1.14
アンソニーの手から魔法士爵の書簡を受け取った担任教師はそれを一読した後、フィラリアの頭の先から爪先までを眼鏡越しに三往復して眺めたものの、じゃあ一緒に教室まで行きましょうかと言って普通に立ち上がった。
これには逆に双子の方が驚いてしまう。
「先生、あまり驚いてませんね」
「驚いてはいます。ただ君達二人に関して言えば何をしでかしたとしてもおかしくはないと思っていますので、こういう事もあるのだなと自分を納得させているだけです」
それはそれで、どうなのか。
二人は何となく担任に対して申し訳ない気持ちになった。
しかしその気持ちも教室に入り、フィラリアを自身の横へと立たせて言い放たれた彼の言葉に、一気に霧散させられることとなる。
「皆さんに新しいお友達を紹介します。フィラリア・ハーモニーさんです」
フィラリアが思わず前のめりで倒れそうになったのも無理ないだろう。
皆、当たり前だがぽかんとしている。
事情を知っているローゼンとアンソニーだけが、自席でズルリと腰を滑らせていた。
「あ、あの、せんせい……」
「あぁフィラリアさん、安心してください。君の席は今日から一番前に移動させますので」
違う。そういうことじゃない。
そう言いたくて、けれどフィラリアはもう諦めた。
「えっと、みんなおどろくかもしれないけれど、わたしはフィラリア・ハーモニーほんにんです。まほうのじこでこんなすがたになってしまいましたが、なかみはまちがいなくわたしなので、よかったらいままでどうようなかよくしてください。からだがちいさくなってしまったことで、めいわくかけることもあるかもしれないけど、えっと、よろしくおねがいします」
「皆さん拍手を」
すかさず言った担任教師の言葉に、呆気にとられながらも拍手をしてくれるクラスメイト達の、なんと素直なことか……。
フィラリアは赤くなりながら、席の作り替え作業が終わるのを俯いて待つしかなかった。
「またおかしなことになってるのね、フィル」
「オリーブ……」
一限の授業が終わり、フィラリアに真っ先に近づいて話しかけたのは、彼女が一番仲良くしている少女、オリーブだった。
オリーブはポパイ商会の一人娘で、フィラリアは初めて彼女に会った時、「ポパイでオリーブ……」とその奇跡的な名前に少し感動したものだ。
とは言え彼女はどこかの引っ詰め髪の女とは違い、とても静かで落ち着いている。……ただ、しっかり者なところは似ているかもしれない。先程も、一斉にフィラリアへ群がりかけたクラスメイト達をその静かな眼差しで睥睨し、彼らを無言のまま引き下がらせていた。
「原因はアンソニー?」
「きっかけはそうかもしれないけど、げんいんとはちょっとちがうかな……」
フィラリアのその言葉だけで複雑そうな事情を察したのか、オリーブはすぐに話を切り替えてくれる。
「元に戻る見込みは?」
「とうぶんさきかなぁ」
「そう……見込みが全くないわけじゃなくて安心した。ところで、アレ」
オリーブが視線だけで示したのは――女生徒達に群がられたローゼンの姿。
「え? なんで……」
思わず口を突いて出たのは、そんな疑問の滲んだ呟き。
「わからない?」
「だって、いままでもローゼンはにんきあったけど、あんなふうには……」
「そうね、あそこまで露骨ではなかったかな」
ローゼンを中心としたその集団を、フィラリアは半ば呆然と見つめたまま固まっている。
その様子を、仕方ない子ね、と言わんばかりの眼差しでオリーブが眺めているのにも気付かない。
「私には、こうなると予想がついたけど」
「……え?」
やっとフィラリアが視線を戻した。
「だって最大のライバルが居なくなったんだもの。それは我先にと後釜を狙ってアピールするんじゃない? 私は興味ないからあくまで想像だけど」
「……わたしべつにいなくなってなんかない……」
「でもあの子達はそう思ってるってこと。子供になってしまったフィルはもう彼の相手から脱落したって」
「わたしちょっといってくる……!」
言うが早いか、フィラリアは女子の集団へと突入していった。
「ちょっとどいて……っ」
「えっ?」
「やだ何」
「きゃっ」
「んーっもう、ローゼンからはなれてよっ」
制服姿の女生徒達の間を掻き分けて、小さな体でどうにかローゼンの元まで辿り着くと、パッと両手を広げて彼女達の前に立ち塞がった。
けれど悲しいかな幼児の短い腕ではあまりにも防衛力に欠ける。
「あらフィラリアさん……」
「どうしたの? 今は私達がローゼン君と話してたんだけど」
「どうしたの、はわたしのせりふだわっ。どうしてみんなしてローゼンをとりかこんでるの」
「どうしてって……」
ねぇ、と、隣にいる女生徒同士で顔を見合わせる。
ローゼンはやや不機嫌そうながらも口を出すつもりがないのか、何も言わない。だけど話を聞いていないわけでもないのは、さっき視線が合った時にわかった。
「私達、今まであまりローゼン君とお話出来なかったから、これから少しでも仲良く出来たらなって」
「……なんできゅうに」
「それはその……」
暫く言い淀んでいた彼女――エリーゼは、やがてほんのり頬を赤らめると。
「だって、今までは婚約してるフィラリアさんがいたから遠慮していたけど、今はほら、もう……ね?」
(何が今はほらもう、ね。よ……!)
「わたしはいまもこんやくちゅうだけど?」
「えっ、そうなの?」
「それはちょっと、あれね……」
「えぇ、まさかそんな、ね……」
ボソボソと、再び彼女らだけで顔を合わせて話し始める。
さっきから一体何だというのか。
あれだのそんなだの、言葉を濁してばかりではっきり言えばいいのに。
そう思って苛々し始めたフィラリアが口を開きかけた、その時。
「あの、それはちょっとローゼン君が可哀想じゃないかな……」
おずおずと、そう言ったのはエリーゼだった。
「かわいそう……?」
「えぇ」
ふわふわの蜂蜜色をした髪の毛を肩口で揺らし、こくりと頷く。