ひらひらと葉っぱも落ちてきます。僕らはその道を、歩いていきました。

「何か、秋っぽいね。落ち葉の落ち方がさ」

僕がそう言うと、彼女は隣で白い歯を見せました。

「何?詩人?」

「詩人って!詩になってないでしょ、今のじゃ」

「そう?何か、武士君が喋ると、何でも詩を喋ってるように聞こえるのは、私だけ?」「たぶん、先輩だけです」

「ふーん」

「先輩、歌好きだから、詩も好き?」

「私?うーん、あまり考えた事ないなぁ。歌が好きなのは、歌う事が好きなだけだし、大声出すと気持ちいいじゃん」

「そっか」

僕は少ししょんぼりしながらも、ちょっと口ごもって、言葉を続けました。

「う、歌ってる時の、先輩の声ってさ・・・、なんて言うか。結構、可愛いって言うか、何か、いい感じだと思うと言うか、その、気持ちが現れているよね」

僕の言葉に、彼女はじっと僕を見てきました。

「それは褒め言葉?急に変な事言って。まあ、いいけどさ。武士君の歌声だって、私はすごくいいと思うよ。普段話してる声と違っていて、聞いた時、何かびっくりした。ふふふ。普段は何言ってるのか、よく分からないのにね」

先輩はそう言って笑っていました。僕は、彼女の笑顔を見ながら、胸の高鳴りを抑えるのに苦労しました。

先輩と二人きりで、カラオケボックス・・・。

これは、考えてみたら、ありえない展開ではないですか。それまでの、僕の行動予定では、どこか公園でも行って、告白しよう、としかなかったのですが、カラオケだったら、密室で完全に二人きりですし、その後どんな展開が待ち受けているか、考えただけでもドキドキものです。それに、彼女が僕の声を気に入ってると言ってますし、告白と言えば、ラブソング、ラブソングと言えば、告白じゃないですか!何て、いい流れなんだ!

かなりの期待が、すぐそこに待ち受けている事は間違いありません。

僕の頭の中で創造の二人が激しく動き出す前に、いつの間にか僕らはお目当てのカラオケ店に到着していました。

カラオケボックスに行ってみると、夕方で学校の終わる時間帯になっていたからか、近隣の高校生で溢れていました。色々な制服の女子高生や、僕よりも学年が上らしき男子高校生達がロビーに座っていて、それぞれに、順番を待っているようでした。ロビー中の喋り声と、BGMと、部屋から漏れてくる音が混ざり合ってがやがや騒々しくて、受付も一人しかいないらしくだいぶ混雑している中、僕は由香先輩を一人入り口付近に残し受付に向かいました。前に三組くらいいて、一人しかいない受付係は結構奮闘してがんばっていましたが、やっぱり受付に時間がかかってしまいました。

僕は、イライラを抑えて、由香先輩を待せてしまったなぁ、と思いながら来た方向に帰っていくと、由香先輩がソファーに座っていて、しかも、僕の知らない男と話しているのが見えてしまいました。

彼女は、僕が戻ってくるのに気づいていないのか、何やら楽しそうに話しています。

しばらく立ち尽くしながら見ていると、彼女と喋っていた男は連れの呼びかけに応えて、すぐに彼女から離れていきました。

そいつが言ってしまうと、僕はすかさず彼女の法に向かいました。

「時間かかったね。少し待つのかな?」

彼女はいつもの感じで、何事もなかったかのように僕に話しかけてきます。僕は心の動揺を抑えつつも、顔を引きつらせながら彼女の隣に腰掛けました。

「うん。ちょっと待ちそう」

「そっか、混んでるもんね」

彼女はそう言って、右手に持っていた携帯電話を、鞄の中にしまいました。何故かそれが、隠すように見えてしまった僕は、聞かずにはいられなくなりました。

あの、男の事を。

「さっきの人、先輩の知り合い?」

僕は、男が去っていった階段を見ながら、出来るだけ平坦な口調で聞きました。

「あの人?ぜんぜん知らない人だよ。なんかトイレの場所聞いてきたの。私に聞いたって分からないのにね」

彼女はいつもの事と言いたげに、可愛らしい鼻をこちらに向けてきました。

そう言われてしまうと、これ以上突っ込めなくなってしまいます。

僕は彼女を横目で見ながら、心にモヤモヤした物が現れてくるのを感じました。くしゃみが出そうで、出てこないみたいな、あのモヤモヤ感です。その理由は分かっていますが、今は考えないで、封じ込める事にしました。そのモヤモヤも、今までの彼女への思いも、この後に決着をつけるのですから、その時にぶちかまそうと思ったのです。

僕がそう思って拳を握り締めて受付を見ていると、男子校の制服を着た奴が三人いて、ちらちらこっちを見ているのに気がつきました。辺りを見回すと、僕の隣にカップルがいて、そのカップルの男も、ちらちらこっちを見ていました。

僕は体を持ち上げ、由香先輩をそいつらから見えなくなるように体をひねらせて、彼女の顔を見ました。なんか他の男に由香先輩を見られると、由香先輩が穢れていくように感じたのです。

長い睫毛や少し丸い小鼻を眺め、彼女は僕だけのものだなんて思いながら、その優越感を背中から放出させました。

「もうすぐ係りが来るよ」

僕はやさしく彼女に声をかけました。彼女は微笑んでいます。

「別に大丈夫だよ。退屈じゃないしさ。君の動きがなんか面白いから」

「え?そう?」

「うん」

「なら、良かった」

彼女は笑いました。

「まったく、遅いなぁ。なんか時間かかりすぎちゃ・・。あっ、303ですか。お、お願いします」

突然、男性の店員が僕の背中から声をかけてきたので、僕は慌てて振り向いてしまいました。店員は無表情でマイクを持った籠を持ちながら、僕達を部屋に促しました。彼女は、堪えるようにクスクス笑っていたので、僕は頭を掻きながら、案内の店員の後ろに付いていきました。

部屋は薄暗く狭くて、三人座ったら動けなくなりそうなL字型のソファーがあり、入った瞬間に、壁にタバコが染み付いた様な臭いが鼻を突いてきました。ソファーの前には部屋をさらに狭くするようなテーブルが置いてあり、その上には食事のメニューと、分厚い選曲集が二冊、無造作に置いてありました。

早速、僕達がそのソファーに腰掛けると、男性店員はドリンクの注文を聞きながら、テーブルの上にマイクの入った籠を置きました。そして、僕らのウーロン茶二つの注文を聞くと、彼はすぐに部屋から出て行きました。

僕は、自分のコートをハンガーにかけた後、すぐに彼女のコートを受け取り、丁寧に壁にかけました。彼女のコートから香る匂いが、僕の鼻腔をついてきます。振り向く僕の顔が、にんまりするのを防ぐ手立てはないと言っていいでしょう。幸いな事に、彼女はリモコンの画面を見ていて、自分が歌う曲を選んでいます。僕はL字型のソファーの角に腰掛けて、暗がりの中、リモコンの明かりに照らされる、彼女の横顔を見ていました。そして、てきぱきリモコンを扱う彼女を見ながら、頭の隅で自分が歌う歌を考えていました。

まあ、そんなに時間はかかりません。僕が歌える歌なんて数曲しかなくて、カラオケでは、いつも決まった歌しか歌わないのですから。

「はい。武士君も」

そう言って彼女はリモコンを僕に渡すと、テーブルの籠からマイクを取り出しました。それと同時に、店員が入ってきて、ウーロン茶を二杯テーブルの上に置きました。僕はその一つを彼女の前に置き、自分はそれをとるなり、一口飲みました。喉がからからだったのです。

すると、テレビ画面が変わり、彼女選んだ曲が流れ出しました。今人気の歌手の、新曲を選んだようです。

「この曲、好きなの」

イントロが流れている時に、彼女は一言そう言うと、画面に目を向けて歌いだしました。ゆっくりと情緒的なメロディーに載って、遠くにいる彼を思う歌詞が、由香先輩の少し低いけど、よく伸びて透き通る声を通じて、僕の耳に流れ込んできます。由香先輩はほんとに歌い慣れていて、なかなか聞き応えがありました。この曲の、彼を思う女の子の気持ちが、僕の胸に染み込んできたら、何か、それと自分の気持ちと重なる部分を感じてしまい、自然に由香先輩の横顔を見てしまいました。

そんな僕の視線を感じてはいない様子で、彼女は一生懸命歌っています。

マイクと彼女の唇が、付くか付かないか位に近づいているのが、薄暗い中でもしっかり僕には見えましたし、閉じたり開いたりする唇は、まるで歌詞と曲以上のものを僕に訴えかけている様に感じられてしまいます。ずっと見ていたせいでしょうか、サビを歌い終わった位で僕の視線に気づいた彼女が照れたように笑いながら、僕のめのまえにあったリモコンを手で僕の方に押してきました。

 僕はそれを受け取ると、胸の中で暴れまわるどきどきを押さえながらも、鼻の穴を全開に広げながらリモコンの画面を覗きこんで、自分が歌う曲を選びにかかりました。

途端に、彼女の歌声がまた部屋に響いてきました。

ああ、どうしよう。何を歌えばいいんだろうか?ぐっと来るような、由香先輩の胸に響くような、ああ、一杯局はあるけど、どれを選んでいいか分からない!だけど、僕が歌える歌なんてほんの少しじゃないか。ああ、こんな事なら、事前に練習しとけばよかった。それより、早く話を切り出さないと。でも、とりあえず一曲歌って、それからの方が・・、いや、歌う前に言っても・・・、ああ、どうしよう。

僕の中で今までにない焦りがこみ上げてきて、頭が真っ白になっているうちに、彼女は歌を歌い終わってしまいました。

それに気がつくと、その場を取り繕うように、僕は思わず声を上げました。

「うをぉー!いい!やばいくらい、うまいなぁ!」

僕の歓声に、先輩は笑った目をしながら、恥ずかしそうにマイクを置きました。

「ほんと!ありがと。今日初めて歌ったからさ。これ、いい曲だよね」

「先輩が歌うとさらにいいよ。俺も気に入った」

「本当ー?また、うまい事言っちゃって。それより、曲入れた?」

「えーと・・・」

「何、まだ入れてないの?早く入れないと、また私歌っちゃうよ」

「ちょ、ちょっと待って。はい。入れた。今入れたよ」

「よろしい。あっ、渋いの選んだね」

僕は何も言わずに、リモコンを先輩に渡しました。それと同じくして、画面に僕が選んだ曲の映像が流れ出しました。画面に、一昔前のファッションのカップルが海辺を歩いている映像が流れ出してきたので、僕は一つ深呼吸をしました。この曲は僕がカラオケに来るといつも歌っている曲で、かなり前に流行った曲なのですが、このバンドは僕の一番のお気に入りで、いつもよく聞いている、自信のある曲でした。まあ、本当は、僕の歌えるラブソングはこれしか無かったのですが。

ただ、これしか思い浮かばなくてとっさに入れたとは言え、今の僕の状況と、この曲の歌詞とは偶然にも一致したものでした。要するに、この局は好きな女の事を愛していると、前面に伝える曲なのです。なので、どうしたって彼女への自分の気持ちが、胸の奥から絶え間なく込み上げてきましたが、僕はそれを直接彼女にぶつけないで、画面の方だけを見つめていました。

しばらく続いたイントロが終わりかけになると、画面の下に貸しが浮かんできす。

僕は歌いました。

僕の気持ちと、歌の歌詞は一緒です。否が応でも気持ちは乗っていき、僕の口からは自然に言葉が出て行きます。何回も歌っている歌ということもあり、画面の文字を目で追わなくてもすらすらと声が出て行きます。自分でも信じられないくらい伸びのある声で歌え手、それがどんどん調子をよくしていき、それが最後まで続いていきました。

僕がマイクを置くと、すぐに彼女の拍手が聞こえました。

「やっぱ、武士君、いい声してる。響いてくるもん。よいよい」

弟をあやすお姉さんみたいな声で彼女がそういって、隣にいる僕の頭を撫でてきました。

僕の本能が、その瞬間に目覚めました。

オスになった僕は、衝動的にその手を力強く握って、彼女の体を抱き寄せました。

「え?」

五センチと離れていない所に、彼女の顔があります。

「武士君、どうしたの?」

少し怯えた目をしている彼女を、僕はじっと見つめます。

「痛いよ」

僕は握っていた手の力を弱めると、彼女の手を離しました。そして、言いました。

「先輩、俺、先輩の事が好きだ」

体が少し離れた彼女は、逃げ出すでもなく何も言わずに僕を見ています。僕は続けました。

「先輩は俺の事、どう思ってるの?」

僕の心臓は爆発寸前です。彼女の声を聞くまでの時間が、すごく長く感じられました。僕の十センチも離れていない所に彼女の顔があって、完全に僕の気持ちは伝わっているはずです。

彼女は、じっと僕の顔を見ていました。

その顔は、僕が今まで見た事が無い様な表情になって、可愛らしいと思った目が、いつの間にか女の目になって、怪しく歪みました。

そして、気がつくと、僕の手を彼女が逆に握り返してきました。温かい彼女の手のぬくもりが、僕の手に伝ってきます。僕があまりの事に体を強張らしていると、彼女の顔が、少しずつ僕の方に寄ってきて、膝、太もも、肩の順に徐々に体がくっついていきました。

僕の頭はもう、真っ白になって、眼は彼女の唇しか見えません。

なおも近づいてくる彼女は、僕の腕と脇の間に手を通してきて、僕の目の前に顔を持ってきました。

彼女の息が、僕の顔に当たります。

静かに、しかし荒々しく息をしている彼女と、まったく息をしていない僕。

彼女は、目を瞑りました。

僕の唇を受け入れるかのように・・・。

僕の脳味噌の思考回路は泊まっていましたが、動物的本能の部分は活動していたらしく、体は自然に動いていきました。

僕は目を瞑り、そして、ゆっくりと彼女の唇に自分の唇を重ねました。

「?!」

触れた瞬間に、やわらかい彼女の唇の感覚が僕に伝わってきます。

神経の全てがそこに集まり、唇が僕の脳味噌と直結されているようでした。次の瞬間には、腕が動いてそれは彼女の体にへばりつき、柔らかい触感間を感じながら強く抱きしめました。

僕は、今、自分がしている事がとても信じられなくて、本当に起きている事だとは思えませんでしたが、彼女の体温がそれが現実だと訴えていました。

どれくらい、彼女とそうしていたでしょうか?

僕は目を開け、彼女の唇から、僕の唇を離しました。

知らない間に、僕は彼女の頬に手を回していました。僕の手の中に、彼女の可愛らしい顔が納まっているのです。僕は手を腰に回し、少し顔を彼女から離しました。彼女も僕の腰に手を回して、こちらを見ています。

「由香先輩・・・」

僕は力無くそう呟きました。

すると、彼女は何も言わずに頷き、また僕の唇を求めてきました。


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