みんな集まれ!
さぁ、メンバーが揃ったようです。いや、まだ揃ってないみたい?
楽しみですね。しかし、あの人が女の子だったとは・・・。
分かりましたか?
しかし、僕と今田さんは自信を持って説得していき、皆の足並みを揃えていきました。
それから程なくして、今田さんから会合の日取りと場所が伝えられてきました。向こうのスケジュールが調整できたようで、一週間後の夜に集まることになりました。
しかし、その初会合の場所は、なんとも信じられない所でした。あろう事か、僕が以前働いていたあのホテルのレストラン。「ラ・フィギュール・ドゥ・ランジュ」の個室でした。
あまりの偶然に、僕は送られてきたメールを何度も見返してしまいましたが、何度見てもその通り書いてありました。自分の前の職業はメンバーの誰にも言ってありませんでしたし、偶然としか言えないのでただ驚くだけでしたが、それに加えて、そのレストランの格を知っている僕は、まだ明かされていない二人のメンバーがやはりそれなりの人物であるということ思い知らされました。何故なら、あのレストランの個室を予約できる人達は、およそ僕らの住む世界とはかけ離れているのですから。あの個室は、他国の皇族や首脳陣、この国の財界人や政治家もよく利用しているのです。
僕は、その旨を今田さんに伝えましたが、彼は楽しみにしていてくれと返すだけで、少しも僕の気持ちを和らげてはくれませんでした。しかし、ここまできたら何が起こっても仕方ないと覚悟して、僕はそれぞれのメンバーに会合の日取りを伝えました。皆それぞれに驚いているようでしたが、大部分は当初の予定どうり、皆出席してくれる事になりました。
ただ、「プチ・ラブ」さんだけは、この期に及んで最後までなかなかいく事を決心してくれませんでした。
何を着てけばいいのだとか、そんな場所は行った事が無いから不安だとか、普通の居酒屋でいいじゃあないかとか、いろいろな難癖をつけてきました。
まったく、この人だけは他のメンバーに比べてノリが悪いというか、扱いづらいというか、協調性が無い所を感じて面倒に思っていたのですが、彼のセンスは直感的に僕に必要だと思っていたので、僕は根気強く説得しました。
その甲斐あってか、どうしてもという僕の頼みを聞いてくれて、しぶしぶながら承諾してくれました。
こうして、第一回「ラブ・ハンド・パーティ」会合、「ラブ・会」の足並みがそろったのでした。
「ラブ・会」の当日は雨が降っており、駅に降りると色とりどりの傘が溢れていて、それらが大通りをせわしなく行き来をしていました。
僕も、この日の為に、普段着慣れない一張羅のスーツなんかを着込んで、足元の水溜りを気にしながら傘を指していました。そして、気温が少し高めで、モォワンとする程よい湿度を首筋に感じながら、待ち合わせ場所に向かいました。
待ち合わせ場所はホテルのロビーで六時からでした。
僕は十分前に今田さんと待ち合わせていましたが、幾分興奮気味に十五分前に到着しました。でも、早くついたからか、昔の職場だったからか、なにやら落ち着けなくて、ホテルの入り口までくると引き返したくなる感情に襲われて、なかなか入れずにいました。
何ヶ月ぶりのホテルの外観を見ながら、あのころはこの場所に毎日通っていたんだなぁ、と昔の記憶が呼び起こされます。
まさかまたこの場所に来るとは思ってもいませんでしたし、お客としてくるなんて夢にも思っていませんでした。
しかも、あのころ思っていた事が、この場所から始まるなんて。
いやがおおにも、気持ちが高ぶってきます。
玄関付近を見て見ると、ドアマンは依然働いていたときの人もいれば、僕の知らない人もいました。彼は別段僕に築いていない様子で、ホテルに来るお客さんを迎えていました。
傘に落ちる雨音を聞きながら、あのベテランドアマンが僕を見たらどんな顔をするだろうかと思っていると、すぐ後ろから声がしました。
「やあ、早いねぇ」
振り向いてみると、今田さんと斉藤さんがいました。今田さんは自分で車椅子をこぎながら僕のよこに来ました。斉藤さんは少し大きめのチェック柄の傘を今田さんに向けながらついてきて、僕に軽く挨拶しました。
僕は少し安心して、今田さんの車椅子を押しながらホテルの入り口に向かいました。
「お二人こそ、約束の時間よりも早いですよ」
「いや、何。斉藤が早くしろ、早くしろってうるさいものだから」
すると斉藤さんは苦笑いしながら、
「何を言ってるんですか、一時間前にはもう落ち着きがなくなって、私が準備できる前から急かしていたのはどこのどなたさんでしたっけ?」
と言ってきたので、三人は大きな声で笑いました。
そんな感じで僕らは入り口の屋根が在る所まで行くと、傘をたたんだ斉藤さんが、僕の代わりに車椅子を押すのを代わってくれました。
ドアの近くまで来ると、丁寧な感じで若いドアマンが大きなドアを開けてくれて、僕らはその横を通り、風防に進みました。風防には僕も知っているベテランのドアマンがいて、にこやかな顔で僕らを迎えてくれました。
今田さんは軽く会釈しながら彼が開けてくれたドアを抜け、僕もそれに続きました。
通りながら、僕は彼の顔を見ていましたが、彼は僕に気付いてはいないようで、何もなかったように僕の後ろでドアを閉めました。
僕は少し拍子抜けしましたが、一緒に働いていたとはいえ何人もいる従業員の中で僕の顔を覚えていないのも無理はありません。
僕達はそのままホテルのエントランスのソファーに向かいました。
今田さんの話では、例の二人は少し遅れて来るという事でしたが、「ラブ・ハンドパーティー」の面々は約束の時間になると徐々にやってきました。そして、今田さんはメンバーが到着するたびに、僕にその人達を紹介してくれました。どの人もしっかりと正装してきていて、見た感じ僕よりは結構年上の人ばかりのようでした。まあ、それは無理もありませんが、僕は気にせず、むしろ、皆が僕の若さに驚いているようでした。
メンバーとは今日初めて会ったのですが、見た目も雰囲気も様々でとても「ラブ・ハンド」が好きな人たちには見えませんでしたが、話してみてそれはすぐに解消されました。
どの人も相当の「スキ物」で、おおむね性格の良さそうな人達ばかりでした。
僕らは自然に今田さんを囲みながら、「ラブ・ハンド」を含め、自分達に関する色々な事を喋っていました。何人かはすでに今田産に会っていたらしく、僕の事もかなり親しげに受け入れてくれました。まあ、この人達は「女論塾」の頃から今田さんとは親交がある人達なので、皆顔は始めてみても、話しているうちに意気投合していくもので、斉藤さんも含めて、皆であれやこれやと差し障りのない話をしていました。
しかし、そんな中で一人だけ、僕の待っている人が現れませんでした。
ロビーに備え付けてある、モダンなデザインに彩られた大きな時計が六時を指し示していても、まだその人は現れません。他のメンバーは例の二人以外は揃っているというのに、集まっている人を見回して数えてみても、一人足りないのです。
あの「プチ・ラブ」さんがまだ来ていないのです。
僕はそれらしき人がいないかと、入り口の方を気にかけて目を凝らしているのですが、そんな人はまったく現れません。彼には今田産の事も伝えてありますし、エントランスホールでこれだけの人が集まっていれば、すぐにそれだと分かりそうなものですから、誰でも気付くとは思うのですが、五分立っても、十分立っても彼は現れませんでした。
僕は何も言わずに今田さんの顔を伺いました。
すると、今田さんは黙って首を振りました。
僕が誘って、僕がこのメンバーに加えようと思った人が来ないので、僕の心は沈んでしまいました。同時に、せっかくのムードが、僕のために盛り下がると思いました。
それより何より、僕の体面が保たれな苦なってしまいます。
でも、僕は力なく、時計を見る事しか出来ません。
僕は大きく息を吐き出すと、憤りにも似た気持ちを顔に貼り付けながら、斉藤さんや今田さんのほうを向き、諦めた様に腰を上げました。すると、メンバー達はそれに促されるように立ち上がり、斉藤さんは今田さんの車椅子を押して、最上階のレストランに通じるエレベーターのほうに向おうとしました。
その時です。
「あの、『ラブ・ハンドパーティー』の皆さんですよね?」
後ろから、僕らを呼び止める声がしました。
振り向くと、綺麗に着飾った二十歳前後の女性がいました。エメラルドグリーンのドレスを纏い、白いブランド物のポーチをお腹の辺りで持ちながら、僕のすぐ後ろで立っています。何人かが顔を見合わせましたが、一様に疑問を解消できないような顔をしました。
もちろん、僕もこの人に見覚えはありません。
目の前の女性は、上手に巻かれた栗色髪の毛を揺らしながら、大人っぽいマスカラの奥の瞳を不安げにを大きく開いて、僕の顔を見ていました。透き通るような白い肌にはうっすらピンクのチークなのか、少し赤みがかっていました。
こんな綺麗で可愛らしい女性は、僕の知り合いにはいません。
僕は振り向いて、皆に目で合図を送ると、皆一様に首を振りました。
なので仕方なく、一番近くの僕が彼女に言いました。
「確かに、我々は『ラブ・ハンドパーティー』の者ですけど、えー、あなたは?」
僕の問いかけに、彼女はひとつ息を吸い込むと、小さな声で「よかったっ」っと言った後、僕に向かって話し始めました。
「遅れてすいません。私『プチ・ラブ』と言います。あの、このメンバーの・・・」
その時、ホテルのエントランスに響き渡るくらいの驚き声が上がりました。
その場にいた他の人達が、一斉にこちらを振り向いてきます。
一番驚いたのは僕でした。
そんな僕らを尻目に、彼女は言葉を続けました。
「ちょっと、用意に手間取ってしまって。それに、こんな場所来た事も無かったから、さっきようやく決心して入ってきたんです。入ったら、あなた達が奥に行ってしまうのが見えたんで慌てて来たんですけど、今田さんの後姿も見えましたし。あーっ、でも間に合ってよかったです」
彼女は屈託のない笑顔で僕らを見返してきましたが、こちらとしては何を言っていいか分かりません。今田さんを見ると、彼も斉藤さんと顔を見合わせていました。それに、他のメンバー達も何も言わずに、彼女の顔をまじまじと見ていました。
まさか、まさか「プチ・ラブ」さんが女性だなんて。
確かに勝手に男だと思っていたのは僕なのですが、やっている事がやっている事なので、まさか女性があの投稿に加わってきているなんて思わなかったのです。
僕は信じら得ない気持ちでと彼女を見ながら、ようやく一つ言葉を発しました。
「ほんとに、『プチ・ラブ』さん?」
「そうですけど、何か?」
「カイザーの称号を持つ?」
「そうですよ。まあ、最近は送ってないですけど」
「僕が呼んだ?」
今度は彼女が、僕の顔を同じ様な表情で、しかし、嬉しそうな感じで見てきました。
「あなたが呼んだ?え!もしかしてあなたが『ラブ・ハンド』さん?!アーっ!」
彼女は、またもや周りにいる人の目線を僕らに向けさせる声を上げると、急に僕の手をとりました。そして、幾分息を荒げながら、僕の手を上下に振ります。
「キャアー、初めまして!ほんと、信じられない!やっと会えましたね。今日はほんと迷ったんだけど、あなたが来いって言ったし、あなたに会えると思ったから来たんですよ。もう、早く言ってくださいよ!」
彼女の成すがままになりながら、僕は心が動転していました。
彼女のこのはしゃぎようはいったい何なんだろうか?
理解不能な行動に、ただ、彼女の気の赴くままにしていましたが、今田さんが大きく咳払いしたので、僕は我に返りました。
「そ、そろそろ、時間だから行きましょうか。ここにいると、周りの迷惑になるし」
今田さんのその言葉に、一同彼の後をついていきました。
何故か、「プチ・ラブ」さんは僕の腕に手を回しながら、小声で僕に喋りかけながら歩いていました。なので、僕はみんなの最後の方から、彼女と一緒についていかざるを得ませんでした。
レストランのある最上階に着くと、すぐ近くにあるエントランスから係りの人がやってきました。すると、まず今田さんが係りのものに自分お名前を告げ、そして、係りの人のあんないで、一同はレストランの奥にある個室に案内されました。
案内した係りの人は、僕もよく知っている人でしたので、彼は僕を見ると一瞬動作を止めて僕の方を見てきました。
僕は、何も言わずに彼に軽く会釈すると、驚きの表情を隠せないでいる彼の横を通りました。ただ、彼はプロなので、それ以上僕にかまうことなく、またいつもの仕事顔に戻ると、先頭に立ってみんなを案内していきました。
内心、さぞかし驚いている事でしょう。
何しろ以前働いていて他、しかも自分が酒を奢っていた見習いコックが、業界の風雲児とも呼べる男と一緒に何人かと、綺麗な女性を脇に抱えながらやってきたのですから。
すかさず、「プチ・ラブ」さんが僕に聞いてきました。
「お知り合い?」
僕は何も言わずに、軽く頷きました。
個室に向かって歩いていると、レストランのホールの様子が見えました。
この時間でももうかなりの席が埋まっていて、サービスマンが忙しそうに働いています。レストランは以前と変わらず豪華で洗練された内装で、食べに来ているお客たちも上品そうな人達ばかりです。ただ、個室はまた少し離れたところにあるので、ホールのお客に悟られないようにいけるようになっていましたので、ここに来る要人たちは騒がれず静かに食事を楽しむことが出来ました。
まあ、超がつくほど高級なのは頷けます。
腕を強く締め付けられたので隣に目をやると、どうやら高級レストランの雰囲気に「プチ・ラブ」さんも飲み込まれているようで、緊張した様子で僕の事を見返してきました。
「大丈夫?」
と僕が聞くと、彼女は軽く頷きました。そして、尋ねてきます。
「緊張しないんですね?」
「まあ、ある意味、ここは慣れてるから」
僕がそう言って笑顔を作ると、彼女は鼻の上に?マークを浮かべていました。
個室に入ると、十人掛けの長テーブルがあって、それぞれの名前の入った席に座りました。今田さんは、ハイテク車椅子と言うか、そのまま車椅子のテーブルにつき、ボタンを押すと車椅子の椅子の高さが変わる車椅子だったので、そのままテーブルに着きました。いつも、このような席につくことが多いので、特別に作らせたものと言うことでした。
その隣に、僕。反対の隣には斉藤さん。「プチ・ラブ」さんは僕から少し離れた席だったのですが、僕の隣がどうしてもいいと言って聞かないので、僕の隣に座ってしまいました。幸い、隣の席二つは名前が入っていなかったので彼女は自分の名札と白紙の名札を摩り替えました。その様子に今田さんは少し困惑気味にしていて、斉藤さんに何やら言うと、白紙の二枚の名札を隣同士にして、彼女の横の席にしました。
僕も、ほかの人も気が着きましたが、この白紙の二枚の名札は、これから来る例の人たちのためのものなのは間違いありません。 しかし、その他は皆決められた席について、しばらく誰も口を利きませんでした。改めて、このレストランの雰囲気と、今から来る人に緊張しているのです。今田さんさえも、斉藤さんと目配せをするだけで、口を開こうとはしませんでした。でもそんな中、「プチ・ラブ」さんだけは、小声ではありますが、いろいろ僕に話しかけてきました。この娘は、何と言うか回りが関係ないのか、自分しか見えてないのか知りませんが、とにかくパワフルなのは間違いありません。僕の緊張感もお構いなしです。でも、それで彼女の本名が「柴田英子」二十歳で、服飾関係の専門学校生、親は都内でアパレル関係の仕事をしていると言う事は分かりました。僕の方は、彼女が一方的に話しかけてくるので特に何も言いわなくて(言えなかったのですが)、ただ聞いているだけでしたが、今田さんを筆頭に他のメンバーの緊張も伝わってきていましたので、気もそぞろでした。
すると、突然斉藤さんの携帯電話がなり、すぐに斉藤さんがそれに出ると、それを今田さんに渡しました。