突然の告白
お気づきの方は・・・いらっしゃいませんよね。すみません
実はもう第二部に突入していました。あぁ、気が付いた方はいるだろうけど、過去の話から、現在進行形になっているんです。さぁ、皆さんも一緒に彼と同じ時を過ごし、成長を見守りましょう!
一体ラブハンドはどうなるのだろうか!
しかし、僕はただ、今田さんの細いつぶらな瞳を見つめながら、無言で頷きました。
その夜、英子ちゃんと幹事長、間宮さんは先に帰りましたが、残りのメンバーは二次会に繰り出しました。お酒を飲みながら、仕事の話をするのがこの国のやり方でありますし、さすがにあれだけの大物達が同席して、しかも豪勢なフランス料理店の中とあっては、気も緩められず、緊張しっぱなしになってしまっていましたので、メンバーの男性陣は砕けた気持ちで話す事も出来着なかったのでしょう。なので、今田さんの知り合いの落ち着いた感じのお洒落居酒屋に来ると、皆自分らしさを取り戻したのでしょうか、楽な感じで自分達の話をするようになりました。
そして僕も、それまでちゃんと喋っていない他のメンバー達とも話す事が出来ました。
メンバーに本当に様々なな業種の人達がいて、年齢もばらばらでしたが、さっき起こった事や、これから起こす事の話をする時は、僕にそんなの事を感じさせないくらい、誰もが正直な気持ちで話してくれました。
一人は出版関係に勤めていて、そちらの方面で働きかけをしてくれる事になりました。そして、さっき声をかけてくれればよかったと思ったのですが、商社に勤めている人もいて、その人はエンターテイメント分門を担当しているらしく、僕の活動をそちらの方面からサポートしてくれる事になりました。大手ゲーム製作会社の社員もいて、この人はかなりのネットワークを持っているという話でしたが、どちらかというと消極的な感じでしたので、出来る限り関与していきたいと言う事でした。
そして、もう一人はデザイン事務所を開いている人でした。この人は今田さんとかなり親交があるようで、彼ととても仲良くしていました。僕の事も昔からの仲間というような感じで迎えてくれて、なんか兄貴分というか、豪快な人でした。今田さんは、これでも繊細なデザインをするやつなんだよといっていましたが、僕には信じられませんでした。
彼に、その事を言うと、
「それはよく言われるんだけど」
と言って、話を続けました。
「そうだ、今日ご飯食べたホテルあるでしょう?あそこの通りをずっといくと、デパート改装してたでしょう?」
僕は頷きます。
デパートは僕がホテルを辞める時位から改装し始めていて、もう仕上がりに近くなっていました。じっくりとよく見た事は無いですが、通りに面したショーウインドーがお洒落で繊細で、見る人の足を止めているようでした。
「あと、地下鉄の駅の中も最近様変わりしただろう?」
地下鉄の駅の中にさまざまなショップが入るようになり、内装もそれぞれの駅の雰囲気に合わせて、至る所で様変わりしていました。
「それがどうかしましたか?」
彼はおもむろにグラスに口をつけて、一口飲むと、僕の目を見て言いました。
「それ全部、俺の事務所で受け持った、俺のデザインなの。だから、まあ、あれが俺のデザインって事かな。分かった?」
目を丸くして驚く僕の様子を見て、その人は大笑いしながらまた酒を飲みました。
そんな彼を見ながら、何と色々な人がこの「ラブ・ハンド」に関わり始めたんだと、二重の驚きを感じ、同時に、動き出した歯車のきしむ音を耳の奥で感じながら、僕はグラスを煽ったのです。
☆☆☆
それから、僕の生活は少しずつ変わっていきました。
まず、斉藤さんと一緒に話し合って、これからの活動を決めてゆきました。
その話し合いの中で分かった事あのですが、斉藤さんは学生時代バンドを組んでいて、地元では結構人が集まるほど人気があったのですか、色々な事情があって活動を止めたようでした。そして、服装も髪型も改めて今田さんの会社で働く事になったそうです。しかし、そのころ知り合った仲間とは今も親交があるようなので、まずはその方面から動き出す事になりました。この斉藤さん、いつも今田さんと一緒の時しか会っていなかったので、彼と二人きりになる事はそれまで無かったのですが、話してみるとまた違った印象を感じました。昔バンドを組んでいただけあって音楽には詳しいですし、見た目とは裏腹に結構砕けた人でした。スーツを纏い、きっちりと乱れていない髪形からは想像つかないのですが、昔はやんちゃな事をしていた話を聞いたり、その片鱗を見たりする度に、僕は斉藤さんの人となりが好きになりました。それに、かなりの人脈と言うか、いろいろな人を僕に会わせてくれました。普段おとなしいそうに見える彼でしたが、僕に紹介してくる人には、まったく彼と違う趣味のお友達や、見た目にいかつい人など、僕が普通に暮らしていたら和えないような人達ばかりでした。僕はすごく恐縮するばかりでしたが、そんな人達としゃべる彼は普段とは違う、はしゃいだり大きな声を上げたり、まったく別人の様に見えました。でも、そんな見ているだけで楽しい斉藤さんに会う度に、僕は彼の面白さに引き込まれてしまったのです。この人なら一緒にいい仕事、「ラブ・ハンド」を広める事ができそうだと思ったのに時間は掛かりませんでした。
ただ、問題はありました。主に僕の方に・・・。
「ラブ・会」は今田さんに任せていられるようになったので、すぐに僕は音楽に全部の力を込める事が出来る環境ではありました。もちろんバイトは言っていましたが、それ以外はギターを片手に曲を作り、常に歌詞の事を考えながら過してはいました。
なのですが、やっぱりすぐにいい曲なんて思いつかなくて、ギターを抱えながら悩む日が続きました。詞の方は何の効果か知りませんが、何か幾らでも思いついてノートに書き出せていけるのですが、曲はそうは行かなくていいフレーズなんて出来ないし、人気の歌手の歌に似たような曲をいつの間にか作っていたり、作業は難航していたのです。
そんな事を斉藤さんに相談すると、何故か彼は黙って僕を外に連れ出し、彼の車に乗せたかと思うと、おもむろに走り出しました。僕は何かを尋ねる事も出来ないまま斉藤さんの隣で彼の様子を伺っていましたが、彼は特別何かを話す事もしないで、ただ、車を走らせます。否応無しに不安が胸の辺りを占領してきましたが、それを払拭できないまま斉藤さんはある建物の駐車場に入っていきました。
そこは、都心のど真ん中にあるマンションで、かなり大きな地下駐車場の入り口があり、僕らは高級車が何台も止まっているその駐車場に車で乗り付けました。
斉藤さんは車から降りると、後を追うようにして慌てて車から飛び出した僕をエレベーターのところまで連れて行きました。そして、オートロックの扉の前の呼び出し口を操作して、
「斉藤です」
と一言言いました。
すると、何の応答も無いまま扉が開いたので、僕らはそのまま中に入っていきました。
マンション内は綺麗な内装が施されており、まるで高級ホテルのエントランスの様です。
インテリアの飾られたエレベーターホールでエレベーターが来る間、僕は斉藤さんの顔をうかがっていましたが、彼はいつもと同じように僕に微笑みかけるだけで、このマンションで何をするのかも、誰に会うのかも何も言いませんでした。
ただ、乗り込んだエレベーターの中で、
「君の気持ちは分かってるよ」
と一言だけ口にすると、僕の肩に手を置きました。そして、最上階のボタンを押しました。しばらく昇っていたエレベーターが最上階に着くと、エレベーターの扉がチャイムと共に開きました。扉の前には、一つだけドアがあって、どうやらその階にはそこしかドアが無いようでした。斉藤さんはおもむろにそのドアのチャイムを鳴らしました。
すると、しばらくしてそのドアが開いて、一人の男性が顔を出しました。
「おお、来たか。まあ。入ってくれ」
その男の人はそう言って、ドアを開け放つと、僕らを招き入れました。
斉藤さんは僕を安心させるかのように微笑むと、中に入っていきました。
殺風景な玄関で恐る恐る靴を脱ぎ、ピカピカ光る滑りやすそうな廊下を通ってリビング二通いるドアを開けると。そこにはいきなり大パノラマが広がりました。
かなり広いリビングには、ソファーと液晶テレビが置いてあって、その向こうのかなり大きく取られた窓からは都心の町並みが見えなくなるくらい広がっていたのです。遠くにある山々の連なりも、もちろん富士山も、流れる川もいくつも見え、関東平野が一望できました。
僕が窓の近くに寄って、その光景に目を奪われていると、さっきの男性が声をかけてきました。
「まあ座って、茶でも飲めや」
振り向くと、斉藤さんはソファーに座って、その人に出されたコーヒーを持っていたので、僕も慌てて隣に腰掛けました。その男性は低いテーブルを挟んで僕らの正面に座ると、コーヒーを飲みながら僕の顔を見てきました。
「こいつか。君が言っていたやつは」
その人は落ち着いた低い声でそう言いました。
僕はにわかに緊張しながら、出されたコーヒーを一口だけ飲み、正面にいる男の人の顔はとても見れないので、斉藤さんの横顔を見ました。
「そうです、田代さん」
「ふうん、そうか。まあ、お前が人を連れてくるなんて隆一以来だからな。まあ、見てくれも悪くなさそうだが、いいもの持ってるのか・・・、どうなんだ?」
「聞いてみてくださいよ」
「まあ、それもそうか。君、名前はなんていうの?」
田代と呼ばれるこの男性が、僕に聞いてきました。
「小田切です。小田切武士です」
「ふん。俺は田代ってもんだ。武士か。ふん。で、曲は作れるのか?」
そう言って、彼は僕をじろじろ見てきました。
「曲って言う曲は作れないです」
「ふん。詩は?」
「いくつか書きました」
「そうか。楽器は何か弾けるのか?」
「ギターが出来ます」
「そうか」
そう言うと、彼はソファーの背もたれに深く座りなおしました。
そして、隣に備え付けられていた木箱からタバコを取り出して、火をつけると大きく煙を吐き出しました。
「よし。そこにギターがあるから歌ってみろ」
彼がそう言って指差した所には、エレキギターとアコースティックギターが幾つか置いてありました。
僕は何が起こったのか理解できなくて、斉藤さんに助けを求めようと彼を見ると、彼は黙って頷くだけでしたので、僕はびっくっとしながら立ち上がってギターを取りにいきました。ギター置き場に行くまでに、ちらりと隣の部屋のドアが開いていて中の様子が見えたのですが、隣の部屋はスタジオみたいになっていて、いくつかの楽器や機材、部屋の隅にはグランドピアノもありました。
僕は横目でそれらを見ながら、何本ものギターが置いてある所まで行きました。
ぴかぴかした、雑誌で何度も見たことのある(雑誌でしかお目にかかれないような)ギター達が勢ぞろいしていて、僕はどれを手に取っていいか迷ってしまいました。でも、一番右側にあったアコースティックギターが一番光っていたように見えたので、迷わずそれを手にしました。そして、そのギターのベルトに首を通し、弦をはじいてみると柔らかな音を奏でてみました。最初の感触は悪くなくて、どうやら、こいつは僕の手にもしっくりと馴染んできます。
僕はこれに決めて、また二人の方に戻りました。
「そこに椅子があるから使ってくれ」
田代さんはそう言って、近くの椅子を持ってこようとしましたが、先に斉藤さんがその椅子を僕に渡してくれました。
すると、斉藤さんは椅子を渡しながら、
「この前、僕に聞かせてくれた奴、あれを弾きなさい」
と小声で言って、僕に小さくウインクしてきました。
僕は席に戻る斉藤さんを目で追いながら、その椅子に腰掛けて、ドキドキ唸りを上げる心臓を必死で押さえながら、そのギターの音を調節しました。
そんな事をしながら間を取りながらも、「この前」の事を思い出していました。
それは、斉藤さんの家に遊びに行った時の事で、独身でおつまみもご飯も作ってくれる人がいない彼の為に、僕が腕を振るって料理を作り、二人で飲んだ日の事でした。その日は二人とも結構酔っ払っていて、気分が良くなった斉藤さんがバンド活動していた時の昔話をしているうちに、何のスイッチが入ったのか知りませんが突然キーボードを持ち出して弾き始めたので、僕も近くにあったギターを借りて斉藤さんに合わせて演奏したのです。
そのうちに二人とも気分が盛り上がってしまって、僕は適当に歌詞を作って歌いだしていました。すると、斉藤さんも面白がって、二人が知っている曲をやろうと言い出したので、僕らは昔のバンドの曲を弾き、僕が歌い、斉藤さんがコーラスをしました。
かなり酔っ払っている事もあって、もう、なんかすごく気分が盛り上がっていました。
そんなもんだから、曲が終わると勢い余って、僕は一人でギターを鳴らしながら、高校生の時練習していたバラードを歌いだしたのです。
それを聞くと、斉藤さんは頷きながら、
「武士の声はいいな。うん。いい。はははは」
と言って、そのままうとうとしてしまったのでした。
斉藤さんは、そのときの曲を、今やれと言っているのです。
音を調節できたので、僕は田代さんと斉藤さんを見ながら、一つ息を吐きました。
何がなんだかよく分かりませんが、僕の歌声が聞きたいって言うならやるしかないでしょう。
なんか、このギターの音色も僕をその気にさせてきましたし、緊張のせいか、余計に気分も高まってきました。
「じゃあ、歌います」
僕はそういって、弦を弾かせました。
部屋にアコースティックギターのやわらかくて静かな音色が響きます。
僕は歌いだしました。
この曲は、高校生のときはやった歌手のバラード曲で、あの由香先輩にカラオケでも歌った曲でした。歌いだすと、そのときの自分が思い出されてきます。
もうあれから何年も時がたっているのですが、断片的ですが、あのころの光景が思い出されてきます。そう、由香先輩の事も。恋人を大切に思う切ないサビの部分に、あの時の気持ちが重なってきます。自然に間奏部分では、ギターを強く握り、弦もはじかれます。
もう、後はただ歌い弾くだけでした。
ここがどこだろうと、目の前にいる人が誰だろうと、関係なくて、僕はただ歌っていました。そして、歌い終わると、なんだか気分が良くなってきてもう一曲歌いたくなってしまい、何も言わずに二人が見ていたのをいい事に、続けて次の曲を弾いてしまいました。
このギターの音色のせいかもしれませんが、今日の自分の声はなんか調子が良くて、部屋で悩みながらギターを弾いていた事も忘れさせてくれました。
ちょっとアップテンポな二曲目を終えると、僕は噴出してきた額の汗を拭いながら、一つ息を吐くと、ギターを見つめました。
なんていいギターだ。すると、田代さんがおもむろに声をかけてきました。
「ふうん。なるほどな、斉藤は、斉藤だったか」
田代さんの声に僕は頭を上げました。
「よし。おまえは俺がプロデュースしてやる。すべて任せろ。曲は俺が仕立てるから、歌詞はお前が作ってこい。いいやつは採用する。後、体をもっと絞って来るんだ。それじゃあ、ツアーの耐えられそうもないからな。しばらくは、ボイストレーニングして、基礎を叩き込んでやる。覚悟しろよ。まあ、俺に目をつけられたのが運の尽きだと思って諦めるんだな。よし、まあとにかく決まった。ちょっと待ってろ、着替えるから。飲みにいくぞ!後、そのギターはお前と相性がいいみたいだからくれてやるよ」
そう言うと、田代さんは奥の部屋に行ってしまいました。僕は唖然としながら、斉藤さんの顔を見ました。
「え?一体どういう事ですか?」
まったく理解できないでいる僕が彼に尋ねると、
「そういう事だよ。まあ、スタートはここからって事かな。武士はあの人に言われた通りに頑張るんだ。そうすれば、うまくいくから。僕達がしたい事もね」
斉藤さんはそう言って、僕の背中を叩きました。
「先に行って、下で待っていてくれ!」
田代さんの大声が聞こえたので、僕らはそれに従いました。
エレベーターに乗り込みながら、僕は斉藤さんに話しかけました。
「なんか、ほんと、ありがとうございます。よく分からないけど田代さんが面倒見てくれる事になりましたし、斉藤さんのおかげです」
すると、斉藤さんは照れくさそうに笑いました。
「いや、僕は自分の出来る事をしたまでさ。それに、田代さんをその気にさせたのは君自身だ。そこばっかは、僕にどうする事も出来なかった。まあ、確信はあったけどね。本当に不思議だが、何かが君を導いているのだろうね。話していた時はこんなにいい歌声を持っているなんて思わなかったし、それより何より、こうして僕らが繋がっている事さえ不思議だよ」
「本当にそうですよね」
「まあ、それでも事は動き出したんだ。それに、社長の様子も、君と繋がってから変わっていったし」
「今田さんが?」
すると、斉藤さんはいつになく真面目な横顔で、口を歪ませました。
「そうなんだ。君には話していなかったけど、社長は、今田は僕の腹違いの兄なんだ」
突然の告白に、僕は言葉も出ませんでした。