1.6
「ちょ……っ」
(それは困る――!)
焦って二人の後ろ姿へ手を伸ばすけれど、短いその腕では届くはずもなく掌は空を掴むばかり。
なんだかそれが大人な二人と小さな自分との間にある明確な距離のような気がして、胸がざわざわと騒ついた。
「ねえローゼン君、ギルド長との話が終わったら昼食がてら少しお話しない? もし彼女のハンター登録が解除となったら、次に一緒にパーティーを組む相手探しも必要でしょ。相談に乗りたいな」
すると。
「いや、今から急ぎで別の依頼に向かわないといけないから、ギルド長への話はまた帰って来てからにする。――フィル」
「……!」
立ち止まってこちらを振り返り手を差し出すローゼンの姿に、安堵と共に駆け寄ったフィラリアはそのまま――
ぽすっ
「ローゼン……っ」
長い脚に抱き着いて、それにぎゅうっと顔を埋めた。
「もしかして今から一緒に依頼を……?」
「ああ。こいつが昨日受けた依頼があるから」
「そう、……子供のお守りも大変ね。ローゼン君優しくて責任感強いから、無理してないか心配だな」
「っ、わたしはこどもじゃないし、それにそれってローゼンがせきにんかんでわたしのあいてをしてくれてるっていいたいの?」
「そこまでは言ってないわ。それに今は誰がどう見ても子供でしょう? 小さな子を守りながら依頼をこなすのは危険じゃないかと思って私心配で……ね?」
エイミーはローゼンの手を取り、それをきゅっと握りしめて上目遣いで首を傾げた。
「あ、あざと……っ」
わなわなと震えるフィラリアへエイミーは如何にも『何か?』と言わんばかりに口角を上げる。
そこへ、はぁ、と上から降って来た溜息に顔を上げると。
「エイミー、心配は有難いが、問題ない」
「えっ」
「俺がこいつを守りきればいいだけの話だ。それに」
ローゼンと、視線が合う。
「こいつも守られっぱなしな程弱くはないしな」
「!」
「あとパーティーメンバーも必要ない。こいつとだからパーティーを組んでるのであって、必要に駆られてってわけじゃないからな」
フィラリアの心臓がきゅうっと音を立てた気がした。
こういうところがローゼンのずるいところだ。
いつだってギリギリのところでフィラリアの心を掬い上げてしまう。
「ローゼン……」
「なんだ」
「……ローゼンのばか……」
「どういう言い種だそりゃ」
*****
「あほ〜にゅ〜わぁ〜、あた〜ら〜しぃせ〜かぃ〜」
魔道具の絨毯の上で機嫌良く歌うフィラリアの黒髪が風に靡いてローゼンの胸元をくすぐっている。
「お前これで移動する時必ずそれ歌うけど、他所で聴いたことないな」
「うん、たぶんわたししかしらないから」
「まさか自分で作ったのか」
「まさか! ぜんせでまほうのじゅうたんにのるときのていばんきょくだったの」
「異世界にも似たような魔道具があるんだな。こんな酔狂なもの作るのはアンソニーくらいかと思ったが……」
「あはははっ」
ローゼンの微妙な勘違いが可笑しい。
「でもこれがあってよかったでしょ。てんいじんは、まちからまちにしかせっちされてないし、ローゼンのせいれいまほうでも、いったことないばしょにはとべないし」
「そうだな、それを考えたらまぁ便利ではあるか……それなりに目立つが」
確かに、通りすがりの旅人やハンター達からのギョッとしたような視線は、痛いといえば痛いかもしれない。
「あとは、まちなかでもつかえればいちばんいいんだけど……」
「こんなもの街中で飛ばせるか。どれだけ面倒臭がりなんだよ」
「ちがうの、きょうわたしひとりでギルドまでいかせてもらえなくて」
困ったように言うと、ああ、と納得したような返事が返ってくる。
「簡単に拐われそうだな」
「むぅ、そんなにやわじゃないもの」
「いきなり口を塞がれたらいくらお前でもヤバいだろう。魔法は唱えられてこそだ、油断するなよ」
「ローゼンはいいよね、せいれいまほうはじゅもんがいらないから」
「まぁな。その代わりに色々と制約は多いが。……それよりその服はどうしたんだ」
「えっと、……むかしのふくをおかあさまがとっておいてくれてたみたいで……」
フィラリアは自分の格好を見下ろしながら恥ずかしげに答えた。
今日の彼女の服装は、裾がリボンで結ばれた黒色のバルーンパンツに、フリルの付いた花柄のキャミソール。
おおよそ魔獣狩りに行くような格好ではないのは、フィラリアも重々承知だ。
「お、おかあさまに、きょうまじゅうがりのいらいだっていえなくて……これでもワンピースだけはどうしてもいやだってきょひしたの」
「あぁ、まあ今の身体じゃあ心配されるか……。じゃあ何て言って出てきたんだ」
「えっと……その……」
「……?」
言い淀むフィラリアの姿に、ローゼンが首を捻ると。
「ろ、ローゼンにはじめてのおとまりにさそわれたって……」
「おま……」
絶句した。