うーん、我慢、我慢
この辺はまったくふりなんです。
よろしくお願いしまーす!
サイトを開いて自分の投稿欄を見ると、かなりの数の返事が来ていたので、否が応でも期待が膨らんできてすかさずクリックしました。
すると、画面上に投稿に対する返事が羅列されたのですが、その内容はというとまあ、僕の想像とは違うものばかりでした。初めに来た返事からしてひどいもので、送り主はあの「ドラム缶ねえちゃん」でした。
ドラム缶ねえちゃん:「この投稿をしてきてお前は、ハンドルネームからしてこの前俺らの話に割り込んできたやつだろう。また、俺らの世界を乱しに来たのか!退散せい!二度と現れるな!」
これは、僕が投稿して一時間もしないうちに送られてきていました。つぎもドラム缶ねえちゃんからでした。
ドラム缶ねえちゃん:「俺は決意した。お前は追放処分だ!今俺が決めた。みんなにも呼びかけといたからな!」
脂肪男爵:「お前はこの世界に入ってくるな!」
脂肪遊戯:「お前はウザイ!お前は****だ!おまえは****だ!」
フット猿:「大体『ラブハンド』ってのが気に入らない!フェチの世界が穢れる!」
ドラム缶ねえちゃん:「消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!消えろ!黄色?消えろ!消えろ!この世界から消えてくれ!」
足首命:「まあ、あれだな。早いとこ投稿を取り消していなくなったほうが君のためだな。そして、このサイトに二度と足を踏み入れないことだ。この、うんこが!」
くびれの人:「なんか知らんが、お前が悪い!出て行くんだ!」
プニッキ―:「君はここにはいられない。早いとこ出て行くことをお勧めするよぅ。」
足っこブラザーズ:「*****!******めが!*********の******」
そこまで見て、僕は画面から目をそらしました。
まだまだ返事が何通もあるようですが、とてもそれ以上読む気にはなれません。どうやらここの住人には、相当嫌われてしまったようですし、反論を試みても不毛な争いになりそうな予感です。
正直、こんなにこのサイトの住人が閉鎖的だとは思ってもいませんでした。
少しくらい受け入れてくれる人が現れるかと思っていた僕の甘い期待は、十日もしないうちにすっかり打ち砕かれ、またしても世間に受け入れられない僕の好みを、恨めしく思ってしまうのでした。
それからというもの、僕はなんかやりきれなくなってしまい、目の奥が濁る様な脱力の日々が続きました。
働かなくてはならないのでバイトには出ていたのですが、いつも気の抜けた上の空状態だったので、何回となく失敗をしてお客に怒られることもありましたし、バイトが休みの日も家にいるだけで、あれ以来パソコンにも向かわず、他に何かをしようとも思えませんでした。
でも、こんな自分に嫌気がさして、どうにかして気分転換をして気分を紛らわそうにも、何をしていいか思いつかないでいました。あまりの孤独感から来る寂しさを押さえられずに、あの北村に電話しようとも思いましたが(携帯電話の履歴を何度も見返しましたが)、あれだけ言ったのにすぐ弱音を吐くのも格好悪い、それだけは何とか我慢しました。
こんな時に、世のオジサン達は女の子のいるお店に呑みに出かけるんだろうな、何て思って繁華街のそんなお店の近くにまで行くのですが、それまでそんな場所とは縁のなかった(浮かびもしなかったんです、なにぶん田舎者で)僕は店に入る事もしないまま寂しさを背負ったまま、コンビニで買ってきた発泡酒を開けるしかありませんでした。
一人で酒なんか部屋で飲んでると、否応無しに自分が孤立している現実を突きつけられてきてしまい、少し酔っ払ってはベランダに出て、暗くなった空を見ながら叫びだしたくなる衝動をあと少しの所で抑えては、部屋に戻ってベットに横になりました。
そして、天井を見ながらいずれ自分の考えが広まって、そこらじゅうで「ラブ・ハンド」が溢れている光景を思い浮かべながら、知らない間に寝てしまうのでした。
そんな僕の気持ちを察してか否か、あのケルベロス先輩が声をかけてきました。バイトが終わって、近くにあるコンビニに二人で寄った時の事です。
「ヘンドリックスさぁ、今度の土曜にさ、俺らのバンドがライブすんだけど、お前、来ない?まあ、いろいろなバンドがいるから飽きないと思うしよ、まあ大半は俺らのファン?何だからさ!スゲー盛り上がると思うのよ。チケット安くしとくからさ、来いよ」
彼はそう言いながらB4サイズの薄っぺらい紙に印刷されたパンフレットを、僕に差し出してきました。ケルベロスさんがそんな事言って来たのは初めてだったし、急にだったんで少しびっくりしたのと、ケルベロスさんのバンドがどんなんだか大体想像付いていた僕は、最初は乗り気がしませんでした。パンフレットを見る限りでは結構大きなイベントのようでしたが、先輩が持っていると、いかがわしさが倍増して見えます。
僕が困ったような顔をしていたのを察したのでしょうか、ケルベロスさんは僕の首にシルバーのとげとげしいブレスレットをした手を回してきて、こう言ってきました。
「ヘンドリックスさぁ、なんか最近元気ないしさ、帰るときいつも酒買って帰るじゃん。俺様はそういうのすぐに気付いちまうのよ。お前、どうせ彼女がいるわけじゃなし、時間もてあましてんだろ?おぅ?」
そう言われて、僕は小さく頷きました。
「ヘンドリックスさぁ、そういう時は音楽っきゃないぜ。しょうがない、お前は俺の後輩だから、半額の三千円に負けておいてやる」
僕はパンフレットを見て、先輩の顔をまじまじと見ました。
「わかったよ。知ってる。もともと三千円だよな。冗談だよ。よし、二千円でチケット売ってやるよ。安いだろう、何せ俺らのバンドが聞けるんだから」
「はぁ」
「おお、そうだそうだ。何せ俺らのバンドのファンなんだから、そりゃあ、可愛い子がスゲーくるぞ。この前なんか盛り上がりすぎて、上脱いでた奴もいたっけなぁ。お前も家帰ってマス掻くより、俺らのライブ行ったほうがいいんじゃねえの。よし、お前は後輩だから、千五百円に負けといてやるから」
そう言うとケルベロスさんは、ピアスをジャラジャラさせながら僕の耳の辺りでにやりとしました。
可愛い子が上半身をさらけ出すとか、本当にこの人のバンドにファンがいるのか見てみたいとかは別にして、まあ、何もしないよりはいいかと思ったので、僕はチケットを買う事にしました。僕が納得したように財布を開くと、ケルベロスさんは黒皮のジャケットのポケットから、チケットの束を取り出して、一枚ちぎってくれました。
「そうだ、ヘンドリックス。二枚買って、友達つれて来いよ。お前、ホントは彼女とかいるんだろ。あぁん。絶対盛り上がるからさ。三枚でもいいぞ」
僕は苦笑いしながら、ケルベロスさんに千五百円を渡してチケットとパンフレットを受け取ると、さらに売り込んでくる彼を引き連れながら、コンビニを後にしました。
別れる間際に、先輩がでっかい声で「土曜の夜だぞ!」って言ってくるのを背に受けながら、僕は自転車を漕ぎ出しました。
土曜日の夜はすぐにやってきて、その日のバイトが終わると、僕はパンフレットに書いてあったライブハウスに向かいました。
なんか、結構大きなライブハウスらしくて、ケルベロスさんが言うにはここでライブを成功させたバンドはメジャーになっていくんだという事でしたが、僕にはこのライブハウス自体がよく分かりませんでした。パンフレットを見てももちろんメジャーなバンドなんて見当たりませんでしたが、ケルベロスさんが言うには結構そこら辺では人気のあるバンドも入っていて(彼は自分達のバンドが一番人気があると、まず前置きしていましたが)結構客が集まるはずとの事でした。彼らのバンドは、二番目の出演で七時からでしたが、ライブ自体は六時から受付だったので、せっかくだから僕は始めから見る事にしました。
まあ、暇のなせる業とでも言いましょうか。
最寄の駅に着いて時計を見ると五時五十五分位で、僕はケルベロスさんに書いてもらった分かりづらい地図を見ながらライブハウスを目指しました。
彼が言うには五分で着くとの事でしたが、あまりにも解り辛い地図だったので、だいぶ迷って歩き回った末に、やっと目的のライブハウスにつくことができました。
そのライブハウスは、駅の中心地にある飲み屋街や、風俗街を抜けて少し暗くなった通りに入って、さらに脇道を少し下って行った所にあって、わき道に入るとすぐにそれらしき明かりに若者達がたむろしていたので、そこがライブハウスだとはすぐに分かりました。結構危険な臭いがする場所の中だったので少し警戒しながら時計を見ると、もう十五分は超えていてました。僕はへんてこな地図を書いた大森さんを恨みながらも、先に来ていた人達に紛れながらライブハウスのドアを開けました。
ドアを開けてライブハウスの中に入ると、すぐに激しいサウンドのBGMが耳を捉え、ドアのそばからステージまでかなりの人がいるのが目に飛び込んできました。思ってたよりも大きな所で、上を見上げるとステージを取り囲むように二階席があり、狭い場所に小さなテーブルと椅子があったりして、そこにもすでに人が座っていました。
ステージに向けられた照明以外は大して明かりも無くて、ドアに近い所はかなり暗かったのですけど、壁の周りに人がかなりいるのは見えました。それに、フロアーにも結構な人がいて、それぞれに同じ様なファッションをした人の塊がいくつも出来ていました。
僕は入ってすぐにいたチケット係の女の子にチケットを渡すと、ドリンク券をもらってバーカウンターに向かいました。バーに行くまでにケルベロスさんの言葉通りの、肌を露出している若い女の子が何人も目に飛び込んできて、中にはかなり際どい服装の子もいたので、僕の中で彼の言葉の信憑性が少し上がりました。
そんな女の子達に目を奪われながら、タトゥーとピアスだらけの男や、まるでこの場所に似つかわしくない普通のオジサンの間を掻き分けるようにしてバーテンダーの近くまでいくと、チケットを渡してシャンディガフを頼みました。
髪を後ろで結んだバーテンダーは無表情に僕の注文を受けると、慣れた手つきでサーバーを操り、すでに封が開けてあったジンジャーエールのボトルを手にとって、プラスチックのコップに注ぎました。
それを受け取り、フロアーのほうを向きながら一口飲むと、冷たいシャンディガフが喉を通って、空っぽの胃袋に染み込んできます。
飲みながら、暗さになれてきた目で周りを見回すと、ここに来ている人達の様子がくまなく見渡せて、雰囲気が伝わってきました。まあ、統一感はなくてバラバラな感じなのですが、大方かなり若い人達ばかりで、女の子が大半のようでした。見た感じ女の子達はきっとひとつのバンドのファンのようでした。皆同じ様な格好をしていたからです。まあ、可愛い子もいればそうでない子もいて(大半は化粧や被り物をしてよく顔が見えませんでしたが)何やら楽しそうにおしゃべりをしているようでした。もちろん、男も沢山いて、これまた同じ様なファッションと言うか、明らかにケルベロス寄りのグループがいたかと思うと、普通の大学生や、何人かのサラリーマン風のおじさん、それに若いカップルもいれば僕みたいに位置づけが難しい一人できている男もいました。
僕は彼ら、彼女らのその様子に興味を抱きながら、軽いアルコールの口に含んでいました。
すると、突然誰かが肩を叩いてきました。振り向くと、見知らぬ人がいました。
「おお、来てくれたかヘンドリックス。おお、もう飲んでるな。いいねぇ」
声ですぐにケルベロスさんだとわかりました。しかし、それ以外はまるで見違えるようで、普段なら肩まで垂れ下ってた髪の毛がびっしりと固められて天高く伸びていましたし、化粧なんかもしていて、目の周りに塗りたくられたアイシャドウがパンダみたいになっていて、唇も真っ赤でした。それに、いつもより派手にピアスをぶら下げている上、いつもみたいに破れた汚らしいジーンズじゃなくて黒いてかてかしたコスチュームをまとっていて、白くて細い足にはブーツを履いていました。
さすがに普段コンビニでいるより気合が入っている感じで、少しバンドをやっている雰囲気を感じました。
それに、彼のテンションもいつもよりさらに上がってるようで、声のトーンも違いました。
「俺ら、次の次だかんな。始まったらお前、最前列に来いよ。俺はベースだからすぐわかるって。おお、あれ見ろよ。俺のファンだぜ。いいだろ」
かなり派手な格好をした色黒な女の子を首を振って示しながら、彼はニヤつきました。僕が目を凝らすと、太い太ももを動かしたらすぐにパンツが見えそうなくらい短いスカートをはいている彼女が、同じようなファッションをした友達と喋っているのが分かりました。ただ、彼女達はここにケルベロスさんがいることを知らないのか、ずっと喋っているようでした。
「俺、そろそろ行くわ。このドリンク券やるよ。二枚もあればいいか。じゃあ、始まったら盛り上げよろしくな。じゃあ!」
そういって彼は券を僕の手に券をねじ込むと、お礼を言うまもなくステージの近くのドアに入っていきました。
ステージを見ると、もう始めのバンドが出てきていて、音を調整していて、ボーカルの男の子がスタンドマイクの前に立って挨拶し始めました。
シャツにジーンズ姿の四人組で、大学生のような高校生のような幼い顔をしていて、前座ということもあってかかなり緊張してるようでした。何でも、トリを勤める「サンダ―フラワー」の後輩らしくて、それでこのステージに出させてもらえたよう事を喋っていたのですが、「サンダ―フラワー」の名前が出た途端、フロアーにいた女の子たちの何人かが歓声を上げました。どうやら、彼女達のお目当てはそのバンドらしいのが分かりました。
緊張気味のボーカルが挨拶を終え、他のメンバーの準備が終わると、彼らの演奏が始まりました。少し前にはやったバンドのコピー曲でしたが、ボーカルの声があまりに才能に乏しすぎて聞いていて可哀想になってきました。ギターはがんばっているのは伝わるのですが、なんともいえず、ドラムにいたっては明らかにリズムが違っていました。まあ、ベースはそこそこやっていたのですが、全体のまとまりは気の毒になるくらいなくて、見た感じボーカルの彼も爽やかでいいのですが、どうも女の子達には伝わらないらしく、フロアーの前はがら空き状態でした。
でも、彼らはそれから三曲演奏して、最後に大汗を書きながらボーカルの男の子が「以上です」と言うと、まばらな拍手の中ステージの裏まで引き上げていきました。
僕はほぼ空になったシャンディーガフを飲み干して、次の飲み物を頼みにバーカウンターに向かいました。
次はケルベロスさんの番なのですが、とても最前列に出ようなんて気にはなれないのでしたが、このまま盛り上がりの無いのも何なのでとにかく酔っ払っちゃえと思い、少し強めのお酒を頼みました。
僕が「何か強いやつ」とさっきのバーテンに言うと、そのバーテンはさっきと同じように無表情でジンを取り出し、それを注ぎながら僕の顔を伺ってきたので僕が頷くと、彼はウインクしてコップの三分の一くらいまでジンを注ぎ、それからジンジャーエールを入れてくれました。
それを飲んでみるとかなり強くて、ほとんどジンの味しかしない位でしたが、僕はそのバーテンに手を振ってフロアーに戻っていきました。
ステージにはケルベロスさんのバンドがすでに出てきていて、それぞれに楽器をいじくっていました。見るからにパンクな感じで、ボーカルはスキンヘッドに全身黒エナメル、関節という関節にシルバーの棘を付けていて、同じ様なファッションのギターも筋肉ムキムキの腕にタトゥーを入れて、顔の表情がわからなくなるくらい化粧をした男でした。ドラムはかなり太っていて、エナメルのチョッキとズボンの間から腹の肉がはみ出していて、かなり大きなサングラスをしていました。
彼らは用意ができたかと思うと、いきなりボーカルの男がマイク片手に口汚い言葉をフロアーにいる観客に向かって浴びせかけました。
いきなりだったので僕はびっくりしたのですが、その声と同時にバンドの正面に男たちが集まってきて、ステージの前で騒ぎ始めました。その騒ぎに乗せる形でボーカルがさらにののしりの言葉を浴びせると、前にいた男たちは更に騒ぎ出し、それにかぶせるようにけたたましい音が鳴り響きました。そして、ボーカルが女の子には聞き苦しいような内容の歌詞を、とても調和の取れてない音楽とともに吐き出し、大音量とハチャメチャなリズムに、最前列を占めていた男達がうねる様に乗って行きました。
その光景に唖然としながら僕は見ていて、これに加われとあの人は言っていたのかと思うと、頭の奥が痛くなりました。周りを見回してみると、前に出て男達の集団に加わろうとする女の子は一人もいなくて、音楽すらまともに聴いていない有様でした。
ケルベロスさんがファンだといっていたあの娘も、明らかに無視しているかのような態度をとっていて、まるで初めからいないもののように扱っているようでした。
ただ、ステージ上の彼を見ると、その状態を知ってか知らずかノリノリでベースを弾きまくっていて、自分の演奏に悦になっているように見えました。この音楽とノリは僕にはとても馴染めないと言うか、これでもいいのかなぁなんて思っていましたが、彼らは最前列で盛り上がる男達を口汚くののしりながらも、四曲のステージを終えて、引き上げていきました。






