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ラブハンド  作者: hisasi
28/37

 大切なのは幼馴染!

 バンドのメンバーも続々登場!


 国家ら一気に恥ずかしくなっていきますからご注意を!

僕は詩を作ることだけに専念して、他のメンバーに曲は任せていました。僕もいくつか造っては見たのですが、田代さんを納得させるできばえではとても無いようで、たいていは池内さんが何度も曲を作ってきては田代さんに効いてもらっていましたが、そのたびにぼろくそに言われて、いつも書き直させられていました。池内さんはそれでもまあへこたれずに頭を絞って、時々風呂場から叫び声をあげながらも、曲作りをしていました。そんな様子を見ていた上村さんは、幾度と無く気分転換に池内さんと二人だけでどこかに出かけてきては、二人でぐでんぐでんになって帰ってきました。

九条君はそんな二人を介抱しないでほおってしまうので、いつも僕が二人の面倒を見なければなりませんでした。

まあ、僕らはそんな日々を送っていたのです。

そうそう、「ラブ・ハンド」の方は、今田さんの力でさらに大きく展開していて、僕のブログを飛び出し、いくつかのサイトに拡大されていました。僕のブログで使っていたコーナーを、それぞれひとつのサイトとして扱いだしたのです。今田さんが本格的に携わるようになってから、飛躍的にサイトの知名度は上がっていきました。それには「ラブ・ハンドパーティー」の面々の協力があったのは言うまでもありません。少しではありましたが、巷に「ラブ・ハンド」と言う言葉が浸透しつつありました。

  


    ☆☆☆☆


「久しぶりに会ったら、ずいぶん様子が変わったねぇ」

北村愛子が待ち合わせ場所に来て、開口一番の僕にそう言いました。

もうやや冬の気配が訪れていて、街を歩いている人たちの服装も、だいぶ様子が変わってきていました。寒くなるに連れ人寂しさに襲われたせいもありましたし、曲作りにも少し行き詰っていた僕は、何気なしに北村に連絡を取っていました。

久しぶりに北村と話すと、彼女はすぐに会う約束をしてくれたので、僕らはまた駅で待ち合わせをしたのです。

「そうかな」

僕の言葉と一緒に、白い息も口から漏れました。北村は、紫の色のマフラーを首から垂らし、暖かそうなベージュのコートを羽織っていて、黒の同じような生地のスカートを履いていました。北村も白い息をしゃべるたびに出していて、ブーツとスカートの間が少し寒そうだったので、僕はすぐに近くのカフェに入りました。北村は前にあったよりも幾分髪を短くしていて、可愛らしい耳が少し赤くなっていたのが、隣で歩く僕にも見えて、なんか前と違う印象を感じさせました。

「なんか、若くなった気がするね、それに痩せた?」

彼女はカプチーノを注文しながら、そう僕に言ってきました。

僕は池内さんの服を借りてここに来ていて、彼のコーディネートをそのまんま受け入れて出掛けて来ていました。池内さんは相当なおしゃれ好きで、お金もあまり無さそうなのに色々服を持っていたので、なにぶんお金の無かった僕は事あるたびに彼に服を借りていました。池内さんがどこで見つけてくるのか分からないのですが、彼の服のセンスはかなり良かったので、気前のいい彼に甘えていたのです。まあ、僕も田代さんにいわれてからシェイプアップと筋トレにかなり励んだおかげで、彼の服のサイズに体を収められてきたこともあるのですが。僕は注文したダブルのエスプレッソを受け取りながら、彼女の顔を見ました。隣で待っている彼女の横顔を改めて見ていると、化粧のノリが良くないのか、化粧を厚めに塗っているせいなのか、少し疲れているように見えました。どこか満たされて無い雰囲気があって、僕は幾分心配になりました。

「仕事は順調なの?」

僕がそう言うと、北村はさっとこちらを向いて、少し間を置きました。

「まあね。まだ、ピアノ教室でバイトの身だけどね」

彼女の目は少し空ろい気味で、どこか力無さげに僕を見てきました。すると、ちょうどカプチーノをカフェの店員に渡されたので、彼女はそれを受け取るとすぐに、フロアーのテーブルに向かったので、僕は少し気まずさを感じながら、彼女に付いて行きました。

「それより、あんたの方はどうなったの?あれから結構経ったけど、まだ馬鹿な事を頑張ってんの?」

少し意地の悪い言い方をして、彼女はカプチーノのミキシングされた泡の部分を口に含みました。そうしながら、コーヒーカップに口をつけると、目は僕の方を伺っています。

今日の北村はなんか機嫌が悪そうです。

「おお、なんか思いもよらない感じになってさ。すごい事になりそうなんだ。何しろ・・・」

僕が今まで起きた事を喋ろうとすると、いきなり彼女は言葉を挟んできました。

「はいはい。いいって、いいって。久々に私に会ったからって、そう強がらなくても。どうせうまくいってないんでしょ?」

「いや、だからさ。まあ、なんて言うか、今は少し行詰まっては入るけど、ずいぶん進んだ・・・」

すると、また言い終わらないうちに北村は僕の顔の前で手を振りました。

なんか馬鹿にしたような顔をしながら、僕を見ています。

「何んだよ」

「分かった、分かった。どうせ大した事にはなってないんでしょ。あんたの事は小さい頃から知ってるんだから、顔を見ればなんとなく分かるんです。で、どうしたの?お金でも必要になった。あんたの事だからギャンブルって訳じゃあ無さそうだけど、はっきり言ってみなよ。いや、私が言ってあげる。ずばり、変な女に引っかかって、だまされて変なもの買わされたんでしょ!最近よくあるもんね。ローンとか組まされてさ、寂しさにかられてそんな女になびいたあんたが悪い。まあ、頼れるのは私くらいしかいないものね。で、いくら必要なの?金額によっては相談に乗らないでもないよ」

北村はそう言って椅子の背もたれに寄りかかると、疑うような、可哀想なものでも見るような目で僕を見てきました。僕は唖然としながら彼女が言い終わるのを聞いていましたが、あまりの突拍子も無い彼女の推察に怒りよりも、おかしさが込み上げてきました。

「何言ってんだよ、お前は?」

すると、彼女はテーブルに肘をついて、僕の方に顔を寄せてきました。

「この前おばさんと話した時、最近ぜんぜん連絡が取れなくて、武士が何をしてるか分からなくて困るって言ってたんだから。おばさんには内緒にしとくから、言ってみなさいよ」

「お前、まだうちのお袋と連絡取ってんのかよ?」

「何、悪い?私は女としておばさんを尊敬してるだけで、あんたとはまったく関係ないわよ。おばさんはすごいいい人だし、相談も乗ってくれるし、大人の女性として目標になる人なの」

その言葉に、僕は口に含んだコーヒーを噴出しそうになりました。

「大人の女性?!お袋が?」

北村は目を尖らせています。

「まあ、あんないいお母さんから、あんたみたいな馬鹿息子が生まれてきたのが信じられないけどね。おばさんに対する神様からのハンディよ、あんたは。上の二人のお兄ちゃん達はちゃんと結婚して、綺麗なお嫁さんもらって立派なのにね!」

「兄貴達と俺とは関係ないだろうが!それに、ハンディってどういうことだよ!なんで・・」

「あんたの所のおばあちゃんも、あんたが立派な料理人なるのを見届けないうちは死ねないって、いつも言ってるんだよ。知ってた?」

「うーん。頼むから、ばあちゃんの話はするな。それより、何だ。お前こそどうなんだ?なんか疲れてるようだし、何かあったんだろ?」

僕がそう返すと、北村は口をつぐんで、静かになってしまいました。

僕はこの隙に形勢逆転しておかなくてはと思い、北村が口を開く前にしゃべりだしました。

「俺だって、昔からお前の事知ってんだから、すぐに察しちまうよ。いつもより苛立ってるし、何か違うもん。どうしたの?小田切さんに言ってごらんよ」

彼女は少しむすっとしながら、またカプチーノをすすりました。

「別に。あんたには関係ないじゃん」

「まあ、そういうなって。俺は心配なんだよ、お前の事が。俺の方は、徐々にだけど進んでいるんだ。かなりの人の協力も得られてきているし。ここじゃあいえないけど、お前も聞いたら、まじびっくりして越し抜かすような人と一緒に作業してるんだ。それに、今俺はあれだ、バンド組んで活動しようと準備中なんだ」

僕の「バンド」と言う言葉に、彼女は敏感に反応してきました。

「バンド組んでるの?あんたが?嘘でしょ?」

「嘘じゃないよ。見ろよ、指にタコ出来てるだろ。マジ、ギター弾き過ぎってくらい、練習してたらこうなっちまったんだ。ほら」

僕は北村の目の前で右手を広げました。

「信じられない。あんた楽器なんて弾けたっけ?見た事無いよ」

「お前の知らない俺だっているんだよ」

「そんな事言ったって、あんたとギターの組み合わせって」

「ギターだけじゃないよ。ボーカルも俺なんだ」

北村が目を丸くして僕の方を見てきます。

「あんたが歌うの?!昔から声だけは大きかったけどさ、学校の合唱じゃないんだから、大声出せばいいってもんじゃないんだよ」

「いつの話だよ。ちゃんと、ボイストレーニングだってしてるし、田代さんっていう音楽プロデューサーにもついてやってるんだから。そりゃ、毎日怒られっぱなしだけどさ」

「音楽プロデューサーって、あんた騙されてるよ。間違いない。いくら払ってるか知らないけど、すぐに辞めたほうがいいよ。絶対騙されてる」

「お前な、俺の事はいいけど、田代さんの事そんなインチキ臭く言うのは許せないぞ。あの人はスゲー人なの」

「だって、信じられないもん」

「何!あっそう!じゃあ連れてってやるよ。嘘じゃないから。そんなに遠く無いから、今から一緒にスタジオ行こうぜ。俺もそこまで言われると、腹立ってきた。ちゃんと見せてやるから、付いて来いよ。見ればお前も納得すると思うから」

僕はそう言って立ち上がりました。そして、彼女の腕を少し乱暴につかむと、困惑気味の表情を浮かべる彼女を立ち上がらせました。

すると、彼女は僕の手を乱暴に振り払うと、椅子の上に置いてあったバックを手に持ちました。

「いいわよ。連れて行きなさいよ。ちゃんと見てあげるから」

僕は頷くと、何も言わずに彼女を連れて店を出て、駅に歩いてゆきました。



田代さんのマンションは地下鉄の駅から少し歩いた場所にあって、近くに有数の繁華街があるにしては静かなところにありました。待ち合わせた場所の駅からすぐだったのですが、僕らは電車の中でも、駅から出て田代さんの家に向かう間も、一言も口をきかないでいました。あまりに自信満々な僕に、北村も呆れて言葉が出なかったのか、やはり、どこか得体の知れない場所に連れて行かれる不安感があったのでしょうか。

どちらにしろ、田代さんのスタジオに行けば、北村だって僕の言っている事を信じてくれるはずです。

ただ、今日は久々のオフの日だと決めていたので、メンバーは誰もいない可能性が高かったのですが、田代さんはいるだろうと思いながらマンションの前まで歩いていきました。そして、いつもどおりその中に入ろうとすると、入り口で北村が立ち止まったので、僕は立ち止まって振り返りました。

「ここなの?」

少し不安そうな口ぶりで、彼女はそう言うので、僕は安心したように彼女の手を引きました。

「ここだよ。入れよ」

すると、彼女は心配そうな目を僕に向けながら、かなり背の高いマンションの上のほうを見上げていましたが、素直にエントランスまでついてきました。

インターホンの前に来て、田代さんの部屋番号を打ち込むと、しばらくしてから九条君の声が返ってきました。

「あ、勇次?武士だけど、開けてくれる」

僕がそう言うなり、自動ドアが開きます。僕はすかさず少し離れて後ろにいた北村を手招きしながら、エレベーターまで歩いていきました。彼女は不安そうに周りを見回しながら、自動ドアが閉まらないうちに、僕の所まで駆け寄ってくると、そのままエレベーターに乗り込みました。

「すごいマンションね」

エレベーターの中で北村は小さな声で独り言のようにそう言いました。

僕は北村の顔を見下ろしながら、ちょっと口を緩ませました。

「そうだね。ちょっと緊張するよね、初めは俺もそうだった」

「ふーん。そうなんだぁ・・・」

彼女は僕から目をそらしました。

「田代さんだけかと思ったら、九条君って、ギターの子なんだけど、彼もいるみたいだ。まあ、二人から話を聞けば、お前も納得すると思うよ」

彼女は少し間を空けた後、黙って頷きました。

エレベーターが最上階に着きアナウンスと共にドアを開くと、すぐに部屋からギターの音がもれているのが聞こえてきました。スタジオは防音設備が整っているので、ほとんど音は聞こえないのですが、リビングで音を出していると良く漏れ出す事があるので、たぶん九条君がソファーの上でギターを弾いているのでしょう。

ただ、最上階のワンフロアーすべてが田代さんの持ち物なので、ドアを開けっ放しで音を出しても誰も文句を言ってくる人はいませんでしたし、良くあることでした。

「誰かが弾いてるね」

北村は僕の顔を見上げて、バックを力強く握り締めていました。

「九条君だよ」

僕はそう言うと、インターホンのボタンを何度も押しました。

たぶん、少し時間がかかるかなぁ、と思っていると、すぐにギターの音がやんで、九条君がドアを開けてくれました。

「おう」

と、僕が言うと、彼はいつも通りすぐにリビングに戻りかけたのですが、すぐに振り返って僕の後の方に目を奪われると、固まったように目を見開きました。

僕は北村を玄関の中にに誘い入れると、彼女を九条君に紹介しました。

「あっ、こいつは幼馴染の北村って言うんだけど、こちらは九条君ね。何か、俺がバンドやってるっていうのが信じられないみたいだからさ、見せてやれば信じると思って、連れてきちゃった」

彼は僕の言葉を聞きながらも、目はずっと北村に向けていました。

「あ、九条です」

そう言うと、彼は北村に頭を下げました。

「北村愛子です。すみません、練習中のところを」

北村が何かかしこまった感じでそう言って挨拶すると、九条君は慌てたように手を顔の前で振りました。

しかし、北村の声の変わりようは凄いものです。

「ぜんぜん。あっ、入ってください。あの、寒いし」

「田代さんいないの?」

僕は靴を脱ぎながら、田代さんの靴がないことに気が付きました。

「たーさんは出かけてますよ。午前中に僕が来たら、入れ替わりみたいに出かけていきましたよ」

「ふーん。田代さんは最近家にいない事多いもんな。何してるか知らないけどさ。池さんは仲間とツーリングだって言ってたけど、拓さんは今日来るかなぁ。来ないか、休みだもんな」

僕が九条君の横を通り過ぎ、リビングに続く廊下を歩いていくと、彼はブーツを脱ぐのに手間取っている北村を待っていました。

「勇次?」

僕がそう問いかけると、九条君は慌ててこっちに来ました。

「二人とも夜に来るかもとか行ってたけど、どうかなぁ。それより、何かお茶とか入れたほうがいいかな?その、コーヒーとかの方がいいかな?」

「そうだねぇ、まあ、別に入れなくていいよ。幼馴染だし」

「そう」

僕がリビングに続くドアを開けると、九条君はいそいそとキッチンに向かって行ってしました。

すると、後ろからやっとブーツが脱げた北村が入ってきて、リビングに入った瞬間、観声を上げました

「あっー、すごい眺め!」

彼女はそう言うと、僕が初めてこの部屋にやってきたように、吸い込まれるように窓のそばまで駆け寄りました。

「武士、すごいよ!下に走ってる車が小さく見えるよ!海も見える」

北村ははしゃいだ様な声を出して、窓を前を行ったりきたりしていました。

僕はもう見慣れた風景でしたので、彼女にかまわないでソファーに座りテレビのリモコンを操りました。田代さんの大画面の液晶テレビは、自分の家では見られない迫力を僕にもたらしてくれます。

何時だかの夜、四人で上村さんが持ってきたエロDVD鑑賞したのが思いでされましたが、今はニュースが流れていました。

「武士?」

北村が怒ったようにそう言ってきましたが、僕がテレビを見ていると分かると、彼女は音を立ててと僕の隣に座ってきました。

「あの、紅茶入れたんだけど、あの、ミルクとか使いますか?」

そう言って、九条君は紅茶を入れてやってきました。

「わぁ、素敵。ありがとうございますぅ」

北村がそう言うと、九条君は照れたように顔を真っ赤にして、黙ってまたキッチンに戻っていきました。そして、今度は深皿にクッキーやチョコレートを入れて戻ってきました。

「まあ、美味しそう。九条さんってよく気が付きますねぇ、武士と違って。いただきます」

「そりゃ、どう言う事だよ。こんなやつにお茶出す必要ないのに。でも、ありがと、勇次」

九条君はなぜか顔を赤らめながら、微笑みながら北村を見ていました。

北村も僕と話すのとは違ったトーンで九条君に話しているので、僕はまったく女の切り替えの速さは、と思いながらカップを持ち上げました。

「九条さん、こいつから聞いた時は信じられなかったんだけど、ほんとにバンド組んでるの?」

唐突に北村が口を開きました。

九条君は北村のほうをしっかりと見ながら頷きます。

「本当ですよ。武さん、マジですごくいい声してますし、他のメンバーだって皆すごい人達なんですよ。まだ活動らしい活動はしてないんですけど、近いうちにたーさん、あっ、田代さんっていうプロデュサーがデビューさせてくれますから」

「まだ未定だけどね」

「でも、たーさんそのために最近動き回ってるんですから」

「そうなの。遊びまわってるうじゃなかったの?」

「違いますよ。武さんが思う以上に仕事にはまじめな人なんですから。それに・・・。まあ、僕らが曲作らない事には始まりませんけどね」

九条君はそう言うと、ひとつため息をつきました。

「九条さんってギター担当なんでしょ?」

「あ、あの、勇次でいいですよ」

九条君は顔を真っ赤にしてそういうと、紅茶のカップをテーブルの上において、立ち上がってスタジオの方に歩いていきました。

北村は嬉しそうに彼を目で追っていて、途中で僕と目が合うとはにかみました。

「彼、可愛いじゃん」

僕はなんと言っていいか分からなかったのでほったらかしていると、九条君がアコースティックギターを抱えて戻ってきました。そして、彼は一つ咳払いすると、おもむろにギターを引き始めました。

部屋にギターの音が響き渡り、誰もが聞いた事ある七十年代のギタリストの名曲が、僕らの目の前にいる九条君の指から紡ぎだされます。

そして、僕と北村の鼓膜を心地よく振動させました。

北村は聞き入っているようなのか、静かに目を瞑りました。それを見たのか、九条君はいつになくうれしそうに弦をはじかせています。

なんだか、この場にいちゃいけない雰囲気なのか?と僕が思う前に、九条君がその曲を弾き終わると、すかさず北村が手を叩きました。

「すごーい!勇次君プロみたいだよ。ほんと上手だね。聞き入っちゃったもん」

北村の言葉に、彼の顔が紅潮していくのがよく見て取れました。

「ホントこいつはすごいんだよ。ちっちゃい頃から田代さんに仕込まれていた事はあるよ」

「いや、まだまだですよ」

そう言って、彼は肩にかけていたギターを下ろしました。

「そうだ、北村もピアノ弾けるんだよ。高校の時、吹奏楽部でトランペットも吹いてたし。第一奏者だったよな、たしか」

僕の言葉に、北村がすっとんきょな声を出しました。

「そ、そうだけどさ。勇次君ほどうまくはないよ」

九条君は前のめり気味に、顔を上げました。

「北村さん、楽器出来るんですか?」

九条君の言葉に、北村がはっとしたような顔になりました。

「そうなんだよ。今も子供達ピアノ教えてるんだよ。なぁ?そうだ、ちょっと弾いてみろよ」

僕が面白がるようにそう言うと、北村怒ったように僕を睨んできました。

信じられない!馬鹿!と顔に張り付いています。

「それ、いいですね!僕も聞いてみたいです」

九条君が、やや興奮気味に僕の気まぐれに乗ってきました。案の定、北村は困ったような顔をしながら、あんた余計なこと言わないの!とでも言いたげに僕の顔をまた睨んできす。

僕は彼女が嫌がっているのは察しながらも、面白くなってきたので彼女を煽りました。

「いいじゃん。勇次もこう言ってる事だし、向こうにグランドピアノがあるんだ。よし、お前が弾いてくれたらそれに合わせて、俺も歌ってやるよ。おお、何か面白そうじゃん!」

「いいよ。恥ずかしいもん」

「いいじゃん。減るもんじゃなし。俺もお前のピアノ聞いた事ないもん。」

「ぼ、僕も北村さんのピアノ、ぜひ!聞きたいです」

そこまで言われて根負けしたのか、九条君がなにやら熱をこもったような目で北村を見たせいか、北村はしぶしぶ頷きました。

なので、九条君は万弁の笑みを浮かべながら立ち上がると、北村を隣のスタジオの方に手招きしました。

それに促された北村が、僕を見ながら立ち上がったので、僕がすかさずウインクしてやりました。すると、あろう事か彼女は僕の脛を思いっきり蹴ってきました。突然の衝撃に僕がもだえているのを尻目に、北村は九条君の後に続いてスタジオに入っていきました。

「すごい!マンションの中に、こんな立派なスタジオがあるなんて。あっ、グランドピアノ!教室にあるのより、ぜんぜんすごいやつじゃん」

むこうで北村の甲高い声が聞こえてきます。

僕は足を擦りながら、スタジオの中に入って行きました。


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