12ptの人
帰宅してすぐにパソコンのスリープを解除し、最新作の作品情報を確認する。
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総合評価0pt
評者者数0人
ブックマーク登録0件
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モニターに浮かぶ無機質な表示は、凍り付いたように動かない。
少しずつ心が冷えていく。
私が「小説家になろう」に小説を投稿するようになって早一年が経つ。
少ない自由時間を削って熱心に投稿を重ねて来た私だったが、結果は芳しくなかった。
大半の作品が総合評価0ptで、ptが付いた作品も精々40pt程度が関の山。
好意的な感想が付いた事も数えるくらいしかない。
それでも意地になって私は努力を重ねた。
タイトルやあらすじに拘ったり、創作論の本を片っ端から読み漁ったり、ランキング作品から傾向を分析し流行りの悪役令嬢物や追放物に手を出してみたこともあった。
しかし、どうやっても私の作品が日の目を浴びる事は無かった。
――私には才能がないのだろうか。
こんな不毛な努力を続けていて、何になるというのだろう。
鬱屈とした苛立ちは、やがて実生活まで悪影響を及ぼすようになった。
同居している母にも心配をかけてしまっている。
このままではいけない。
もうアカウントを削除して、投稿はキッパリ止めよう。
決意した私だったが、しかしアカウント削除画面で指が止まる。
――そうだ。一つだけやっておかなければならない事があった。
以前からずっと温めて来た短編の構想。
うまく形に出来さえすれば、傑作になる予感がしていた。
アカウントを削除するのは、この構想を形にしてからでも遅くない。
私は、まっさらなノートに詳細なプロットを書き連ねると、何かにとりつかれたかのようにキーボードを打ち出した。
――これは……面白い……気がする。
今までになかった手ごたえに胸を躍らせながらも、自分の全てを込めるつもりで文章を叩き付けていく。
一字一句に拘り抜き、徹底的に推敲を重ねて行く。
一週間かけて、ついにその作品は書き上がった。
――面白い。これはとんでもなく面白い。間違いなく私の最高傑作だ。
確かな希望を胸に満を持して投稿ボタンを押し、そのまま倒れるように眠りについた。
◇
日曜日の重い瞼を開く。
デジタル時計を確認すると既に11時だった。
跳び起きてパソコンのスリープを解除し、震える手で作者情報を確認する。
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総合評価12pt
評者者数1人
ブックマーク登録1件
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「12ptか……」
総合評価100ptを優に超え、日間ランキング上位に食い込んでいるくらいは夢想していただけに、正直なところ拍子抜けしてしまった。
無論、ありがたいのはありがたい。
最高評価での10ptに加えてブックマーク登録で加算される2pt……合計12pt。一人のユーザーが一つの作品に投入できる最大のptが私の作品に入っているのは間違いない。
恐らく評価してくれた人がブックマークにも入れてくれたという事だろう。私の作品をまた読み返したいと思ってくれたのか、あるいは少しでもポイントを入れて応援したいと思ってくれたのか……いずれにせよ私の費やして来た努力も、私の最高傑作も、多少なりとも実を結んだと言えるのかもしれない。
軽い満足感に柔らかく目じりが下がるのを感じながら、一つ前に投稿したファンタジー作品のptも確認していく。
「…………!」
思わず息を呑んでいた。
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総合評価12pt
評者者数1人
ブックマーク登録1件
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……この作品のptは昨晩まで0ptだった筈だ。
不意打ちの歓喜に顔が熱くなるのを感じながら、急かされるように自作品の作品情報を開いていく。
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総合評価20pt
評者者数2人
ブックマーク登録1件
総合評価12pt
評者者数1人
ブックマーク登録1件
総合評価18pt
評者者数2人
ブックマーク登録1件
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……目を疑ったが、間違いない。
私の投稿した作品の殆どに、12ptずつ加算されている。
名前も声も知らない誰か「12ptの人」は……私の最高傑作を気に入って最大の評価をするだけに飽き足らず、私の他の作品も気になって、それらにも最大評価を付けてくれたのだ。
作品を投稿してきて、こんなに満たされたのは初めてだった。
今までの苦労の全てが報われていくようだった。
最早引退やアカウント削除の事など、頭の隅にすっ飛んでいた。
私は目先のptを追ってばかりで、本当に大切なことを忘れてしまっていた。
一人でもいいから、誰かの心に届く作品を作りたい。
そう思って執筆を始めた筈だったのに……。
だが、もう思い悩む事は無い。
私の作品の良さを分かってくれる人は、世界に一人でも確かに存在している。
その事実を噛み締める度に、燃え上がるような創作意欲が湧き上がって来る。
汗ばんだマウスを握りしめ、私の最高傑作の作品情報を今一度表示してみる。
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総合評価12pt
評者者数1人
ブックマーク登録1件
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無機質な12の赤文字が、しっとりと滲んで行った。
温かな涙をそのままに、ぼやけた恍惚を感じながらも、私の胸中は「12pt」の人に対する感謝で満ち溢れていた。
それと同時に、「12ptの人」に対する興味が沸き上がって来る。
私の作品を気に入ってくれたのだから、きっと感性が合う人なんだろう。
……一体、どんな人なんだろうか。
そんな私の「12ptの人」に対する興味は、時を経るごとに加速度的に大きくなっていくのだった。
◇
俯きながらも、夕餉のカレースープを啜る。
休みが明け、平日が始まっても私の心の隅にはずっと「12ptの人」が引っ掛かかり続けていた。
「最近ちょっと元気が戻ったと思ったら、また元気ないねぇ」
「なんでもないよ。母さん」
「12ptの人」……
彼だか彼女だかのマイページをどうしても一目見てみたい。
「12ptの人」は、私以外にどんな人の作品を評価しているのだろう。
小説を書いたことはあるのだろうか。
あるとしたら、どんな作品だろうか。
居てもたってもいられなかった。
……なんとしても「12ptの人」のマイページを特定したい。
しかし「小説家になろう」では誰に評価されたか直接知る事は出来ない。
何とかして自分で探すしか方法が無いのだ。
手始めに付いた感想の一覧からユーザーを辿ったり逆お気に入りユーザーを確認したりしてみたが、評価作品一覧に私の作品は影も形もなかった。
続けて解析サイト、「俺Tueee.Net!」にアクセスしようとしたが……どうやら閉鎖してしまっているようだった。
最後の手段。site:コマンドオプションを駆使し、私の作品と合わせて検索してみる。「評価をつけた作品一覧」のページは公開されているので、運よく検索エンジンのデータベースに入っていれば引っかかる筈……
しかし、私の全作品で検索してみても結果はゼロ。
……こうなってしまえば万事休すだ。
思わず肘を突いて項垂れる。
息を吐いて諦めかけた私だったが、
「そうだ……!」
脳裏に閃光の様な閃きがあった。
方法なら一つだけあった。
自分の「評価をつけた作品一覧」のページを開き、末尾の数列を別の数列に置き換えてみる。
エンターキー。
……別のアカウントの「評価をつけた作品一覧」が、開いた。
よし。こうやってアカウント毎に割り振られたURLの末尾数列を手動で書き換え、一つずつ虱潰しに確認していけば、いずれは「12ptの人」の評価ページに辿り着けるはず。
「小説家になろう」の登録者は200万近く存在するので気が遠くなるような作業になるかもしれないが、可能性がある以上はやるしかない。
私は寝る間を惜しんでパソコン画面に向き合い、最新アカウントから逆算して一つ一つ「評価をつけた作品一覧」を確認していくのだった。
◇
それから一週間。
家から帰ってすぐにパソコンに向き合い、URL末尾の数列を細々といじっては私の作品への評価が無いか確認していく。
「12ptの人」特定作業はもはや私の日課となっていた。
日付が変わり、そろそろ眠ろうかとアクビを一つついた時、
「――あった!!」
「評価をつけた作品一覧」の白い画面には私の作品名の数々。寄り添うように、青く輝く五つの綺羅星が連なっている。
ついに私は「12ptの人」の「評価をつけた作品一覧」へと辿り着いた。
アカウント名は「平上暗親」。
評価作品もブックマーク作品も……どれも私の作品だ。
お気に入りユーザー、作品、活動報告、レビューした作品、自己紹介、それぞれ確認してみたが、その全てが空白だった。
やっと見つけた「12ptの人」のアカウントだったが、一体どのような人物なのかは全く見えてこない。
まあ、そのうち何か動きがあるかもしれないし、今日はもう寝よう。
12ptの人こと、平下暗親さんのマイページをブックマークに登録しておく。達成感のままに安らかな眠りについた。
◇
いつもより早めに出勤し、単純な検品仕事をこなしながらも私の頭には靄がかかったようだった。
「12ptの人」……平上暗親さんの正体に対する推理が、頭に去来してくる。
彼の人物像を推測できる材料は、二つだけだ。
私の作品を大層気に入ってくれている人物という事。
そして「平上暗親」というユーザーネーム。
一風変わった名前だ。
……どういった経緯で付けた名前なのだろう。
「――ん?」
平上……
漢字の意味をそれぞれ逆にすると、山下……
母の旧姓だ。
鉛の様な嫌な予感が、胸奥に沈んで行く。
暗……親……
明……子……
山下……明子……
母の旧姓は山下、名前は明子……。
偶然にしては出来過ぎている。
……まずい。
まずい事が起こっている。
急いで仕事を切り上げ、すぐに母に電話を掛ける。
「……ああ、それね。気付いちゃった? ショウちゃんずっと元気なかったじゃない? それでショウちゃんいっつもパソコンに向かって何かしてるのかな思ってみてみたら、小説書いてるのね。すごいじゃない。でもあんまり人気ないみたいで、お母さん応援してあげようと思って。お隣の篠崎さんがパソコンに詳しいっていうから、ウチまで来てもらって……なんだっけ、『小説家になんとか』だっけ、それに登録してショウちゃんの小説に評価入れといてあげたから」
頼むから、すぐにそのアカウントを消してくれ。
何とか声を絞り出し、通話を切る。スマホのブラウザアイコンに汗ばんだ指を伸ばす。
「小説家になろう」は、複数アカウントや自作自演評価に非常に厳しい事で有名だ。
同居人が偶然自分の作品に評価を付けただけでも、自作自演評価と見做されてアカウント削除に追い込まれてしまうケースもあると聞く。
ましてや私と同一のIPの別アカウントから……私の作品ばかりに12ptを大量に注ぎ込まれているとなれば……
運営に見つかってしまえば、問答無用で即アカウント削除もありうる。
荒れる息のままに、ブラウザを起動する。
何度も入力して来たIDとパスワードを、縋るような想いで入力していく。
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