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ラブハンド  作者: hisasi
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グローバル・O・グライーダー

 本当にこんなバンドはいませんよ。

 調べても無駄ですぜ


 それよりも、御恥ずかしい限りですけど、若気の至りで許してもらいたいです。

 あぁ、表現者としては駄目ですね。

グランドピアノを目の前にした北村の目はうきうきしていて、まるでケーキを前にした子供のようでした。

「座って弾いてみなよ」

九条君が北村をピアノのそばで招き入れると、北村はすんなり椅子に座って、おもむろに蓋を上げました。そして、僕らの顔を交互にを見ながら、屈託のない笑顔を向けると、静かに弾きだしました。

北村の細長い白い指が鍵盤の上で動き出し、両手がリズムに合わせて踊りだすとスタジオにピアノン旋律が駆け巡りました。モーツアルトのピアノ曲「トルコ行進曲」でした。

正直、僕はびっくりしました。

北村が昔から吹奏楽をしていて、音大でピアノを専攻していたとは知っていましたが、こんなに弾けるとは思わなかったのです。

彼女は顔を高潮させながら、真剣な表情でピアノを弾いていました。しっかり音楽を学んできている者の音がしています。

横にいる九条君を見ると、見た事のないような真剣な表情で北村を見つめていました。

北村が弾き終わると、彼はそれは大きな拍手をして、ピアノの傍に歩み寄りました。

「なんて言っていいか、クラッシクだね。何か、新鮮だよ、北村さん!武さんもそう思うよね!」

九条君にそう言われて、北村は照れくさそうに笑っていました。

僕はと言うと、何故か少し悔しい気分になっていて、複雑な気分でした。それは、自分が今や真剣になって追い求めている事を、彼女が簡単に出来ている事が心の中で認められなかったのかもしれません。

まあ、彼女はずっとそれを勉強してきた訳で、決して簡単に習得したのでは無いのですが、僕にとってはいきなりだったので、まさしく衝撃的でした。それに加えて、今になって北村ってもしかして結構すごい?何て重いが頭に浮かんできてしまったので、僕は慌ててそのもやもやをかき消し、冷静さを取り戻そうとしました。

「そのなんだ、北村、お前、結構出来るじゃん」

僕が強がってそう言うと、北村は一つ息を吐いて、なんでもないかのように肩をすくめました。

「まあね。あんたはぜんぜん知らなかっただろうけどさ」

そう言って、彼女が笑うと、九条君がおもむろに口を開きました。

「あの、ちょっといいかな、武さん」

「うん、どうしたの?」

「あの、ちょっと聞いてほしいんだけど。僕の曲。何か今弾きたくなっちゃったんだ。き、北村さんも聞いて下さい」

そう言うなり、九条君は急いでエレキギターを準備して、ギターにコードを差し込みアンプの電源を入れました。北村もピアノから立ち上がり、こちらに来ました。

「九条君の曲?聞かせて、聞かせて!」

北村は興味津々の様子で、僕の隣にきました。

「俺も聞きたい」

まさか、九条君が曲作ってるなんて知りませんでした。皆に気が引けていてのか知りませんが、彼はそういう事はあまり言ってこなかったので、もちろん初めて聞くことになります。

「歌詞は、この前、武さんが書いてきたやつを元にしたんだ」

「武士が詩を?それは気になるなぁ」

北村がそう言って僕の顔を覗き込みます。

「うるさいな。黙って聞いてろよ」

僕はそう言って、九条君の方に向き直り、彼が弾き出すのを待ちました。

すると、彼は一呼吸おいた後、ゆっくりと演奏し始めました。


* 偉い人が言っていたっけ 時間は流れるように去っていく

時間は走っていくみたいに過ぎていくって


だから僕は走ってみたんだ いつもただ歩いている道を

息を切らして走ってみたんだ


偉い人が言っていたっけ 人生は上を向いて歩いていこう

弱虫みたいに下を見て歩いて行くんじゃないって


それを知りたくて走ってみたんだ これからと言う長い道を

この先に何があるかを この目で見るために


あぁ 上を向いて走るでもなく  あぁ 下を向いて歩くでもなく

そう ただ遠くを見て進んでいくんだよ

  

  あぁ 遠くの光 追いかけてさ あぁ 全力で走ってみたらね 

  ちょっとだけなんか  わかった わかった 気がしたんだ



僕は曲を聞いた後、すぐに椅子から立ち上がりました。

「譜面あんのか!」

九条君はびっくりしたように僕を見ると、近くにあった譜面を僕に渡しました。まだドラムとベースの音は書き込まれていませんでしたが、ギターの旋律とメロディーは書き込まれているようでしたので、僕はそれを一通りそれを見ると、自分のギターにコードを差し込んで、音を出しました。

そして、九条君を見ました。

「俺が歌うよ」

僕がそう言うと、九条君は黙って頷きました。

曲を聴いたとたん、僕はもう痺れていました。

自分の詩に、こんなメロディーが付くとは思いもよりませんでしたし、一瞬でこのメロディーに惹かれていました。

もう、歌いたい気持ちが高まってしょうがないのです。

音を出す前に歌詞が一瞬で頭をめぐり、僕は一息つきました。そして、九条君に合図すると、彼はギターをかき鳴らし、僕もそれに続けて歌いだしました。

九条君のメロディーに乗って、僕の声がスタジオに響きます。

初めて聞いたこの曲が、不思議なくらい僕に染み込んで来て、自然に僕も気持ちが高ぶってきました。

多少間違えたって気にもならずに、気持ちがこもった声が出てきます。

それに、サビの部分のメロディーが、僕の心の深い場所にあったマグマが、歌詞とごちゃ混ぜなりながら噴出してきて、僕は涙が溢れそうになりました。

 曲が終ると、北村がもう声を上げて拍手してきました。

そして、歌いきった僕が額の汗をぬぐいながら彼女を見ると、もう一つの拍手が重なってきました。

「田代さん!」

スタジオの入り口のドアに寄りかかりながら、田代さんが大きな音を立てて、僕らに手を叩いていました。

九条君も田代さんを見ていて、振り返った北村は反射的に立ち上がりました。

「おい!誰の曲だ!勇次か?」

大きな声で田代さんがそう言うと、九条君が恐る恐る頷きました。

「おい!・・・いいじゃないか!鳥肌立ったぞ!それに、武の感じも良かった。お前、あれを忘れるんじゃねえぞ、分かったか!」

田代さんは嬉しそうに笑いました。

「よし!池や拓也、今すぐ呼ぶぞ!そうだ、斉藤にも連絡しとくか。よし、早速・・。うん?そちらの譲ちゃんは?」

田代さんにそう言われて、北村がぎこちなくお辞儀をしました。

「北村と申します。武士の幼馴染で・・・」

すると、田代さんは慌てて大きく腕を振って、話をさえぎりました。

「OK!OK!俺は他人の女の事には口出ししない主義なんだ」

「いや田代さん。こいつはただの幼馴染で・・・」

「いいって、俺は急がしいんだ!それは後で聞く。こうしちゃいられねえなぁ」

そう言うと、田代さんはリビングの方に戻っていきました。

いきなりの事に僕と九条君ははお互い顔を見合わせながらも、にやりと笑うと、その場で腰掛けました。

「そう言えば、あんた達のバンド名ってなんて言うの」

唐突に北村が聞いてきました。

僕は北村の方に振り向き、そして、九条君を見ました。

彼はにやりとしながら、僕を見他跡に、彼女を見ると、僕らは持っていたギターを同時に鳴らしました。

そして僕は言いました。

「グローバル・O・グライダー!覚えておきな、愛子ちゃん!」


  


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