最後の話
さぁ、ラストです。
いかがでしたでしょうか?面白かったですか?理解不能でしたか?
それとも、無関心?
何でもかまいませんので、感想などいただけたら幸いです。
長々付き合っていただきありがとうございました。本当に長いですね、しかし。
面白かったらいいんだけど。
こんな恋愛ありなんじゃ なんて
では、ありがとうございました!出演者、そして読んでくれたあなたにに拍手!
色々な事が僕の頭の中に浮かんできます。
考えて見れば、彼女に僕が知らないうちに男を作っていたって不思議では無いですし、僕にはそれをどうする権利もありません。
あんなに近くにいたのに、あんなに僕を支えて力になってくれたのに。
僕は最高だと思っていた「ラブ・ハンド」を手にいれた時になって初めて、彼女への気持ちに気が付いてしまったのです。
彼女の為に何かをした事なんて、今まで一度も無いじゃないか。
僕は何て馬鹿な男なんだ。
何で気付かなかったんだろう。
自分で自分を責めながら、彼女の大切さ、彼女への情熱が、堰を切ったようにあふれ出してきました。高速を降りてすぐに、僕は携帯電話を取り出し、彼女の番号を押しました。
ワンコール・・・、ツーコール・・・・。
しばらくかけても彼女は電話に出ません。
焦る気持ちと、妙な不安が僕の心を一瞬で席巻します。やっぱりどこか別の所に行っていて、今は家にはいないのでは。今日、バンドはオフの日ですし、明日は来週のツアーの打ち合わせの予定です。打ち合わせは昼間からの予定ですから、今この時間、どこかの男と、どこかに行っていて、何かをしていてもおかしくはないでしょう。そう、僕のように・・・。僕はハンドルを握り、手に持った携帯電話が鳴り出すのを今か今かと思って見ていましたが、一向に彼女から電話はかかってこないようでした。ただ、車は彼女の家に迷わず走っていき、見慣れた風景がフロントガラスから見えていました。
あのコンビニ、あのラーメン屋、あのレンタルビデオや、あの本屋。最近に車を手に入れてから幾度となく彼女を送っていったか知りませんが、何でその時に僕は行動に移さなかったんだろうと、流れる景色が僕を攻め立ててきます。
お前は本当になんて鈍感な奴なんだ!何で、もっと早く彼女の大切さに気付かなかったんだ!もう遅いかもしれないぞ!臆病者!夜道に明るく輝く店の光が、僕にそう言っているのです。きっと、ずっと前から僕の心の奥には、しっかり彼女が刻み込まれていたのでしょう。でなければ、あの場面で彼女の顔が現れるはずはありません。僕の本心はずっと前から彼女に満たされていたのです。でも、それを僕の恥ずかしさや、くだらない建前や、「ラブ・ハンド」を持つ女性が一番だなんて馬鹿な妄想、表面上での欲望が大切なものを覆い隠していて、自分の気持ちからも目をそらせていたのです。
それが今日まで積み重なって、僕に見えてきたのです。
色々なものを感じ、剥ぎ取られて・・。
僕はもう一回彼女に電話をかけてみました。
ワンコール・・・、ツーコール・・・、スリー・・・、
「もしもし?」
僕の耳に、聞きなれた彼女の声が聞こえてきました。僕ははっと息を呑み、それを吐き出しました。
「北村・・・・」
僕は彼女の声を聞けたこと自体に、体の神経が震えるのを感じました。
「今、近くにいるんだ」
北村は、いつもと違う声の僕に気が付いているでしょうか?
「どうしたの?何かあった?」
彼女に返事を返す前に、僕は彼女のマンションの目の前まで乗り付け、ブレーキを踏んで止まると、ドアの窓ガラスを下ろしました。
二階の道路側のベランダを見ると、カーテン越しに明りが見えています。北村はどうやら家にいるようです。
「今、家の前にいるんだ」
受話器から彼女が歩く音が聞こえ、すぐに聞こえなくなると、カーテンから顔を出す彼女が見えました。いつもなら頭の上に髪の毛をまとめていて、お団子状になっているのですが、今は髪を下ろしています。
彼女は携帯電話を耳にくっつけながら、片手でサッシを開けました。
「武士の車が外に見えるよ」
その声を聞く前に、僕は携帯を持ちながら車から降りました。
マンションの脇に生えている、夏の草花の匂いが僕の鼻を突きます。ボンネットに少し体重を預けながら、僕は北村に手を振りました。彼女は携帯を持っていた手をベランダの手すりに乗せ、僕を見下ろしました。
「こんな夜中にどうしたのよ?」
彼女の声だけが、誰も歩いていない静かな通りに響きます。
「北村!その、何だ。今、大丈夫か?」
僕の声がマンションのオレンジが買ったタイルに跳ね返されて、暗い空に散ります。
「声が大きいよ。夜中なんだから」
「北村!お前、その・・、今ちょっといいか?」
「何でもいいけど、声が大きいよ!迷惑だからさ」
「北村、お前に話があるんだ!」
北村は口の前で慌てて手を振るしぐさをしました。
「馬鹿!何度も名前呼ばないでよ。今降りてくから、大きな声出さないでよ!ちょっと待ってて」
彼女はそう言うとベランダから頭を引っ込めました。
彼女がここにが来るまでに、激しい二拍子を刻む心臓を落ち着けようと、僕は何度も何度も深呼吸しました。生暖かい空気を吸い込み、鼻からゆっくり出すのですが、まったく落ち着く事など出来ず、手は汗で滲みますし、張り裂けそうな胸は押さえが利きませんでした。
今になって、自分が女の人に本気になって告白し様としている事を頭が理解してきて、僕の冷静な部分がしきりに警鐘を鳴らしていました。
お前は幼馴染に告白しようとしてるんだぞ!
北村がどんな顔するかわかるか?
大体、女の子を抱こうとした後に、北村に会うなんてどんな神経してるんだ!
いくら自分が好きでも、北村が自分の事をどう思ってるかなんてわからないんだろう!
僕は星のない夜空を見上げながら大きく息を吐き、マンションの入り口の低い階段に、腰をかけて彼女を待ちました。
「武士!」
十分位した後に、僕を呼ぶ北村の声が聞こえてきました。僕はすぐ反応して、立ち上がり彼女がいる所まで歩いていきました。
「お、おう!いきなり悪いな。寝てた?」
僕は彼女の一メートル手前くらいから、いつもよりぎこちない感じでそう言いました。彼女はぬれた髪の毛をいびつにまとめていて、Tシャツにショートパンツ姿で、白くてほっそりとした足の先には赤いサンダルを履いていました。
「ううん。お風呂に入ってた。出てみたら着信があったの気付いたんだけど、電話しようとしたら、あんたからかかってきてさ」
彼女はシャンプーのいい香りを漂わせながら、僕のそばを通り、僕の車に近づきました。「そっか・・・」
僕は彼女の後に従いました。とっ、僕が一歩踏みだした所で彼女は振り向き、僕の前で止まったので、僕らはぶつかりそうな位に近づきました。
僕の胸のすぐ近くから、彼女が僕を見上げてきます。
「話って、何?」
僕は彼女の綺麗な少し茶色が買った瞳を見つめながら、一つ、二つ間を置くと、彼女の腕をつかんで、車のほうに連れて行きました。
「ちょっと、車に乗ってくれ」
僕がそう言うと、彼女はいぶかしそうな顔をしましたが、黙って助手席に乗り込みました。彼女が乗ったのを確認すると自分も車に乗り込み、横でじっと僕を見つめている視線を感じながら、キーを差し込むとアクセルを踏みました。
勢いで北村を車に連れてきたのはいいのですが、何を喋ればいいかなんて頭にはありません。
ただ、答えは分かっているのです。
彼女の事が好きだといえばいいだけですから。
でも、二人きりになれたのにもかかわらず、いや、逆に二人きりになってしまったからこそ、思うような言葉を見つけられませんでした。
だから、僕らはしばらく何も喋らず、車も人通りも少ない夜の道路を走っていました。それでも、五分以上も沈黙のままの空気に、とてつもなく不満そうに眉間にしわを寄せる北村の顔に、僕は耐えられなくなって口を開きました。
「今日、何してた?」
僕のぜんぜん方向外れの言葉は、北村の眉間の皺も、この空気も和らげはしませんでした。
「別に、弟が昼ご飯一緒に食べようって言ってきたから、三人で駅中のガレット屋さんに行ってきたよ」
彼女はそう言うと、カーステレオをいじくりました。
「三人?北村、隆俊君の他に兄弟いたっけ?」
北村には大学を卒業したばかりの弟がいて、こっちで暮らしているのは知っていました。
「それが生意気に彼女連れてきたのよ。何か私に紹介したかったみたい。私も結構有名になったみたいで、彼女が会った時ビックリしてたよ。私もファンですー!とか何とか言ってはしゃいでた」
そう言うと、彼女は軽く笑い声を上げました。
「まあ、いきなり彼氏のお姉さんがミュージシャンだって分かったらビックリするよ。この前さ、お袋が近所の高校生が家によく来て困るって言ってたもんな。それに最近じゃあ、何かと周りもうるさいし」
僕はハンドルを左に切って、広い通りに出ました。
「おばさん、私にも言ってた。何か、愛子ちゃんがテレビに出てるなんて信じられないってさ。うちの親なんか未だに有名になった自分の娘が許せないみたいだけどね。何の相談もしなかったって。武士のおばちゃんの方が物分りよくて好きだな。私がテレビで可愛く映ってるって言ってくれるし」
僕は、遠くを見ながら目を笑わせている北村の横顔を、じっと見つめて頷きました。
「俺もそう思うよ」
その言葉に、北村が反応して、いぶかしげな目を向けてきます。
「あんた、私達のバンドが出たテレビは見ないんじゃないの?」
僕は慌てて取り繕うかのように、言葉を繋げました。
「いや、その、俺が言いたかったのは、うちのお袋が物分りがいいってことの方」
僕は思ってもいない言い訳を、とっさに口にしてしまったことに後悔しました。
こんな取り繕い方じゃぁ、僕が北村のことを可愛くないと思ってると感じてしまいます。でも、それは取り越し苦労のようでした。
「そうよね。あんたがしょうもない冗談言ってくるかと思っちゃった。確かに、おばさんは最高に物分りがいい人。何でも受け止めてくれるもん」
「そうかなぁ?」
「あんた近くにいすぎて気が付かないだけよ」
「・・・・・でも、実家なんて、ここ一年ぜんぜん帰ってないぜ」
北村は少し寂しげな表情を浮かべました。
「それは私もそうよ。今日の夜もお母さんから電話が来たよ。いつまでバンドなんかしてるんだって、お父さんが言ってるって。うちの親、警察官でしょ。硬いのよ。もう、二十五になるんだからってさ。それに・・・」
北村が、途中で口を閉じました。信号が赤で止まっていたので、僕は彼女の顔を見ました。
「それに、どうしたの?」
彼女は僕の方をチラッと見て、また前を向き、ボソッとしゃべりました。
「いい人いないのかってさ」
僕はチャンスとばかりに、息んだのですが、後ろからクラクションを鳴らされてしまいました。いつの間にか、信号が青に変わっています。僕はあわててアクセルを踏み込みました。僕も彼女もシートに一瞬押し付けられます。僕はそのままスピードに乗って、道なりに車を進ませました。一瞬の気まずさが、僕らの間に会話を取り上げてしまい、車内はまた沈黙に包まれてしまいました。でも、そこはやはり僕から彼女に話しかけます。
「いるの?」
突然の僕の言葉に、彼女はピックと首を動かします。
「え?」
「だから、いい人だよ」
その時の僕は、軽い感じで言葉を発しましたが、内心では本気の気持ちが溢れていて、もっともっと突っ込みたいという気持ちを必死で抑えていました。
北村の目が車道のライトに照らされて、きらっと光りました。そして、それがまぶたに閉じられます。
「うーん」
彼女は伸びを刷るかのようにシートに体を寄せます。
「いるのか?」
僕の中の叫びが、少し顔を出します。
「まあ、いいじゃない」
「よくないよ」
僕の叫びは、いまや首まで出掛かっています。
「何よ。そうだ。そう言えば、あんた話があるんじゃなかったの?そうよ。話があるからここにいるんじゃない。何?何があったの?」
北村はいきなり話題をひっくり返してきて、僕を追い詰めるかのように言葉を迫らせてきました。北村が興味津々の顔をしてこちらを覗いてきます。
僕は改めて自分の目的を気付かされて、急に隣に北村がいるこの状況がリアルに感じられて、黙って前を向いてしまいました。
「何よ?悩みがあるの?言ってみなさいよ。詩が書けなくなったとか?」
僕は彼女の言葉に大きく首を振ります。
詩が書けなくなる事くらい、なんだって言うんだ!
「違うの?じゃあ、やっぱりあれでしょ?」
僕は彼女の顔を凝視します。え?彼女も僕の気持ちに気が付いていたのか?
「最近のメンバーに対する不満でしょ?私も気になってはいたよ。このところ、しっくり言ってないというか、あの三人、変わったよね」
僕は大きく溜息をつきました。メンバーなんてどうでもいいんだ。君さえいれば!
「え?違うの。それで悩んでいるかと思ったよ。その話かと思った。違うの?じゃあ何?髪の毛が薄くなって悩んでるとか?」
「そうじゃない!」
僕はたまらず声を大きくしてしまいました。彼女がビックとなって、それから僕の顔を凝視してきます。
「じゃあ、何よ!」
「俺、好きな人、好きな人ができた」
彼女が息を呑むようにして驚きます。
「だ、れ?」
僕は大きく息を吸い込み、そして声にしました。
「きたむら」
「え?」
彼女が一瞬きょとんとした表情になります。
僕はしっかりと彼女の方に向き、彼女の瞳をしっかりと見つめて口を開いたのです。
「北村!俺、お前の事が好きだ」
彼女は僕のその言葉を聞くと、体を硬くしてシートに張り付きました。でも、僕の方は走り出した気持ちが止まりません。
「今まで色々な事が会って、それで、気が付いたんだ!お前は俺にとって大切な人だって。お前が傍にいてくれた事で、俺がどれだけ救われてたかって事に、今更だけど気が付いちまったんだ」
僕は一つ息を飲んで、そして言葉を吐き出しました。
「俺、本気でお前の事が好きです」
僕はハンドルを握り、遠くにいるトラックのテールランプを視界に入れながら彼女の顔を見ないでそう言いました。
すると、耳にか細い一筋の声が入ってきました。
「・・・」
「え?」
「止めて!」
北村が体を震わせています。
「え?」
「今すぐ車を止めて!」
彼女の声が車内いっぱいに、僕の耳が吹き飛ぶくらいに張り裂けます。僕は慌ててブレーキを踏みました。タイヤが道路と急激にこすれあい、車体は音を立ててきしみ、僕らはかなり前のめりになって、その場に止まりました。
後ろに車がいなかったのが幸いというしかありませんが、僕が無意識見後ろを確認する間に、北村はシートベルトをはずしてドアを開けていました。
「お、おい!」
僕が言葉をかける前に、北村はドアを大きな音を立てて閉め、車から出て行きます。僕は慌てて車を歩道に寄せて車を止めると、急いで彼女の後を追いかけました。
「北村、待てよ!」
僕の声に、彼女は振り向きました。十メートルはあろうかという距離をはさんで、北村は立ち止まり、僕の顔を見つめてきました。
「どうし・・!」
僕が言葉を発しようとしたとたん、彼女は突然走り出しました。
それに釣られて僕も走り出して、走って逃げ出す彼女を追っていきました。
道路に設置された照明が、道路沿いの歩道を走る二人の影を作り出します。走り去る北村の背中を追って僕は全力を出しますが、彼女もかなりの速さで走っているのですぐには追いつくことができません。
いったいなんであいつは走り出すんだ?それに、俺もなんで走っているんだ?
俺達いったいどこに向かっているんだ?息を弾ませながらそんな事が頭に浮かんできます。
アイドルとデートする為に着ていたブランド物のオーダーメイドスーツが腕を振るのに邪魔をしてきて、一着四万円もするYシャツに汗が滲んできます。道路に足を踏みつけるたびに、イタリア製の革靴が不協和音を出して、僕の脚速を乱すと、北村は急に曲がりだし、どっかの敷地に入っていきました。
僕はこの日のために新調したシルクのネクタイを首から剥ぎ取るとその手で投げ捨て、スーツの上着も投げやって彼女の後を追いました。
北村が入っていったのは芝生がかなり広がっている公園で、昼間だったら赤ちゃんを連れたお母さん達や犬の散歩に来る人達、子供たちやジョギングをする人達でいっぱいのその場所も、この時間には誰一人いなくて静まり返っていました。
そこを照らす明かりは、何本か立っている電燈のものしかありません。北村はその芝生の上を入り口からまっすぐ走っていました。芝生に入った彼女は徐々にスピードが落ちてゆき、彼女の荒い息使いが僕の耳にも聞こえてきます。僕は全身を奮い立たせ、太ももの筋肉を全開にして彼女に追いつくと、彼女の動く腕を掴んで、それでも尚前進する体を引き止めました。
「離して!」
女性の高い声が、静かな公園中に響きます。
「離さない!」
僕は息を弾ませながら、北村を自分の体に引き寄せました。
途端に、僕の顔、正確には左ほほに衝撃が走ります。
北村が肩を上下させながら、息を弾ませています。後ろに纏めてあった髪の毛も、今は解けて広がっていました。
「ばか!」
北村は大きな声でそう言いました。僕は曲げた膝に片手をつき、左ほほをさすりながら北村を見ました。
「ばか!ばか!ばか!ばか!」
北村は繰り返しそういうと、涙声になりました。
「何で、あんな所であんな事言い出すの!夜中に来ていきなり連れ出して、いきなり車に乗せて、いきなり告白してきて!信じられないよ!」
僕は上半身を起こし、肩で首を流れる汗をふき取りました。
そして、北村の傍にそっと寄っていきました。
「私、こんな格好だし、お化粧だってろくにしてないし、気持ちの準備だってしてきてないのに!」
彼女はそう言うと、ぼろぼろ涙を零しました。僕は彼女の前に立ち、優しく両肩に手を触れました。
「髪だってぼさぼさになっちゃったし、泣いちゃってるし、どうしてあんたはいつもそうなの?」
僕は彼女の髪を軽くかきあげ、彼女の顔をよく見えるようにすると、涙で一杯のその頬を親指でぬぐいました。
すると、彼女は子犬のような目で僕を見てきました。
「好きだ」
僕は彼女の睫毛にキスするように彼女の目を見つめて、そう言いました。すると、彼女は鼻を啜って、目線を下に向けてると、唐突に口を開きました。
「何で?」
「何でって、俺は自分の本当の気持ちに気がついたんだ。大切な人は誰でもない、君しかいないんだ」
彼女は目を伏せたまま、また聞いてきました。
「何で?」
「俺の事分かってくれる女は、お前しかいない」
僕がそう言うと、彼女は、僕の胸を思いっきり拳で叩きつけてきました。
「私が何でって聞いてるのは、どうして好きな人に告白されるのに、こんな状況なのかって事!もっと色々考えなかったの?レストランに連れて行くとか、夜景を見に行くとか、ロマンチックな演出は色々あるのに、どうして深夜いきなり車に連れ込んで、いきなり告白してきたのよ?」
僕の脳味噌は、その言葉の意味を瞬時に読み取ることができませんでした。そんな僕をしり目に、彼女は小さく笑顔を作っていました。
「ほんと、私じゃなかったら、絶対断られてるよ。」
北村は僕の腕の中でそう言ってきました。その目はもう泣いていません。
「え?それって・・・」
「大馬鹿男」
「俺の事、好きって事?」
「バカ、もうほんとバカ!・・・そう言ってるじゃん」
「ほんと?!」
僕の顔の下から見上げる北村の目が、一直線に僕を捕らえて離しません。
彼女は僕の胸に頬を押し付けてきました。
「私も、武士の事、好きだよ」
彼女の鼓動の高鳴りが、僕の皮膚を伝わって、僕の鼓動と重なります。
「ずっと、好きだった。初めて会ったとき、そう、小学校の時から。・・・長かったな」
「長かったな」彼女が最後にそう呟くように言うと、僕も同じ気持ちがしてきました。僕も彼女の事に気が付くまでずいぶん時間がかかったし、色々な事を経験してきました。こんなに近くに大切な人がいたのに、それに気が付くまでどれだけ遠回りをしたのでしょうか?
「ねえ、私でいいの?」
顎の下から、彼女が不安を僕にぶつけてきます。
「私、その、武士の好きな『ラブ・ハンド』ないよ」
僕は体を少し離し、彼女の顔を自分の顔の正面に向けました。そして、彼女の不安そうな目を打ち消すように見つめます。
「俺の最高の『ラブ・ハンド』は、お前のだ」
彼女の目が輝き、顔の表情が柔らかく崩れます。僕も自分の気持と、自分の言葉が、真に一体となって口から出てきた事が嬉しくなり、勢い感情が高ぶります。
「一生、俺だけの『ラブ・ハンド』でいてくれるか?」
僕がそう言うと、彼女は大きく頷きました。そして、嬉しさを押さえられない表情を貼り付けている僕に、しっかりとその身を寄せてきました。
彼女の体の温もりを、僕はこの両腕で力いっぱい受け止めます。
そして・・・、僕は、彼女の両方の腰の肉を親指と人差し指で摘みました。
すると、彼女の見た目では想像させないようなその柔らかい触感が、僕の指先からダイレクトに脳みそに伝わってきます。
がツン!!!!!
それと、同時に僕の顎に衝撃が走りました。北村が僕から体を離し、一瞬きりっとした目を僕に向けると、すぐに笑顔になって、顔先で人差し指を立て左右に振りながらこう言ってきました。
「ほんと女心が分かってないね。でも・・・好きだよ」
それから僕達は、来た道を戻ってゆきました。
助手席に座る北村は、いつもの北村だけど、運転席の僕は、いつもの僕では無くなっています。彼女の横顔が、これほど眩しく見えた事があったでしょうか?
そんな僕は、彼女の部屋に着くなり、今度こそ最高の「ラブ・ハンド」を今までの分を取り戻すかのように堪能しました。それはもう、二十年分!
北村の部屋の窓から朝日が顔を出し、部屋中を照らし出しています。
僕は欠伸をかみ殺しながら、まだ寝ている北村のお腹に顔を乗せ、最高の「ラブ・ハンド」がどんなものであるかを頬で感じながらテレビをつけると、テレビからアナウンサーの声が聞こえてきました。
「今、全米で『ラブ・ハンド』現象が巻き起こっているというレポートがN・Yから送られてきましたが、今度はヨーロッパからの報告です。パリの根本さん、よろしくお願いします!」
僕はテレビを消すと、また北村のお腹の上で、至福の時間を過すのでした。
終わり