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ラブハンド  作者: hisasi
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進路を決めるよ いつの日か

 人生で選択ってとても重要!特に進路は重要!

 大学にいけたら行っておいた方がいい!きっと後でそう思うんだろう。


 でもね、後悔しない選択は後悔しないと分からないのです。人生積み重ね。

 何事も経験なんですよ。自分の決めた道を突き進むのみ!

それを先生に提出できたのがとても満足で、いい気分で過ごしていると、翌日、先生に呼び出されました。

先生は、放課後に準備室に来るように言ってきたので、皆が下校するなか、僕は準備室まで向かいました。少し暗い廊下に、準備室のドアの窓ガラスから明かりが漏れています。僕は前まで行くと、ノックしてドアを空けました。先生は椅子に座って何かを読んでおり、僕に気づくと、僕を自分の隣にある椅子に座らせました。

「先生、どうしたんですか?」

先生は、今読んでいた紙を、自分の机に置きました。覗いてみると、僕の書いた論文のようでした。先生は眼鏡をはずし、眼鏡拭きで片方づつ拭きながら、口を開きました。

「これ読んだけど、小田切らしくて、面白かったよ。」

「本当ですか?」

先生は笑います。

「まあ、俺には理解できないけど、お前の熱意は感じるものがあった」

「そうですかぁ。まあ、自分の気持ちに直になったらこうなった、って感じですかね」

「そうかぁ、まあ、論文としては合格点を与えられるかどうかと言うところなんだけども、お前のこれを読んでたらな、俺も一人の教師として、どうもお前の進路が心配になっちまってなぁ」

先生はじっと、僕の顔を見てきます。

「はぁ。そうですか」

「お前も、もうすぐ進路を決めなきゃならん。今の成績だと、大学は少し厳しいんじゃないかと思うのよ。もうすぐ進路指導も始まるから、担任の大島先生とも話すことになると思うけどな。お前、そこんとこ、実際どう思ってるの?」

いつになく真剣な言葉の響きに、僕の心の糸が張り詰めます。

「まあ、そうですねぇ。色々、考えてますけど」

すぐ分かるような誤魔化しは、ベテラン教師には通じなかったようです。

「そんなようには思えないけどなぁ。かと言って、悩んでるようでもないし。お前将来何になりたいのよ?」

僕は考えこんでしまいました。正直、具体的に何になりたいなんて事、今まで考えた事は無かったからです。しかし、先生は核心を突いてきました。

「まさかとは思うけど、これに書いたような事を、広めていきたいなんて思ってないよな?それが夢だなんて言わないよな?なんか、お前にしてはやけに素直に書いてあったから。ちょっとそう思ったんだけど」

僕は先生の目を見ました。

その通りかも。

僕は無言で先生に訴えました。先生は明らかに、呆れたような表情になりました。

「お前は馬鹿か?俺も十五年も教師やってるけど、そんな事がやりたいなんてやつ初めて会ったよ。今言ってやる!すぐ考えを改めなさい!お前がそんな事目指していても、実現なんかしないんだから。本当にへんてこな考えだけど、お前にとっては夢なんだろう。だけどな、夢は所詮、夢に終わるんだよ」

「でも先生。俺、なんか出来そうな気がするんだけど」

僕がちぃちゃな声でそう言うと、先生は頭を抱え掻きながら、僕の方を見ました。

「あのな、卒業したらお前どうすんのよ?どうやって生きていくつもりだ?仕事しなきゃ生きていけないんだぞ。女の腹追っかけたって、自分のお腹は満たせないんだぞ!分かってるのか?うちの高校の卒業生の大半は大学に進学して、その後、就職するわけだ。まあ、残りの奴らは専門学校なんかに行って、それぞれ専門の道を行く。高校卒業したら何もしないなんて奴は二人か、三人だ」

僕は頷きました。それは分かっているつもりです。

「何で皆が大学に行くのか、お前わかるか?それはな、どう考えても、進学した方が、その後の生活に有利だからだ!いいか!就職っていうのはな、お前が考えているより、甘いものじゃあないんだぞ!」

先生の言葉が、僕の胸に染み込みます。

「じゃあ、俺どうしたらいいんですか?」

先生が僕の肩に手を置きました。眼鏡の奥の目が真剣です。

「勉強しなさい」

僕はゴクリと唾を飲みました。先生は続けます。

「そして、大学受験をして、大学に進むんだ。今からなら何とか間に合う。必死でやれば、大丈夫だ。お前はもともと頭がいいと、俺は思ってる!」

「でも、大学行けば、女の子にお肉を付けれるんですか?」

僕が声を張り上げると、先生は呆れたように下を向きました。

「はぁー、お前は何、寝言を言ってんだ。そんな事もう忘れるんだ。いいか、勉強出来ないヤツは女にもモテないぞ!これは本当だ」

「じゃあ、先生はモテたんですか?大学時代にモテたんですか?」

「なぁ!それとこれとは話は違うんだよ。これは、はお前の問題だろうが。俺は嫁さんがいればいいの」

「そんなの嘘だ。僕は、世界中の女の子に、いいお腹の肉が付けばいいと思ってますよ。一人だけなんてやだなぁ」

「うるさいなぁ。ほんと、口だけは達者だな、お前は。そんなんじゃあ、一人の女も見つけられないぞ。大体、どうやってそんな事するんだよ。お前はどうやって女の腹に肉を付けようってんだ?」

先生が、僕を突き放すようにそう言いました。

もちろん、僕にはどうするかなんて考えはなくて、先生を納得させるような言葉が出ないでいました。そんなこと今まで考えたこともなかったから無理はありません。  

しかし、ふと、先生の机の上の書類の山に、料理の専門学校のパンフレットがあり、それをみた僕の頭のコンピューターが高速回転しました。

一つのセンテンスが、いくつもの記号と結びつき、僕に答えを導き出してきました。瞬間的に、僕にアイデアが浮かんできて、それが口から出てきました。

「料理やりますよ!ようは肉をつけさすなら食べさせればいい訳だから、料理人になればいいんです。僕、ずっとそう思ってました。お菓子なんかもいいかもしれないですね。そうです、僕は料理人になりたいんですよ」

僕が目をランランとさしてそう言うと、先生はびっくりしたような目で、僕の顔を見てきました。

「はー」

先生は大きな溜息をついて、頭を抱えました。

「何て言う馬鹿な事を言ってんだ、お前は!何言うかと思ったら、そんな事考えてたなんて。俺、本当に胃が痛くなってきたよ。大体その理由は何なんだ。馬鹿にしすぎだぞ、お前。先生にも料理人の知り合いがいるけど、それはもう厳しい世界なんだぞ。お前が思ってるより、ずっと厳しいんだぞ」

「そんな事分かってます」

僕はまったく分かってなかったのですが、この時は、自分の未来が開けた気がして、少し大きな気になっていました。

「先生、僕は料理人になるって決めたんですから、それでいいでしょう?立派な・・・シェフになるつもりです」

僕はその場に立ち上がりました。先生は僕を呆れた様に見上げながら、また一つ溜息をつきました。

「まあ、お前がそう言うなら仕方ないかもしれないけど。どうしてもって言うなら、俺はこれ以上色々言うつもりはない。まあ、お前はなんか面白いもんもってると思ったから、この先何にも考えてなかったら、もったいないと思ったんだよ。要するに心配でな。でもまあ、進むべき道があるって言うなら、それでいいと思うよ。いったん決めたら、ちゃんとやりとうすんだぞ!」

「はい!ありがとうございます。俺、がんばります」

「じゃあ、もう、行っていいぞ。気をつけて帰れよな」

「先生、さようなら」

僕はそう言って、ドアの方に向かいました。

「おう。さようなら。また何かあったら俺に話に来いよ!」

僕は準備室のドアを閉めながら、先生に言った言葉を反芻していました。

俺が料理人?

まあ、悪くないかもな。僕はこの時、自分の進むべき道を決める事になったのです。

 それからの僕の行動は、まあ早いものでした。

とりあえず色々な調理師学校のパンフレットを集め、比較検討してみました。様々な歌い文句が各料理学校にあって、僕も迷ってしまったのですが、ある事が決め手になり一つの学校に選ぶ事が出来ました。それは、調理と製菓が両方学べるツイストパックがある学校で、二年間学ぶ事になっていました。これなら、僕の目指す事が全て取り入れらますし、何よりパンフレットには「女生徒多数」と書いてあったのです。調理をして、お菓子も作る女性が、それを食べる事が嫌いな訳がありません。きっと、彼女達はいい「ラブ・ハンド」を持っているはずです。

僕はすぐに資料を取り寄せて、申し込み用紙にすべて記入した上で、親にこの話をしました。当然、いきなりの僕の申し出に両親はびっくりしていましたが、僕の熱意に押される形で、何とか二人を納得させる事には成功しました。すぐに、担任の先生にも僕の進路を告げると、先生はまずは安心したような顔をして、納得したようでした。まあ、何とか収まったと思ったのでしょう。

こうして、僕の進路は皆より少し早めに決定しました。

だから、夏休みになり、クラスの皆が夏期講習に行って勉学に励んでる間、僕は地元の洋食店に通い、料理を教えてもらいながら、なお且つお金も稼いでいました。時間をもてあましている僕は、本来なら八時間しか働けない所を何とかその店の料理長に頼み込んで、朝から晩までお店にいさせてもらい、せっせと働いたのです。一度目標が決まったら、わき目も振らず突き進むのが僕の性格なので、それはもうがむしゃらに、貪欲に働きました。そのためか、調理場の掃除から野菜の下処理なんかの細かいとこまで、そこの料理長に教えてもらえる事が出来て、いつの間にか気に入られるようになっていました。料理の事なんて右も左も分からない手探り状態で、初めてのバイトと言う事もあって社会の規範すらよく分かっていない僕を、そこの料理長は怒りながらも、きちんと教えてくれました。なので、僕も何回もやっているうちに料理をする事が楽しく感じられて、夏休みが終わる頃には料理長の合格点がもらえるほどのオムレツを作る事が出来ました。

まあ、初めの先生、いやこの業界で言うならお師匠さんが良かったと言うほかありません。こんなに自分に何かをしてくれる人は、世の中にそうたくさんはいないでしょうし、会えたら運がいいのでしょうが、その時の僕は、まだその有り難味は実感出来ないまま、ただがむしゃらに調理場を駆けていました。

そんな感じで、僕は料理の世界に一歩踏みは入れる事となりました。

先に明かりが見えれば、歩みだすのは簡単な事で、僕は夏休みが終わった後も、学校が終わってはそのお店に行き、学校にいる時は料理関係の本を読むという生活が始まり、僕の専門学校への準備は着実に進んでいきました。もちろん、家にいる時もです。

そんな僕の姿に、両親も先生達も安心したらしく、もう進路に関して色々言ってくる事はなくなりました。まあ、その頑張りの裏にある、僕の「ラブ・ハンド」に懸ける情熱は理解出来てはいないようでしたし、感ずいてもいないようでしたが。

色々ありましたが、こうして僕の高校生活は過ぎていき、やがて、三度目の冬を迎えると卒業する事になりました。

卒業式の後、北村が話しかけてきました。

彼女は、東京の大学に、またもや推薦で受かっていて、音楽の大学に進むようでした。

「おーい、武士、いつごろ東京に行くの?三月には行かなきゃ行けないんでしょ?あんたも」

制服姿がやけに大人っぽくなっていて、後ろに結んでいる黒髪が、なんかアンバランスです。片手に卒業証書が入った筒を持って、もう片方には大量の花束を抱えています。

「何か、凄いね」

僕は花束を指差します。彼女は少し微笑んで、花束に鼻を寄せます。

「後輩達がくれたの。綺麗でしょ?」

三年生になった彼女は、吹奏楽部の部長をしていました。部内ではなかなか人気者だったようです。

僕は、鼻を啜って、小石を蹴ります。

「そうだね」

「はー、あんたもサッカー部辞めなきゃ、花ぐらいもらえたろうにね」

北村は腰に手を当てながら、困った子を見るような目で僕を見てきました。

「俺はいいんだよ!それより、俺、東京にはぎりぎりで行くかな。バイトしないとならないしさ。そうだ、そう言えば結構近いんだよな、俺の学校とお前の大学。もしかしたら、向こうで会うかもな、偶然」

彼女はきりっとした目で、僕を見つめてきます。

「馬鹿言わないでよ。あんたとなんか会わないし、知らないよ。あんたこそ、寂しくなって私に電話してこないでよね」

「う、うるさいよ!そんな事するわけないだろ!ま、まあ、元気で暮らせ!俺は力になれんからな」

僕がそう言うと、彼女は舌を出して、卒業証書で僕の頭を殴ると、女友達が待っている中庭に行ってしまいました。僕から去っていきながら、彼女が遠くで何か言ってるようですが、他の生徒達が僕らの方に騒ぎながら飛び出してきたので、何を言っているか聞き取れませんでした。

僕は何も言わずに、その場から歩き出しました。そして、校門の前まで来た時、僕は校舎の方に振り向きました。別に頭の中で何かを考えていた訳ではなかったのですが、何故か心が締め付けられる感じがしました。特別良い思い出もないし、むしろつらい思い出の方があった高校でしたが、いざこうして去る事になるとひとつ頭を下げてみたくなる気もします。まあ、頭を下げてみても、別に、校舎が僕に何かを言う事は無いのですが。

その代わりといっては何ですが、偶然通りかかった涙もろい男友達が僕に飛びつき、抱きしめてきました。何かそんな事されると、感傷的な気分が移ってきて、やっぱり僕も寂しいのかも、何て思ってしまったものです。

僕はその光景を目に焼き付けると、高校を後にしたのでした。

 

春休み中の僕はというと、せっせとバイト先に通い自分の腕を磨いていきました

このバイト先でで得た一番のものと言えば、料理長の言葉でした。何より心に響いたのは、

「料理の前では誰もが平等だ。自分が料理に対してやった事、全てが自分に帰ってくるし、自分自身が全部現れてしまうんだ。だから、嘘もつけないし、誤魔化しも出来ない。常に、自分と向き合っていかなければならないんだ」

と言う言葉で、これを聞いたとき、少し怖さも感じましたが、若かった僕は、自分なら絶対出来るとも思ったものです。         

でも、進学の時期が来ると、そんな料理長とも離れ離れになる事になりました。

僕がその料理店を去る日、お店の皆が集まってくれて送別会を開いてくれました。お店が閉まった後、一緒に働いていた先輩達や、ホールのバイトの人、料理長夫婦や常連のお客さんも何人かいて、未成年ながら僕もご相伴に預かり、一緒になって飲み交わしました。そして、もう遅くなったのでお開きになりかけた時に、料理長が僕に一振りの捌き包丁をくれました。新品なのですがちゃんと研いであって、明らかに料理長が僕のために研いでくれたものだと分かりました。

「いつでも戻って来いよ。待ってるから。むこうに行っても、こいつを使って色々なもん吸収して来るんだぞ」

僕は、涙がこみ上げてくるのを抑えられず、人目もはばからず泣いてしまいました。ただ働いている所の従業員と言うだけの関係にもかかわらず、ここまでしてくれた料理長の心意気が、僕の心の奥の部分に染み渡っていき、料理の道に進む確固たる決意を固めさせたのです。

この店にいる限り、僕は「ラブ・ハンド」の事以外の何かで動かされて、料理をしている事が出来たのでした。要するに、単純に料理する事が面白くて、「ラブ・ハンド」の事を考えなくなっていました。僕は「仕事」と言う、違った興味をここで初めて得られたため、当初の動機を忘れてしまったのです。まあ、その余裕が無かったからと言ってもいいのですが、その時の僕は、自分の中の内なる力を掘り出した喜びと、期待で一杯になっており、女性のお腹の肉の事など考えないくらいに、料理という事に没頭していたのです。

まあ、働いた料理店が男所帯で、女性がいたとしても料理長の奥さんくらいしかいなかったのですから、迷いようが無かったのは確かですが・・・。

しかし、春の訪れと共に氷が溶けて水になり、大地に染み出し川に注がれるように、専門学校に入学した僕のその心も、女性の熱に解かされる事となりました。


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