ありえない
ここら辺は読み飛ばしてもかまわんですたい。
ただ、これからが面白くなってくんです。よろしくです!
チャット上では、「足フェチと肉フェチ、どちらが女性にとって有益か?」という議論をしていて、僕は早速書き込んでみることにしました。
ラブ・ハンド:「はじめまして。ラブハンドといいます。僕は肉フェチのに軍配を上げます。何しろ、女性はそうじゃなきゃ魅力がないじゃあないですか!」
脂肪男爵:「おっ、新入りはこっち派らしいぞ。いいぞぅ!」
脂肪遊戯:「やっぱり、ポッチャリの方がいいって事だよな。うん」
足首命:「何いってんだよ。こちとら、三十年も足ばっか追いかけてんだ。太い大根足にのさばられたくないっていうの!」
ドラム缶ねえちゃん:「大根足の何が悪いってんだ。馬鹿野郎」
足首命:「豚好きの気違いやろうめ!ドラム缶なんて廃棄処分にしちまえ!」
ドラム缶ねえちゃん:「大体『足首命』ってセンス悪いよな。何世代前って感じだよ」
フット猿:「君達が何を言おうと、いい足の持ち主は、いい女って昔から決まってんだよ。どこの本にぶくぶくたるんだお腹の持ち主がいい女だって書いてあるんだよ」
足首命:「そうだ!そうだ!」
ラブ・ハンド:「いいお腹の持ち主は、いい女ばっかりですよ!知らないだけなんだ!」
脂肪男爵:「いいぞ!いったれ!」
ラブ・ハンド:「確かに、いい足を持った女の子はいいもん持っていると思います。しかし、いいお腹をしてなくてはそれもまったく意味がない。要するに宝の持ち腐れなんだ」
ドラム缶ねえちゃん:「足はなくとも、それはそれでいいぞ」
フット猿:「足だけ綺麗ならそれで良くない?余計なものはいらないと思うけど」
ラブ・ハンド:「足だけで余計なもの入らない?何にもわかってないよこの猿は!体の美しさは体幹で決まるんだよ。お腹はその中心でしょうが。それなくして、足も手も顔もつながっていかないんだ」
フット猿:「何だと!何だお前はいきなり割り込んできて」
足首命:「たしかに、うざいな、こいつ」
脂肪遊戯:「確かに。お腹より二重あごだろう。うん。大体、ラブハンドって何?」
脂肪男爵:「そうだよ。ラブハンドなんて聞いたことないけど」
ドラム缶ねえちゃん:「確かに、初めての書き込みにしては度が過ぎてる気はする、ky?」
足首命:「昔からいるメンバーだぞ、俺達は!」
ラブ・ハンド:「ラブハンドっていうのは、腰の肉を意味しているんだ」
フット猿:「腰の肉?ぜんぜん意味わからない?馬鹿?」
脂肪遊戯:「確かにわからん。うん」
ラブ・ハンド:「だから、腰肉を持つと気持ちがいいだろう?その感じを一言で表したらこうなるの!」
ドラム缶ねえちゃん:「確かに腰の肉は持つと気持ちのいいものだが、それがどうしてラ
ブハンドになるのか不思議だ。まあ、俺は太ももの肉も決の肉も好きだけどな
足首命:「ドラム缶狂いが!」
ドラム缶ねえちゃん:「ほめ言葉?」
フット猿:「大体、肉好きは独逸もこいつも頭がいかれてるんだよな。それに比べて、足好きはスマートって言うかクールっていうか」
ラブ・ハンド:「ラブハンドを好きになって何が悪いってんだ!」
脂肪遊戯:「落ち着くんだな。うん」
脂肪男爵:「なんか熱いね、新入りは」
フット猿:「やっぱ肉は暑苦しいや」
ラブ・ハンド:「お前に俺のラブハンドに掛ける情熱をわかってたまるか!」
ドラム缶ねえちゃん:「お肉を愛する気持ちはわからんでもないな」
足首命:「ドラム好きがまた増えたな」
ラブ・ハンド:「僕は別にドラムは好きじゃないって。あくまで、ラブハンドが好きなの。
ドラムだとイメージが違うんだよな」
ドラム缶ねえちゃん:「馬鹿にしてんのか?ドラムを馬鹿にしてんのか?」
フット猿:「仲間割れか?腹は三段に分かれちゃうってか?」
脂肪遊戯:「ラブハンドってやっぱり意味がわからんね。うん」
ラブ・ハンド:「だから、健康的な腰の肉だっていってるでしょうが。想像してみればわかるでしょう?」
足首命:「想像したくないなあ、そんなの」
フット猿:「俺も」
ドラム缶ねえちゃん:「俺も」
脂肪男爵:「なんか話がずれてきたな。しらけちゃった。俺もう現実に帰るわ。アディオス」
脂肪遊戯:「まあ、そんなに熱くなられてもな。うん。俺もバイバイ」
足首命:「新入りがでしゃばるから悪いんだ」
ラブ・ハンド:「・・・・・・」
フット猿:「かき乱しといてからに。俺も肉には付き合い切れんわ。さらば!」
足首命:「ご飯食べてきます」
ドラム缶ねえちゃん:「今度ドラムを馬鹿にしたら許さんぞ。ではドラム缶修行に行ってきます」
僕はこのやり取りに頭にきながらも、疲れてきてしまったので、ベットにへたり込みました。そして、初めてやってみたチャットに幾分落胆してしまいました。
もっと、自分の意見に賛同してくれる人がいるかと思って、理解者を獲られるかと思ったのに、これではまるで逆の方向に進みそうです。どうやら、ポッチャリ好きの人にも嫌われてしまったようですし、「ラブハンド」も受け入れられてはいないようでした。
なにやら前途多難な幕開けに、ご飯を食べる僕の喉はうまく物を通そうとしなくて、暗くなった部屋が僕の気持ちを落ち込ませていくのでした。
次の日の朝、自転車に乗ってバイト先に出勤しました。
かなり天気がよくて、新しい仕事に就くには気持ちのいい空気の中を駆け抜けながら出勤すると、すでに来ていた店長のおじさんとバイトの女の子に案内されるままに店の奥に連れられていかれました。控え室に着くと店長に渡された制服に袖を通して、早速仕事に取り掛かることになりました。
レンタルビデオ店の仕事はまるで経験した事の無い事ばかりで、覚える事も沢山あって久々に緊張してしまいました。なので、真剣に店長さんの言うことを聞きながら動いていたので、昨日のチャットの事なんか頭には浮かぶこともなく、あれやこれやと仕事を教えてもらううちに僕のコンビにバイト初日は終わってしましました。
まあ、慣れない事をして新しい人と働くと気疲れするもので、部屋に帰るとぐったりしてベットの上に飛び込みました。その日はまったくパソコンなんかに目もくれないでいましたが、横になりながら天井の木目を眺めていると、自然とチャットでの事が頭によぎります。さすがにあのサイトを開こうなんて気にはならないのですが、パソコンの画面に出てきた自分を批判するような皆からの書き込みが頭に浮かんできては、納得のいかない気持ちが出てきて、僕のピュアなところが焦げだしてきます。
まあ、初めてだからあんなもんか、とも思うのですが、すごく悔しくなってしまうのです。今度は何とか皆に理解してもらおうと思っているうちに、いつの間にか僕は眠ってしまうのでした。
次の日、遅刻すれすれで仕事場にに飛びこみ、朝の九時から店長にいろいろ指示を受けながら、レジうちや棚の入れ替えなどしていたのですが、その日は、あまりお客が来なかった事もあってかかなり暇をもてあましていました。
店に着てから二時間もしていないうちに、僕はレジの前で立ち尽くしていることとなってしまい、調理場にいたときとはまったく違う時間の流れ方に戸惑ってしまいました。
まあ、仕事の分野が違うので仕方ない事なのですが、やる事がないような時間が流れてしまうと頭の中でまったく別なことが浮かんでくるもので、まあ、気になっている事と言うか、僕の場合はチャットでのやり取りが頭に浮かんでくることになりました。
やっぱり、あの失敗は、僕がいきなり話に加わっていったから話がこじれてしまったんだと、今になって思えてきました。
急に熱いものを飲み込もうとしたら口も喉も受けは容れる事は出来ないというもので、相手がびっくりしてあんな態度を取るのも無理はありません。
要するに、こちらから行くのではなく、相手がこちらを受け入れるのを待つ方がいいのかもしれません。
チャットだと感情もこもってしまって、いらない事を書き込んでしまうし、何しろ相手の好みもばらばらなところに自分の好みを押し付けてもうまくいきっこないものです。
こちらからアプローチしてみて、僕の好みを分かってくれる人と話してみたら道が開けるかもしれませんし、そうすれば、あんなに色々言われて悔しい気持ちになる事は無いのですから。
よし!今日帰ったら「女性の評価論塾」の投稿欄に僕の投稿を乗せてみよう!
投稿してみたら、興味を持った人からなんか反応があるかもしれない。
そう思うと、なんか気が晴れたような感じになってきます。
「よし!」
いきなり僕が気合を入れたものだから、レジの近くにいた店長がびっくりしてこちらを見てきました。その時、ちょうど僕の教育係の先輩がトイレに行っていたのが幸いでしたが、店長がこちらに来て何か言ってくるとやっかいなので、レジの周りをハンドモップなんかで掃除したり、電子レンジの中なんかを吹くしぐさをしてやり過ごしました。
横目で店長を伺うと、特にこちらに来る様子がないのでほっとしていると、急にお客さんが入ってくるようになって、ちょうど戻ってきた先輩と僕はその対応に追われることとなりました。
やっと、仕事が終わってバイト先から自転車で家に帰る道すがら、僕は投稿する内容を考えていました。まあ、写真なんかがある訳じゃないし、何かを自慢したいわけじぁないのでシンプルにいこうとは思っていて、大体の内容はすぐに浮かんできました。
アパートに着くと、隣の大家さんの家から顔を出しているラブちゃんを横目で見ると、彼女は大きな欠伸をしながら日向ぼっこしているようでした。
部屋に入るとすぐにパソコンの電源を入れて、「女性の評価論塾」にアクセスしました。
そして、コミュニティ投稿欄のページを開いて、早速僕の投稿を書くことにしました。
ラブ・ハンド:「僕は二十代の男なのですが、僕の女性の好みについて皆さんに意見を求めたくて、ここで書き込みをしています。僕の女性の好みというのは、主に腰の肉の部分なのですが、(これを僕は「ラブ・ハンド」と呼んでいるので、以下「ラブ・ハンド」と書きます)僕は女性のその部分を幼いころから求めてきました。回りの人たちからはあまり受け入れられないのですが、僕と同じ好みの人が世の中に入るのではないかと思ったのでここで皆さんの意見を聞きたいと思ったのです。同じ好みの人がもしいるなら、ここに意見を寄せてください。「ラブ・ハンド」について熱く語り合いましょう。」
そう書き込んで、僕は送信しました。返事は三日ごとの集計なので、三日後には誰かしらから意見が書き込まれるはずです。
まあ、サイトの中を見回しても色色な意見があるので、誰か一人くらいは同じ意見の人が現れるだろうと思いながら、僕は冷蔵庫から冷たい緑茶を取り出して、一人にんまりしていました。
それから三日間は投稿の返事を期待しながら、せっせとバイトに励んでいました。
三日もすれば仕事の大まかな流れもつかめてきますし、一緒に働く人達の事も見えてきて、それなりに僕は溶け込んでいきました。
大体同じくらいの年の人か、少し若い人達がバイト先にはいて、一番先輩でも僕より一
二つ歳上のミュージシャン志望の男でした。
僕のシフトは朝から夕方までなのですが、一緒に組む人は大体決まっていて、店長かミュージシャン志望の先輩と、もう一人少し先に入った女の子と一緒に働いていました。店長には、僕がかなりの頻度でバイトに出て来てくれる事もあってかよくしてもらえましたし、女の子もなかなか性格のいいおとなしい人で僕もやりやすかったのですが、ミュージシャン志望の先輩は一癖も二癖もあってなんとなくとっつきにくい感じでした。
いかにも、音楽やってるぞ的な感じで、しかも僕のあまり興味のない音楽を好きでやっているらしく、話は全くと言っていいほどかみ合いませんでした。
その先輩は「上鎌倉」という苗字なのですが、名札には「ケルベロス」とマジックで書いてあって、皆にもそう呼ばせていました。彼は舌に大きなシルバーのリングピアスをしていて、他にも働いている時は外しているのですが、バイトが終わって帰る時には耳が埋め尽くされるくらいのピアスの輪をしてるような人でした。
ケルベロスさんに悪気はないのでしょうが、肩まで伸びた艶の無い髪の毛を振り乱して、どんよりしてさえない目で見られると、なんかあまり気分のいいものじゃあなくて、しかも僕が仕事を覚えだしてくると、だんだん働かなくなる始末です。
でも、店長はなんか気に入ってるらしくて、いつも二人で仲良く話したりしていて、話の勢いがあって大げさな人なので退屈する様な事はありませんでした。
そして何より、何故か僕の事を気に入ってくれているみたいで、まあたいていは自分の音楽論なのですが、いつも話しかけてきてくれてくれました。僕が何も言わずに話を聞いているのが気分がいいのだと思うのですが、それ以外は嫌な事をしてきたり、へんに偉ぶらないので、ケルベロスさんといることもなれてはいきました。
まあ、しかし、僕の事を「ヘンドリックス」とあだ名してきた事にはまいりましたが・・・。彼が呼び続けていくうちに、店長を始め皆が「ヘンドリックス」なんて呼び出してしまったのは何とも言えず、僕が本当にギターを弾けると言う事はこの人には内緒にしておこうと固く誓ったのは言うまでもありません。
とは言え、バイト先は順調な滑り出しなので、サイトの方の返事もいい答えが返ってくるといいなと思いながら、僕は待っていたのです。
しかし、僕の投稿に対する返事を見た瞬間、そううまくはいかないもんだと思い知らされてしまいました。