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ラブハンド  作者: hisasi
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 裏切りって一番勉強になる 人生のね

 まあ、大きくなれば色々あるってもんでね。


 とにかく男の場合、女性を知るって事が一番大きいね。まあ、女性にとてもそうだよね。

 しかし、この主人公は大丈夫かい?心配になってしまうなぁ。

それからの僕は、大倉君にも彼女にも何も言わず、二人から距離をとりました。

多分彼女は気付かれたのに気付いたのでしょうか、何度も電話を入れてきたのですが、僕は出ることもしないで、バイト先も辞めました。大倉君とは学校で会うには会いますし、席も隣なのですが、いつもと変わらないように接してくる彼に改めて問い詰めることもせず、ただ、距離をとるようにしました。彼も気づいていたのでしょうが、別に僕がいなくても彼の周りには人がいるので僕に構う必要がなくなったのでしょう、特に何かを言うこともなくなって次第に疎遠になっていきました。僕は、もうありとあらゆるものが信じられなくなっていましたが、ここで地元の洋食屋の料理長の言葉が僕を支えてくれました。

「料理は嘘をつかないぞ」

この時、僕の信じれる事は、もう、料理だけでした。

だから、失意の僕はもうがむしゃらになって、それまで以上に真剣に料理に取り組みました。フランス語の授業も取るようになり、もう一年目も終わりになりかけていましたが、なかなか優秀な成績を取るようになり、すさまじい勢いで二年目に突入しました。何しろ、考える事は料理だけですから、それは熱心に授業を聴き、隣で眠るクラスメイトを尻目に、必死でノートを取りました。実習なんかでも、先生が困るくらいに質問なんかして、誰よりも上手に早くやり遂げるようにしました。バイト先も、本格的な料理店を選んで、一足先に職場の雰囲気を味わっていました。

女性にも、遊びにも目もくれず、ただ自分の腕と知識を磨くことに一生懸命になったのです。

すると、料理長の言葉通り、僕はめきめきと腕を上げていき、周りの信頼も付いてきました。先生達も、皆に教える前に僕に指示を出し、僕が自分の班をまとめるようになると、クラスの皆も僕を頼ってくれるようになりました。バイト先でも、先輩達は、そりゃあ厳しかったですが、店のセカンドシェフには見とめられて、色々な事を教えてくれました。「俺が店出したら、お前を引っ張っていく」とか言われて、凄い嬉しかったことを思い出します。まあ、やればやるだけ自分に返ってくる、という料理長の言葉が本当だった事を実感して、僕は一人きりで嬉しくなっていました。

そうして、気が付いたら、僕はその年の最優秀生徒として卒業する事が出来ました。

当然の事ながら、僕の自信は揺ぎ無く高いものとなっていて、誰よりも自分が仕事が出来ると言う様に感じていました。逆に言えば、そう思っていなくては、そのモチベーションを保てられなかったのでしょう。何もかもを懸けていた訳ですから。

まあ、学校では確かにその通りでしたし、どこで働いてもやっていける自信が自分の中でもかなりありました。なので、僕は当然のよう一番ハイクラスの就職先を選びました。東京にはかなりレベルの高い就職先の候補はいろいろあったのですが、自分に合う条件の所を考えていくうちに、一つに絞られました。

その就職先とは、その当時乗りに乗っていて、抜群の人気とレベルを誇るホテルレストラン「ラ・フィギュール・ドゥ・ランジュ」でした。このレストランは高級ホテルのメインダイニングで、お客さん達の層もかなりのハイクラスでした。ホテル自体の方針が、高価格であるが高品質の物を沢山のサービスマンを使って、決め細やかなサービスを心がけると言うもので、ホテル自体の客室数も、レストランの席数も他のホテルと比べると少ないものでしたが、他の所では味わえないようなサービスを体験できると評判でした。

レストランだけ見ても、有名人やリッチな人達に愛用されていて、品質も折り紙つきという評判でした。ここのシェフは、フランス・リヨンの三ツ星レストラン「ル・フィル・ダレニエ」のオーナーシェフの片腕として働いていた人で、その店のシェフの推薦で東京に派遣されたフランス人でした。調理場でもフランス語が飛び交うらしく、働いている人達は、皆フランス帰りの人達だと、会社紹介のページには書いてあったと思います。

自分が働くならここしかない!と決め込んで学校の先生に相談すると、ちょうど求人が来ていたので早速自分の書類を送りました。

すると、書類選考には難なく通り、次の二次試験に進める事になりました。

二次試験の内容は一般的な知識でしたが、高校生のときとは打って変わって勉強家になっていた僕はそれも難なく通り、三次面接まで進むことが出来ました。三次面接の面接官は三人いて、その中の一人は人事部の部長と言う事でした。そこで僕は、その面接官たちに自分の思いを正直に言って、自分のバイト先での働き、どれだけこの会社に貢献できるかをはっきりとやや大げさに伝えました。すると、トントンと最終面接まで進んで行く事が出来て、最後は総料理長と一対一の面接となりました。

このホテルの総料理長は日本人で、年は六十歳に近くでしたが、とてもそんな感じには見えませんでした。和やかな表情をしながらも、初対面の僕に厳しい言葉を浴びせてくる総料理長に、急に先行きが不安になってしまいました。

しかし、老練なこの料理人は、まだ尻の青い僕の心を見透かしたのか、最後には色々な事を取り上げてくれて僕を持ち上げてくれたりしたので、僕は何やら訳が分からない気持ちのまま、最終面接を終える事になりました。面接が終わってから、急にそれまでの緊張が込み上げてきて、部屋を出る時になって足に震えが来たのを思い出します。

面接が終わった後、すぐに僕は両親に電話しました。

両親は僕の行く末をかなり心配していたのでしょうか、僕が面接が終わったと告げると、それしか言っていないのに、何故かとても喜んでいました。まだ採用された訳ではないのに気の早い事だと思いながらも、僕の口ぶりから、両親にはいい感触だった事が伝わったのでしょうか?ただ、電話を切る頃には僕自身も自信が出てきていたので、まあ、おめでたさは遺伝するみたいです。 

そして一ヵ月後、僕は無事、採用通知を受け取りました。

四月になり入社式を終えると、すぐ新人研修が始まりました。

新入社員は三ヶ月間はホテル内の各部署を回る事になっていて、それはあっという間に過ぎていきました。何しろめまぐるしいスケジュールを組まされていたので、考える間もなかったのです。そして、そうこうするうちに、配属先が決まっていました。

その年の新入社員は七人で、男が四人、女が三人でした。比較的ホテルとしては規模が小さいので、新入社員もあまり多い数はいないと持ったのですが、このホテルでは例年よりも多いという話でした。

ただ、どの部署に配属されるかは上の人が決めるので、行きたくない所に配属されたら嫌だと幾分あせっていたのですが、決まってみれば望みどうりの料飲部に配属され、なんとメインダイニングに配属されました。他の料飲部希望の新入社員もそれぞれの部署に配属されましたが、メインダイニングに配属されたのは僕だけでしたので、いやがおおにも僕のテンションは上がっていました。

だから、配属された初日に調理場の皆がビックリするくらい大きな声で挨拶して、逆にうるさすぎると怒られるほどでした。それくらい、やる気に満ち溢れていたのです。

しかし、僕のこの決意もやる気も、仕事が始まると共に一変してしまう事になります。

まず、調理場に飛び交うフランス語が理解不可能でした。

それなりに勉強したつもりだったのですが、あまりの早さに何を言っているのか聞き取れないのです。それに加えて、何しろ周りの先輩達の仕事のレベルが桁違いなのです。一番年下の先輩でも二十五歳、セカンドシェフでも三十五歳で、全体で十二人の調理場だったのですが、なんと全員がフランス帰りでした。ホテルのレストランには定休日がないので、その人数でシフトを組んでいるようで、僕の休みも不定休でした。皆当然の様にフランス語を操っているので、そんな環境に僕みたいなのが放り込まれると、まるで自分の存在がなくなったみたいに思えてくるのです。それに、仕事の求める所が高くて、とても今まで働いてきた所とは比べ物にならない感じで、やり方、考え方すべてが違うものでした。

そんな調理場を仕切るフランス人シェフ、ステファン・ガブロウは四十二歳、体ががっしりしていて恰幅がよく、大きくて低い声がいつも厨房に響いていました。薄金色の髪を五分に刈ってあって、大きな顔についているクリクリした目で、そこいら中を隈なく見ています。もちろん、皆の動きをチェックするためです。

ガブロウシェフとは入社が決まった時に一度会ったきりで、ちゃんとした話も出来ませんでした。勿論、僕が出来るフランス語は片言なので、会話なんて出来なかったのですが、総料理長に紹介されて、僕が一緒に働くと言う事は伝わっていたはずです。その時のシェフは笑顔で接してくれて、何かいい人でよかったという印象でしたが、調理場に入ってみるとその第一印象は砕け散りました。

まず、優しくなんかなくて、絶えず大声で怒鳴り散らしていました。

セカンドシェフにも、一番下の先輩にも、そして、僕にも顔を真っ赤にして怒鳴ってくるのです。殴ったり、蹴ったりなんかはしないのですが、とにかくすごい剣幕になって手がつけられなくなるので、それだけで僕はすっかり萎縮していました。僕はシェフが何を言っているのか理解できないので、シェフの伝えたいことの一割も伝わってなかったのでそれほど精神的には応えなかったのですが、その雰囲気と勢いだけでも僕は震え上がってしまうのです。

周りの人達も、それは厳しいものでした。

野菜の下処理や、片付け、食材の整理など、本当に基本な事は、今まで他のレストランでしていたので出来ているつもりだったのですが、ここではそれがまったく通じませんでした。野菜の扱い方や切り方も違い、そもそも見た事も無い野菜もありました。

先輩達は仕事に追われているので、僕はそれらを食材辞典を引きながら一つ一つ覚えていかなければならず、でも、その他にも掃除などの雑用に追われてしまうので、それすらもままなりませんでした。野菜の掃除の仕方にしろ、それのきり方、扱い方にしろ、先輩から一から教えてもらわなければならず、そかも、先輩がちゃんと認められたものしか使ってはもらえなくて、何度もやり直させられました。野菜一つの考え方が違うのです。

配属されてからというもの、朝早くから、夜遅くまで、ぼろ雑巾のように働きました。部屋には本当に寝に帰るだけで、週に一回ある休みも疲れて寝てしまうので、本当に料理漬けの日々に送ることになりました。それも、今までにないぴりぴりした空気に加え、コミニュケーションが取りづらい環境に放り込まれてしまったのです。

僕は一ヶ月もしないうちに、だいぶ参ってしまいました。

フランス語の方は何とか聞き取れるようにはなったのですが、今まで他のレストランだったらさせてもらったような仕事をさせてもらえないのに加えて、まったく先輩に自分の仕事を認めてもらえないのです。自分だってやれば出来ると思ってやるのですが、何回もやり直しをさせられるのです。

まったく進展のない日々が続き、入社当初に会った僕の自信は、糸も簡単に崩されてしまったのです。

本当に、逃げ出したくなりました。

しかし、そんな時こそ頼りになるのが友達です。

こんな僕の状況を知ってか知らずか、古い知り合いから連絡があったのです。

その知り合いとは、あろうことか北村愛子でした。

ある日の夜、僕が仕事が終わってロッカーで着替え中に携帯を覗くと、いつもなら何にも変化の無いディスプレイに誰かからの着信があって、それを開いてみると北村から電話が来ていました。

もう、時間は十二時を回っていましたが、僕は反射的に彼女に電話をかけました。

電話をかけながら、久しぶりすぎる北村の着信に、何事かと少しドキドキと胸が高鳴り、正直になんか嬉しく思いました。

何しろ、仕事を始めてから、親しげに話せる人なんて、近くにいなかったからです。

五回くらいコールが鳴ったでしょうか、彼女は出ませんでした。

僕は軽くがっかりしながら、いや、非常に残念に思いながら電話を切り、そのまま暗い夜道を家まで歩いていきました。明日は休みなので、明日電話することにしよう、そう思いながら夜中の道を自転車で漕ぎだしました。

翌日、昼ごろまで寝てしまっていた僕を、電話の着信音が起こしました。画面には北村愛子の文字、僕は飛び起きて電話に出ました。

「もしもし、武?」

前から知っている北村の声が聞こえてきました。僕は半ば寝ぼけていましたが、とにかく返事をしました。

「う、うん。おはよう。北村」

「あ、寝てた?こんな時間まで寝てるところを見ると、今日は休み?」

僕は一つ欠伸をしました。

「うん。そうだよ。何?どうしたの?」

「うん。いや、どうしてるかなぁと思って。武、就職したんでしょ。私に教えてくれなかったでしょ。まあ、昨日おばさんに聞いて知ったんだけどさ」

北村はお袋とよく連絡を取っているなぁと、中学生の時ちょっと思っていましたが、今でも連絡を取っていたとは知りませんでした。別にお袋からもそんな話聞いていませんでしたから、僕は少しびっくりしました。

「ま、まあ、言ってないからな。ホテルでコックしてるんだ。まあ、何だ、忙しくしてるよ」

「信じられないけど、そうみたいだね。あっ、そうだ、おばさんとも連絡とってないんでしょ?おばさん、心配してたよ」

僕は余計なお世話だと思いましたが、お袋にまったく連絡を取っていないのは事実でした。

「忙しかったから仕方ないさ。今度、電話くしとくよ」

「そうしなよ。ところで、あんた午後なんか予定あるの?」

「え?別にないけど」

「じゃあ、会おうよ。久しぶりに武の顔見たくなったし」

突然の誘いに、僕はにわかに緊張してきました。何しろ、ここ何ヶ月も昔の知り合いと誰とも会ってもいませんでしたし、話しすらもしていませんでした。

北村となんて、調理師学校に入学してから会っていませんでした。何回か電話で話したりはしましたが、それだけでした。

料理学校の新しい友達が出来て、あの彼女と知り合ってからと言うもの、北村とは何と無く疎遠になっていましたし、働き始めたら新しい環境になったのもあって、そんな時間も無く、仕事に追われていたのです。

その反動があったからか、ただ、寂しかったからか、僕は無性に北村に会いたくなってきました。でも、本音はそうなのですが、へんな維持があって、僕はそれが彼女に分からないように答えました。

「いいね!会おうか。そうだなぁ、どこで会おうか?俺はまだ学制の時に住んでた所にいるから。お前は?」

「何言ってんの、私はまだ大学生なんだから、同じに決まってんじゃん。じゃあ、三時に駅前で会おうよ。宝くじ売り場の所で待ってるよ。じゃあ、またね」

そう言うと、彼女は電話を切りました。

電話が切れた途端、僕はあわててシャワーを浴びようと、お風呂に駆け込んだのでした。

そうして、僕は久しぶりにお洒落な格好をすると、約束の時間十分前に駅に着いて、北村が言っていた宝くじ売り場の前に行きました。

駅にはそれほど多くの人はいませんでしたが、宝くじ売り場の辺りには僕と同じように待ち合わせをしている人が、何人か立っていました。

思えば、もう二年近く彼女とは会っていません。

僕は成人式にも出なかったですし、地元に帰った時でも、彼女とは顔を合わせなかったので、もしかしたら見分けがつかないかもしれないと思うと、何か時間が過ぎていくを感じてしまいます。

僕が覚えている北村と言えば、高校の制服姿、それか、体操服姿。私服の彼女の姿なんてあまり見た事が無いので、とても想像できません。まあ、彼女は大学にも行っているんだし、こっちに着てしばらく住んでいる訳ですから、どう変わってるかなぁと思いながらニヤニヤしていると、僕の前を歩いていた女子高生二人組みに笑われてしまいました。

恥ずかしくて顔を赤らめた僕は、笑われた事なんか何事も無かった様に遠くを見ながら、成人式に出た男友達が言っていた事を思い出しました。

まあ、その男友達とは陽ちゃんなのですが。

陽ちゃんが言うには、まあ、ほとんどの女の子の印象が変わっていたらしく(当たり前と言えばその通りなのですが)中学生の頃とは比べものにならない位大人っぽくなって、しかも綺麗になった女の子が沢山いたとの事でした。

東京であの事件があって独りきりになり、暴走特急寸前で自暴自棄だった為、成人式になんか出たくなくなった僕は、それを聞いて後悔こそしませんでしたが、残念になってその時の写真を見せてもらう約束をしたのを思い出します。その時の北村がどうなっていたかは話題にはなりませんでしたが、陽ちゃんの言葉を聞く限り、彼女にも何らかの変化が現れている予感を感じさせました。

考えてみれば、幼馴染と呼べる女の子は北村だけと言っても過言ではありませんが、今更彼女が変わった所でどうと言う事もありません。多少、化粧するくらいに決まっています。それに、女の子が変わったという話ですけど、何しろ出所はあの陽ちゃんですから、話半分、多くを受け止める事も無いのです。


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