バンドするようになったのか。へー
段々成長する足がかりをつかみ出しましたね。
ビックになるのだよ!うん、頑張れ!
二人が兄弟だなんて。しかし、似てるところもなくはないと言えましが、衝撃的でした。
「でも、なんで・・」
「僕は愛人の子なんだ」
僕は一瞬息を呑みました。
「初めて社長と出会ったのは、まだ僕が大学生の時だった。まあ、いい加減な暮らしをしていたんだけどさ、突然車椅子の男に離しかけられてさ。そのころ社長は事業を始めたばかりだったと思う。父親の顔を僕は知らなかったんだけどね、その父親が亡くなったみたいで、社長はいろいろ調べて僕の存在を知ったらしい。まあ、名のある人だったみたいだから、父親も。ただ、その時の僕ときたら色々反抗していたんだな。素直にそれを受け入れるわけには行かなくてね。何しろ、いきなりだったから。でも、社長は言ってくれたんだ。『血の繋がった弟の君と一緒に生きて生きたい』ってね。まあ、それ以来僕は社長の下で働くことにしたんだ。兄と慕うことはなかなか出来ないけど、社長として慕うことはすぐ出来る。何しろ、器の広い人だから」
「そうだったんですか・・・」
「ただ、最近の社長は前に比べて、なんて言うんだろう、生き生きしてると言うか、楽しそうに見えるんだ。体の事もあってか、お金を稼いだり、会社を大きくしたり、そういう事にばかりに力を注いでいた人だから。趣味と呼べる趣味もなかったし、前は今みたいな感じじゃあなかった。でも、どんな巡り合わせか分からないけど、君という人に会ったわけだよ。どうも、自分自身の特殊な嗜好も露になったみたいだから、社長も過ごしやすくなったみたいだし。悪く言えば、いいおもちゃを与えられた子供に戻ったって感じかな」
斉藤さんは笑いました。
「僕はおもちゃって事ですか?」
二人で笑いながらロビーに出ると、斉藤さんは車を表に回そうと、一人で駐車場に歩いていきました。
そして、そんな彼の後姿を見ながら、また、この人に親近感を感じる僕なのでした。
それから、僕は田代さんの元で指導を受ける事になりました。
田代さんは何人ものトップアーティストを育て上げて来た音楽プロデューサーでしたが、手がけた作品の名前を聞けばすぐに分かるというような感じで、自分自身で表立て活動するタイプの人ではないようでした。でも、顔が知れ渡っていると言う意味では、世間の知名度は低いといってよい田代さんでしたが、この人の下で鍛え上げられて活躍したアーティストは数え切れないほどいて、業界人なら誰もが血眼になってこの人の下に自分の売り出したい人間を送ろうとするらしいのですが、そのアーティストが田代さんのお眼鏡にかなわなければ仕事を引き受けてくれない事もあってか、限られた人しか田代さんとは仕事をする事が出来ないと言う事も後で聞いて、なんだか恐くなってしまったのは言うまでもありません。何しろ、そんな事、会ってから知ったわけですから。
それに、田代さんが「隆一」と言っていた人が、数年前に新星のごとく現れた「北川隆一」だと言う事も後で知りました。「北川隆一」はその年の新人賞を独占して、一躍トップアーティストの仲間入りをした人で、翌年には確かCDの売り上げ枚数で、その年のトップファイブに入ったこともある歌手でした。最近はどのメディアにも顔を出さなくなっていましたが、僕も何曲か持っていましたので、その「北川隆二」を引き合わせた斉藤さんの感性にも改めて信服してしまいました。
こうして徐々にでしたが、田代さんの上辺の情報を知っていった僕でしたが、田代さんの本当の厳しさはこの後、いやと言うほど知る事になりました。
とにかく妥協と言う言葉を知らない人なので、ギターからボイストレーニングから、常にレベルの高いものを求めてくるのです。
「馬鹿野郎!てめえのそんな糞みたいな音じゃな、人の心を動かしゃしねえんだよ!もっと気持ち込めて弾けよ!」
とか、
「はー。お前はカラオケボックスで歌ってたほうが世のためだな。歌ってのは一瞬の音を求めるんだよ。ライブは一回限り!それを、その音を逃したらもう戻ってこないんだよ。レコーディングするんだってな、何回も出来ると思ったら大間違いなんだ!ライブでいい音出せないやつが、いい音録音できるわけ無いだろうが!死んじまえ!」
とか、ひどい言葉を何度も浴びせてきましたが、僕も必死でその期待に答えました。
不思議なもので、田代さんの言われた事を自分で考えて改善していくと、前よりも確かに良くなっていっているのです。それは僕にも分かりました。まあ、その時は本当に殺したくなるぐらいの闘士をむき出しにしていましたが。だって、ぜんぜん褒めてくれないのですから。まあ、しばらくはそんな調子で、基礎的な、単調な事を繰り返しているだけでしたが、僕にとっては大きな一歩を踏み出す為の事ですし、願っても無い、本物の人に手をかけてもらえていたので、少しも苦にはなりませんでした。何より、田代さんは音楽に関する限り本物の力を持っているのですから、そのパワーの前には従う他は無いのです。
そうして二ヶ月もした頃でしょうか、いつもどおり田代さんの家に行くと、スタジオの中三人の若者と一緒に、斉藤さんと田代さんがいました。
「武士!斉藤と話したんだけどな、お前はバンドとして売り出すことにした。俺と斉藤でメンバー見つけてきたから、こいつらと一緒に曲作れ!」
そう言って、僕に連れてきた三人を紹介しました。
一人はドラム担当の上村拓也、彼は去年解散したロックバンド「コロラド」のドラムで、僕も雑誌やテレビで何度か見た事がありました。僕よりも少し年上で、三人の中でも最年長でした。ベースは斉藤さんが連れてきた人で、インディーズで活躍していたバンドから引っ張ってきた池内義和、そしてギターは田代さんが育ててきた人らしくて、まだ二十歳になったばかりの九条勇次。
正直、その場では気まずい雰囲気が流れました。
何しろ、いきなりでしたので、戸惑ってしまったのです。心の準備くらいさせてほしいのですが、田代さんはいつもいきなりの人でした。それに、上村さん以外はデビューした事もないですし、僕もそうでしたが他の二人も気後れしているのがすぐに分かりました。きっと、皆いきなりここに連れてこられたのでしょう。
しかし、そんな僕達三人の気持ちを察したのか、上村さんから僕達に言葉をかけてくれて、斉藤さんも交えて話していくうちに、何と無く他の三人も落ち着きを取り戻せる感じでいした。とは言え、お互いに胸に抱えた動揺は持ちつつ、訳が分からない状態なのは確かで、いったいこれからどうなるか皆不安の色は隠せませんでした。
そんな僕らの気持ちを察したのかどうか、田代さんは大きな声でどやしつけてきました。
「俺が選んだメンバーだ!間違いは無い。ためしに一曲やってみるぞ!」
そういって僕らに譜面を渡してきました。それは、最近みっちり田代さんに叩き込まれていた練習曲で、それが少しアレンジされていて、歌詞もついていました。
「田代さん、この歌詞・・・」
これは、僕が田代さんに渡したうちの一つでした。
「まあ、少し使えそうだったから練習用に作ってみたまでだ!別に何でも良かったんだけどな!それより早く用意しろよ!おい!お前らも準備しろよ!曲は事前に渡してあったから練習してあると思うけど、下手な演奏したら承知しねえぞ。一時間やるから音出してみろ!急げ!」
田代さんの喝に、僕たちは急いで準備して、音を出してみました。いきなりのスタートでしたが、僕はこの曲をかなり弾き込んでいましたから、特別動揺もしませんでした。なので、スタジオの隅のお気に入りの場所に陣取ると、ギター片手に壁に向かって座りました。そして、リズムを刻みながら曲に自分の歌詞を乗せてみました。メロディーを奏でて譜面を見ながら、声を出して音を合わせていきます。自分の作った歌詞に曲が乗るのは初めてなので、それだけで嬉しくなってしまいます。
僕がそうして声を出していると、次第に他の人の音も聞こえてきました。
上村さんはさすがにドラムを叩くとしっくりしていましたが、ベースの池内さんは少し上がっているようで、指が震えていると言うか音が少しぶれているようでした。
しかし、驚くべきは九条君で、かかなりハイレベルのギタリストでした。
ギターソロの部分は彼の担当になっていましたが、僕が聞いてもかなり難易度が高い演奏でしたが、彼は難なくやっていました。
思わず僕は振り向いていました。正直、圧倒されたのです。
そして、どうやら他の二人もそれは感じていたようです。
「おまえら!」
しばらくすると、田代さんの声が響きました。そして、彼が手を上げて皆を制した後、彼の合図で上村さんがドラムがエイトビートを刻みました。演奏を止めた三人は、中央に集まり、田代さんの顔をを見ました。
「いい感じになったら、勇次!お前が音を鳴らしてやり始めろ!いいか!」
田代さんに言葉に九条君は頷き、僕らの様子を伺いました。
僕は彼の目を見ると、任せるように頷き、すぐに目線を上村さんと池内さんに向けました。すると、二人も準備できたように僕に頷き返してきました。上村さんはリズムを刻みながら、噴出した汗もそのままに不思議な笑みを浮かべています。
四人は上村さんのエイトビートに乗りながら、一緒になってリズムを刻んで呼吸を合わせます。すると、九条君がおもむろに体を揺らしながら、エレキギターの弦に手を伸ばしました。同時に、スタジオに彼のギターの音が響きます。そして、それに上村さんのドラムが続き、ベースの池内さんの音が重なりました。僕も自分のギターをかき鳴らして、スタジオに四つの音が重なります。
そして、僕は歌いました。
皆のサウンドが僕を後押しして、信じられないくらい自分の中でテンションが高くなり、それは声に反映されます。僕の熱は、他の三人の熱と混ぜ合わされ、噴出す汗と共にスタジオ中を満たしました。初めてにしては、恐ろしいくらいに気持ちのいい波長が流れ出してきて、それがさらに僕を気持ちよくさせます。それにしても、歌いながらも、九条君のギターには参りました。どんなにやったらこんなになるんだろうと言うくらいに切れがあり、響かせます。それに、上村さんの安定感、池内さんも演奏が始まりだすと俄然乗ってきて、ファンキーなサウンドを出していました。
曲が終わると、斉藤さんが一人、手が千切れるくらいの拍手していました。
「初めてとは思えないな。波長が合ってるし、バランスもいいよ。思った以上と言うか、武士の声も前と段違いだよ」
すると田代さんが、機嫌がいいんだか、悪いのか良く分からない表情を浮かべながら、
「俺が組んだんだから当たり前だ!それより、メシ食いいくぞ!お前らついてこい!」
と言って、一人で部屋を出て行きました。なので、皆慌てて楽器を置くと、初めて音あわせした余韻の浸るまもなく、田代さんの後に続きました。
僕が一番最後にいた斉藤さんの顔を見ると、彼は肩をすくめて首を振ったので、観念して皆の後に続きました。
「お前ら、食え!」
田代さんは皆を近くの焼肉店に連れて行くなり、かなりの量の肉を次から次へと注文すると、勝手にビールを頼んで僕らを圧倒しました。そして、乾杯もそこそこにテーブルを埋め尽くさんばかりの肉を来た片っ端から焼き始め勝手に肉を焼き始め、ビールを飲み始めました。
「お前ら、腹減ってんだろ!明日から地獄見せてやるんだ。今、肉食っとかないと、死んじまうぞ。ほら、勇次、お前も若いんだからいっぱい食べろや!遠慮すんなよ」
僕と池内さんは久々の肉とあって、焼き上がりと共に早速箸を伸ばしました。九条君は未成年ではありましたが、勝手に注文されたビールを片手に、おとなしそうに座っていて、上村さんは斉藤さん張りの酒豪なのか、田代アンと帰すかのように、ビールのジョッキをを次々と空にしていました。
一度音合わせしたからか、それとも皆の性格か、さっきまでの不安も警戒心もどこへやらで、僕らはそれから色々な事を話し出しました。
上村さんは昔から斉藤さんと知り合いらしくて、その縁で田代さんとも繋がっていた様で、去年バンドが解散した後は田代さんにずいぶんお世話になったようでした。「コロラド」の大ファンであった池内さんが上村さんの事を尊敬していると言いだし(彼は皆より少し早めに酔っ払っていました)、「コロラド」がとにかくすごいと力説するのを僕は軽く交わしつつ、上村さんと肩を組乱して顔を真っ赤にさせる彼はベースの音同様とてもファンキーでした。こんな池内さんは斉藤さんがかなり前から目をつけていた人らしく、彼はすごく斉藤さんに感謝していました。今田さんと独自で音楽で事を進めようとしたときに見つけた人だと、小声で斉藤さんが僕に教えてくれました。
九条君は田代さんの秘蔵っ子で、彼の友達の息子だと言っていましたが、親子と思えるほどに、田代さんは九条君のことを可愛がっていました。何しろ、小さい時からギターを買い与えて育ててきたと言うのですから、そのつながりは深いものがありそうです。九条君はあまり喋らなくて、どこか人見知りしている感がありましたが、僕は彼のギターテクに惚れてしまったので、文句無く好きになりました。そのことを彼に言うと、照れくさそうに笑いましたが、どこな自信ありげなようでした。
僕とメンバーの様子を見ていた斉藤さんも、満足そうにしながらビールを飲んでいたのですが、僕と斉藤さんとが知り合ったいきさつを皆から聞かれると、彼は隣にいた僕の顔を見ながら、どこかはぐらかすような感じで偶然知り合ったような事を言いました。僕はまったく違う事を喋りだした斉藤さんを伺っていましたが、僕らの計画の事は彼らに話さない方が懸命だと思っているのを察したので、僕も斉藤さんの話に合わせるようにしました。どう考えてもそちらのほうが懸命です。
なので、僕らの話に三人は納得したように頷きましたが、横目で田代さんを見ると、じっと僕の方を見ていたので、僕は静かに目線をそらしました。
もしかしたらすでに斉藤さんが田代さんに話していたのかもしれませんが、田代さんの鋭い眼光に見据えられると嘘をつく自分がいやになりそうですし、隠し事は田代さんがいつも嫌っていることだと知っていたから、話しかけられたら困ってしまいます。
でも、そんな僕らの話しをしばらく何も言わずに聞いていた田代さんでしたが、斉藤さんが長々と僕との作り話をしていると、話している途中にもかかわらず、珍しく口を挟んできました。
「まー、どんないきさつだろうがいいよ。肉が焼きすぎになっちまうぞ。早く食っちまえ。いいか、お前らはどんな偶然にしろ、俺が目をつけちまったんだ。俺がめんどうみってバンド組んだって事はだな、組んだ瞬間からバンドになってるって事なんだ。分かるか勇次?お前らもだ!今まさに同じ釜の飯を食ってんのだってそういう意味なんだ。分かるか?だから余計な事考えずに、みっちりしごいてやるから俺の言うこと聞いてりゃいいんだ」
皆何も言わないで、田代さんの言葉を聴いていました。
そういいながら田代さんはまた焼肉をつつきだしたので、皆もさっきまでのムードもそこそこに黙々と肉を焼きだしました。
まあ、なんにしろ僕は田代さんの言葉にすくわれた感があったのですが、斉藤さんの苦笑いやメンバーの横顔を見ながら、何かが始まる予感を感じていたのでした。
僕らのバンドはそれから毎日のように田代さんの家に行き、音を合わせていきました。いきなり集められたメンバーでしたが、音を合わせる度に不思議なほど呼吸があっていきました。自分達のオリジナル曲はまだ出来ていなくて、田代さんが作っていた何曲かを練習するだけだったのですが、やりこんでいくうちに自分達の波長がどんどん合わさっていくのを皆が感じていました。何しろ、一日中音を合わせているんですから、当然ご飯なんかも一緒だし、家に帰らなくて田代さんの家に泊まっていく事もしばしばでした。まさに音楽漬けという感じでしたが、誰も不満なんて言わなくて、むしろ楽しんでいました。池内さんと僕なんかはバイトもあったりして、昼間は少し抜けなければならなかったのですが、残りの二人はそのまま残って色んな事を話したりしていたせいか、年の差を感じさせないくらい仲良くなっていて、上村さんが面倒見のいい兄貴、九条君がシャイで無口だけど、兄をよく慕っている弟みたいな感じになっていました。
田代さんは他の仕事をしていないのか、断っていたのかは分からなかったのですが、毎日僕らに付きっ切りになって、あれやこれやいつも通り口うるさく言ってきていましたが、そのせいもあってかぼくらのモチベーションは保たれていたと言えました。
そうじゃなきゃ、とてもやりきれないところはありました。何しろ、ここでバンドを作ったのはいいですが、まだライブも行っていないので誰も僕達の事を知りませんし、デモテープを作るにも自分達の曲もまだなくて、当然レコード会社の所属にもなっていないのです。楽器から離れると、少しでしたが目の前の道が見えない不安感がメンバーの中でも出てきているようでしたし、僕も同じ心境でした。
まあ、僕は目指すべき大きな目標がしっかりと見えていましたし、昔の事を思えば今の方がどれだけ前に進めているかと思えば、少しは希望を見出せていたので、それだけで幾分楽な気持ちでいられたと思いますが、それでもまったく不安が無いとは言い切れませんでした。ただ、上村さんはこのバンドに何らかの予感を感じているらしく、いつも何かと不安を口にする池内さんや、バンド以外にもいろいろなことを思案している九条君の相談なんかを聞いているようでした。さすがは、元「コロラド」のドラマーだとは思いましたが、彼も不安感は一緒らしく、いつだか田代さんにいつ動き出すのか聞いていました。
上村さんのその問いかけはメンバーの気持ちと同じだったので、皆田代さんの答えに耳を立てました。田代さんもみんなの気持ちは分かっているらしく、珍しく口元をゆがめて笑い声でこう答えてくれました。
「まあ、あせんな。俺に任せろって。然るべき時に、然るべき所で俺がデビューさせてやるからよ!そんな心配するより、お前ら曲作れよ!まずはそっからだ。わかったか!」
田代さんはそう言って、僕らを残してどこかに出かけてしまうのでした。残された僕らは、お互い顔を見合わせながら溜息をつくのでしたが、こればっかりは田代さんに任せるしか出来ない事なので、黙ってしまうしかありませんでした。
それに、確かに曲作りには難航していたのです。