ついにキター!
ラブハンドブーム到来!!!
例のあの人も応援してくれているみたい!
さぁ、これからどうなるのでしょう。
うーん、CMの後で!しかし、長いな!
☆☆☆☆☆☆
「武士!起きろよ!着いたぞ!」
眠りに落ちかけていた僕を揺さぶる声がしました。
僕ははっとして目を開けると、シートの後ろから上村さんが僕の肩を揺さぶっていました。僕は飛び出すようにシートから起き上がると、スライドドアを押さえてくれていた漆原さんの横をすり抜け、先に歩いている九条君の後に続いてテレビ局に入っていきました。
今日は生放送で送る歌番組の収録だったのを思い出しながら、なれない感じにどぎまぎしつつ、警備員のおじさんに挨拶しました。そして、漆原さんの後に続いて、テレビ局の中に入っていきました。
放送時間になって、舞台裏の登場口にメンバーと向かうと、今までテレビの中でしか見た事の無かった歌姫やバンドのメンバーがいました。もちろん、この番組に出るのは初めてな僕達(何人か知り合いのいる上村さんを除いて)は、一つの場所に固まって周りを伺っていました。
何しろ、生放送でしたし、テレビに僕らが出る事も初めてだったので、現場の雰囲気に慣れる事なんてまるで出来ませんでした。
でも、なぜか僕は一人落ち着いていました。
何しろ、僕が求めていることはまだ実現していないのです。
むしろこれからですので、この番組は絶好のチャンスでもありましたし、メンバー達とは少し違った意味で意気込んでいました。
「始まりまーす」
インカムをつけたディレクターの合図が聞こえました。僕達や他のゲストは舞台袖に順番に並べられ、彼の合図とともにスタジオに押し出されていきました。僕らの順番はちょうど真ん中あたりで、ADさんに誘導されるがままに登場口から飛び出すと、お客さんの手拍子と感性とスタジオの熱気や証明の明かりを一気に感じながら、スタジオに流れているお決まりの登場曲とともに、僕らは司会者の待つステージまで歩みを進めました。
「初登場、グローバル・O・グライダー!」
名物司会者の紹介と共に、僕らに女の子のファンの甲高い歓声が送られます。
僕はこれでもかと言う位に堂々と胸を張りながら歩いていくと、彼女達に手を振って挨拶しました。同時に、隣にいた若い女子アナウンサーが僕らの紹介をし始めます。
「今放送中のドラマ『四畳半ドリーム』の主題歌、『スーパーサウンド』が大ブレイク!いきなり音楽界に現れた超新星、今夜のランキングも注目のニューカマーです!」
正直悪い気はしませんでした。
そんな感じで全てのゲストが紹介されると、司会者がカメラに向き合いゲスト全員のショットが移ると、番組はコマーシャルに変わりました。その間に、ADさんに誘導されながら、僕らは設置されたひな壇のほうに移動しました。そして、また番組が始まると、そこで順番通りに他の歌手達が歌うのをゲスト達と一緒に聞いていきながら、僕らは自分達の番が来るのを待ちました。
順番を待つ間、僕はにわかに緊張しながら、事前に打ち合わせで聞かれた事を思い出していました。
打ち合わせでは、トークの材料を見つけるためなのか、メンバーの異性の好みを聴かれたのですが、その時に、他のメンバーはさておいて、真っ先に僕が思いのたけをぶちまけたせいか、ディレクターはメンバーの誰の話(メンバーは、ほとんど話らしい話はしませんでしたが)よりも僕の話に相当食いついてきました。そして、それを番組で使ってもいいなら、その線で進めていくような事を、そのディレクターもかなり面白がりながら言っていたので、僕は快く快諾しました。もちろんマネージャーや事務所サイドには内緒でと言う事で。なので、このベテラン司会者は、明らかにその話すんだろうなぁと思い浮かべていると、いまさらながら緊張してきたのです。
何しろ、この番組は、ファンのみならず、日本中の人が見ているのです。
僕の今までの経験から言えば、僕の趣味は受け容れられる事は無いのでしたから、また拒否反応が起きる確率は高い訳です。何が起こるか予想がつきません。
それに、実はこの事をメンバー(北村以外の)に言ったのも初めてでしたので、彼らの反応も心配になっていたからです。
楽屋での打ち合わせ中にその事を喋った後、明らかに北村は困惑したような表情を浮かべていて、何やら心配そうに僕の方を伺っていました。、九条君はと言うと、何やらニヤニヤしながら僕を見ていて、池内さんと上村さんはこいつは何を言ってんだという感じでしたけど、その場で僕に深く突っ込んでくる人はいませんでした。
しかし、公の場で口に出したら反応が違ってくるはずです。
そんな僕を、池内さんを挟んで隣に座っている北村が、楽屋と同じような目で見てきました。本番中とは言え、僕の違う焦りを感じたのでしょうか?
僕はさっと目をそらして、今歌っているバンドの曲を聞いている観客に目を向けると、ADさんが僕らの出番を促しているのが見えました。
なので、僕らは指示に従って司会者の隣の席に移動していき、打ち合わせどうりの位置取りをしました。
「初登場、グローバル・O・グライダーです」
僕らの正面のカメラのランプがつくと、抑揚のない感じで司会者が僕らを紹介しました。すると、観客の拍手と歓声がおこり、僕達はそれに合わせて、カメラに頭を下げました。
「グローバル・O・グライダーのデビュー曲、『スーパーサウンド』は今週のランキングで何と初登場三位!有線部門では堂々の一位を獲得しています!」
大げさなくらいの女子アナウンサーの声に、僕らが身を仰け反らすほどに観客席が沸き、それに答えるように僕らはまた頭を下げました。
すぐに司会者が言葉を続けてきました。
「初登場三位、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
僕らは全員、口を揃えてそう言うと、司会者に頭を下げました。
「デビュー曲がドラマの主題歌、そして、大ヒット。なんか出来すぎてるね」
サングラスをして目の表情はどうか分かりませんが、司会者の口元は笑っていました。
僕はマイクを口元に持っていきました。
「自分達でもビックリしてるんですよ!本当に信じられなくて。僕たちをプロデュースしてくれた田代さんにすごい感謝しています」
「あの田代邦彦さんがプロデュースを手がけているんですよね」
女子アナウンサーが話しに割り込んできました。
「そうなんです」
「ほほー。知らない人もいると思うけど、そりゃあすごいねぇ。しかし、いい曲に仕上がってるよ。近頃、君達の歌を聞かない日はないもんね」
「ありがとうございます」
「ところで、ボーカルの小田切さんの女性の好みが少し変わってると伺ったんですが?」
女子アナウンサーの何事もないようなさらりとした口調の質問に、メンバーの男達が笑いをこらえる音を耳で感じると、僕は頭を書きながら、申し訳なさそうに口を開きました。
「そうなんですよ」
「デブ好き!」
間髪入れずに、司会者が笑いながらそういうと、会場やゲストが声を上げました。
「違いますよ。『ラブ・ハンド』です!『ラブ・ハンド』好きです」
僕は司会者の声にかぶせる様に、大声で声を張りました。
「要はお肉が好きなんでしょ?変わってるねぇ」
そう言って司会者はニヤニヤしました。
「いえ、お言葉ではありますが、ただのお肉じゃないんですよ。女性のお腹の周りについている肉、それがいいんですよ」
会場で笑い声が起きます。
「どこがいいのよ?要は脂肪でしょ?」
「脂肪は脂肪でも、皮下脂肪なんですって!ぷっくりとして張りのある、触って柔らかいお腹の肉の事ですよ!」
僕が幾分力を入れて言葉にすると、会場でさらに笑いが起きました。
「ふふぁはは、面白いねえ君。いつごろから、その何だ、『ラブ・ハンド』好きになったの?」
司会者の問いに、僕は真面目な顔をして答えました。
「小学校の頃からです!」
スタジオ中に大爆笑が起こりました。
スタジオ中を見回しても、笑っていないのは北村と僕くらいでした。
「ひふぁははは、すごいね。その話は今度ゆっくりと聞きたいけど、歌ってもらわなきゃならないから、準備をお願いします」
司会者はお腹の辺りを押さえ、笑い出すの必死で堪えるかのようにしながらそう言うと、ステージのある方に手を向けました。僕らはそれを合図に立ち上がって挨拶すると、ステージに向かいました。
同時に、アナウンサーがカメラの前で僕らを紹介してくれます。
「今日のニューカマー、『ラブ・ハンド』で、あぅっ、すいませんっ!『グローバル・O・グライダー』で『スーパーサウンド』ですっ!」
言い間違えた女子アナウンサーは顔を赤らめながら、すぐに司会者のところに戻ってゆきました。
頓珍漢な紹介をされましたが、ステージに立っていた僕は落ち着いていました。ステージに上ると、周りにいた観客の目が面白いものでも見るかのように僕に注がれていましたが、テレビであそこまで言った今となってはもう何も隠すことはありません。それに、僕は僕らのバンドの音に自信があるのです。後は心のまま歌うだけですし、心配していたメンバーの反応も悪くなくて、逆に面白がってくれているようでした。
なので、ある意味コンディションは最高!気分は上場でした。
一人だけ浮かない顔の北村は気にしないで、僕はノリノリのドラムとギターとベースに押されて、気持ちよく歌いました。僕の中では突っかかりが取れてたせいか、くるんでいたシートが取れたみたいに開放感があふれていて、感覚という感覚が開かれ、何にでも繋がっているような気分でした。
隠す事など何もありはしないのです。
そして、ここで歌い終わった時のスタジオにいた観客の熱狂に、僕は一つの手ごたえを感じていました。
それからの僕達のバンドは、各局の音楽番組に呼ばれて、そして、どこの番組でも僕の「ラブ・ハンド」話を取り上げられる事にました。なので、僕はここぞとばかりに「ラブ・ハンド」をアピールして、そして自分がいかに「ラブ・ハンド」を好きなのかを語りました。対外、みんな面白がってくれて、ある番組では大物司会者の一人がそれに賛同してくれたりもしました。こうして、僕達のテレビ出演をきっかけに、「ラブ・ハンドパーティー」の面々も動き出し、すでに注目されていた今田さんのサイトがテレビの情報番組や検索ランキング番組に取り上げられたり、間宮さんや英子ちゃんは女性ファッション誌に「ラブ・ハンド」特集を載せるよう働きかけ、何誌かが大なり小なり「ラブ・ハンド」スタイルを掲載したりしました。また、メンバーのデザイナーが手がけた、「ラブ・ハンド」をモチーフにした、いくつものデザインを街で見かけるようにもなりました。クライアントをどうねじ伏せたかは分かりませんが、明らかにうまい具合に「ラブ・ハンド」がデザインされていました。それに加えて、今田さんが膨らました「ラブ・会」(彼はサイトを通じて会員を増やしていき、今では一万人名近い会員が出来ていました。)の人達がそれぞれに、この流れに乗じて「ラブ・ハンド」を知らない周りの人達に、「ラブ・ハンド」というものを広めていきました。
そして何よりの極めつけは、公式の場で森田幹事長もですが、総理大臣までが「ラブ・ハンド」という言葉を使ってくれたのです。
ここまで来ると、「ラブ・ハンド」の知名度は飛躍的に広まっていき、それに伴って僕らのバンドの人気も高まっていきました。
何しろ、表立って「ラブ・ハンド」を口にしたのは僕が初めてですし、ネットでの表の顔も僕でしたから、テレビで知った人が色々な情報を周りで聞いていくうちに、改めて「ラブ・ハンド」という価値観の発祥源が僕だと言う事を知っていくと、自然と僕のバンドを知る事になり、僕の音楽に興味がなかった人達も、つながりを感じてくれて僕達のバンドの曲を聞いてくれるようになったのです。
さらに、ここまでの人物が言葉を発するようになったからか、今の女性のスタイル、要は中学生や小学生のダイエット、痩せる事を煽るファッションに対する疑問、そして、現実に起きているそれを過剰に求めすぎているモデルを筆頭にした女性達の事などが、栄養士や料理人、女性問題活動家や、本気でそんな事を考えていなそうなテレビのコメンテーターなどを煽るようなり、結果的に、それが日本中の女性達の心の中に、様々な風を吹かせることになりました。
また、ホームページやこれに加わっている人達の真摯な意見、もちろん僕のインタビューや放送などが一部の女性達の反響を呼び、それに乗っかる形で、ファッション業界でも、腰をアピールするデザインの服が作られ、「ラブ・ハンド」を強調するようなデザインの服が店頭に並びだしたのです。まあこれは、間宮さんや英子ちゃんの働きかけのお陰で、すでにかなりの用意は整えられていた(火がつくのが少し早いようでしたが)ので、比較的スムーズに行われていったのですが、間宮さんの凄い所は、この日本のファッションの動向に、ヨーロッパのデザイナーを巻き込んだところでした。間宮さんクラスの人だから成しえた事なのでしょうけど、ヨーロッパの名だたるブランドが腰を強調するデザインの服をつくり、モデルもそれなりにふくよかな人を使ってファッションショーを行い、日本だけでしたが腰を強調したデザインの服を店頭で販売してきました。
この日本限定と銘打ったそれらの服は、流行り物が大好きな人達の目に留まり、さっそくその人達が一斉に買い求めると言う事がおきました。銀座のブティックに、「ラブ・ハンド」デザインの服が飾られ、それを求める人だかりが見られるようになりました。
予想もしなかったのですが、その中には何人か有名人もいました。
有名人はテレビに映りますので、そんな服を着た人達が映画の試写会や、バラエティ番組に出ますと、それを昼のワイドショーが取り上げたりして、お昼の時間にもテレビで「ラブ・ハンド」が取り上げられるようになったのです。
当然、その時間帯のテレビを見ているのは主婦の皆さんです。
この現象は、ある程度お肉の付き出した奥様方に思わぬ影響を与えました。
なんと、そんな奥様連中から率先して、腰を強調するような服買い求め、それを着始めたのです。しばらくしないうちに、街の風景の中に、ちらほらとそんな女性を見かけるようになりました。ただ、流行に敏感なのは若い女性達も同じ事で、色々な情報源を持つ彼女達の何人かは、流行先取りを意識したのか、あまりのダイエットに疲れてしまったのか、皮下脂肪の大切さに気が付いたのか、それとも僕のバンドに影響されたのか、腰を強調した服を着だし始めたのです。
まあ、この頃になると、僕達のバンドを聞きに来るファンの女の子は、誰もかれも僕の趣向を尊重してくれていて、ライブを行うと女性ファンは必ずと言っていいほど皆、「ラブ・ハンド」を強調する服装をしていました。
そして、そのライブが終わって、女の子がその格好のまま最寄の駅に集まると、腰を意識した女の子だらけになってある種異常な光景が起こるのですが、何と!それをまたワイドショーやらランキング番組、色々な情報番組が面白おかしく取り上げていき、その様子を幾度となく番組で放送しだしたのです。
この現象もここまで来てしまうと、巷では「ラブ・ハンド」に対する女性の意見や、男性の意見が飛び交いだし、「ラブ・ハンド」に対する色々な議論が起こってきました。
大方の男性は、あまりお肉は出ない方がいいと思っているようでした。大方の意見は「ボン!キュウッ!ボン!」が最高であり、それ以外は認められない。
と言うより、これはラブハンドに対する偏見と言うか、ただのおデブさんの事だと思っているようでしたが、本当の「ラブ・ハンド」スタイルはそうではありませんので、そこでまた議論が起こったりしました。
基本的に、「ラブ・ハンド」は健康的なスタイルなのですから。
しかし、女性達にしてみれば、無理なダイエットに励むより、お肉好きの男性を求める方がいい(やっぱり、定義の過大解釈がありますが)と思うようになり、このように女性達がスタイルの定義を変えた段階になった時には、女性達には「ラブ・ハンド」と言う価値観は受け入れられ、浸透していきました。
こう女性がスタイルを決めてしまったら、男達はどうする事もできません。あきらめるしかないようで、男性側の理解者は徐々に増え、これは特に若い世代に浸透していき、ややがて、津波の様に各地に「ラブ・ハンド」という価値観が広まっていきました。
日本に「ラブ・ハンド」というムーブメントが、起こっていったのです。